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今年、10月1日は東海道新幹線開業50周年!
(*'-'*)
東海道新幹線開業50周年シンボルマーク(2014年7月9日撮影)

本書は、その東海道新幹線について『鉄道ピクトリアル』誌と『電気車の科学』誌に、国鉄担当者から寄稿された1950年代後半の高速列車計画概要紹介記事に始まり、その後の計画の進展、開業まで、リアルタイムで進む当時の様子を再録したものです。
輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション28 東海道新幹線1950-60 2014年 06月号 [雑誌]

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本書はかつて東海道新幹線の運転士だった方が書いた「裏話」ですが、構成が変わっていて、第一部が「0系運転士」の、第二部が「N700系A運転士」の座談会みたいな感じになっています。
(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

東海道新幹線 運転席へようこそ (新潮文庫)

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東海道五十三次を歩こ~♪ 三島宿→沼津宿

(取材日:2012年1月29日[日曜])
静岡県三島市の「三島グリーンホテル」を朝8時には出発しようと思ったんですが、
やはり前日の「箱根越え」は「大事業」で、体がだるく、ぐずぐずしてしまって出発は9時過ぎになりました。
(*゚∀゚)=3
9時25分、伊豆箱根鉄道の三島広小路駅前から、旧東海道、現在の県道沼津三島線(145号線。地元では「旧道」と呼ばれ、路線バスにも「旧道経由」の表示がある)を歩き始めます。
伊豆箱根鉄道駿豆線・三島広小路駅(2012年1月29日)1

伊豆箱根鉄道駿豆線・三島広小路駅(2012年1月29日)2

【三島市広小路町付近の地図】
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旧東海道・三島市西本町(2012年1月29日)

すぐ、三島市から駿東郡清水町に入ります。
旧東海道・三島市加屋町と駿東郡清水町伏見の境界(2012年1月29日)

「千貫樋」(せんがんどい)の交差点を通過。
旧東海道・千貫樋交差点(静岡県駿東郡清水町伏見)(2012年1月29日)

「千貫樋」とは、三島駅に近い楽寿園(小松宮彰仁親王の別邸だったが、1952[昭和27]年以降は市立公園として一般公開)内にある小浜池の水を、現在の清水町にかんがい用水として引くために架設された「樋」・・・というか、「水道」です。
建設年代については諸説ありますが、天文24(1555)年に建設されたという説が一般的です。
これは当然、木製でしたが、1923(大正12)年の関東大震災で崩壊し、現在の千貫樋はコンクリート製です。
「千貫」とは昔の通貨単位で、「そのくらいの費用がかかった」(注)という説、「千貫の価値がある技術である」として名付けられたという説など、いろいろあります。
(注)千貫が、今の金額だといくらぐらいに相当するのかは、調べてみたんですが諸説あって、はっきりしません。慣例では1貫=銭1000枚(1000文)とされ、貨幣の穴に紐を通して1000枚に束ねました。

もっとも、昔は道路から千貫樋が見えていたそうですが、今は家並みが建て込んでよく見えません。
このときはわざわざ見に行ったりはしませんでしたが、この原稿を書くために、静岡県の公式サイトにある「東部地域施設概要 千貫樋」を見てみると、これは、なんだか面白そうな構造物ですね。
http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-620/rekishiteki/toubu/page/page11.html
私は橋が好きで、この手の構造物にも興味があり、「ちょっと回り道をしてでも見に行くんだった」と思いました。次回、このあたりを訪れた際のお楽しみです。

「こうじ(麹)製造所」の看板が出ている古い家。いい雰囲気です。
(*'-'*)
旧東海道・静岡県駿東郡清水町伏見付近(2012年1月29日)

その家の前に常夜灯が。
旧東海道・静岡県駿東郡清水町伏見付近・常夜灯(2012年1月29日)

