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輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション28 東海道新幹線1950-60 2014年 06月号 [雑誌]

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(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

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幻の113系グリーン車を「妄想」してみる(笑)

横コツ113系K60編成(クハ111-537他)(2004年7月・品川駅)

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)

『鉄道ピクトリアル』2012年12月号で211・213系電車が特集されましたが、その中に「211系・213系近郊形電車のあゆみ」(平石大貴氏)という記事があり、
さらに、記事中の囲みとして「2階建てグリーン車導入の検討と4号車への組込」というコラムが掲載されました。
この囲み記事が妙な妄想・・・いや、想像をかきたてられる面白い内容だったので、ちょっとご紹介したいと思います。

1988(昭和63)年、JRが発足した直後のことですが、世はまさに、バブル景気に酔い痴れていた時代・・・。
(*'。'*)つЦゥィーッ!
東海道線(東京口)の普通列車に連結されていたグリーン車は、好景気に乗って連日「満員御礼」の状態で、通勤時には130%の乗車率になり、せっかくグリーン券やグリーン定期券を持っていても座れない人が多く、問題になっていました。
(ё_ё)
そこで、当時の主力車両だった113系電車にグリーン車を増結することが検討されたそうですが、これが、今振り返ると面白いんですよ。
今回は、これらを図と絵で解説したいと思います。
なお、雑誌掲載の図では形式称号の記載が「Tc111」「M'112」のようになっていましたが、その種の「サフィックス記号」は一般的ではないので、このブログの図では「クハ111」「モハ112」のようにしてあります。

1.基本編成への組み込み
4号車と5号車(いずれもサロ110形グリーン車)の間に、「新・5号車」としてグリーン車を挿入する案です。
図1

113系の基本編成は電動車(M)6両、付随車(T)5両の「6M5T」で11両編成を組んでいましたが、この案では付随車が1両増えることになります。
「6M6T」では全体のパワーが落ちてしまい、基準運転時分が延びてしまう・・・という反対論があって、これは廃案になりました。

ただ、113系のモハ112・113形のモーター出力(1時間定格出力)は120kWですが、100kWのモハ110・111形との連結も可能で、基準運転時分は出力の低いモハ110・111形に合わせてあるという話も聞いたことがあります。
しかし、モハ110・111形は少数しか作られずにモハ112・113形へバージョンアップしてしまい、1980年代末期の首都圏には配置されていませんでした。
そこで当時、『鉄道ピクトリアル』誌に曽根 悟氏(現:東京大学名誉教授・JR西日本社外取締役)が「現状における113系の使い方はもったいない。基準運転時分を見直し、本来の性能を発揮させるべきだ」との意見を発表し、私も読んだ記憶があるんですが、それを当時のJR東日本が真剣に検討した形跡はありません。
この「パワー不足問題」は、また後で出てきます。

それと別に、「JR東海に12両編成が直通することになる」点も問題になりました。
その頃は、まだ東京~静岡間を直通する普通列車が昼間も当たり前に走っていましたが、新しい片浜駅(1987[昭和62]年3月21日開業)などはホームが10両分しかなく、11両編成では、最後部1両はドアを締め切っていたくらいですが、
さすがに2両もドアを締め切りにするのは旅客サービス上も、車掌の安全確認上も問題で、12両編成では実質的に「片浜駅などには停車できない」ことになってしまいます。

2.付属編成への組み込み
東京方に4両連結される付属編成(増結車)に、グリーン車を1両増結する案です。
付属編成は東京~熱海間(実際には、ほとんど東京~小田原間)で連結され、静岡方面へ行くことはありません。
図2

しかし、グリーン車が4・5号車と13号車に分離されてしまうと、お客さんは「前寄りに乗るべきか、後ろ寄りに乗るべきか」迷ってしまい、旅客案内上好ましくありません。
また、13号車専属の車掌さんが一人必要になりますから、「要員増になるのを避けたい」内部事情もありました。
内部事情といえば、まだ当時は留置線の長さが4両分の長さしかない駅もあったようで、5両編成を入線させるには延長する必要があります。
「好景気である」とはつまり、「地価が上がったから」というのも理由のひとつでしたから、高いお金を払って留置線を延長するなど論外です。

また、付属編成は全部JR東日本所属だったわけではなく、JR東海(静岡運転所)所属の編成もありましたが、それにもグリーン車を組み込むつもりだったのかどうか。
クハ111-630他4連(静シス・T8編成)(2004年8月14日・国府津駅)

「普通車は東海持ち、グリーン車は東日本持ち」とも考えられますが、両社はそんなに仲も良くないし、検査や車両交換のことを考えるとちょっと無理な感じもしますね。
さりとて「付属編成にグリーン車が入っているのは、東日本編成だけ」となると、駅での旅客案内が面倒くさくなりますから、現実的ではありません。

