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今年、10月1日は東海道新幹線開業50周年!
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東海道新幹線開業50周年シンボルマーク(2014年7月9日撮影)

本書は、その東海道新幹線について『鉄道ピクトリアル』誌と『電気車の科学』誌に、国鉄担当者から寄稿された1950年代後半の高速列車計画概要紹介記事に始まり、その後の計画の進展、開業まで、リアルタイムで進む当時の様子を再録したものです。
輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション28 東海道新幹線1950-60 2014年 06月号 [雑誌]

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(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

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【思い出の画像】青梅線103系さよなら運転

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
先日、「うぐいす色103系」の話を書きましたが(2013年2月1日付)、これが意外に好評だったようなので(笑)、今回は青梅線103系「さよなら」運転の写真でも見ていただきましょう。
青梅線103系さよなら運転(2002年4月13日・拝島駅)1

これは2002(平成14)年4月13日、立川→奥多摩間で下り1本、青梅←→奥多摩間で下り4本・上り5本が運行されました。
奥多摩方には、「ご利用ありがとうございました 1976~2002 FAREWELL103 八王子支社」と書かれたヘッドマークが取り付けられていました。
「farewell」・・・これは「大学入試レベル」の言い回しなんだそうですが、別れの言葉ですね。「farewell party」といったら「送別会」ですが。

この「farewell train」の編成は、豊田電車区(八トタ:当時の呼称)の
←奥多摩 クハ103-816+モハ102-851+モハ103-695+クハ103-765 立川→
でした。青梅~奥多摩間の旅客列車は4連が最長ですが、この編成は、もともと「青74」編成といい、クハ103-816とモハ102-851の間に
←奥多摩 モハ102-818+モハ103-662 立川→
が入った6連でした。
この「さよなら運転」を前に2両抜いたわけで、6連時代に青梅以遠へ入線したことはないと思います。

立川方は、全く違うデザインのヘッドマークでした。
青梅線103系さよなら運転(2002年4月13日・拝島駅)2

「さよなら103」・・・これはもう「シンプル・イズ・ベスト」というか、「そのものズバリ」ですね。。。。
でも、このクハ103-765は、運転席窓が「灰色のHゴム」で固定された「原型車」だったんですよ。
(・.・)ほぅ

この「さよなら運転」は、下記のダイヤで実施されたそうです。
・立川発10:41→奥多摩着12:05
・奥多摩発12:26→青梅着13:04
・青梅発13:09→奥多摩着13:45
・奥多摩発13:50→青梅着14:28
・青梅発14:40→奥多摩着15:17
・奥多摩発15:36→青梅着16:18
・青梅発16:27→奥多摩着17:10
・奥多摩発17:15→青梅着17:53
・青梅発18:02→奥多摩着18:40
・奥多摩発18:55→青梅着19:34
しかし、私はこれには全然乗ろうという気がなく、拝島で見送っておしまい。
┐('~`;)┌
まだ「ブログ」というものはなかったのか、当時のホームページが今でもweb上に残っていますが、「とにかく集まってきた連中のマナーが悪かった」そうです。
そういうこともあって、乗るのは敬遠したのかもしれませんが、この2002年前後から私自身、乗ることにはあまり興味がなくなり、もっぱら「撮る」ことに関心が移っています。
近年は、気に入ると同じ場所・線区を何度も訪れている代わり、さっぱり「新規の乗車線区」が延びやしない。。。。
もう一度┐('~`;)┌
まあ、この時点では常磐線や京葉線、武蔵野線、鶴見線にも103系が走っていましたし、
「青梅線から103系が消えるだけで、”首都圏全体”じゃないじゃん。オレンジ色のだったら、まだ武蔵野線にいるしね」と、冷めていたのかもしれません。

ところで、「さよなら列車」は超満員でしたが、拝島駅の留置線(立川方)には103系八トタ「青5」編成がひっそりと停車中。
(←奥多摩 クハ103-344+モハ102-426+モハ103-271+クハ103-343 立川→)
八トタ103系青5編成(2002年4月13日・拝島駅)

