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輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

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(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

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【思い出の画像】キハ58系気動車を懐かしむ

キハ58 1528(盛モカ)(2005年7月22日・弘前駅)

こんにちは、みっぴょんです。

一昨日(2013年3月11日)は、東日本大震災から満2年目でしたね。
私は今年も、発生時刻である14時46分には黙祷を捧げましたが、
亡くなられた方々に謹んで哀悼の意を表します。
また、被災された方々が一日も早く「元の暮らし」に戻れるよう、心から祈念いたします。
============================
さて、いすみ鉄道のキハ28 2346が3月9日から旅客営業運転を開始しましたが、諸事情あってすぐに行くことができないので、
(今月下旬には行けるかなぁ・・・その代わり、京阪電車の旧3000系は残念ながらパスだわ)
手元にある「キハ58系の写真」をガサガサと漁ってみたんですが。。。。

とにかくもう、北海道から鹿児島県まで、全国どこに行ってもキハ58系が走っていなかった県の方が少ないくらいで、「キハ58系の定期運用が無かった県」は、神奈川県と静岡県ぐらいかもしれませんが、私の手元には、あんまり古い写真は見当たらないです。
m(-_-)mスマヌ
ちなみに、「昔、相模線で見たよ」とおっしゃる年輩の方も意外に多いんですが、定期運用はありませんでした。
しかし、東急車輌が国鉄気動車を製造していた頃は、金沢文庫の本社工場で落成後、逗子から茅ヶ崎まで回送して相模線で試運転を行ない、監査に合格したら国鉄に引渡し・・・というのが通例だったそうですから、その試運転を見たのだろうと思います。
(1968[昭和42]年頃まで。)
ですから、「本当に走らなかった」のは静岡県ぐらいでしょうね。

ついでながら愛知県の三河地方には、定期運用はありませんでしたが、夏場、高山本線や越美南線から、蒲郡や三河三谷まで海水浴客を運ぶ臨時列車があり、私も三河三谷駅でキハ58系を見たことがあります。
(1985年か86年頃、国鉄分割・民営化直前。たしか「かなやまふれあい号」とかいうヘッドマーク付きで、高山本線の飛騨金山発着だったんだと思います。)

話を戻しますが、私も上野駅で、常磐線の急行「ときわ・奥久慈」とか、奥羽本線経由・秋田行き急行「おが1号」なども撮ってるはずなんだけど、これはもうネガを1点ずつ当たるしかなく、すぐには出てこないので、主に「この10年間ぐらいの写真」でも見ていただきましょうかね。
「懐かしい」というほどでもないかもしれないけど、それでも「最近の写真」ですら8年ぐらい前ですね。。。。
(*'-'*)

■JR東日本 盛岡支社・秋田支社・仙台支社
東日本管内では、盛岡支社と秋田支社には遅くまでキハ58系の定期運用がありました。
下の写真は2002(平成14)年6月、盛岡駅で撮影したキハ58 1524+キハ58 1504(盛モカ:盛岡運転所)の花輪線普通列車です。
盛岡発12:52→大館着15:38の1931Dではないかと思います。
キハ58 1524(盛モカ)(2002年6月・盛岡駅)

盛岡運転所所属のキハ58・28形は、なぜか1500番代車がほとんどでした。
1500番代車とは、「本州の寒冷地向け」仕様車で、1968(昭和42)年度以降に製造されたタイプですが、外観上の特色は、前面窓が153系や165系電車などのような「パノラミックウインドウ」になっていることです。
冷房装置の取り付け準備工事は新製時からされていましたが、2002年当時の盛岡所属車に冷房車は無かったようです。

ちょうど、この2002年頃だったと思いますが、キハ58 1504・1523・1524・1528の4両が白地に赤帯の「盛岡支社色」から「旧・国鉄急行色」に戻され、盛岡支社では、この4両の車両運用を電話で教えるというサービスを始めました。
これは、夕方17時以降に「翌日の充当列車を教える」もので、程なくしてテレホンサービスからインターネットに移行しましたが、JR東日本が「ファンはSLだけに集まるのではない。電車や気動車、ELやDLだって十分に趣味的な価値がある」と気づいた「はしり」だったのでしょう。
私はその頃、職場ではもうパソコンを使っていましたが、自宅にはなかったので、公式サイトの車両運用表を利用する機会はなく、この写真は偶然の所産でした。

