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輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

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(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

東海道新幹線 運転席へようこそ (新潮文庫)

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東海道五十三次を歩こ~♪ 保土ヶ谷宿→戸塚宿

(2011年12月25日[日曜]:取材)
保土ヶ谷宿本陣跡から、国道1号線をまっすぐ西へ進みます。
旧東海道保土ヶ谷橋(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目)(2011年12月25日)

【横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目付近の地図】
※マウスをグリグリして、拡大、縮小してご覧ください。
※うまく表示されない場合は、ブラウザを「最新の情報に更新」してください。


道路の左側に、昔の旅籠「本金子屋」の建物が残っています。
この建物は明治2(1869)年に建てられたとされていますが、まだその頃は鉄道も未開通で、人々は歩いて旅をし、夜になれば旅籠屋に泊まっていました。
旧東海道保土ヶ谷宿・旅籠屋「本金子屋」(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目)(2011年12月25日)

さらに進むと、保土ヶ谷宿の一里塚跡と上方見附跡があります。
旧東海道保土ヶ谷宿・上方見附跡(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目)(2014年3月16日)

箱根駅伝の走者が宿場を走る、面白い絵柄のマンホールの蓋を発見。
ヽ(゜∀゜ )ノ
旧東海道保土ヶ谷宿・マンホールの蓋(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目)(2011年12月25日)

道路の右側へ移り、岩崎ガード歩道橋を上がると、JRの列車が通過するのがよく見えます。
ただし、撮影にはちょっと不向きかもね。。。。
旧東海道保土ヶ谷宿・岩崎ガード歩道橋から横須賀線E217系を見る(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町1丁目)(2011年12月25日)

歩道橋を渡って先へ進み、下の写真の交差点(名称表示なし)で右へ行けば旧東海道です。
旧東海道と国道1号線の分岐点(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町2丁目)(2011年12月25日)

この先は相鉄バスの営業区域を外れてしまうため、このバスとも、そろそろお別れです。
相鉄バス(旧東海道保土ヶ谷宿・横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町3丁目付近)(2011年12月25日)

樹源寺というお寺(境内をJRの線路が横切っている)の山門前には
『今生は心を鍛える道場のようなもの
 楽に生涯を終える人など一人もいない』

と。。。。
旧東海道保土ヶ谷宿・樹源寺(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町3丁目)(2011年12月25日)

むむぅ・・・「楽に生涯を終える人など一人もいない」のか。
「タクシーをつかまえて戸塚まで行っちゃえ」というような邪念は捨てて、歩きましょう(笑)。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
突き当りを左折し、今井川に架かる元町橋を渡ると、急な坂道にかかります。
旧東海道保土ヶ谷宿・元町橋から権太坂方向を望む(横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町3丁目)(2011年12月25日)

このあたりは「元町」と呼ばれていますが、それは1601(慶長6)年、家康の命によって東海道が開かれてから1648(慶安元)年までの間、このあたりが保土ヶ谷宿だったからです。
その後、宿場は「新町」(岩間町付近~本陣の西にかけて)へ移り、道筋も変更されたといいますが、その理由は、現在では判然としません。

さらに坂を上がってゆくと、右側に「権太坂」の入口があります。
旧東海道保土ヶ谷宿・権太坂入口(横浜市保土ヶ谷区権太坂1丁目)(2011年12月25日)

この権太坂っていうのが、今では「往時に比べて道路が改良され、緩やかになった」といわれているけど、結構きつい上り坂です。
そりゃまあ、箱根八里に比べれば大したことはないですけど、なにしろ、江戸を出てから最初の長い坂道です。しかも起伏やカーブがほとんどなく、一本調子なんですよ。
この時点では、私もまだ箱根越えをしていませんから、「すごい坂だなぁ」と思いました。
(*゚∀゚)=3
ちなみに、この「権太坂」の由来ですが・・・
旅人が、当地の老人に「この坂の名は?」と問うたところ、ご老人、耳が遠かったのか、自分の名前を尋ねられたと勘違いして
「へい、権太でやんす」
と答えてしまい、以後「権太坂」と呼ばれるようになった・・・という、冗談みたいなお話です。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
でも、当地ではこの名を誇りにしているようで、現在の町名は横浜市保土ヶ谷区権太坂1・2丁目といい、市立権太坂小学校もあります。
(政令指定都市の正式な町名だからなのか、今、「ごんたざか」と打って変換したら、一発で「権太坂」と出ました。)