1846(弘化3)年に建てられたものだそうですが、本来は十字路(上の写真の信号機付近)にあったといいます。
昭和の耕地整理で全く別の場所に移されていましたが、「東海道400年」を機に2001(平成13)年7月、あらためて現在地に移されたとのこと。
基部に「中内村」とありますが、1889(明治22)年に18ヶ村が合併して駿東郡清水村が発足した際の村に「中内村」の名はなく、この名は幕末~明治初期には消滅していたようです。

その先に「三島清水郵便局」があります。
この局名が、ちょっと気になる。
ここは、三島市ではありません。駿東郡清水町です。
(・.・)?
旧東海道・三島清水郵便局(静岡県駿東郡清水町伏見)(2012年1月29日)

同じ県内の清水市(現:静岡市清水区)と区別する必要があるのはわかりますが、三島市ではないのに「三島清水」とした理由はわかりません。
清水町内にある郵便局は長沢局、三島清水局、沼津卸団地簡易局、三島徳倉橋局の4箇所で、徳倉橋局も「三島」を冠していますが、「清水町郵便局」というものは存在しません。
卸団地にある簡易郵便局に至っては「沼津」を冠しており、これもお隣の市名じゃないですか。。。。

【静岡県駿東郡清水町の地図】
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旧・郵政省では、清水町が将来、三島市と合併すると見越していたのか?
そういえば、清水町内の集配業務を担当するのは三島郵便局(郵便番号:411-****)だし・・・と考えましたが、
調べてみたら、清水町と三島市の単独合併が検討されたことはなく、戦後、沼津市との合併、あるいは複数の市町の合併話が何回かあったものの、成立しませんでした。
静岡県駿東郡清水町カントリーサイン(2014年1月29日)

一回目は1962~63(昭和37~38)年ごろ、当時あった東駿河湾石油コンビナート計画を円滑に進めるため、県が主導したもので、沼津市・三島市・清水町の二市一町が合併する案でしたが、主に三島市の猛反対で不成立。

二回目は、1966~67(昭和41~42)年です。
沼津駅北口にあった市場や問屋さんが清水町に移転して、1969(昭和44)年にオープンした「沼津卸団地」(協同組合沼津卸商社センター)は、沼津市との合併を前提に「沼津」の市名を冠しています。
(卸団地の構内、「組合会館」内にある簡易郵便局が「”沼津”卸団地簡易局」である理由も同じ。)

三回目は1996(平成8)年以降のことで、沼津市と清水町の合併により「中核市」認定を目指したものの、2003(平成15)年に当時の清水町長が合併協議会の確認事項を否定し、翌年、合併協議会は解散。
これには沼津市側が怒って、2006年3月限りで清水町から委託されていたゴミ処理業務を拒否する・・・という出来事がありました。
(やむなく、清水町では2006年4月以降、函南町に委託。)
結局、2007年に新しい町長が選出され、新町長が公式に沼津市へ謝罪し、ゴミ処理業務の委託は再開されたものの、合併協議は再開されていません。

この三回目の過程で、沼津市・三島市・清水町・長泉町・函南町の二市三町合併案も出たようですが、これも成立していません。
静岡県沼津市カントリーサイン(2014年1月29日)

清水町は、東海道本線が町域内を通過しているものの、駅がないので知名度は低いんですが、
・新幹線停車駅(三島駅)や、東名高速の沼津IC・新東名高速の長泉沼津ICを控えて、交通の便が良い。
・雪もほとんど降らない。
・その名のとおり、水質が良い。
といった利点があり、工場や物流センターの立地が多く、税収があるんですよ。県東部で近年、人口が増加しているのも清水町と、隣接する長泉町だけですし。
ゆえに、他の市や町と合併したくないのだろう・・・と推察されますね。
これは、近隣の市や町も同じ考えだと思います。このあたりは裕福な自治体が多く、税収を手放したくないから、政府が鐘や太鼓で構造改革を推進しようが何しようが、「合併お断り」というのが本音でしょうね。