当時、まだ東北新幹線は盛岡まででしたので、新幹線から在来線に乗り換える人たちがみんな駅弁を買ったり、立ち食いそばを食べたりしたものですが、下の写真にも「そば処」の看板が見えます。
右側にチラッと見えている485系電車はリニューアルされた3000番代車の「はつかり」ですが、これが旧・国鉄特急色であれば、まさに「昭和の国鉄の大駅」風景そのものです。
キハ58 1504(盛モカ)(2002年6月・盛岡駅)

この時、私はその花輪線に乗ったわけではなく、山田線から岩泉線へ向かいましたが、山田線の車両が何であったかは失念しました。
岩泉線はキハ52 146(盛モカ)の単行運転でしたが。
岩泉線岩泉駅・キハ52 146(盛モカ)(2002年6月)

花輪線には2005年7月、北海道へ行く途中に寄り道して乗りましたが、その帰り、弘前から大館まで乗った奥羽本線の普通列車(1634D:弘前発7:00→鷹ノ巣着8:10)がキハ58形の2連でした。
キハ58 1528(盛モカ)(2005年7月22日・大館駅)

奥羽本線は秋田支社ですから、花輪線車両の間合い運用があるとは、ちょっと意外な感じもしましたが、旧・国鉄急行色のキハ58 1528だけ撮って、後ろの「盛岡支社色」車にはカメラを向けず、ナンバーすら控えていないとは、我ながら「薄情」です。
(*゚ー゚)ゞ
「盛岡支社色」車だって現存しないんだし、「撮っておけばよかった」と今は思いますが、後の祭りですね。。。。

キハ58 1528車内の扇風機は、この時点でも既にJR発足から18年も経っていたのに、「JNR」のロゴが付いたままでした。
キハ58 1528(盛モカ)JNR扇風機(2005年7月22日)

花輪線のキハ58系は2007(平成19)年3月18日のダイヤ改正でキハ110系に置き換えられ、同年11月24日限りで山田線の運用からも撤退し、盛岡支社のキハ58系一般車は姿を消しました。
(キハ52形も同時に消滅。)
しかし、キハ58系が全滅したわけではなく・・・ジョイフルトレイン「Kenji」の3両だけは健在で、これが今、JR東日本唯一のキハ58系気動車です。

さて大館では、鹿角花輪発秋田行の快速3936D(鹿角花輪発7:07→大館発8:11→秋田着9:58)に乗り継ぎました。
この列車は、2002年12月1日のダイヤ改正まで急行「よねしろ」として運行されていた名残で、リクライニングシートに改造されたキハ58系が使われていました。
キハ58 23・54・1502と、キハ28 2047・2157(秋アキ:南秋田運転所)の計5両がリクライニング車でしたが、これは1991(平成3)年度に改造されたもので、山形~酒田間(陸羽西線経由)の快速「月山」もこれでした。
キハ58 23(秋アキ)快速「よねしろ」(2005年7月22日・大館駅)

車体の色は落ち着いていて、私は結構好きだったんですが、キハ58 23などという初期車がリニューアル改造されていたのにはびっくりしましたね。

奥羽本線の「北線」(秋田~青森間)は、主要幹線のわりに列車本数が少なく、この「よねしろ」崩れの快速も非常に混んでいました。
私は男鹿線に乗り換えるために追分で降りましたが、通路も埋まっており、みんな秋田まで行くのでデッキへ辿り着くのに難渋しました。
当時すでに、男鹿線にはキハ58系の運用は無く、キハ40形ばかりになっていました。