坂を上がればこんな展望が開けており、丹沢の山並み、そして快晴なら富士山も眺められます。
(*'-'*)
旧東海道保土ヶ谷宿・権太坂上から西の方角を望む(横浜市保土ヶ谷区権太坂1丁目)(2011年12月25日)

ようやく緩やかな道になって、突き当りを右に曲がると、横浜市営バスの「境木中学校前」バス停です。
ここは106系統(本牧~桜木町駅前~保土ヶ谷駅東口~境木中学校前間)の終点。
横浜市営バス「境木中学校前」バス停(2011年12月25日)

210系統(東戸塚駅~境木中学校前循環)という、小型バスを使った路線もあるんですが、市内中心部から来る市営バスの路線はここまでで、ここが実質的に「横浜市営バスの西端」といってもいいでしょう。
この先、戸塚区内は神奈中バスの天下になります。

余談ですが、横浜市営バスの系統番号は、伝統的に「番号のみ」。市電の系統番号が番号のみだったのと、「外国人には、漢字などわからないだろう」という配慮だといいます。
私は、子供の頃から「横浜方式」に慣れてしまい、東京の、例えば「木11」とか「錦13」、「東22」「都07」といった方式は、いまだによくわかりません。おまけに、「木11」には支線の「木11乙」というのもあるけど、「乙」って何?!
もっとも、上記の都営バスの系統番号は、しばしば乗る機会がある路線だから知っていますけどね(笑)。

このあたりは昭和30年代以降に宅地開発が進み、1980(昭和55)年、山の下に横須賀線の東戸塚駅が開業してからは、さらに開けた感じで、
今は商店街のほか、横浜銀行の支店まであるくらいですが(注)、開発以前は、さぞかし寂しい場所であっただろう・・・と想像されます。
(注:郵便局[ゆうちょ銀行]は当然として、地銀とはいえ、単なる「ATMコーナー」ではなく金融機関の正規の支店があるのは、ここ境木本町が「それなりの町」である証拠。
かつて、大蔵省は新規の支店開設を銀行1行あたり、年に1~2店舗しか認めなかったので、それを認めさせてまで開設したのは「しかるべき需要がある町である」ということなのです。)

先へ進むと、境木地蔵尊の前に「武相国境之木」の標柱があります。ここが、武蔵国と相模国の境です。
旧東海道保土ヶ谷宿・境木地蔵尊前(横浜市保土ヶ谷区境木本町)(2011年12月25日)1

「京都 百十七里」(117里=468Km)だって。
まだまだ、前途遼遠です。。。。
( ゜。゜)ウヒョー
旧東海道保土ヶ谷宿・境木地蔵尊前(横浜市保土ヶ谷区境木本町)(2011年12月25日)2

この境木地蔵尊前の交差点を左斜めに入ると、焼餅坂。その昔「焼き餅」を名物にしていた茶店があったとか。
旧東海道・焼餅坂(横浜市戸塚区平戸3丁目)(2011年12月25日)

坂を下って、そのまま道なりにまた坂を上がると、「品濃(しなの)一里塚」があります。
旧東海道・品濃一里塚(横浜市戸塚区平戸4丁目)(2011年12月25日)

この一里塚は、道の両側に塚があります。本来、一里塚とはこういうもので、遠くからでも目立つよう、道の両側に築かれていたのです。
ただし、現存する「両側一里塚」は珍しく、神奈川県ではここと、箱根の畑宿一里塚だけです。

もっとも、このブログでは「一里塚の深追いはしない」こととします。

なぜなら、足を進めるとだんだんはっきりしてくるんですが、両側どころか片側だけでも残っている一里塚すら、それほど多くはなく、
今では、たいがい「一里塚跡」とか記された碑か看板がある程度で、そんなに面白くないから。。。。

「東海道五十三次を歩いた旅日記」というwebサイトは無数に存在しますが、やたらに「一里塚、一里塚」を連呼し、
実際には、月極駐車場か何かの敷地に「一里塚跡」の看板が一本立ってるだけ・・・という写真を何百枚も見せられるサイトは、正直言ってうんざりです。
(そういうのは「一里塚ブログ」と呼ばれて、馬鹿にされますよ。)