3.組成変更して組み込み
編成を組み直し、8号車または9号車に新・グリーン車を組み込む案です。
図3

図上段の案では、新・グリーン車はサロ(付随車)とし、9~12号車と、13~16号車(増結車)はクハ+モハ+モハ+クハの編成で共通化するつもりだったようです。
この案では、サハ111形が姿を消しています。9号車に組み込むクハは、サハ111形を先頭車化改造する考えだったんでしょうか。

図下段の案は、9号車を制御車とするつもりだったらしく、原図には「T'sc」とあり、「クロ」のようです。
なぜ、これを「クロ」とするつもりだったのか、よくわかりません。
編成をバラして「クロ+モハ+モハ+クハ」の4連を走らせる・・・といっても現実的ではないし、
クロ+モハ+モハ+クハ+クハ+モハ+モハ+クハの8連を伊東線あたりで運行するつもりだったのか、とにかくこれは「謎」です。
(・.・)?
実際には、ここでも「パワー不足」の問題が出て、中間に挟み込むのはクハではなく、1M方式に改造したモハとか、あるいは「モロ」も検討したようですが、
「先頭車化改造」にしても「電動車化改造」にしても、手間とコストがかかる話ですから、結局は廃案になりました。

4.最前部または最後部への連結
新・グリーン車は制御車(クロ)とし、最前部または最後部に連結して、グリーン車の利用者が少ない時間帯には切り離す案です。
図4

この案が最も「キワモノ的」で、「朝、東京駅に到着した上り列車のを切り離し、夕方、東京駅を出発する下り列車に連結する」と考えられました。

これですが、当時最もポピュラーだったサロ110形1200番代車(下の写真)に、クハ111形の運転台を取り付けた物だったのかなぁ・・・と思い、
サロ110-1287(横コツ・K57編成)(2006年3月8日・東京駅)2

それを絵にしてみました。
(*'-'*)つ
P4240006.jpg

しかし、原文をよく読むと、当時余剰車が多かった「サロ183形1000番代車(下の写真)からの改造」を前提にしていたようですね。
サロ183形1000番代(2004年8月・新宿駅)

だとすれば、こんな感じでしょうか。
(*'-'*)つ
P4240007.jpg

絵にするにあたって、できるだけ改造の手間を省くため「タネ車にはあまり手を加えない」条件で描いてみましたが、問題点もあります。
車内販売準備室をつぶして運転台を設けたのはいいとして、車掌室の位置は、あまり理想的ではありません。
本当は、トイレの隣に設けたいんですよ。
なぜなら車掌室は、普通車とグリーン車の「関所」としての役目もあり、普通車(2号車)に近い位置にしたいのです。
しかし、客室をパーテーションで区切って車掌室を設けるのでは客室定員が減ってしまい、本末転倒です。
それで仕方なく、タネ車の車掌室をそのまま使うことにしましたが(窓の位置は、戸袋を設置するため左右変えてある)、
そうすると「運転台のすぐ後ろに車掌室」になってしまい、「関所」としての役目は果たせません。

また、「東京駅で開放・増結する」といっても、「品川(田町)とか国府津の電車区との間の回送運転は?」という問題がありますよね。
それでは・・・結局「クモロ」になるんですかね? クモヤ143形(下の写真)みたいな「1M方式」で、単行運転ができる。。。。
クモヤ143-7(横コツ)(2006年10月15日・国府津駅)

絵にしてみると・・・こんな感じですか?
(*'-'*)つ
P4240008.jpg

これは、いろいろな意味で「無理だろう」と思いますね。絵なら、描こうと思えば描けるけど、実車となると。。。。

まず、床下に機器類がびっしり設置されているのに、冷房装置を起動させるためのMG(電動発電機)を設置するスペースがあるのか?
(クモヤ143形は非冷房車)
同じく、トイレのための汚物タンクを設置するスペースがあるのか? 簡易な「カセット式」でやっと・・・という感じで、東海道線(東京口)の車両に多く使われている「循環式」の設置は無理なようです。
水タンクは、クモハ112形(JR西日本)の例に倣って床上としましたが、そういうデッドスペースを車内に設けるのは感心しません。客席を一つでも増やすのが本筋です。

これだけ大掛かりな改造をして、定員は何人になるのか・・・というと、わずか40人程度と想定されます。
サロ110形1200番代車の定員が1両60人、2両で120人。
冒頭に「乗車率130%だった」と書きましたが、36人分の座席を確保すれば座れない30%の人を救済できるものの、そんなのは「数合わせ」に過ぎませんね。

いずれにしろ、この「クモロ」は外観が面白いわりに、実務的には「無理」と「無駄」が多いつまらない車両である・・・と言えそうです。
唯一のメリットは、電動車ですから例の「パワー不足」問題は一応解決するという点だけでしょうか。