「よねしろ」崩れの快速は、2008(平成20)年3月15日のダイヤ改正で秋田直通が廃止され、花輪線内だけの運行になると同時に、キハ110系に置き換えられました。

ところで、キハ58系のリクライニング改造車は秋田支社だけではなく、仙台支社(仙ココ:小牛田運輸区)にもあり、仙台~気仙沼間(気仙沼線経由)の快速「南三陸」に使われていました。
キハ58 414と、キハ28 2174・2318・2380の4両がリクライニング改造車で、もっぱら「南三陸」主体の運用。他にキハ58 641と、キハ28 2392・2506もボックス席のまま「南三陸」に充当されたようです。
キハ28 2380(仙ココ)(小牛田運輸区・2000年4月)

仙台~気仙沼間には、1977(昭和52)年の気仙沼線全通時から直通列車が運行されており、ビジネスマンの利用が多かったんですが、仙台~前谷地間だけが快速で、気仙沼線内は各駅停車でした。
快速「南三陸」は、多客期の臨時列車として、例えば1987年12月26日~31日と翌年1月2~7日に運転された記録がありますが、好評に応えて1988(昭和63)年3月14日から定期化されました。
定期化当初はキハ23・40・48形といった「ありあわせ車両」でしたが、利用者が多いため「指定席連結」の要望が多く、1993(平成5)年12月1日から「南三陸2号」「同3号」に指定席が設けられ、これを機にリクライニング車が充当されるようになりました。

上の写真は2000年(平成12)4月、なぜか小牛田運輸区構内に1両だけ、ぽつんと留置されていたキハ28 2380(仙ココ)を撮りましたが、この時は気仙沼大島へ行った帰りでした。
「南三陸」は2007年7月1日から、全列車がキハ110系に置き換えられましたが、気仙沼線は東日本大震災で被災し、現在は前谷地~柳津間が鉄道、柳津~気仙沼間がBRT(バス高速輸送システム)として運行されているのは、ご承知の通りです。

私が訪れた当時の気仙沼大島は、えらくのんびりした場所で魚もおいしく、たかだか一泊で帰るのが惜しいようでした。
震災では大きな被害を受けたと聞いていますが、気仙沼港からフェリーで30分足らずとはいえ、中央のマスコミが島の様子を報じることは少なく、
被災したフェリーの代わりに広島県から回航された船が就航していたことと、新造船が竣工して広島からの応援船は退役したことぐらいしかわかりません。

民宿などは営業再開したようですが、島にたった1台きりの路線バス(宮城交通)を運転して「このまま本土へ渡って、東京まで行っちゃいましょうか。1回ぐらい給油しないとダメだが」なんて冗談を言っていた運転手さん、
それに呼応して「おお。東京、遊びに行きてぇ!」と大笑いしていたお年寄りの乗客たち、「この前、**さん(マイナーな演歌歌手)が来たよ! (サインを見せて)知ってるだろ、この人」と自慢していた民宿のおばちゃん・・・。
みんな、どうしているだろうと気になります。
折を見て、再訪したいと思っています。
(*'-'*)

■JR東海
東海のキハ58系は武豊線といい、快速「みえ」といい、すいぶん乗ってるんですが、鉄道写真撮影を一時中断していた時期なので、さっぱり手元にない。。。。
┐(-_-)┌
いや、関西本線の急行「かすが」(名古屋~奈良間)を撮ってるはずですが、これがポジフィルムでして、すぐスキャンできないので別の機会に。
今日のところは、高山本線の急行「のりくら」でも見ていただきましょう。
キハ58 796(海ナコ)急行「のりくら」(1989年11月・高山駅)

この列車は、急行「のりくら8号」(708D:富山発13:50→名古屋着19:00)です。
富山を自由席2両で出発し、高山で岐阜方にグリーン車を含む4両を増結して、6両で名古屋へ向かっていました。

手前の車両は、ルーペで覗いて車号がキハ58 796(海ナコ:名古屋南車両区)とわかりました。
撮影した1989(平成元)年11月当時は、旧・国鉄急行色のキハ58系がそんなに珍しくもなく、「まあ、時間があるから撮っておくか」ぐらいの軽い気持ちでしたが。。。。