参考までに、「こういうのが”悪い例”だ!」という写真を載せておきますね。
(江尻宿「辻一里塚」跡[静岡市清水区辻4丁目]。2014年3月16日撮影。)
こんなのが何百枚も出てくるwebサイトを、あなたは江戸から京まで、全部読みますか?。。。。
ヽ(´​Д`)​ノアゥァ
旧東海道江尻宿・辻一里塚跡(静岡市清水区辻4丁目)(2014年3月16日)

取材して、書いてみるとわかるんだけど、一里塚を追いかけるのって、わりに簡単なんですよ。なぜなら、塚自体が残ってなくても、何らかの表示があるから。
一方、自分で「注目のテーマ」(例えば、このブログでは「鉄道ちゃんと旧東海道の交差地点」「自治体別・おもしろマンホールの蓋」「地域を走る路線バス」の三つ)を決めて、それを追うのは、やってみると案外面倒です。
まあ、悪く言えば「水は低きに流れる」っていうかね・・・安易な方法で済ませちゃう人、多いんですよね。。。。
┐('~`;)┌
「好例」を挙げると、東海道ではないんですが、ある方が中山道を全区間歩いて、途中で見かけた住宅の軒先に設置された「宅配牛乳のケース」のいろいろを発表されていましたが、これは実に面白いと思いましたね。
例えば「毎日牛乳」なんてブランドは、近畿地方ではメジャーらしいけど、関東圏には絶対にない。
また、雪印牛乳はご存知のように「メグミルク」に変わりましたし、同じ明治牛乳とか森永牛乳でも、ケースの材質や形状、デザインは時代によって異なるのです。


これだけはどうしても言っておきたかったので、熱くなっちゃいましたが、話を戻しますね。
(*'-'*)ゞ
品濃一里塚を過ぎて、さらに道なりに進み、東戸塚駅に近い品濃坂を下ります。
旧東海道・品濃坂(横浜市戸塚区品濃町)(2011年12月25日)

この坂を評して「大した坂ではない」と、のたもう方も多いんですが、それはそうでしょう。今は、坂のクライマックスが環状2号線(県道17号線)で分断され、歩道橋で渡るようになっちゃってますから。
旧東海道・品濃坂が環状2号線を横断する歩道橋上から見た風景(横浜市戸塚区品濃町)(2011年12月25日)

歩道橋を渡って階段を下り、南の方角へ進んでもまだ、だらだらと坂が続いており、新道建設以前は長い坂道だったことがわかりますし、往時は、かなりの急坂だったと思われます。
【横浜市戸塚区品濃町付近の地図】
※マウスをグリグリして、拡大、縮小してご覧ください。
※うまく表示されない場合は、ブラウザを「最新の情報に更新」してください。


「東戸塚駅入口」の交差点で国道1号線をいったん横断し、川に沿った細い道が旧東海道ですが、「赤関橋」交差点で国道に合流してしまいます。
ここから「不動坂」交差点までは国道を行きます。
旧東海道・不動坂(横浜市戸塚区柏尾町)(2011年12月25日)

不動坂交差点から、わずかに左へ逸れた細い道(秋元眼科医院の前)が旧東海道。ただし、これもすぐ川に突き当たってしまい、右折して「舞岡入口」交差点で国道1号線を左折します。
国道を進み、吉田大橋で柏尾川を渡れば、戸塚駅の大踏切。
東海道本線戸塚駅「東海道踏切」(2011年12月25日)1

ここも、保土ヶ谷同様「東海道踏切」という名称です。
東海道本線戸塚駅「東海道踏切」(2011年12月25日)2

この踏切は「開かずの踏切」として知られ、6~9時と16~21時の間は車両通行止めになっています。
しかし、2014年1月18日、踏切の上に「戸塚大踏切デッキ」が開通し、歩行者の交通不便は解消されました。
戸塚大踏切デッキ(2014年3月13日)

少し離れた場所に、線路を潜る道路トンネルも建設中で、間もなく踏切は廃止される模様です。

保土ヶ谷宿~戸塚宿間は8.8Kmとされ、私は保土ヶ谷宿本陣前~戸塚駅大踏切間を2時間30分で歩きました。
しかし、疲れたので駅前の再開発ビル「トツカーナモール」内の喫茶店でケーキセットを。。。。
(*'-'*)
PC250058.jpg