5.「グリーン車専用列車」の運行
そんなのも検討されたそうですよ。なんとまぁバブリーな話なんでしょう(笑)。。。。

おそらく全車指定席で、「湘南ライナー」のように停車駅の少ない「特別快速」的な列車として湘南と東京を結んだであろう・・・と想像されます。
これもサロ183形1000番代車を改造するつもりだったようですが、通勤のため毎日乗るお客さんが対象ですから、さほど豪華である必要はなくカジュアルな車両でしょうね。
編成は、せいぜい5両ぐらいだろうと思います。

そこでサロ183形の車体に、クハ185形の頭を取り付けた物を想定して描いてみましたが。。。。
(電装品は、どうせ新品を設置しなければならないので、その性能は113系にこだわらず「185系と同等」と想定しましたが、これは「私案」です。実際にJRがどういう物を想定したのか不明。)
(*'-'*)つ
P4240004.jpg

「相模湾」と「グリーン車の帯」をイメージして描いてみたんですが、私はデザインのセンスがないので、ANAの飛行機かJRバスか、 あるいは新潟の485系(いなほ/北越用)みたいな感じになっちゃいましたね。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
なお、この車両はライナー列車用ですから、「特急用車両」のシンボルである「羽根」のエンブレムは本来不要ですが、まあ「イメージ」ってことで(笑)。

5つの案が検討されましたが、どの案でも問題になったのは「昼間や土曜・休日には、グリーン車の需要は少なくなる」ということでした。
「4」で「東京駅での切り離し」が検討されたのは、そのためです。
東海道線の東京口や横須賀線・総武線快速では、「グリーン車の普通車代用」は実施しないことになっており、どんな短区間の列車でもグリーン車はグリーン料金が必要です。
(現在でも、回送を兼ねた「大船発逗子行き」「津田沼発千葉行き」とか、夏場の花火大会開催日に走る臨時の「熱海発小田原行き」といった短距離列車でも、グリーン車はグリーン券が必要。)
閑散時間帯に「普通車代用」をやるのが嫌で、JRはグリーン車増結に二の足を踏んでいたふしもありますが、当時はグリーン料金の「時間帯割引」とか「曜日割引」といった発想はなかったようです。

また、「5」のグリーン専用列車が廃案になったのも「多額の改造費をかけても、ラッシュ時間帯以外の用途がない」からでした。
間合い運用で、伊豆方面へ行く「オールグリーン車特急」を運行するとか、夏場は軽井沢方面にも行くとか・・・いかにあの好景気時代であっても、乗る人がいたかなぁ?

結局のところ、どうなったかというと。。。。
「増結」ではなく、「2階建て」で定員を増やす発想に転換されます。
211系に組み込まれたサロ212・213形2階建てグリーン車と同等の仕様で、サロ124・125形グリーン車が作られ113系に組み込まれましたが、定員は1両90人と、一挙に広がりました。
サロ124形(車号不詳・横須賀線からの転用車)(2004年8月14日・国府津駅)

サロ124-21(横コツ)(2006年3月8日・東京駅)

「閑散時間帯」対応としては、1988年頃からだったと思いますが「データイムグリーン料金回数券」が発売されました。
これは4枚綴り2000円のグリーン券で、平日は11時以降に東京駅へ到着する普通・快速列車(終列車まで)と、16時30分以前に東京駅を出発する普通・快速列車(始発列車から)に有効で、1枚あたり500円という安さでした。
平日は時間制限がありましたが、土曜・休日と年末年始は、一日中利用できました(発売開始当初は、購入日から3ヶ月間有効だったが、後に1ヶ月に短縮)。
私は「デーグリ」などと呼んでいましたが、「ホリデーパス」との併用でずいぶん重宝したものです。
(*'-'*)
JRは、これをわりあい積極的に売っており、車内では買えない代わりに、窓口や券売機だけでなく、東京駅などではホームの事務室でも売ってましたね。
この切符は、2004年10月16日から「Suicaグリーン券」システムが導入され、グリーン料金が「平日料金」「ホリデー料金」の二本立てになって総体的に値下げされたのを機に、廃止されました。

サロ124・サロ125形は、2006年(平成18年)3月のダイヤ改正で東海道本線(東京口)から113系が撤退した際、改造されて211系(サロ212・213形)に編入されました。
サロ212-1119(高タカ、元・サロ124-19)(2010年5月29日・高崎駅)

サロ212-125(東チタ、元・サロ124-25)(2011年10月15日・辻堂~茅ヶ崎間)
それも、現在は東海道本線(東京口)から211系が撤退し、高崎線の211系もごく少数になってしまったので、ほとんど見られなくなってしまいましたね。
ウゥゥ(;_;)
2階建て車両といえば、1993~94(平成4~5)年に「湘南ライナー」用として215系(10両編成)が4本作られました。
215系(2004年7月26日・保土ヶ谷~東戸塚間)

