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輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

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(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

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大井川鐵道で遊ぼ~♪ 2.「かわね路1号」と謎の「側線運行」体験

大井川鐵道SL急行101列車「かわね路1号」(C56 44)(2012年10月7日・五和~神尾間)

(前回からの続き・2012年10月7日[日曜])
1003列車「EL急行」の後、11時12分過ぎに千頭行普通9列車が通過しましたが、これは先ほど上がっていった元・南海21000系の折り返しでした。
しばらくの間、上下とも列車は無く、五和駅方向へ戻ってお茶畑へ移動し、待機です。

11時51分頃、C56 44号機の牽引でSL急行101列車「かわね路1号」が来ました!(トップの写真)
ヽ(゜∀゜ )ノ
C56ちゃんのナンバープレート、ピカピカに光ってます。

それも嬉しいですが、今日の101列車には珍車・オハ35 149が入っていました。
(・.・)ほぅ
大井川鐵道オハ35 149(2012年10月7日・五和~神尾間)

これは1940(昭和15)年、鉄道省小倉工場で製造された張り上げ屋根・ノーヘッダーの試作車です。
屋根が妙に「つるん」としているおり、また、ヘッダー(側窓上部の梁)が無いので、すっきりした印象です。
この珍車がなぜ大井川鐵道にやってきたのか、その経緯はわかりませんが、特にこの車両番号を指定して購入したんだとすれば「相当なもの」ですね(笑)。

張り上げ屋根といえば、オロ40形2等車の初期車(オロ40 1~23)がこの構造だったんですが(といっても、私も実車は見たことが無いけど)、
かつて大井川鐵道で行なわれた映画のロケで、高級軍人が2等車に乗り込む場面があり、このオハ35 149に青い帯を巻き、オロ40に見立てて撮影したとか。
やるなぁ!(・∀・)
それ、再現してくれませんかね。。。。

客車の後部には、旧・国鉄清水港線から来た青いスハフ42 286とオハ47 81、スハフ42 184が連結されていました。
「青い旧型客車は、今、むしろ貴重なのだ」と先日書きましたが(9月4日付記事参照)、真岡駅構内にいるスハフ44 25は留置中のところを撮っただけでしたし、 青い旧型客車の走行シーンを見たのは久しぶりです。
大井川鐵道SL急行101列車「かわね路1号」(2012年10月7日・五和~神尾間)

そして後補機はED501号機「いぶき501」じゃありませんか!
( ゜。゜)ウヒョー
大井川鐵道ED501号機(いぶき501)(2012年10月7日・五和~神尾間)1

この機関車については次回詳しく書こうと思いますが、近江長岡の大阪セメント(現:住友大阪セメント)専用線が1999(平成11)年に廃止され、
僚友のED502号機と揃って大鐵へやってきたのも束の間、数ヶ月足らずで三岐鉄道へ移り、中部国際空港建設資材輸送に従事しました。
その資材輸送も2002(平成14)年12月21日で終了し、ED501号機は大鐵に戻ってきましたが、ED502号機は現在、三岐鉄道西藤原駅にある鉄道公園「ウィステリア鉄道」に保存されているそうです。
三岐鉄道には2011年2月2日に訪れましたが(2011年2月15日付記事参照)、東藤原までは行ったものの、西藤原までは「前に乗ったことがある」と言って、行かなかったんですよ。。。。
(*゚ー゚)ゞ
なんだか、私が見たかったものがいっぺんに見られた感じで、列車が通過した30秒間ぐらいで大満足しちゃいました(笑)。
(*'-'*)
満ち足りた気分で五和駅へ戻り、12時16分発の14列車(元・近鉄車)で新金谷へ行きました。

なぜ、新金谷なのかというと、「SLフェスタ」のメイン会場であり、留置車両を撮りたいのと、五和には外食産業が全く無いので、ここにいてもお腹が空くだけということもありますが(笑)、
昨日と今日(10月6・7日)の二日間、10時から11時と、13時30分から15時の間、「構外側線体験乗車」というイベントをやっていたからです。