(戸塚宿→藤沢宿間に続く。)
============================
※保土ヶ谷宿~戸塚宿間のトイレ情報
なんと、一箇所も見かけませんでした!
(((​゚д゚​;ノノ​ぇぇぇ!
要するに、旧東海道沿いには、公衆トイレのあるような公園がないんです。
コンビニなどのトイレを借りてください。
なお、戸塚駅前「トツカーナモール」内にはトイレが何箇所かあります。
============================
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こんばんは

戸塚へですね!
o(゚ー゚*o)(o*゚ー゚)oワクワク
一里塚跡と上方見附跡ね
(・.・)ウンウン
今井川に架かる元町橋は分からない場所でした
権太坂の名前の由来はやはり人名でしたか
何となくそんな気がしてました
犬の名前ではないですよね
(・_・)ヾ(^o^;) オイオイ
戸塚辺りまで来ると高台から富士山が良く見えてくますよね
東戸塚は子供の頃に自転車探検隊で行きました!
しかし「武相国境之木」の標柱は知りませんでした
( ・_・)
品濃町・不動坂は分かる分かる
環状道路なんて完成しないと思ってましたが出来てるんですよね!
環状2号線は便利な道路ですよね!
(^.^)v
開かずで有名な戸塚の大踏切もデッキ出来て
地下道路もまもなくのようですね!
これもまた出来ないと思っていたのに…
戸塚の再開発も完成して「とつか再開発くん」も引退したみたいです
トツカーナで休憩されたのですね!ネーミングにビックリでした!
(@.@)
テレビで行ったことある所や地元やると嬉しいもので
今回のレポは同じように嬉しくなりました!
(^.^)

♪パック、インミュージック~

パララララ、TBS、ジャン!お疲れ様ですi-1

まったく違う番組聞いた後、何気なくダイヤルを捻ったら懐かしいジングルが…ってワタクシはライブで体験しなかった世代ですけどね。
※せいぜいルー師匠がコーナーでやってたのを聞いてた程度(ネタじゃねぇかi-235


前回のコメントする前に続編が出てしまいましたi-229
なので前回のものを入れつつで

>『東海道五十三次を歩こ~♪』のシリーズは、2012年2月7日付で発表した「川崎宿→神奈川宿(2)」(取材は2011年12月24日)で停止しておりましたが、また歩行を再開したので、記事執筆も再開いたします。
>原稿を書く作業が大儀(笑)。故・宮脇俊三先生もお書きになってましたが、「一日の出来事を書くのに三日かかる」というのは、本当です(笑)。

そうそう、うっかり先般「今年中に愛知県境まで」なんて記してしまいましたけど、筆が進まないのではいくら取材しても今後が大変ですよ。失礼いたしました。渡し舟シリーズだってあるわけですし…(なにもいま言わなくても)。
ただ1日の出来事を3日かけてというのはよくわかります。旅行も同じで帰ってきてからの写真の整理や費用計算、行程に関しての検証やら地域資料の再調査などをやっていると、たちまち時間が過ぎていくという。
「水曜どうでしょう」だって4日くらいの出来事を1クールくらい引っ張るんですから、どうってことはありません。気長にいきましょう(なんのフォローにもなってないi-229)。


>路地の入口に「旧東海道→」とでも書いた道標があれば間違えないんですが、横浜市教育委員会にそういう配慮はないらしい。
>道路にも「旧東海道」のプレートが埋め込まれていて、間違いないことがわかるんですが、「ここを曲がれ」という、決定的な場所に何の表示もないのが辛いところ。
>これは横浜市内に限ったことではなく、どこでも同じなのが、歩みを進めるとわかってきます。

そう、これi-197
実は昔(中学生の頃)、自由研究で同じように奥州街道をやったことがあるんですけど、歴史文献を図書館で読み込んで、さらに地元の方への聞き取りなしに進むことはほぼ困難な状況でした。
※その文献すら数十年前のものなので、結構あてにならない

まして旧道の遺跡をキチンとした形で残すことイコール文化遺産を守るなんて発想は行政には殆どありませんからね。本当の価値を理解できる人が教育委員会や学芸員になるわけでもありません。
だからうちの両親みたいなのが教育関連のところに平然と行くことに…(以下略)
遠く東海地域の旧東海道も特に表示がなくて、家並みで判断できるような場所がありますね。あ、これネタバレじゃありませんから。



>八王子道は「絹の道」とも呼ばれ、横浜線の片倉(東京都八王子市)あたりまで行けば風情ある道も残っているんですが、ここではすぐ、今の八王子街道(国道16号線)にぶつかってしまいます。

以前、横浜線沿いに住んでいた頃、ちょいとばかり歴史に詳しい方に住んでいる場所を話すと「おっ、日本のシルクロードにお住まいですね」とよく言われたものでした。ワタクシもある程度は歴史をかじっているので「えぇ、まぁ」と返事してましたけど、実際にはそんな大した場所でもないので、その後のトークの膨らまし方に苦慮した思い出があります。
その八王子の「絹の道」(旧道)は違うことで有名になっちゃいましたが…


>「江戸見附」とは、宿場の江戸方にある見張り所のことで ~ 略 ~曲者じゃぁ~~~っ!!!!