もしかすると、もう合併はせず、人口が5万人を超えた時点で、岩手県滝沢市(2014年1月1日、岩手県岩手郡滝沢村から市制施行。盛岡市との合併話を断った)のように「単独で市制施行」となるかもしれません。

話が複雑になって恐縮ですが、このように通り過ぎる市町村の「今」に思いをめぐらすのも、ゆっくり物を考える時間がある「歩く旅」ならではのことです。
(*'-'*)
清水町に駅がないのは不思議ですが、昔は三島広小路~沼津駅前間の旧東海道を、伊豆箱根鉄道の路面電車(1963[昭和38]年2月5日廃止)が走っており、廃止時点では12分間隔の運転だったそうですから、国鉄の駅がなくても不便はなかったのでしょう。

さて、旧東海道からは外れるんですが、知人から「清水町へ行ったら、柿田川公園に立ち寄るように」との強いお勧めがあり、国道1号線を渡って、行ってみました。
(その方は、「僕はあそこが好きで、3回行ったよ」と言っていました。)
ここは「泉頭(いずみがしら)城」という、戦国時代の城跡です。
柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)1

柿田川といえば、岐阜県の長良川、高知県の四万十川と並ぶ「日本三大清流」として知られ、1985(昭和60)年、柿田川湧水群が静岡県では唯一、旧・環境庁の選定した「名水百選」に入選し、知名度が上がりました。
(その後、2008[平成20]年に環境省が「平成の名水百選」を選定し、静岡県では安倍川[静岡市]、阿多古川[浜松市]、源兵衛川[三島市]、湧玉池[富士宮市]の4箇所が入選した。)

公園内にある「わき間」からは、一日に100万立方メートルの水が湧いているといわれます。
柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)4

この湧水が柿田川となりますが、この川自体は1.2Kmと短く、すぐに狩野川と合流してしまいます。
柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)3

柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)2

「おいしい水」、もちろん飲んでみました。
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旧東海道沿いのお米屋さんで、おにぎりを売っていたので、それと一緒に。
お米も水もおいし~♪(*'-'*)/
P1290020.jpg

確かに「気に入って3回訪れた」という方がいるように、すばらしい環境です。10時ちょうどに到着したんですが、40分ほどのんびりしてしまいました。

ゆっくりしたところで出発。
「八幡」の交差点で国道1号線から旧東海道に戻ります。
(「国立静岡医療センター」の方には行かないように。また、「八幡東」というよく似た名前の交差点があるので、間違えないように注意。)

旧街道沿いの「長沢」バス停前に「旧道広場」というものがあり、公衆トイレがありました。
ここは災害時の住民避難場所ですが、どうも昔の路面電車の車庫跡のようでした。ただし、痕跡は何も残っていませんが。
旧東海道・旧道広場(静岡県駿東郡清水町長沢)(2012年1月29日)

道沿いに松の木が植えてあったりするのが「旧街道っぽい」ところ。
旧東海道・静岡県駿東郡清水町長沢付近(黄瀬川橋東詰)(2012年1月29日)

旧道広場から約700mで黄瀬川を渡ります。
このときは新橋の架設工事中で、車両通行止めになっていましたが、沼津市の公式サイトによれば、2014年3月8日に新橋が開通したとのことです。
旧東海道・黄瀬川橋(静岡県駿東郡清水町長沢・沼津市大岡)(2012年1月29日)1

仮設橋(歩道のみ)の上から北の方角を見れば、昨日下ってきた箱根の山並みが。。。。
旧東海道・黄瀬川橋(静岡県駿東郡清水町長沢・沼津市大岡)(2012年1月29日)2

この川が清水町と沼津市の境界です。川の名前は「黄瀬川」ですが、集落の名は「木瀬川」と書くようでした。
旧東海道・静岡県沼津市大岡付近(黄瀬川橋西詰)(2012年1月29日)