増結車のうち、普通車は快速「みえ」カラーのキハ58系でしたが、翌年の3月10日に実施されるダイヤ改正で「のりくら」は廃止が決まっており、ありあわせの車両を適当に連結していたのかもしれません。
その後も「のりくら」は、名古屋~高山間の臨時列車(全車指定席)として数年間運行されましたが、いつの間にか自然消滅してしまいました。

実は、「のりくら」という列車自体は名古屋~岐阜間で結構乗っているんですよ。
昔の「名古屋・岐阜ミニ周遊券」は急行列車を自由に利用できましたから(笑)。
車掌さんに「乗車券と急行券を拝見します」と言われて周遊券を見せると、「なんだよ・・・」って顔をされることもよくありましたが。

高山本線は土砂災害で長期間分断されていたこともあって、その後、私は長いこと乗る機会がありません。

JR東海のキハ58系は1999(平成11)年12月8日のダイヤ改正で、急行「かすが」がキハ75系に置き換えられて消滅しましたが、
その「かすが」自体、新型車両による運行は長続きせず、2006(平成16)年3月18日のダイヤ改正で廃止されました。

他のJR各社管内では、キハ58系が何らかの形で保存されているんですが、東海ではキハ58 787・キハ28 2353・キロ28 2303の3両が「美濃太田車両区に”隠匿”されている」というものの、公開される予定は全くありません。
ある方のブログによれば、2013年2月現在、相当に荒れ果てている模様です。
「それが、東海クオリティ」っていうか、何と言うか。。。。
┐('~`;)┌

■JR四国
昔の四国といえば「キハ58系天国」みたいでしたが、これは末期の寂しい普通列車です。

高松発11:54→阿波池田着14:04の普通253D。2003年11月23日の撮影です。
阿波池田方はキハ65 69。
キハ65 69(四マツ)(2003年11月23日・高松駅)

高松方はキハ58 301。どちらも松山運転所(四マツ)の所属ですが、松山の車両が土讃線に入る運用があったんだなぁ。。。。
キハ58 301(四マツ)(2003年11月23日・高松駅)

この頃、東京~岡山間の高速バス各路線が「片道6000円」だったか、大幅な割引をやっており(本来は片道1万円)、思いつき的に関東バスの「マスカット号」に乗って岡山に着き、
「岡電」で遊んでからJRで宇野へ、そして宇高国道フェリーで高松へ渡り、「ことでん・JRくるり~んきっぷ」を買ったんでした。

この阿波池田行には琴平まで乗り、金毘羅さんにお参り。
そして琴電に乗り、瓦町を経由して、琴電3路線のうち未乗だった長尾線を往復しました。
高松で夕食後、「マリンライナー」で岡山へ戻ってまた「マスカット号」で帰京しました。
夜行バスで往復・・・まあ、10年前には私も「今より10歳若かった」ってことで。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
JR四国のキハ58系は2008年10月15日で定期運用から離れ、その後は半月間、週末ごとに急行「阿波」「よしの川」「土佐」「あしずり」「うわじま」の順で「リバイバル列車」が走り、11月2日の「リバイバル急行”いよ”」(松山~伊予西条間)をもって運行を終了しました。

なお、キハ58 293・キハ28 2002・キハ65 34の3両は、旧・国鉄急行色(キハ58 293は「ヒゲ」付き)でJR四国多度津工場に保存されており、毎年10月の一般公開(「きしゃぽっぽ祭り」)で見られます。
構内のわずかな距離ですが、ギャラリーを乗せて走行するようです。
ちょっと遠いけど、特にキハ65形の保存車は全国でも珍しいし、見たいなぁ。。。。
(*'-'*)

■ JR西日本
七尾線の急行「能登路」とか、小浜線の急行「わかさ」などの写真もあるんだけど、これがポジなんだよねぇ。。。。
m(-_-)mスマヌ
とりあえず、「なんだかわかんないけど撮ったキハ58系」の写真でも見てください。
キハ28 2429(広クチ)(2003年6月・下関駅)