「寄らば斬るぞi-199」(時代劇の見すぎi-237
保土ヶ谷は土塁程度だったようですが、『天狗騒乱』などに出てくる宿場町の描写を見ると夜間は木戸が閉められたりとそれなりの防犯上の施設だったようですね。「見附」やら「棒鼻」やらそうした地名が残るのは歴史ある街の証拠。大切にしてほしいものです。


>その先は、東海道線の踏切。その名も「東海道踏切」といいます。

ここi-237「富士/はやぶさ」を初めて撮ったのはこの場所でした(上ってくるのを望遠レンズで引っ張って)。最近はとんとごぶさたで、駅西口にあった白い灯台型の電話ボックスとかもどうなっていることやら…
行きにくい場所の一つでしたけど、もう時効成立でしょう(アナタ、コウイウバショオオイネ)。ま、いろいろあるんです。
余談ですけど、暫くあとになって電話がかかってきたらどうしようみたいなのは最近は(多分)ありませんからね。これも時効でしょうけど、7年ほど前に実家にある人物から電話があったときには冗談抜きで肝を冷やしました(その人物とはその時点で3年くらい会ったことはない)。友人の女の子に相談したら「あぁ、実家に『○○してください』みたいな郵便が届くよ。自業自得だね。お気の毒さま」と言われて心底ゾッとしたものでした。
ん、これって「ゾッとする話」ネタで使えるじゃん(やめなさいi-232)相手から「チェックメイト!」って言われる(だからやめロッテ!)


で、今回へ。

>鉄道も未開通で、人々は歩いて旅をし、夜になれば旅籠屋に泊まっていました。

実は鉄道開通後も旧道が機能していた地域や駅近くでは、旅籠がそれなり生き残ってきたんですよね。それが現在ではビジネスホテルなどに衣替えしていたりします(利用者を見るとまさに“商人宿”みたいな感じ)。しかも朝早くに横を通ったりすると、魚を焼く匂いが漂って「朝餉の準備だなぁ」なんて思ったりして。


>江戸を出てから最初の長い坂道です。しかも起伏やカーブがほとんどなく、一本調子なんですよ。この時点では、私もまだ箱根越えをしていませんから、「すごい坂だなぁ」と思いました。

箱根は確かに凄いですよね。甘酒茶屋の裏手の石畳も天気がいいから歩けるようなもので、荒天時には絶対に歩きたくありません。いまの1号だって登山電車の撮影でちょっと歩くだけでも、しんどいと感じる時ありますから。


>1980(昭和55)年、山の下に横須賀線の東戸塚駅が開業してからは、さらに開けた感じで ~略~ 開発以前は、さぞかし寂しい場所であっただろう・・・と想像されます。
>(前回分)保土ヶ谷駅の旅客ホームは昔、東海道線側にありましたね。

いかんせんワタクシはSM分離前を知らないもので、読んだ本などの記述や記録から推し量るより仕方ありません(当時のワタクシにとって東京はいまの京阪神より遠かったi-181まして横浜など…)。
工事真っ只中の頃に撮影された上りのブルトレなど、まさに早暁の原野を走るという表現がぴったり。清水谷戸トンネル付近はいまも昔もお立ち台ですけど、駅開業前は戸塚から1時間に1本程度のバスしかなかったという記述を読んだことがあります。
ここも「富士/はやぶさ」が消えてからは殆ど行ってませんね。


>この一里塚は、道の両側に塚があります。本来、一里塚とはこういうもので、遠くからでも目立つよう、道の両側に築かれていたのです ~ 略 ~ 写真を何百枚も見せられるサイトは、正直言ってうんざりです。