これは普通車830人分・グリーン車180人分=計1010人分の座席を持つ、収容力の大きな車両ですが、いかにせん昼間や土曜・休日は持て余し気味で、
一時は昼間の快速「アクティー」や湘南新宿ラインにも使われましたが、現在は平日朝夕の「湘南ライナー」「ホームライナー小田原」「おはようライナー新宿」以外の定期運用はなく、
それ以外は3月~11月の土曜・休日に中央本線の「ホリデー快速ビューやまなし」に充当される程度で、保土ヶ谷とか茅ヶ崎の留置線や、国府津車両センターで休んでいることが多いですね。

長ったらしい文章と、下手くそな絵に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
(*'​-')​ノ
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サンパチくん!?

みっぴょんさん、こんにちは!

サロ1831000番台改造サロ!
車体断面や車高が違っていて、近郊型湘南色塗り分けでもおもしろくてしょうがなかったのに、さらに東海型ふう顔をつけたら、妄想するだに笑いが。切妻のサンパチ顔だったかもしれませんよ! くっくっく!

「匿名希望」様

(JR社員で、かつて車掌として東海道線に乗務されていた・・・という方からコメントをいただきました。)

こんにちは。
(*'-'*)

グリーン車の連結位置を4・5号車から端に変更してほしい・・・という考え、やはり部内にはあったんですか。
確かに、いちばん混雑する付近にグリーン車っていうのもなぁ。
(これはモハ80系の「湘南電車」時代からの伝統なんでしょうね。)
でも、各駅にある「グリーン車はこの付近に停車します」と書かれた標示を移設するだけで、莫大なお金がかかっちゃうんですね。。。。

サロ110形の特急車から改造したアレ、部内の方からすれば「扱いにくい車両」だったと思いますが、私は好きだったなぁ・・・乗り心地は良かったですから。

でも、冷暖房の扱いといい、乗務員の方々は大変だったんですね。
また、遊びに来てくださいね~♪
(*'​-')​ノ

きえふにいさん様

こんにちは。
(*'-'*)

「サンパチくん」・・・クモハ112・113形3800番代車ですね。福知山支社にいた。。。。
アレは「魔改造」車でしたね。私のデザインセンスも大したことないけど、「もっとセンスのひどい人がいるんだなぁ」と思いましたよ(笑)。

クモハ112・113形初期の「800番代」車は、国鉄末期に登場しましたが、あの頃は
「113系であるからには、”東海形”顔でなければならぬ」
とか、
「福知山管内の列車には、トイレがあるのが当たり前だから、これにも取り付けなければならぬ」
とか、手間がかかるのを承知で「ちゃんと作ってた」わけですね。
吹田工場か鷹取工場で改造したんじゃないかと思いますが、当時は「矜持」(きょうじ)ってもんがあったんでしょうね。

ちなみに、私はそのクモハ112・113-800を、なぜか紀勢本線で見ましたよ。
串本駅の駅員さんに聞いたら「本当は、こっちで使う車両やない。福知山の車両やけど、まあ”試運転”みたいなもんやな」とのことでした。「試運転」と言いつつ、旅客列車に使ってたんですけどね。

クモハ112・113-3800は、実車を一回も見ないうちに廃車されちゃいました。

東日本が「サンパチくん」を作ったかなぁ?
1988年ごろだったら、やはりちゃんと「東海形」顔にしたんじゃないかって気がしますし、
今なら、鶴見線とか仙石線の205系みたいな顔も考えられるけど、それでも「サンパチくん」よりはまともですよね。。。。

では~♪(*'​-')​ノ

回送もとい回想&妄想

お疲れ様ですi-6i-2

今回はイラスト頑張ってますね。
運転台付きのロザの側面図を見ながら、クロ481の100代や急ごしらえのクロ150-3を思い出しました。

あのピクトリアル、詳しくは覚えてませんでしたが、そんなこと書いてありましたね。確かに後々のことを思えば2階建てで正解だったんでしょう。

>また、「東京駅で開放・増結する」といっても、「品川(田町)とか国府津の電車区との間の回送運転は?」という問題がありますよね。

東京で開放・増結と聞くと、大昔のクモユニの世界ですよねぇ。
もっとも分割民営化頃には東京の荷物ホーム(側線)も使えなかったような気がしてます。機留線にはラッシュ後の九州特急の回送用に66が駐機してましたし。もし実現したらどうなっていたんでしょうね。

>「グリーン車専用列車」の運行
そんなのも検討されたそうですよ。なんとまぁバブリーな話なんでしょう(笑)。。。。
間合い運用で、伊豆方面へ行く「オールグリーン車特急」を運行するとか、夏場は軽井沢方面にも行くとか

いかにあの好景気時代であっても、乗る人がいたかなぁ?