キハ28 2429です。2003年6月、下関駅で撮影。
芸備線の急行「ちどり」充当車と同じ色ですが、山口鉄道部(広クチ)所属で、山口線や山陰本線で運用されていた車両らしい。

これをどういう経緯で撮ったのか、全然思い出せないんですよ。。。。
┐('~`;)┌
下関駅に降りて、目の前にキハ58系の2連が停車していたので「ともかく撮った」というだけ。
そのため、どういう由緒のある車両なのか、申し訳ないことに全くわかりません。
ホームのうどん屋さんで「ふく(フグ)の唐揚げ入りうどん」というのを売っており、それを食べたのは憶えているけどね(笑)。確か450円か500円でした。

広島支社管内のキハ58系は、2008年3月30日に運行された新山口~下関間のさよなら運転(団体専用列車。廃車回送を兼ねていた)を最後に姿を消しました。
JR西日本全体では、2011年3月12日のダイヤ改正で富山地域鉄道部管内から撤退したのが最後で、3月11日の夕方、富山駅で「さよならセレモニー」をやったらしいんですが、
なにしろ私は東京におり、震災直後の混乱で大変な状況でしたから、このセレモニーに関しては何も知るところがありません。

そして、最後まで残った車両のうち、キハ28 2346が遠く千葉県で動態保存・・・というわけです。
いすみ鉄道キハ28 2346(2012年12月8日・大多喜駅)b

いすみ鉄道キハ28 2346車内(2012年12月8日・大多喜駅)b

探せば、まだいろいろな写真が出てきそうなので、いずれまたの機会に!
(*'​-')​ノ
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おはようございます

東日本大震災から2年
謹んで哀悼の意を表します

思い出画像の整理ご苦労様でした
私は子供の頃は気動車に興味ないというか近所で走ってなかったのでキハ勉強してなかったです
(@.@)
東急車両でも製造していたのですね!
2002年の盛岡でのキハは綺麗で存在感ありますね
この頃はまだ冷房なくても何も気にならなく毎年冷房化率?%達成なんて時代でしたかね
(・.・)
岩泉のキハは猫顔で白地に赤や緑や青と色々あったようですね
185系みたいな緑斜めストライプには驚きました
(^.^)
季節の変わり目で気温差激しいですが体調気を付けましょう!

aki様

こんばんは。
(*'-'*)
東京は砂埃が舞って、なんか嫌な感じでしたね。。。。
(・へ・)

>この頃はまだ冷房なくても何も気にならなく毎年冷房化率?%達成なんて時代でしたかね

盛岡鉄道管理局としても、冷房化はしたかったのでしょう。
・しかし、キハ58+キハ58の編成でないと、山田線や花輪線の急勾配区間は登れない。
・でも、キハ28かキハ65を連結しないと冷房用の電源が無い。
・だが、キハ28は走行用のエンジンが1基だけなので、2基搭載のキハ58に比べてパワーが劣るから、あんまり連結したくない。
・そもそもキハ65は、東北には配置されていない。
・・・というジレンマがあり、結局、「冷房は我慢してもらう」ってことだったんですよ。

この問題は、名古屋~新潟間の急行「赤倉」も同じで、キハ58を多めに連結しないと、篠ノ井線の急勾配を越えられませんでした。
そこで「赤倉」は、「冷房はグリーン車と指定席だけ。自由席の方は我慢してください」ってことになっていたんですよ。
私は、その暑い自由席に、東三条から名古屋まで乗ったことありますよ。8時間ぐらいかかりましたが。

新潟鉄道管理局の悩みは、1982(昭和57)年11月に「赤倉」が165系電車化されて、一発で解決しました。
ただ、電車急行「赤倉」は2~3年走っただけで廃止されちゃいましたけどね。。。。

>東急車両でも製造していたのですね!