そうそう。結局のところ、東海道線ならキロポストを神戸までの500本以上をすべて見せられるのと同じですからね。
先述の奥州街道のときに現在は道路拡張で消えた一里塚に関して、地主の方からその証明書(町の文化財の認定書?)を見せていただいたこともありました。ただ、その後にとある研究機関が上梓した本には「存在したようだが、現在では特定ができない」と記されており、なんだ研究機関も大したことないじゃん!と一人ほくそえんだものでした。
あと、みっぴょんさんならではだと思うのが道沿いのトイレレポート。これ男性がまとめていたら記述なしでしょうね。歩く予定の方(特に女性)にはうってつけの情報。ナイスバッティンi-234


>この踏切は「開かずの踏切」として知られ、6~9時と16~21時の間は車両通行止めになっています。~略~ 少し離れた場所に、線路を潜る道路トンネルも建設中で、間もなく踏切は廃止される模様です。

「バリケードのある踏切」という印象の方が強い大踏切もいよいよ廃止が近づいてきましたか。10年くらい前に「ホリデー鎌倉」の日中の回送をこの踏切を入れて撮ったのが懐かしく思い出されますi-228
戸塚も西口は再開発ビルができて変わりましたね。郵便局への道のりは明らかに駅裏の侘しい街並みでした。それはそれで味がありましたけど。で、その場所で大団円


>疲れたので駅前の再開発ビル「トツカーナモール」内の喫茶店でケーキセットを。

なんだか読んでる当方がホッとする画像i-179。そうか、あのビルには珈琲館が入ってるんですね。久々に東海道筋にも…いや、もう少し時期が経ってからかな?

そういえば、651の記事のコメントで「ふく爺」さまからコメント頂戴しまして、ありがとうございました。ワタクシのコメントなどを見てくださっているなんて嬉しい限りであります。今後もよしなにお願いいたします。

漸く春なのに、いろいろあって気持ちが重い「たか」でした。
ではe-463

aki様

こんにちは。
(*'-'*)

>権太坂の名前の由来はやはり人名でしたか
>何となくそんな気がしてました
>犬の名前ではないですよね
(・_・)ヾ(^o^;) オイオイ

私は、「私財を投じてこの坂道を開いた、昔の有力者」かなにかの名前かと思ってましたが(そういう事例も多いので)、
「勘違いしたおじいさん」の名前とは。。。。
>戸塚辺りまで来ると高台から富士山が良く見えてくますよね
>東戸塚は子供の頃に自転車探検隊で行きました!

「自転車探検隊」(笑)。
子供たちは、必ずやりますよね。

>品濃町・不動坂は分かる分かる
>環状道路なんて完成しないと思ってましたが出来てるんですよね!
>環状2号線は便利な道路ですよね!

こんなの「絶対に完成しないだろう」と思ってたら、出来ちゃいましたね。
もっとも、建設が決定したのは、調べたら1950(昭和25)年のことだそうですから、全線開通まで50年ぐらいかかったわけですね。

>開かずで有名な戸塚の大踏切もデッキ出来て
>地下道路もまもなくのようですね!
>これもまた出来ないと思っていたのに…

「線路を高架化するのか、どうするのか?」と思っていたら、結局「歩行者はデッキへ、車はトンネルへ」という方式で落ち着きましたね。
これも、何十年かかったのか知りませんが。。。。

>戸塚の再開発も完成して「とつか再開発くん」も引退したみたいです

彼は結構、人気者だったんですけどね。
噂では、金沢区に引っ越して、金沢八景でひっそりと暮らしている・・・らしいですよ。
「八景再開発くん」として再登場するのに期待しましょう!

次回は戸塚から藤沢です。ここも、見覚えのある道かも。
では~♪ (*'​-')​ノ

たか様

こんにちは。
(*'-'*)

>♪パック、インミュージック~

なんか特番やってたね。三日間連続で。
私は、初日だけ聴きましたが。

>そうそう、うっかり先般「今年中に愛知県境まで」なんて記してしまいましたけど、筆が進まないのではいくら取材しても今後が大変ですよ。失礼いたしました。

写真とメモを照合したり、資料調べをする時間が結構かかるんですよ。

>渡し舟シリーズだってあるわけですし…(なにもいま言わなくても)。

渡し舟は、まず「ここにある」という情報が少ない。
それに、舟自体の運賃は無料または格安なんだけど、そこまで行くJRとかバス・タクシーの運賃が猛烈に高くつく。
それで、やたらには取り上げられないんですよ。まあ、関東には現存する渡し舟自体が少ないですけどね。