これは踏切から撮りましたが、現在、この踏切は関係者以外通行禁止らしいですね。この当時は誰でも通行でき、いくらでも撮れました。

ついでに、201系が並んだところを撮影。
左側のは留置車で、八ムコ(武蔵小金井電車区)「H10」編成。東京直通快速の付属編成です。
(←奥多摩 クハ200-95+モハ200-201+モハ201-201+クハ201-95 立川→)
右側の立川行は、八トタ「青61」編成。
(←青梅 クハ200-34+モハ200-77+モハ201-77+モハ200-76+モハ201-76+クハ201-34 立川→)
八トタ201系H10編成(左)・同青5編成(右)(2002年4月13日・拝島駅)

前面に「青梅・五日市線」の表示を付けた201系の同線専用編成の活躍は意外に短く、2008(平成20)年3月15日のダイヤ改正でE233系に置き換えられ、
1982(昭和57)年11月15日から続いた東京直通の201系も、2010(平成22)年10月14日を最後に、E233系に置き換えられました。

この201系は、おそらく「まあ1枚撮っておくか」ぐらいの気持ちで軽く撮ったんだと思いますね。
(^^)
「無気力相撲」ならぬ「無気力撮影」もいいところですが、この201系を撮った後、青梅以遠へ103系を追いかけたりもせず、どうも八王子へ行ったらしい。
もう10年以上前のことですから、何をしにいったのかは全く記憶にありません。まあ、どうせラーメンでも食べに行ったんでしょう(笑)。
しかし・・・「無気力」だろうが何だろうが、とにかく「何でも撮っていた」らしい。
EF64 21[篠](2002年4月13日・八王子駅)

EF64 21[篠]の高速貨物列車が停車中だったので、とりあえずシャッターを切ったんですが、今、これは「撮ろう」と思っても撮れません。1000番代車だって珍しくなったのに、0番代車ですから。
この21号機は、2004(平成16)年3月30日付で廃車されたそうです。
(*'​-')​ノ be seeing you♪~
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こんばんは

103系の続きですね!
横浜市民にとってはオレンジ色の電車はご縁がないんですよね
(@.@)
「farewell party」は「送別会」
今回は英語の勉強にもなりますね
(・.・)ふぇあうぇる
昔は窓枠やゴムの色とか細かい所での違いありましたよね
今や201系も懐かしいですね
なんとなく撮影した車両が貴重な1枚なってますね
(^.^)

aki様

こんばんは。
(*'-'*)

「farewell party」という言葉は、昔、須藤薫さんが唄った『思い出のスクールラブ』っていうポップスがありまして
(作詞は伊達歩・・・伊集院静さんですよ。『ギンギラギンにさりげなく』とかも同じ頃の作品だと思う)、その中に出てきたんです。

アメリカでは「メリークリスマス」とはあんまり言わなくて、テレビやラジオ、あるいは学校とか市役所みたいな公的機関では
「Happy holiday's!」と挨拶するんだそうですが(だって、キリスト教以外の宗教を信仰している人もいるからね)、
それも竹内まりやさんが、そう唄っているのを聞いて憶えました。

学校で習った英語なんて、ぜ~んぜん憶えてないんですが、若い頃聞いた歌の詞で憶えたのは、今でも忘れてないんですねぇ。。。。
( ゚-゚)不思議だな~?

>横浜市民にとってはオレンジ色の電車はご縁がないんですよね

確かに、そうかもしれません。私も頻繁に乗るようになったのは東京へ出てきてからだと思いますね。

>昔は窓枠やゴムの色とか細かい所での違いありましたよね

年代により、あるいは施工した工場によってかなりの差異がありますね。
103系は、関東だけでも相当に違いがあるので、関西のも含めたら、とんでもないことになるでしょうね。

>今や201系も懐かしいですね

大阪では、まだまだ走ってますけど東日本からは引退しましたからね。
その消えるスピードが、ものすごく早かったので驚きましたよ。
とにかく東日本は「消える」となると、あっという間ですから要注意ですね。