「東下石田」の交差点で、県道富士清水線(380号線。旧・国道1号線)と合流。
旧東海道・沼津市大岡(東下石田交差点)(2012年1月29日)

この道は、路面電車が走っていた往時を知る世代の人たちは今でも「電車通り」と呼ぶようですが、今は電車の痕跡もなく、いささか単調。
旧東海道・沼津市大岡付近(2012年1月29日)

単調さを我慢しつつ歩き、ようやく沼津駅の近くまで来ました。
この歩道橋の下で、細い道を左に折れ、狩野川べりに出るのが旧東海道。「川廓(かわぐるわ)通り」といいます。
旧東海道・沼津市大手町4丁目(2012年1月29日)

旧東海道・川廓通り(沼津市大手町4丁目)(2012年1月29日)1

旧東海道・川廓通り(沼津市大手町4丁目)(2012年1月29日2

沼津城跡、現在の中央公園(公衆トイレあり)には12時05分に到着。
旧東海道・沼津城跡(中央公園)(沼津市大手町4丁目)(2012年1月29日

三島宿~沼津宿間は5.8Kmですから、柿田川公園で40分も休憩したとはいえ、ちょっと時間がかかりすぎましたね。
(*゚ー゚)ゞ
【沼津市大手町の地図】
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休憩時間を除くと、急げば約1時間30分、ゆっくり歩いても約2時間の距離でしょう。
(沼津宿→原宿→吉原宿間に続く)
=========================
※三島宿→沼津宿間のトイレ情報
・柿田川公園(駿東郡清水町)
(旧東海道からは外れる。国道1号線沿い)

・旧道広場(駿東郡清水町)
(「長沢」バス停の前。)

・中央公園(沼津市大手町4丁目)
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臨時特急「あけぼの」、ただいま絶賛運行中!

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
2014年3月15日のダイヤ改正で定期運行を終了した、上野~青森間の寝台特急「あけぼの」が、
この大型連休期間中、臨時列車として運行されています。
●下り(9021列車) 上野発4月25日~5月6日運転
(上野発21:33→青森着12:19)
●上り(9022列車) 青森発4月24日~5月5日運転
(青森発17:11→上野着6:20)

この臨時運行、春季以降は、いったいいつまで実施されるか全く不明で、
「夏の臨時列車」としての運行があるかどうかも、今のところわからないため、
(2014年)4月27日の朝、毎度おなじみ東十条で9022列車を撮ってきました。
EF64 1031[長岡]牽引・臨時特急「あけぼの」9022列車(王子~東十条間)(2014年4月27日) (1)

牽引機はEF64 1031[長岡]でした。

客車は、定期運行時代は寝台車8両+電源車の9両だったんですが、臨時列車に格下げ後はA寝台車(スロネ24 550番代)が連結されなくなり、
「ゴロンとシート」車(普通車指定席)も廃止、B寝台個室「ソロ」(オハネ24 550番代)も1両だけになりました。
寝台車6両+電源車の7両編成になった姿、たった2両減っただけですが、妙に短くなった感じがしましたね。
臨時特急「あけぼの」9022列車(王子~東十条間)(2014年4月27日)

これは「ついで」ですが、上野到着後、尾久車両センターへ入庫する回送列車(回9022列車)も日暮里で撮れました。
EF64 1031[長岡]牽引・臨時特急「あけぼの」回9022列車(日暮里駅)(2014年4月27日)

せっかく早く起きたので、651系「スーパーひたち4号」の入庫回送も撮りましたよ。
水カツ651系・「スーパーひたち4号」回送(日暮里駅)(2014年4月27日)

651系のオリジナル車(交流/直流両用。水カツ[勝田車両センター]所属)は、『鉄道ダイヤ情報』5月号によれば、
現在、K103・K105編成(7連)とK201・205編成(4連)が残っているとのこと。
いつのまにか、「草津」「あかぎ」系列車に充当される1000番代車(直流専用。宮オオ[大宮総合車両センター]所属)の方が多数派になってしまいましたが、
オレンジ色の帯がないオリジナル車の運用は2015年3月ごろまでだそうですから、日の出の時刻も早くなってきたことだし、日暮里なんかじゃなくて、もっと北で撮りたいですね。
(*'-'*)