>余談ですけど、暫くあとになって電話がかかってきたらどうしようみたいなのは最近は(多分)ありませんからね。

知らん人から突然電話があって「俺だよオレ、オレ!」とか言われても、絶対に相手にしてはいけません。
あと、最近は流行ってないらしいけど、「あなたにハワイ旅行のクーポンが当たりましたから、取りに来てください」とか言って誘い出し、何か買わせる・・・というのもありました。
私は「ハワイは鉄道がないから行きたくない。ヨーロッパにしてよ」と言ったら、相手は怒ったのか「ガチャン!」と切られました。。。。

あ・・・そういう話ではないのか。。。。
(*゚ー゚)ゞ

>清水谷戸トンネル付近はいまも昔もお立ち台ですけど、駅開業前は戸塚から1時間に1本程度のバスしかなかったという記述を読んだことがあります。

ふ~ん、最近は行ってないけど、あそこ、今は「お立ち台」なんだ。
じゃあ、もう行くのやめた。
昔(15年ぐらい前)は、何か特別な列車が通る場合は知らないけど、レギュラーのブルトレを日曜日あたりに撮りに行っても、誰もいなかったよ。

>ただ、その後にとある研究機関が上梓した本には「存在したようだが、現在では特定ができない」と記されており、なんだ研究機関も大したことないじゃん!と一人ほくそえんだものでした。

松本清張の初期作品「断碑」のテーマもそうだし、今、問題になっている「STAP細胞」にしても「問題の根源は、どうせそれだろう」と思うけど、
学者っていうのは派閥争いがすさまじくて、違う派閥から新しい学説が出ても、簡単には認めませんからね。
だから、誰かがその証明書の存在を公表しても、「一里塚の場所は特定できない」という定説を簡単に曲げることはないでしょうね。
それが「学界」です。

>あと、みっぴょんさんならではだと思うのが道沿いのトイレレポート。これ男性がまとめていたら記述なしでしょうね。

いや、だって本当に困ったんだもの(苦笑)。。。。
「食べたら出す」というのは生物の基本で、男も女もないと思うんだけど、なぜかこういう「いちばん知りたい情報」がないのよ。。。。
女性が書いた五十三次のレポートもありますよ。私も三つか四つ読んだけど、「ここにトイレあり」なんてことは、一言も書いてありませんでした。

>戸塚も西口は再開発ビルができて変わりましたね。郵便局への道のりは明らかに駅裏の侘しい街並みでした。

それを全部壊して「トツカーナ」にしちゃったんですよ。あれは、思い切った「再開発」です。
もちろん、何十年もかかった結果ですが。。。。

>漸く春なのに、いろいろあって気持ちが重い「たか」でした。

あたしも気が重いよ。給与明細は届いているんだけど(経理部は土日・祝日は休みだから。実際の支給は24日)、
2月分は手取りが少ないから。。。。
ウゥゥ(;_;)
だって、基本給とか住宅手当などは不変だけど、2月は28日しかないので、残業代とかは少ないでしょう。

東海道も、丸子から先は「今、手元にある青春18きっぷが有効なうちに、どこまで進めるか?」が思案のしどころで、
・「宇津ノ谷峠を越えて、とにかく岡部までは」
(岡部で中断しても、バスで焼津へ抜けられる)
・「なんとかして藤枝まで行かれないか?」
(藤枝は、宿場町とJRの駅が全く離れているので、アプローチが大変)
・「(宿場ではないけど)六合駅まで行ければ御の字」
・「島田まで行ければ大満足」
・「金谷までは、今回は無理だろう」
・・・と考えていますね。
金谷を出ると、日坂は現在、宿泊場所もなく、最寄り駅へ離脱する方法もないので、掛川まで歩き続けるしかありません。
このように、次行程を勘案しつつ、旅費と時間の都合も考えなければなりません。

だから、そう簡単には進まないわけですよ。。。。
藤沢とか平塚あたりをうろついていた当時は、東京から短時間で、しかも安く現地を往復できたのが懐かしいです。
(春のいすみ鉄道訪問は「4月以降に延期」。あそこは、別に「18きっぷ利用」に固執しなくても、安く行く方法はいくつかあるからね。
茨城県の「あの私鉄」も同様。あそこも高速バスが使えるのと、公式サイトを見たら、最近はあんまり旧型車両が動いていない模様なので、ここも「1~2ヶ月程度延期」としました。)
では~♪ (*'​-')​ノ