新金谷駅から大井川の河川敷に向かって約1kmの側線が延びています。これは東海道本線の車窓からも見えるので、ご存知の方も多いでしょう。
おそらく、かつては川砂利の搬出に使われたんじゃないかと思いますが、近年は廃車車両の置き場になっていました。
この側線を「体験乗車」できるというんですよ。
ヽ(゜∀゜ )ノ
ただし、何が走るのかは全くわかりません。

このイベントについては、直前になって公式サイトに掲載されただけですから、知らなかった方も多いと思います。
サイトの写真は、側線に旧型客車編成が停車しているシーンでしたが、「かわね路号」編成は本日フル稼働で、これは考えられません。
側線は電化されているので「電車の間合い使用かなぁ」とも思いましたが、五和からの運賃を精算したついでに、改札で聞いてみれば・・・
「あれは井川線の小さい車両でして、ここから出るわけじゃないんです。ぐるっと回った所に乗り場がありまして・・・」
と言います。
(((​゚д゚​;ノノ​ぇぇぇ!
井川線の車両が新金谷へ来ること自体、相当に珍しいことです。

しかし、時間は13時30分からですので、慌てても仕方ないことで、まずは昼食です。
とはいっても、駅前にある大鐵の施設「プラザロコ」に入るぐらいしかないんですが、この建物、20年ぐらい前はスーパー「ヤオハン」だったような気がしますね。
旧・ヤオハンは経営破綻後、曲折の末、イオングループのマックスバリュ東海が継承したようですが、金谷の「マックスバリュ」は新金谷駅前ではなく、少し離れた金谷扇町交差点にあります。
それはともかく、お弁当を買おうと思ったんですが残り少なくて種類は選べず、何の期待もせずに700円の「松茸ご飯弁当」(大鉄フード製)を買ったら、容器はコンビニ弁当と同じで見栄えのしない物でしたが、これが結構おいしい。
おいし~♪(*'-'*)
でも、落ち着いてお弁当を食べている場合じゃない。。。。

元・近鉄車16000系が良い位置で停まっていますが、元・京阪3000系も留置線から出てきました。
大井川鐵道16000系(2012年10月7日・新金谷駅)

京阪車は千頭へ回送され、臨時普通列車(千頭発15:40→金谷着16:53)に充当された・・・というのは後でわかったことですが、
千頭方の先頭部に、京阪特急のシンボル「鳩」のヘッドマークが!
ただし、大鐵に特急は走っていませんから「特急」の文字は無く、単なるイメージです。
大井川鐵道3000系(2012年10月7日・新金谷駅)

昨年10月に設置された転車台の上に、ATS未装備のため今は本線走行ができないC12 164号機が展示されていました。
大井川鐵道C12 164号機(2012年10月7日・新金谷駅)

この転車台の橋桁は、名鉄から譲渡されたものだそうです。どこの川だかはわかりませんが、橋梁架け替えの仮橋だった橋桁だと聞いており、仮橋としては数年しか使われていないのでピカピカです。
駆動は電動式ですが、手動で動かすこともできます。

駅前の駐車場が「SLフェスタ」の野外会場になっていましたが、単に大鐵のイベントというより「市民文化祭」のような感じで、アマチュアバンドの演奏とか、「よさこいソーラン」の演舞などをやっていたらしい。
その会場内にひっそりと「側線運行&乗車体験」の案内板が立っていました。
案内板に従って、金谷方の跨線橋へ向かいます。つい最近まで、ここは踏切だったはずですが。。。。

「側線運行」を見るつもりなら、上り普通列車の時刻に合わせて、午前中に福用で撮るのを見合わせ、前述の14列車で新金谷へ戻るしかなかったんですが、
そうまでして見たかった物ですから、実に楽しみです。
いました! 井川線の車両!
ヽ(゜∀゜ )ノ
大井川鐵道新金谷駅構外側線体験乗車(2012年10月7日)1

DD205号機+Cスロフ308+クハ604の編成です。
大井川鐵道新金谷駅構外側線体験乗車(2012年10月7日)2

正式の旅客営業路線ではないので、「体験乗車」は無料。もちろん乗ってみましたが、時刻表も無く、「ちょっと早いですが満席になりましたので、午後第1回の運行を行ないます」と言って、13時25分頃に動き出しました。
車両は側線の終点まで行くわけではなく、約300m走って折り返します。
大井川鐵道新金谷駅構外側線体験乗車(2012年10月7日)3