では~♪(*'​-')​ノ
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【おまけ】
東京メトロ千代田線車内で見た広告。
東京メトロ企業広告(千代田線車内)(2014年4月27日)

左側は東京メトロの企業広告で、「総合指令所」の存在と意義をPRするもの。

右側はTBSテレビの新番組、ドラマ『ルーズヴェルト・ゲーム』の広告。
原作は、かの記録的な大ヒット作『半沢直樹』と同じ池井戸 潤氏で、「柳の下のドジョウ」狙いなのがミエミエ(笑)。
(2匹目は、いるのか?!)

それはいいんですが・・・
「企業ドラマ的な図柄」っていうのは、
こんなふうに、似たイメージになってしまうものなのか?

と思って撮りました。。。。
o(^▽^)oキャハハハ
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東海道五十三次を歩こ~♪ 箱根宿→三島宿

(取材:2012年1月8日[日曜]・同年1月28日[土曜]【再訪】)

一日で箱根湯本から三島まで歩くのはかなり厳しく、2012年1月8日に歩いた際は、途中で日が暮れてしまい、
未舗装路も多い旧街道だけを歩き続けるのは危険と判断し、バイパス部分も歩きつつ三島の町へ急ぎました。
(ただし、バイパス部分も、歩道があったりなかったりしてあいまいなので、安全とは言い切れない。夜間歩行はしないのが無難です。)

2012年1月28日の昼間、静岡県に入った「芦の湖カントリー入口」バス停から三島まで歩き直しました。
従って、当記事の写真は両日のものが混在しており、また「どこそこ地点に何時何分到着」といった記述は省略します。ご了承ください。
===========================
箱根町バスターミナルからはしばらく、国道1号線を行きます。
しかし、まだ「沼津24Km 三島19Km」とは。。。。
(;゚∀゚)=3
「沼津24Km 三島19Km」の標識(神奈川県箱根町箱根)(2012年1月8日)

【神奈川県箱根町・箱根関所南付近の地図】
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元箱根港~箱根町~三島駅間の路線バスを運行しているのは、沼津登山東海バスです。
沼津登山東海バス(神奈川県箱根町箱根・国道1号線)(2012年1月8日)

「沼津登山東海」とは、なんだか意味がわからない社名ですが、まず箱根登山バスの静岡県内路線が「沼津箱根登山自動車」という別会社になり、
これが「沼津東海バス」(東海自動車の三島・沼津エリアを分社化したもの)と合併したため、このような社名になりました。
なお、この会社の路線はPASMO、SuicaなどのICカードが一切使えませんので、ご注意ください(2014年4月現在)。

この路線バス、ン十年前に歩いたときはかなりの本数が走っており、歩いていると何度もバスに追い抜かれた記憶があるんですが、
今は本数が大幅に削減されており、途中でリタイアした場合「バスで三島へ抜けよう」という手段に使えるかどうか。
事前に時刻をお調べになったほうがいいと思います。
(旅行シーズンには増発されるんですが、これが「特急便」と称し、途中の小さな停留所は通過してしまうので。)

この日、国道1号線は大渋滞。歩いていると、ドライバーに何度も「これ、どこから続いているんですか?」とか、「この先で事故でもあったんですか?」などと訊ねられましたが、そんなこと、わかるはずもない。
おそらく、この渋滞の先頭は、東名の東京料金所じゃないかと思いますね。。。。
┐('~`;)┌
「御堂前」バス停の先を左に入る細い道があり、それが旧東海道です。
ただし、「道の駅箱根峠」に立ち寄りたい場合は、旧道に入らずそのまま国道を進んでください。
私は、ン十年前に歩いたときには旧道を通りましたが、今回は間違えて国道を進んでしまいました。
(そもそも、昔は「道の駅」などありませんでしたが。)