いやホント、バブリーな話ですよねi-237今なら「和」みたいに大人の休日&CT・四季の華で使用頻度が高くなるかもしれません(笑・もっとも普段の通勤用を「和」みたいに使いたくないからなぁ)
最近は乗車区間が長くなれば積極的にロザを利用しますが、「デーグリ」があった頃は普通列車とはいえ何となく敬遠、いや敷居が高く感じられましたから。ある意味、今はいい時代なんですね。

>2階建て車両といえば、1993~94(平成4~5)年に「湘南ライナー」用として215系(10両編成)が4本作られました。

これ、本当に平日の日中はガラガラで、熱海方面から帰ってくるときなど時間調整してまで215充当のアクティーに乗っていたものでした。
悲劇だったのは湘南新宿ラインの列車に充当されて、乗降時間が延びるという変な評価を下されたことでしょうね。真昼間に茅ヶ崎でゴロゴロしているのを見かける度に可哀想な気がしてます。

というわけで、なんだかんだ言っても113のような乗るだけで「あぁ、旅してるなぁ」と感じる車両が減っていくのが悲しい「たか」でした。

ではe-463

こんばんは

113系グリーン車ネタ傑作ですね
(^.^)
編成表を手書きで載せるのもみっぴょん様らしくいいですね!
16両にする考えがあったんですね
クハモハモハサロサロ…
(・.・)
最前部・最後部に連結する発想も面白いですね
ひとりで走れるクモロ~がいいです!
グリーン車専用というのもバブリィ~な考えですね
今でいうライナーですかね
グリーン車は2階建てになった訳ですが2階建てってみた時には驚きました
215系のあくてぇ~に乗った記憶あります
湘南新宿ラインにも走ってましたよね
(@.@)
今回も楽しく充実した内容で熟読しました
お疲れ様でした
(^.^)v

湘南電車

こんばんわ、久しぶりの湘南電車の話ですね。
’83〜90年代前半の東海道線グリーン車は、本当に多種多様で、見るにも模型ネタにもいいものでした。
東海道線の111系、田町、国府津には配置はありませんでしたが、静岡の車、熱海以西だけではなく、東京にも国鉄時代の終わりまで入線していたはずです。
’84 国鉄電車編成表でも、静岡のグリーン車組込み編成の一部に、111系のユニットが組込まれているのが確認できます。
また、東京発静岡行きが普通だった当時は、静岡に多数残存する111系にスジを合わせざる得なかったと思われます。(’84 4/1現在静岡配置
113系ユニット51ユニット 111系ユニット34ユニット)
また、限流値を上げれば、変電所の容量にも影響、加速度が上がれば、踏切など、地上設備にも影響するなど、当時の担当者は相当苦労されたと思います。
まぁ、難しい?話は置いて、先頭車へのグリーン車組込み、グリーン車の先頭車化改造、どうも想像がつきません。
かつての715系、419系みたいな感じになりそうです。
近郊型の平屋グリーン車は、事実上消滅してしまったようですね。
二階建てグリーン車の平屋部分に、少し面影はありますが…
113系本来のサロから特急改造サロ、急行改造サロなど、何でもありの時代が懐かしく思い出されます。

たか様

こんにちは。
(*'-'*)

>もっとも分割民営化頃には東京の荷物ホーム(側線)も使えなかったような気がしてます。機留線にはラッシュ後の九州特急の回送用に66が駐機してましたし。もし実現したらどうなっていたんでしょうね。

回送線(いわゆる「11番線」)が廃止されちゃいましたからね。
ブルトレをELが順送りに品川まで回送・・・っていうのは、推進運転ができない苦肉の策だったんでしょうね。
推進運転って、規程では25km/h以下なんですよ。
そんなに足が遅くてはダイヤに支障がでちゃうし。
上野~尾久間だけは特例で45km/hまで出してますが、アレは途中駅がないからで、東京~品川間では「新橋駅にホームがあり、しかも、一日中混雑しているから45km/hはダメ」と、運輸省が許可しなかった・・・という話です。

>最近は乗車区間が長くなれば積極的にロザを利用しますが、「デーグリ」があった頃は普通列車とはいえ何となく敬遠、いや敷居が高く感じられましたから。ある意味、今はいい時代なんですね。

そりゃ20年前には、たかさんも私も「今より20歳若かった」わけですから、敷居が高く感じられて当然ですよ。
私はむしろ、「”お金を払えば出入りできる”というものではない、大人のための場所」があってもいいと思いますね。
もっとも、そう考えるのは私が「老朽化」してるからですけど(笑)。

>これ、本当に平日の日中はガラガラで、熱海方面から帰ってくるときなど時間調整してまで215充当のアクティーに乗っていたものでした。

時間帯や曜日にもよるのかもしれませんが、異常に混んでる215系の「アクティー」に乗ってしまい、閉口したこともありますよ。
215系は「全員着席」前提ですから、座れないと、つらいんですよね。
113系だったら吊り革もあるし、座れなくても「立つためのスペース」があるんですが。。。。

では~♪(*'​-')​ノ

aki様

こんにちは。
(*'-'*)
>113系グリーン車ネタ傑作ですね

ありがとうございます。
m(*'-'*)m

>編成表を手書きで載せるのもみっぴょん様らしくいいですね!