終点まで行かれないのは残念でしたが、この側線を、不特定の人を乗せた車両が走ったのはおそらく初めてで、貴重な体験でした。

ところで、この井川線車両は小型ですから、本線の電気機関車とは連結器の高さが合わず、そのままでは連結できません。
どうやって回送したかというと。。。。

この「Cワフ4」という貨車に本線用と井川線用、二種類の連結器が装備されており、
本線用EL+Cワフ4+井川線車両のように連結します。
大井川鐵道Cワフ4(2012年10月7日・新金谷駅)

「C」とは、1959(昭和34)年まで井川線が中部電力の専用鉄道だった名残で、Chubuの頭文字として井川線の客貨車に付けられた記号ですが、現在は井川線の定期貨物輸送も廃止され、貨車もほとんど姿を消しました。客車も超小型車は廃車されています。
もっとも、現在の客車にしても、相当に狭いですけどね。
なお、「スロフ」といっても別にグリーン料金が必要なわけではなく(笑)、中部電力では来客用客車を「スロフ」、部内および地域住民用客車を「スハフ」のように呼んでいた名残です。

これも大満足で、混雑している「フェスタ」会場内を避けて旧・東海道金谷宿の町並みを歩きつつ、また本線列車の撮影に戻ります。
「東海道五十三次を歩こ~♪」が今、お江戸日本橋から三十七里(約150km)の蒲原宿で中断したままになっているので、「あの話は10年計画か?」などと言われていますが。。。。
(*゚ー゚)ゞ
千頭へ行った列車は、1002列車「EL急行」、1004列車「かわね路14号」、102列車「かわね路2号」の順に戻って来ますが、これをどこで撮ったものか。。。。
(次回に続く)

なお、この日の午前中にいた五和~神尾間の「五和変電所」付近は、大井川鐵道最初の開業区間である金谷~横岡間の終点、横岡駅の近くです。
この「横岡線に関する考察」の原稿を書いてみましたが、興味の無い方にはわずらわしいだけで、一般性のない話題ですから、
関心がおありの方だけ、下の「続きを読む」をクリックしてお読みください。
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●大井川鐵道「横岡線」についての考察
私がいた五和~神尾間の地名は、静岡県島田市横岡新田というのですが、ここには大井川鐵道の五和変電所があります。
大井川鐵道五和変電所(2012年10月7日)

この変電所脇の溝渠(こうきょ)を渡る橋桁に、なにやら古めかしい銘板が見えますよ。。。。
大井川鐵道五和変電所付近の溝渠橋梁(2012年10月7日)前景

『KISHA SEIZO KAISYA OSAKA 1926 汽車製造株式會社 大阪 大正捨五年製造』
だそうです。
1926(大正15)年製造ですか。。。。
大井川鐵道五和変電所付近の溝渠橋梁(2012年10月7日)銘板

大井川鐵道株式会社の設立は1925(大正14)年3月10日付でした。
当初は静岡から藁科川沿いに千頭まで建設する計画だったようですが(現在の国道362号線のルートか)、地形が急峻すぎて不可能と判断され、
その後、島田起点に変更されましたが、建設費のかかる大井川への架橋を一箇所でも減らしたかったので、結局は金谷起点になりました。

それでも難工事であったことには変わりなく、路線は段階的に延びていきましたが、最初の開業区間は金谷~横岡間。1927(昭和2)年6月10日のことでした。
この横岡駅とは、現在の路線上ではありません。
今の五和変電所付近から分岐し、約500m先の大井川近くです。
だいたい、このあたり。( ・_・)つ↓
http://maps.loco.yahoo.co.jp/maps?p=%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E5%B3%B6%E7%94%B0%E5%B8%82%E6%A8%AA%E5%B2%A1%E6%96%B0%E7%94%B0&lat=34.85774829&lon=138.11836572&ei=utf-8&v=2&sc=3&datum=wgs&gov=22209.88

大井川鐵道開業の意義は、まず大井川の電源開発、そしてダム建設によって木材の「筏流し」が不可能になるため、これを鉄道輸送に転換することでしたが、
上流から横岡まで筏で流れてきた木材を、ここで貨車に積み替えたんだろうと思われます。
旅客は、こんな所で降りてもしょうがないんですが、渡し舟で大井川対岸の神座(かんざ)へ渡り、そこから川沿いに歩いたんでしょうか。
現在の県道64号線(島田川根線)に相当する道路は、当時もあったと思われます。