作ってたんですね。ただ、内燃機関の技術があったのかなぁ。
富士重工あたりの技術支援があったのかもしれません。
結局、東急車輌は「電車に特化」しちゃいましたけどね。

>岩泉のキハは猫顔で白地に赤や緑や青と色々あったようですね

あ、これを見て猫を連想しましたか!
(≡^∇^≡)ニャハハ
地元では「赤鬼」と呼ばれていたようです。

>185系みたいな緑斜めストライプには驚きました

広島支社のですか? そう言われればそうですね。
よほど、あの185系のデザインには影響力があったんでしょうね。

(*'​-')​ノ では~♪

名車です

こんばんわ、3.11から早や2年、この日は震災で家を流された人と組んで仕事でしたが、掛ける言葉がありませんでした。

キハ58系、登場から50年に渡り日本列島を駆け抜けた車両は、そうはなく、名車中の名車と言えるでしょう。
’94年冬、雪景色の白樺の原生林の中を走る深名線(キハ53 507)、熊野灘を眺めながら乗っていた紀勢線などなど…気がつけば遠い思い出になりつつありますね。
'87.4.1の大糸北線、85年頃の武豊線、97年の「砂丘」や01年の日南線など、遠出すれば、必ずって言っていいほど乗車できたのが、夢のようです。
タイムマシンがあれば、30年前に戻って各地の急行に乗車、撮影してみたいです。
いすみのキハ28の活躍は勿論、JRで動態保存も期待したいです。
多度津の「キハ28 2002」、津山の保存車、また動いてくれないかな〜

103おじさん様

こんばんは。
(*'-'*)

>キハ58系、登場から50年に渡り日本列島を駆け抜けた車両は、そうはなく、名車中の名車と言えるでしょう。

現場には不満もあったでしょうけど、「全国で統一的に使える物を作った技術力」のすごさですよね。

>タイムマシンがあれば、30年前に戻って各地の急行に乗車、撮影してみたいです。

全く同感です。
私は、名古屋~大社間の急行「大社」に乗ってみたかったなぁ。
米原からいったん敦賀へ行き、そこで金沢発の編成を連結。そして小浜線、宮津線、山陰本線経由なんて・・・。
(@_@)?
美濃太田機関区(名ミオ)の車両が島根県まで行くとはね。。。。

多度津のキハ28 2002って「キハ28 2」なんですよね。冷房化した際、2000番代になったグループですから。
よくまあ、そんなのが残っていましたね。
見たいなー(*'-'*)つ
一般公開は昨年(2012年)もあったようです。
それと別に、多度津駅~多度津工場間にはキハ47の「来場者輸送列車」が走った模様です。
(これは、「多度津駅までの乗車券」「多度津駅を経由する乗車券(例:松山→高松とか)」「多度津駅の入場券」のどれかを持っていれば乗れたようです。)

(*'​-')​ノ では~♪

ローカルの星

あれから2年、いまだ復興の槌音さえままならない地域のことを思うと複雑ですね。お疲れ様です。

58系列、気付けばノーマルな実働車両はいすみくらいになってしましましたね。20数年前なら、どこでも見かけるような車両だったのですが…。

「月山」や「南三陸」はいつ乗っても混雑していて、まったく座れなかったという思い出があります。
高山線は「たかやま」の印象が強いです。太多線に初めて乗ったときにはデータイムのキハ58の4両で、ガラガラの車内でくつろいだものでした。
九州ではブラウン系の色を基調とした元急行編成を筑豊のローカルで乗った記憶もあります。

他にも北海道の「ミッドナイト」では超が付くほどの満員(要は自由席車)だったり、只見線や真岡線などローカル線の旅には必ずどこかにその姿を見たものでした。いつかは置換わるとは思っても、こんなにいっせいにとは思っていませんでしたよ。

車内に入った瞬間の独特の臭いも懐かしいと思う「たか」でした。

ではe-463

たか様

こんばんは。
(*'-'*)

>あれから2年、いまだ復興の槌音さえままならない地域のことを思うと複雑ですね。お疲れ様です。

まあね。いまだ復興が進まないのは「どこかで」「誰かが」邪魔しているからなんだけど、そいつの正体が見えないから腹が立つんだよね。

「何のために」邪魔しているのかは、そりゃもうはっきりしてます。それは、
・既得権益を侵害されたくないので、こんな非常事態であっても平時の縦割り行政のままやろうとしているから。
・万一、復興計画が失敗した場合、責任を取りたくないから。
だと思いますね。
昔は気骨のある人もいたんでしょうけど、今の政治家とか、中央の役人が考えていることなんて、そんなものです。