これね・・・本当は「ワード」か何かで作図するつもりだったんですよ。

ところが、この企画自体、本業の合間にやってるから、立案してから取材・執筆・作画に10日ぐらいかかっていた(笑)。。。。
このブログは「休日に何回分かまとめて読む」方が多く、大型連休前にはUPしたかったんですが、編成表作成に時間がかかっちゃうとUPがさらに遅くなるので、「取りあえず手書きでも何でもいいからUPしちゃって、後でパソコンで作ったら差し替えればいいや」ってことです(笑)。
(*゚ー゚)ゞ
ワードでこの手の図を作ったことはあんまりないし、都合よく「前に作った図をコピー」ってこともできなかったんですよ。
手書きなら、4点作るのに1時間ぐらいでしたが。。。。

ウィンドウズ標準装備の「ペイント」で作れないこともないけど、かえって面倒くさそうでした(試したけど、意のままにならなかった)。
枠線だけ、紙に手書きで書いてスキャンし、画像補正ソフトで文字を入れる・・・っていう方法もあったんですけどね。

>ひとりで走れるクモロ~がいいです!

単独で走るのは回送列車のみだっただろうと想像されますが、「回送運転」といっても、東京~国府津間約80キロのロングランも想定されます。
ですから、運転設備は略式ではなく、本格的なものだっただろうなぁ・・・と考えて描きました。

>グリーン車専用というのもバブリィ~な考えですね

バブリーですよねぇ。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚

>215系のあくてぇ~に乗った記憶あります
>湘南新宿ラインにも走ってましたよね

走ってました。初期の新宿ラインは「全列車直通」ではなく、「新宿止まり」が結構あったんですよね。
横須賀線からE217系の新宿ラインもありましたが、これも新宿止まりで、大宮方面には行きませんでしたね。
あの頃は大塚付近の改良工事で、暫定的に単線区間があったため、全列車を横浜方面~大宮方面直通にできなかったんですよ。

しかし、115系の新宿ラインもあって、毎日、大船まで入っていましたが、最初から「これは一時的で、改良工事が完成したらE231系に置き換える」と予告されていたため、積極的にカメラを向けてました。
それも、近いうちにお見せしましょう。

では~♪(*'​-')​ノ

103おじさん様

こんにちは。
(*'-'*)

>’83〜90年代前半の東海道線グリーン車は、本当に多種多様で、見るにも模型ネタにもいいものでした。

車掌さんからすれば「統一性がなくて面倒」だったようですけどね。

>’84 国鉄電車編成表でも、静岡のグリーン車組込み編成の一部に、111系のユニットが組込まれているのが確認できます。

なるほど。。。。これは参考になります。ありがとうございます。
『’84 国鉄電車編成表』は、現在でも古書なら買えると思いますし、図書館などで閲覧できるかもしれませんので、どうにか入手にて勉強したいと思います。
(・。・)
111系のユニット・・・これが、いつ頃まで東京へ来ていたのかわかりませんが、1984(昭和59)年時点ではあったと。
しかし、ある時期で113系2000番代車に置き換えちゃったでしょうね。
東京南局としては、静鉄局の111系が入ってくるために「100%冷房車」にはならず、内心面白くない・・・という話を聞いたことがあります。

1986(昭和61)年11月ダイヤ改正で、グリーン車の入った基本編成は全部、静岡から国府津運転所へ転属して、そのままJR東日本へ継承されましたから、少なくとも、そこで111系の東京乗り入れは消滅しましたね。

>また、東京発静岡行きが普通だった当時は、静岡に多数残存する111系にスジを合わせざる得なかったと思われます。

特に、熱海以西はそうだったでしょうね。
東京~熱海間はスピードアップできたとしても。

>また、限流値を上げれば、変電所の容量にも影響、加速度が上がれば、踏切など、地上設備にも影響するなど、当時の担当者は相当苦労されたと思います。

まったく、おっしゃるとおりです。
変電所しかり、信号設備しかり。
そして、スピードアップすると「列車の通過時、踏切を早めに閉めなければならない」わけですから、そこで「開かずの踏切」問題が生じてしまうんですよね。