振り向けば芦ノ湖の絶景。
向こうに見えている方(北側)を「湖尻」と呼びます。
私が立って撮影している方が「頭」ということになっており(ただし「湖頭」という呼び方はしませんが)、
やはり、昔の首都だった京都に近い方を「頭」と考えていたんだなぁ・・・と思います。
(新潟県の「上越」「中越」「下越」地方の呼称も同じ。北国街道の京都に近い方、糸魚川や直江津あたりが「上」、長岡・三条から新潟市にかけてが「中」、それより北が「下」である。)
神奈川県箱根町箱根・国道1号線から見た芦ノ湖(2012年1月8日)

箱根町バスターミナルから1.5Km、約30分上がって「道の駅箱根峠」に到着(公衆トイレがあります)。
国道1号線・道の駅箱根峠(神奈川県箱根町箱根)(2012年1月8日)

2012年1月8日に歩いたときは、湯本で買ったおにぎりと、芦ノ湖畔の「箱根ホテル」で買ったカレーパンだけでは足りず、空腹に耐えかねて山菜そば(500円)を食べた・・・とメモにありますが、味は、格別のことはなかったね。
( ・_・)
道の駅から見た芦ノ湖は、先ほどとは少し違った感じでした。
国道1号線・道の駅箱根峠から見た芦ノ湖(神奈川県箱根町箱根)(2012年1月8日)

道の駅から少し進むと箱根新道の箱根峠ICですが、これが「歩く人もいる」という配慮が何もなく、横断歩道どころか、ガードレールの切れ目もなし。
┐(>_<)┌
国道1号線箱根峠(神奈川県箱根町箱根)(2012年1月8日)

ここが、御堂前から上がってきた旧道の終点ですが、「国指定史跡 箱根旧街道」のご立派な標柱が立っているものの、道標が実にお粗末。。。。
┐('~`;)┌
よく間違えて無駄足を踏む人がいるらしいんですが、「道の駅」から来た場合、絶対にこの旧街道に入ってはいけません
芦ノ湖畔へ戻ってしまいますよ
国道1号線箱根峠・箱根旧街道上り口(神奈川県箱根町箱根)(2012年1月8日)

「←芦ノ湖・関所」「三島→」のような道標があればいいんですが、それがいい加減なんですよね。。。。
要するに、もうここは神奈川県の末端で、数百メートルも行けば静岡県ですから、神奈川県庁の管理が行き届かない・・・というか、手を抜いているんだと思います。
道標といい、横断歩道がないことといい、ここの管理責任者は自分で現地を見たことなどなく、全部下請けに丸投げなんだろうなぁ。。。。
(この種の「人を惑わす道標」は、ずっと先ですが「小夜の中山越え」でも出てきます。)

いよいよ、多摩川から続いた神奈川県とお別れ。静岡県田方郡函南(かんなみ)町に入りました。
「標高846m」は、おそらく旧東海道の最高地点だと思います。
国道1号線箱根峠・神奈川・静岡環境(神奈川県足柄下郡箱根町箱根・静岡県田方郡函南町桑原)(2012年1月8日)

しかし、まだ三島までは17Kmもある。。。。
「静岡77Km 沼津22Km 三島17Km」の標識(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)

【静岡県函南町・箱根峠付近の地図】
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「道の駅箱根峠」から1Km進むと、「箱根エコパーキング」があります。
(公衆トイレあり。)
国道1号線・箱根エコパーキング(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)1

橋台だと思いますが、こんな物を運搬中のトレーラーも。
国道1号線・箱根エコパーキング(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)2

何が「エコ」なのかと思えば、ここで使われる電力は、風力と太陽光で発電している・・・というのが「エコ」らしいよ(笑)。
国道1号線・箱根エコパーキング(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)3