「月山」とか「南三陸」はわからないんですが、「あがの」は混んでたなぁ。郡山から乗って会津若松で降りる人も多いんですが、若松から乗ってくる人も同じくらいいて。。。。
もっとも、賑わうのも五泉まででした。その先まで乗る人は少なく、新潟に着くときはガラ空きでしたね。
ただ、これは時間帯にもより、午前中に新潟へ着く列車は終点まで混んでましたよ。磐越道が開通するまでは。

「ミッドナイト」という列車は、ついに乗る機会がありませんでした。
あれは、JRになってからの列車でしょう?
社会人になったら、東京から札幌まで「青春18」で行くってことは、ありませんでしたからね。
もっと昔からそういう列車があったら、たぶん利用したと思いますけど。。。。

今回の原稿を書くに当たって調べたら、JR東海だけは1999年にキハ58系を全廃しており、21世紀まで持ち越さなかったんですが、
それ以外の各社は2007~2008年あたりが「節目」だったようですね。
「急行」という列車種別の終焉とも重なったんだと思いますが。。。。

では~♪(*'​-')​ノ

国鉄急行型気動車

みっぴょんさん、こんにちは。

 今日は、キハ52・28の話題ですね。私にとってもなじみの深い
車両です。私の実家は新潟県の越後線沿線でしたので、電化前
はそれこそいろいろな車両がありました。朱色にクリーム色の帯、
朱色一色の首都圏色、それらに混じってクリーム色に朱色の帯
の車両が普通列車に運用されていると、なんだか得した気分に
なったものです。

 越後線の電化直前の頃、接続する柏崎駅では、「しらゆき」・
「赤倉」が気動車急行として6~8両くらいの編成で往来するのが
見られました。越後線経由の「ひめかわ」は2~4両でしたが。
これらの編成美には子供ながら興奮していました(もちろん、特急
にもですが)。

 ところで当時の気動車急行にも変り種がありましたね。写真にも
あるキハ65がそれで、私も「赤倉」に連結されているのを見かけた
ことがあります。パノラミックウィンドウの折戸タイプの出入り口は
やはり目を引きました。

 今回のお写真、とても懐かしく拝見いたしました。

いまは東京都民。 様

こんにちは。
(*'-'*)

越後線にキハ26(か55)が走っていたのは乗ったことあるんですが、58も使われたんでしょうね。
もっとも、お書きになっているように昔は急行「ひめかわ」がありましたが。。。。
乗ったことはないんですが、「ひめかわ」も見たことはありますよ。
ほぼ満席でしたね。高速道路が発達していない時代は、いかに、みんな国鉄を頼りにしていたか・・・ってことですね。


>写真にも あるキハ65がそれで、私も「赤倉」に連結されているのを見かけた ことがあります。パノラミックウィンドウの折戸タイプの出入り口は
>やはり目を引きました。

あ、それは貴重なお話です!
新潟にはキハ65の配置がなかったので、何かの理由で名古屋側の車両を借り入れたんじゃないかと思いますよ。
名古屋第一機関区には、急行「紀州」などに使うためのキハ65があったんですが、それが新潟まで来たことがあったんだなぁ。。。。
(・。・)ホゥ
(名古屋のキハ65はJR発足後「チューンナップ」して快速「みえ」用になりましたから、結構遅くまで残っていました。)

金沢には無かったので、「しらゆき」にキハ65が入る機会は無かったと思いますが、「越後」はどうだったのかなぁ? 向日町とか宮原にはキハ65が在籍したので、入っていたかもしれませんけどね。
とにかく、良い物を見ましたね!
いいな~♪(*'-'*) つ

私は急行「八ヶ岳」で、「今思えば、たぶんキハ65」に乗りましたが、アレはどこの車両だったんだろう? 松本ですかね。
(*'​-')​ノ
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