>なんとなく撮影した車両が貴重な1枚なってますね

「在庫」はいろいろありますので、少しずつ出していこうと思います。
お楽しみに~♪(*'​-')​ノ

青梅線も懐かしい

こんにちは、今回は青梅線の103系ですね。
青梅線の103系も引退して、既に10年以上経つんですね。
30年前、日原鍾乳洞に行くため、奥多摩まで乗車したのが、一番古い記憶ですが、当時でも古い車両だなぁと感じたのを覚えています。
でも、103系試作車のクハ103-901〜904や、モハ103、102-1号車、正面窓下の通風口が残っている車、白熱灯前照灯の車など、今なら大騒ぎになるだろう楽しいメンバーでしたね。
サハ103-3000も、当初は青梅五日市線配置だったし、晩年は最後の103系新製車のM103-793+M102-2050のユニットもいました。
中間だけ分散冷房車の青4(電車編成表’00冬号)、いましたいました。
忘れられないのは、2002年1月半ばだったと思いますが、夜拝島で「103系が来た?」よく見たら拝島に留置されていたはずの「青4」だっ!
しかし、深夜だったうえ、勤務中でカメラもなく、ただ見送るだけでした。その後再び拝島留置のうえ、いつの間にかいなくなってしまいましたが…
仙台から唐津まで、通勤輸送を支えた103系、まだまだ話のネタはつきませんね。

103おじさん様

こんばんは。
(*'-'*)

青梅・五日市線って、一口に103系と言ってもいろんなのがいたんですね~。

「中間だけ分散冷房車」って意味がわからなかったんですが、AU712とかのことでしょうか。
それは常磐線・東マトにもいたような気がするけど(1000番代かなぁ?地下鉄直通から地上に転用したやつ)、
なんか冷房の効きが悪かったな~。
┐('~`;)┌
ただ、JR各社とすれば、国鉄から継承した非冷房車に、何でもいいからクーラーを取り付けて「冷房化100%」を達成しなきゃならなかったんでしょうね。

最近は、そういう印象的な特徴を持った車両が少なくなり、ちょっと寂しい気もしますね。

唐津ね・・・そういえば、佐賀県にも103系が走っているんですね。筑肥線、二回ほど乗ったことがあります。
福岡空港駅から103系に乗って、唐津へサザエでも食べに行きたいですね(笑)。
(*'​-')​ノ では~♪

奥多摩は…

お疲れ様ですi-1

タイトル、魔女って続けようとしてやめましたi-235平成3、4年ごろでしょうか。このように名作映画・ドラマをもじった「小さな旅」関連の中吊り、103の車内にありましたよねぇ。個人的にはJRの読切りの中吊り「怪傑主婦仮面」(挿絵は松本小雪)も好きでした。

おっと余談になってしまいました。

さて本題。
今回は随分懐かしいカットですね。青梅・五日市系統から103が撤退して10年が経っていたのか(遠い目)。201の青編成、もっと長生きするかと思いきや、あっけなく置き換えられてしまいました。青の10両は中央線直通ではないので、たいていはガラガラなんです。来ると「ラッキー」なんて思いながら乗っていたものでした。

103おじさんさまも記しておられますが、当線は随分と古い103が残っていましたよね。初めて訪れた25年ほど前、奥多摩まで乗車したのは側面の幕がない103でした(奥多摩に着く直前、車掌さんは前面幕を手で変えてましたっけ)。
気づくと低運転台車は殆ど見なくなり、高運転台が増えていました。軍畑や古里など本当によく訪れたものです。以前にも記しました惣岳山からの俯瞰も懐かしく思い出されます(そういえばハイシーズンには御嶽止まりの臨時列車もありましたよね)。

>これは踏切から撮りましたが、現在、この踏切は関係者以外通行禁止らしいですね。この当時は誰でも通行でき、いくらでも撮れました。

確か拝島駅の橋上化で廃止になったんですよね。青梅線部分は警報機付きでしたけど、八高・米軍・西武の方はだいぶ後まで警報機なしでした。築堤を下ってくる八高線を凄いアングルで撮れてましたからね。

最近は青梅・五日市沿線行ってませんね。いろいろありましてねぇi-278

というわけで、プロムナードさわのいの豆腐料理を久々に食べたいなぁと思った「たか」でした。

ではe-463

たか様

こんばんは。
(*'-'*)

>個人的にはJRの読切りの中吊り「怪傑主婦仮面」(挿絵は松本小雪)も好きでした。

それは記憶にないけど、「中吊り小説」っていうのが一時期あった(1993年だそうです)。
一人の作家が1ヶ月間、全4回の小説を「中吊り広告で連載する」っていう企画で、「お金持ちのJR東日本」らしく、結構有名な人が書いていたなぁ。
(第一回は椎名誠さんだったと思う。)
これは新潮社とのコラボだったらしく、終了後『中吊り小説』という文庫本(新潮文庫)にまとめられました。
(今でもアマゾンで、古書なら買えるそうです。)