エコパーキングの隣に、「峠の茶屋」という焼肉屋さんがあるんですが、ここを過ぎると「気軽に」食事できる所はしばらくありません。

「芦の湖カントリー入口」バス停から右に入ります。
(電波塔を目標に。)
国道1号線箱根峠・「芦の湖カントリー入口」バス停(静岡県函南町桑原)(2012年1月28日)

国道1号線箱根峠・「芦の湖カントリー入口」バス停から旧街道へ入る(静岡県函南町桑原)(2012年1月28日)

茨ヶ平の旧道に入ります。「三島宿11Km」とあり、国道にあった「三島17Km」の標識とはずいぶん差がありますが、この種のキロ数表示は当てになりません。
つまり「まだまだ遠いよ」ぐらいの意味と理解しておいたほうがよさそうです。
旧東海道箱根峠・茨ヶ平(静岡県函南町桑原)(2012年1月28日)

なお、1月下旬~2月は、当地には雪が降ります。2012年1月28日の再訪時には、残雪がありました。足元にご注意を。

山道を下れば、眼下に三島・沼津の街と駿河湾が。。。。
国道1号線・箱根峠から見た沼津方面の眺望(2012年1月8日)

いったん国道に出て、「接待茶屋」のバス停からまた旧道に入ります。
国道1号線箱根峠・「接待茶屋」バス停(静岡県函南町桑原)(2012年1月28日)

「接待茶屋」とは江戸時代の中期、箱根山金剛院別当が旅人のために、おかゆなどを振舞った施設が始まりで、その後、時代によって江戸の豪商や宗教団体が引き継ぎ、
明治期以降は鈴木家が三代にわたって続けたものの、さすがに歩く旅人もいなくなって1970(昭和45)年に廃業した・・・という茶屋でした。
旧東海道箱根峠「接待茶屋」跡(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)1

ちなみに「箱根山金剛院」というお寺は現存しません。明治の神仏分離以前には、現在の箱根神社が「箱根権現」と呼ばれ、金剛王院東福寺というお寺と一体でしたが、廃仏毀釈によって1868(明治元)年に廃寺となりました。
「別当」とは、ここでは「僧侶と神官を兼ねる人物」の意味です。
旧東海道箱根峠「接待茶屋」跡(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)2

ここで、静岡県内の旧東海道ではお馴染みとなる、県内統一様式の道標が登場。
旧東海道箱根峠「接待茶屋」跡の道標(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)1

この道標に「(三島宿の)宿境まで二里二十一町(=約10.4Km)」とあるのは、先ほどの「三島宿11Km」とあった道標から、ここまで1Km近く歩いたことを考えると「ほぼ正確なのかな?」とも思えます。
旧東海道箱根峠「接待茶屋」跡の道標(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)2

しかし、「宿境」の定義が不明確で、ずっと先ですが丸子(まりこ)宿では、「ここが丸子宿」として立っている場所が、本陣跡から2Kmも手前だったりしました。
よって、この数字も「参考程度」にしかならないことをご記憶ください。おそらく実測ではなく、地図ソフト上をなぞって算出した距離でしょうし。

旧道には石畳が残っています。
旧東海道箱根峠「接待茶屋」跡先の石畳(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)1

豊臣秀吉が小田原攻めのとき、ここに兜を置いて休憩したという伝承のある「甲石」のところに、工事現場などで見かける簡易式のトイレがあり、誰でも利用できます。
旧東海道箱根峠「甲石」付近(静岡県函南町桑原)(2012年1月8日)

石原坂(いしわらざか)を下ると農家が一軒あり、「農場前」バス停でいったん国道に出ます。
「三島市」のカントリーサインを過ぎたら、左へ。
国道1号線箱根峠・「三島市」のカントリーサイン(静岡県三島市山中新田)(2012年1月28日)