しかし、最初から千頭までの建設を計画していたわけですから、横岡駅は「暫定終着駅」に過ぎませんでした。
1928(昭和3)年7月20日には横岡線分岐点~居林間、翌年12月1日には居林~家山間が開業します。
居林駅は、横岡線分岐点から2.45km先(神尾駅の手前)にあったそうですが、これも暫定終着駅で、現在でも人家がほとんどなく、すぐ廃止されたようです。おそらく、渡し舟で対岸へ渡るだけが目的の駅でしょうね。
(注:「横岡線」の呼称は便宜上のもので、正式名称ではありません。)

家山を経て地名(じな)まで開業していた時点、1930(昭和5)年10月当時の『鉄道省編纂汽車時間表』(JTBから復刻版あり。時刻は同年8月1日現在)を見ると、金谷~家山間の列車がスイッチバックで横岡に立ち寄っていたようです。
ただし、全列車ではありません。横岡駅周辺も人家は少なく、面倒なスイッチバックをして全列車を立ち寄らせるほどの利用者はなかったのだと思います。
もっとも、巻末の「定期旅客自動車便」欄を見ると、金谷駅~横岡間にバスが走っていたことがわかります。
また、すでに居林駅は記載がないため、1930年時点では廃止されていた可能性があります。

1931(昭和6)年12月1日、念願の千頭まで全通しますが、分岐点~横岡間の廃止を千頭全通の翌日であるかのように、やけにはっきりと書いている資料もあります。ただ、これの典拠が何であるのか、私は存じません。
「昭和11年(1936)9月30日で廃止された」としているwebサイトもありますが、この典拠も不明です。
昭和12年10月1日現在で鉄道省が発行した『鉄道停車場一覧』(鉄道史資料保存会から復刻版あり)には、横岡駅の記載があります。

私鉄史研究の基礎資料である、和久田康雄・著『私鉄史ハンドブック』(電気車研究会・1993年刊)では「1939年度廃止<統計になし>」としており、
とりあえずは「公式には1939(昭和14)年度に廃止扱いとされたが、実際の列車運行停止は、もっと早い時期であった」と考えておきましょう。
国道473号線・静岡県島田市横岡新田(2012年10月7日)

なお、「横岡」と名乗る駅は、ごく最近にも存在しました。
2003(平成15)年8月17日、神尾駅構内で土砂災害が発生し、金谷~福用間が運休となりましたが、同年10月25日に(仮)横岡駅を設置し、金谷~(仮)横岡間で電車の運行を再開、(仮)横岡~福用間の代行バスと接続しました。
この(仮)横岡駅の場所は新東名高速の高架橋直下で、2004年3月18日午前中まで使用されました。つい数年前のことなのに、現在は跡形もありませんけどね。

さて、横岡線の痕跡は、溝渠に橋台が残っています。
大井川鐵道横岡支線跡の橋台(2012年10月7日)

これは民家の敷地にぶつかってしまいますが、五和変電所から見たこの家、現在線に対して斜めに建っています。
おそらく、横岡へ向かっていた線路跡地をそのまま買ったんでしょうね。
大井川鐵道五和変電所から旧・横岡駅方面を見る(2012年10月7日)

現在線の橋桁も「大正15年製造」だということは、横岡線と現在線は同時に着工され、とりあえず横岡線を「暫定開業」させつつ、現在線も千頭へ向けて建設を進められた・・・と考えていいのでしょうか。

大井川鐵道の電化は戦後、1949(昭和24)年11月18日のことで、五和変電所もその時に設置されました。

電化された当時、E10形電気機関車が3両新製されました。「EL急行」(前回記事参照)を牽引していたE102号機も、その1両です。
電化当初は電車ではなく、電気機関車牽引の客車列車でしたが、「EL急行」のスハフ43やオハニ36のような、国鉄の「豪華車両」を想像しないでください(笑)。
明治期の古典的客車(鉄道省の払い下げ)とか、あるいはエンジンを取り外した元・ガソリン動車など、訳の分からない「あやしい客車」だったようです。
電車運転は1951(昭和26)年8月8日から国鉄払い下げ車両で始まり、1959(昭和34)年に旅客列車が全面的に電車化されました。
現在、名古屋の「JR東海 リニア・鉄道館」に保存されているモハ1035(モハ1形)という電車も、当時の国鉄払い下げ車の1両で、
1953(昭和28)年に大鐵入りし、1997(平成9)年にJR東海が買い戻した物です。
モハ1035(1)