>201の青編成、もっと長生きするかと思いきや、あっけなく置き換えられてしまいました。青の10両は中央線直通ではないので、たいていはガラガラなんです。来ると「ラッキー」なんて思いながら乗っていたものでした。

昼間は10両編成なんて供給過剰なんでしょうけど、要するに「留置線が無いから走らせてる」のが本音でしょうね。

>確か拝島駅の橋上化で廃止になったんですよね。

そのようですね。業務用としては残っているんですが、車両整備会社の事務所などへ行くだけの「行き止まり」になっており、以前のような「通り抜け」はできないようです。
その事務所に用がなければ渡っても仕方がなく、事実上「業務用」ってことですね。

「プロムナード澤乃井」って何?と思い、小澤酒造株式会社のホームページを調べたら、その後「わっぱ屋蔵亭」と改称され、現在は閉店・・・とのことです。

ただ、「澤乃井」経営の飲食店は、現在でも3店舗あり、豆腐料理も健在です。
「まゝごと屋」っていうのは結構本格的な料亭らしく、「予約なしでは無理」みたいなので敷居が高い感じですが、
「いもうとや」と「豆らく」は予約しなくても入れるようで、値段も「まあ、たまにはこういうランチも良いか」って感じですね。
小澤酒造株式会社公式サイト
http://www.sawanoi-sake.com/

私、日本酒ってそれほど好きじゃないし、詳しくもないので、青梅線に乗っても蔵元を訪れたことがなかったんですが、
青梅線沿線の地酒といったら、もう一つ、福生の「多満自慢」(たまじまん)を忘れちゃいかん。。。。
(・∀・)
(今、関東ローカルのラジオCMをやってましたが。)

これも今調べたら、「多満自慢」は、ブームが去った今でも「多摩の恵」っていう地ビールをやってるみたいね!
(^​0_0​^)
明治時代には、結構あちこちに「地ビール」が存在したけど、大企業製ビールの台頭で淘汰された・・・っていう歴史は知っていますが、その明治期に石川酒造が作っていたビールの「復刻版」みたいですね。

余談ですが・・・
簡単に言えば、日本で長期保存が効き、味の良いラガービールを作るには、大型の仕込み釜や冷却装置が必要で、そんな「装置産業」は大企業にしかできなくなったのが、明治の「地ビール」が廃れた理由です。原材料のホップなんかも良質のは、日本じゃあんまり作ってませんでしたし。

その後、大蔵省と財界がつるんで「一定数量以上を製造しないと認めない」ってことになり、事実上、中小企業がビールを作れなくなっちゃったんですよね。汚ねぇなぁ。。。。

だから、戦後にビール業界へ参入したのがサントリーと、すぐやめちゃった宝酒造だけだったんですよ。「構造改革」で地ビールが解禁されるまでは。
サントリーは言うまでもないし、宝酒造も焼酎の圧倒的なシェアと販売網を持った大手です。
戦後、「阪急グループがビール製造を企画した」こともあったそうですが、これは、メインバンクの三和銀行が反対して中止されたそうですよ。おそらく、関西が本拠地のアサヒビールとの関係を考慮したんだと思いますね。

それはともかく、私、地ビールが好きで、ブームが去った今は止めちゃった所が多くて寂しいなぁと思っていますが、
今でも「多満自慢」がそんなの作ってるなら、行ってみようっと!
ピューッ!≡≡≡ヘ(*゚∇゚)ノ 

石川酒造株式会社(多満自慢)公式サイト
http://www.tamajiman.com/syohin.html
(*'。'*)つЦゥィーッ!
Secret

プロフィール

mitsuka115JNR

Author:mitsuka115JNR
「新と旧」「JR(国鉄)と私鉄」「日本と外国」「西と東」などにとらわれず、自由気ままに書いてます。お気軽に遊びに来てね♪
(コメントは「承認制」とさせていただいておりますので、表示されるまで、お時間がかかります。ご了承ください。
また、記事内容と無関係なコメント、「これはUPしたら荒れるね」と予想されるコメント、読者を不快にさせるネガティブなコメント(「クヨクヨ系」、「いちいち難癖・いちゃもん・喧嘩吹っかけ」、「メンヘラ」っぽい危ないコメント等) は、容赦なく削除します。

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