それでも、JRになってからは「プラス10km/hのスピードアップ」をやったりしてましたけどね。
東日本は、あまり積極的にPRしていませんでしたが、西日本の113系には「元番号+2000」の改造車がありましたね。
ただ、この改造車は京阪神で使っているうちはよかったけど、スピードアップの対象外だった岡山支社へ転属すると、「改造で取り付けられた装備は、岡山管内では使用しないので過剰。むしろ、ブレーキの増圧で乗り心地が悪くなっている」として、撤去しちゃった車両もあったんですが。。。。

この「改造グリーン車」もそうですが、国鉄末期は財務事情が厳しく、JR発足直後は、基盤がまだ固まっていなかったので資金が自由に使えなかったこともあって、
さまざまに「知恵を絞った」改造車が存在しました。

内情はわかりませんが、外部の者が見ると、今のJR東日本が「気前良く」新車を投入したり、そんなに古くもない車両を廃車しているのには驚きますね。

では~♪(*'​-')​ノ

113

こんばんわ。以前にも投稿いたしましたが、お久しぶりです。
東京方のグリーン車にこんな構想がありましたか。
横須賀線や東海道線はグリーン車の需要があっても総武線快速
は需要がなく、当初は普通車代用も考えていたそうですが、今では
総武線もグリーン車は立客がいるほど盛況であります。
以前113のグリーン車の中には特急車両の改造車がありましたね。
シートピッチが広いのでこの車両が来たときはグリーン車に乗りました。今では気軽に乗れるグリーン車ですが、当時は各駅停車ではあってもかなり贅沢でした。
最近はマイタウンダイレクト高速バスの普及で幾分利用者が減少しているようですが、朝夕は立っても乗車する人がいる状況です。

流星号様

こんにちは。
(*'-'*)

>横須賀線や東海道線はグリーン車の需要があっても総武線快速
は需要がなく、当初は普通車代用も考えていたそうですが、今では
総武線もグリーン車は立客がいるほど盛況であります。

どうも旧・国鉄は「千葉県をナメていた」っていうか、成田空港輸送用の名目でサロ113形を作ったりしたものの、「総武快速線のグリーン車など、乗る人がいないんじゃないか」と考えていたようですね。

しかし実際には、おっしゃるように座れない人も出るくらいの人気です。

この「ナメた発想」は東北・高崎線にグリーン車を連結した際も同じで、2004年5月ごろ発表されたJR東日本のプレス・リリース(今でもweb上で閲覧可能)を読むと、全列車にグリーン車を連結する考えはなく「80%の列車に連結」とか、「グリーン車は2両の編成と、1両のみの編成の両方を作る」計画だったようです。
(確かに当時、『鉄道ジャーナル』にもそんなことが書いてあった。)

でも、結局は「全列車に連結」「全編成ともグリーン車は2両」になりました。
イレギュラーな編成など現場の対応が面倒ですし、実際、やってみたらグリーン車に乗る人が予想以上だった・・・ってことでしょうね。

その後登場した常磐線のグリーン車は、他の路線ほどの利用者はないようですが、これは、区間によってはグリーン料金と、「フレッシュひたち」の特急料金がほとんど同額のところがあるためです。
同額なら、グリーン車より「特急に乗って先を急ごう」って人が多いんでしょうね。

ただ、現在建設中の上野~東京連絡線が開通したら、常磐線~東海道線の直通運転が実施されるようなので、そのときには本領を発揮できるものと思います。

>最近はマイタウンダイレクト高速バスの普及で幾分利用者が減少しているようですが、朝夕は立っても乗車する人がいる状況です。

「マイタウンダイレクト」って京成の「プチ高速バス」ですよね。
私も、一回だけ秋葉原~浦安湾岸線に乗ってみましたが(興味本位で・・・)、
その後に新設された路線(ユーカリが丘線など)もそうですが、千葉県側の発着地は「鉄道と競合しない」地域が多く、JR東日本は、あんまりライバル視してないみたいですね。

浦安湾岸線に乗った際、運転手さんが「ここで降りてまっすぐ行くとJRの新浦安駅に出ますよ」という停留所で降りたんですが、歩いて20分ぐらいかかりましたね。
「やはり、鉄道とは無用な競争を避けて、むしろ”鉄道が不便な地域”をメインにしているんだなぁ」と思いました。

では~♪(*'​-')​ノ

No title

こんにちは。
先日はいろいろお調べいただき、ありがとうございました。
おかげさまで「謎」が解けました。
185系のカラーリング、爽やかでいいですね。
今後踊り子などが新系統に置換えされるとライナー専用みたいにして生き残るのかな、などと考えたりしました。
215系の撮影地は保土ヶ谷でしょうか。見慣れた風景です。
私もみっぴょんさんのイラストのファンです。。。