【追記】(2012-10-23)
国立公文書館所蔵文書の中に、昭和12年3月19日付の「横岡側線撤去届」という文書があるようです。
(簿冊標題『鉄道免許・大井川鉄道6・昭和11~12年』。請求番号:本館-3B-014-00・平12運輸01785100)
平日の昼間、時間があったら見てきますね。
(*'-'*)
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おはようございます

今回も満載ですね
(@.@)
かわね路1号は充実した編成でしたね!
お茶畑とSLいいですね
京阪特急も撮影できたので近鉄・南海・京阪が揃いましたね
イベントでは井川線車両が来ていたのですね
貨車に連れられて来れるとは知りませんでした
転車台は綺麗ですね!昔は千頭駅にもありましたよね
考察の変電所も詳しい解説で橋桁の小さな銘板までチェックされるとは今回も流石です
(・.・)

aki様

たいした記事じゃないんで恐縮ですが、橋梁については土木や建築の専門教育を受けたわけではないけど「門前の小僧」というか、やたら数だけは見ておりまして。。。。
(*゚ー゚)ゞ

>かわね路1号は充実した編成でしたね!

これは良い編成でしたね。意識的にこういう編成を組んだとすれば、さすが大鐵さんです。

>京阪特急も撮影できたので近鉄・南海・京阪が揃いましたね

ただ、元・西武車や元・北陸鉄道車などが引退したのが、ちょっと寂しいですね。
元・北陸鉄道のアルミ車「しらさぎ号」は石川県へ帰り、保存されているようです。

>イベントでは井川線車両が来ていたのですね
>貨車に連れられて来れるとは知りませんでした

これは本当に「サプライズ・ゲスト」でしたね。
貨車が連れてくるんですよ。
(*'-'*)つ(∵​)

体験乗車運転の車掌さんによれば「10年ぐらい前、新金谷発井川行の臨時列車を走らせたこともありましたが、定着しませんでした」とのこと。
「そんなのがあったんだなぁ!」と思いましたね。

>転車台は綺麗ですね!昔は千頭駅にもありましたよね

千頭のは、新潟県の東赤谷駅にあった物らしいですが、しばらく使っていませんでした。
昨年の10月から、再び頻繁に使われるようになっています。

新金谷の転車台は「今、日本一新しいSL転車台」ですね。
静岡県の公式サイトにも載っているので、設置費用の一部は県と島田市の補助金みたいですが、
大井川鐵道が静岡県の観光振興に寄与していることは間違いないので、それは許されるかと。

>考察の変電所も詳しい解説で橋桁の小さな銘板までチェックされるとは

こういうテーマは地味なので、興味のある方がどのくらいおられるのかわからず、発表しようかどうか迷いましたが、
横岡線の存在自体があまり知られていないので、一応「番外編」としてUPした次第です。
私の考察が正しいかどうかわかりませんが、「問題提起」であっても、「何も発表しない」よりはずっと良いかと思っています。
もし、より正確な情報をお持ちの方がいれば、どこかで発表すればいいんですが、ともかく「きっかけ」を作っておこうと思いました。

次回もお楽しみに~♪
(*'​-')​ノ
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Author:mitsuka115JNR
「新と旧」「JR(国鉄)と私鉄」「日本と外国」「西と東」などにとらわれず、自由気ままに書いてます。お気軽に遊びに来てね♪
(コメントは「承認制」とさせていただいておりますので、表示されるまで、お時間がかかります。ご了承ください。
また、記事内容と無関係なコメント、「これはUPしたら荒れるね」と予想されるコメント、読者を不快にさせるネガティブなコメント(「クヨクヨ系」、「いちいち難癖・いちゃもん・喧嘩吹っかけ」、「メンヘラ」っぽい危ないコメント等) は、容赦なく削除します。

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