長〜い

こんばんは。
東海道五十三次シリーズ、歩いて、記事にするのは本当に大変だと思いますが、どんな話が出てくるのか、楽しみです。

横浜在住の知人から、「横浜は起伏が激しい」とは聞いていましたが、記事を読んで、起伏に富んだところなどだと改めて認識しました。

武蔵国と相模国の堺は戸塚近辺、かつての旅籠がまだ残っている、境内を線路が横切っているお寺、一里塚の意味など、全く気にしていなかったことがいろいろわかり、何度も読み直しました。

記事を読んでいると、堀 淳一氏の著書のイメージと重なるような気がします。

将来は、本を出版か⁉

103おじさん様

こんばんは。
(*'-'*)

>横浜在住の知人から、「横浜は起伏が激しい」とは聞いていましたが、記事を読んで、起伏に富んだところなどだと改めて認識しました。

横浜には「**山」という地名、多いですよ。動物園のある「野毛山」のような。
ただ、実際は「山」というより「丘陵」で、それほど高くないのが、
同じ港町でも六甲を控えた神戸との違いです。
六甲山は高く、深いですからねぇ。私も神戸電鉄に乗ったとき、びっくりしましたよ。

>武蔵国と相模国の境は戸塚近辺、かつての旅籠がまだ残っている、境内を線路が横切っているお寺、一里塚の意味など、全く気にしていなかったことがいろいろわかり、何度も読み直しました。

なるべく「豆知識」的なものを入れようと思っています。

>記事を読んでいると、堀 淳一氏の著書のイメージと重なるような気がします。

高校のとき、河出文庫版の『地図のたのしみ』を読みましたね。
(現在、文庫版は絶版になっており、「KAWADEルネサンス」のシリーズに入っていますが、確か2700円だったか、結構高価です。)

昔、『鉄道ファン』誌で堀先生がヨーロッパのローカル線紀行を、
『鉄道ジャーナル』で国鉄の山之内秀一郎氏(後のJR東日本会長。故人)がヨーロッパの幹線鉄道について連載しており、
それを愛読していたので、「将来、絶対に行ってみよう」と思いましたよ。
(その夢は、28歳のときに実現しましたが。)
では~♪ (*'​-')​ノ

53次

ゆっくり歩くといろいろな物が見えてきますね。歩いて珈琲館のケーキセットでのんびりするのもいいですね。
札幌まだしばらく寒いですが、もうすぐ春が来ます。例年だと4月初めごろには雪が消えます。

びゅんびゅん丸様

こんにちは。
(*'-'*)

>ゆっくり歩くといろいろな物が見えてきますね。

見えますね。
(´∀`*)ウフフ

>歩いて珈琲館のケーキセットでのんびりするのもいいですね。

ところが、このときは張り切って「よし、今日中に藤沢まで行っちゃおう!」と考え、そそくさとコーヒーを飲んで再び歩き出してしまったんですよ。
要するに、興奮して「躁」状態だったんだろうなぁ。。。。
結果的に、日没後だから写真は撮れず、2年後に再訪・再撮影することになりましたから、あんまり意味はなかったかもしれません。。。。

>札幌まだしばらく寒いですが、もうすぐ春が来ます。例年だと4月初めごろには雪が消えます。

季節の変わり目って体調崩しやすいから、お気をつけて!
では~♪ (*'​-')​ノ

鶴見から権田坂近くに移り住んで、十ウン年。旧東海道が1号線から離れて、東戸塚の駅の方にあったり、武蔵の国境があったりとワクワクで、読めました。歴史ホント面白い!ありがとう。横浜市は品川区のようにもっと旧道を整備すべきなのになぁ。。。

sumioC57様

こんにちは。
(*'-'*)

>横浜市は品川区のようにもっと旧道を整備すべきなのになぁ。。。

横浜は、なんといっても「港」が売りで、市としては旧街道にあんまり関心がないんだろうと思いますね。

合併で横浜市になった今の緑区とか都築区、あるいは旭区や泉区の方は、港がある中区の方とはまた考え方が全然異なるし、大きな市は、全体として何かを決めて実行するのが難しいんだろうなぁ・・・と思います。
(東京都の特別区は、他の都市の「市」と同じくらいの権限と予算を持っているので、ちょっと別格です。)

では~♪ (*'​-')​ノ
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