641slash2 様

こんにちは。
(*'-'*)

>185系のカラーリング、爽やかでいいですね。

ありがとうございます。 m(*'-'*)m

>今後踊り子などが新系統に置換えされるとライナー専用みたいにして生き残るのかな、などと考えたりしました。

正式な発表は何もありませんが、臨時列車用の183系は老朽化が著しいので、まずこれを185系で置き換えるのではないか・・・と思います。

>215系の撮影地は保土ヶ谷でしょうか。見慣れた風景です。

そうです。今、この場所は柵が高くなってしまい、撮りにくいですけどね。

>私もみっぴょんさんのイラストのファンです。。。

あせらずに継続していこうと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

では~♪(*'​-')​ノ

No title

絵も上手じゃないですか!

一時期、仕事で藤沢まで通っていました。215系の快速がなくなる直前。これがくると「直角クロスシート」はけっこう座りづらく、さらに2扉で乗り降りが混雑。けっこう迷惑でした(笑) 実際、乗降に時間がかかるから快速運用を外れたみたいですが、俺の個人的な印象としては「混んでた」「座れなかった」という印象です。平日の昼間だったんですが。
付属編成作ろうなんて話があったとかなかったとか聞いたりもしましたが、運用外しちゃったほうが早かったんでしょう。113系廃止の時に、2階建てサロ3両を改造、クモハとモハを新造して付属編成追加で15両運転とか…似合ったと思うけどなぁ。


そういえば、本当に113系当初の頃、付属編成にもサロが連結されていませんでした?
短い期間だったような気がしますが…と思って検索したけれど見つからないから、153系付属編成と勘違いしているかも知れません。

ちなみに、113系への改造サロで言えば、サロ152とサロ163からの改造を子供の頃に見た記憶があります。窓が大きくてカッコ良かった。車体断面も合ってたと思います。車両の設備はもはや隔世の感ですが、あの頃のほうが電車に個性があった気がします。

いつも、なつかしく、楽しく読ませて頂いております。

真知 様

こんにちは。
(*'-'*)

>絵も上手じゃないですか!

ありがとうございます。
m(*'-'*)m

>一時期、仕事で藤沢まで通っていました。215系の快速がなくなる直前。これがくると「直角クロスシート」はけっこう座りづらく、さらに2扉で乗り降りが混雑。けっこう迷惑でした(笑) 

あの椅子はフランス製みたいですから、日本人の体格や好みには合ってないのかもしれませんね。

>付属編成作ろうなんて話があったとかなかったとか聞いたりもしましたが、運用外しちゃったほうが早かったんでしょう。

付属編成(5連)を作る話もあったようですが、なにしろ基本編成すら持て余しているくらいですので。。。。

>そういえば、本当に113系当初の頃、付属編成にもサロが連結されていませんでした?

横須賀線の方ですね。ごく短期間ですが、あったそうです。
横須賀線の113系は当初、7+5両の12連でしたが、基本編成に1両、付属編成に1両サロが入っていました。これは70系時代からの伝統です。当時、付属編成は東京方に連結されていました。
その後、ホームが延長され、10+5両の15連になりました。

しかし、鎌倉駅での増結を止めて逗子駅で増結することになった際、逗子駅構内のスペースの関係で、増結車を4両とし、その連結位置も横須賀方に変更しました。
1968(昭和43)年8月31日・9月1日の2日間で付属編成のサロを抜き取り、9月2~8日に抜いたサロを基本編成に移す作業が行なわれました。
(『鉄道ピクトリアル』2001年3月号[横須賀・総武快速線特集]による。)
ただし、これは私も本を参考にしただけで、実車は見ておりません(笑)。

>ちなみに、113系への改造サロで言えば、サロ152とサロ163からの改造を子供の頃に見た記憶があります。窓が大きくてカッコ良かった。車体断面も合ってたと思います。

サロ112形ですね。急行「伊豆」の修善寺編成からグリーン車を抜いて、サハに変更した際の余剰車じゃなかったかと思います。
1975(昭和50)年3月のダイヤ改正で実施したようですが、サロ112形自体は、もっと前から、どこかで発生した余剰車の流用で存在したようですね。

伊豆箱根鉄道(駿豆線)内でも50円だったか、グリーン料金が必要だったようです。
なお、同社のグリーン料金は「伊豆」のグリーン車廃止後も書類上は残っていて、国鉄からお座敷列車が入線した際に適用していたとのことです。
(昔、同社へ問い合わせたことがあります。「往復はがきで」っていうのが「時代」だけど[笑]。今だったら、公式ホームページの「メールフォーム」利用でしょうね。)
(*'​-')​ノ

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「新と旧」「JR(国鉄)と私鉄」「日本と外国」「西と東」などにとらわれず、自由気ままに書いてます。お気軽に遊びに来てね♪
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