歩道を歩いていると、自然に旧道の「小枯木坂」へ続く石段に誘導され、その先は杉木立の道。
旧東海道箱根峠「小枯木坂」付近(静岡県三島市山中新田)(2012年1月28日)

しばらく行くと国道に出ます。歩道橋の横に「史跡 箱根旧街道」の石碑と、「竹屋」といううなぎ屋さん。
このお店は、web上の情報を見るとかなり評判が良く、私が通り過ぎたときは二回とも駐車場が満車でした。しかし、公共交通の便が悪いので、車がなかったら食べに行くのは難しいですね。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中の「箱根旧街道」碑(静岡県三島市山中新田)(2012年1月28日)

山中の集落には、日用品や食料品を売るお店が一軒もありません。昔はあったんでしょうけど、今は車がなかったら生活できないでしょうね。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中集落(静岡県三島市山中新田)(2012年1月8日)

国道を下って、二股に分かれたところで右に。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡へ(右側の道)(静岡県三島市山中新田)(2012年1月8日)

私が最初に歩いたとき、この二股に分かれた旧道から信号機が見え、人が何人も歩いていたので「里は近い」と勘違いし、気を抜いてしまいましたが、
これは山中城跡を車で見に来た人たちが歩いていただけで、三島の町まで、まだ8Kmはあります。
こういうおかしな勘違いをすると、ガクッと気が抜け、怪我の元ですから注意しましょう。。。。
(´-`).。oO
箱根町バスターミナルから6Km、3時間かかって山中城跡(公衆トイレあり)。
私は入りませんでしたが、小さなおそば屋さんがあります(営業は9時~16時らしい)。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡(静岡県三島市山中新田)(2012年1月8日)

【静岡県三島市山中新田付近の地図】
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ここから、またしばらくは杉木立の中を下り、
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡から笹原新田への石畳(静岡県三島市山中新田)(2012年1月28日)

芭蕉の「霧 し ぐ れ 富 士 を 見 ぬ 日 ぞ 面 白 き」の句碑がある場所(一応、「富士見平ドライブイン」という食堂もあるが、営業しているのかどうか不明)で国道を横断します。
ここも横断歩道がなく、カーブで見通しが悪いので、車に注意してください。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡から笹原新田へ(芭蕉句碑付近)(静岡県三島市山中新田)(2012年1月28日)

国道を横断すると階段があって、これが旧道なんですが、実にわかりにくい。
┐(>_<)┌
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡から笹原新田へ(芭蕉句碑付近の石段)(静岡県三島市笹原新田)(2012年1月28日)

薄暗くなった夕方以降、あるいは夜間には、まずわかりません。私は、一回目に通ったときにはこの階段がどうしてもわからず、あきらめて国道を歩きました。

階段を下りれば、すぐまた国道に合流。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡から笹原新田へ(国道1号線合流点付近)(静岡県三島市笹原新田)(2012年1月28日)

その先で、道が二股に分かれていますので、これを左に。以前は、この二股の中央に「箱根路」というラブホがあったそうで、古い地図には記載されていますが、今は跡形もありません。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡から笹原新田へ(国道1号線分岐点付近・左側へ)(静岡県三島市笹原新田)(2012年1月28日)

左に行けば、石畳の坂を下って笹原新田の集落へ出ます。晴れていれば、坂の上から駿河湾が見えます。
この坂の途中に「笹原一里塚」があったそうですが、今はその跡地に石の標識があるのみ。
旧東海道箱根宿→三島宿間、山中城跡から笹原新田への坂道(静岡県三島市笹原新田)(2012年1月28日)

国道にぶつかったら横断し、「強飯坂」(こわめしざか)を下ります。箱根町バスターミナルから7.7Km、約3時間40分。
旧東海道箱根宿→三島宿間、笹原新田・強飯坂(静岡県三島市笹原新田)(2012年1月28日)1

この名は、坂道があまりに長く急なため、旅人が背負っていた荷物の中の糒(ほしい)が、熱と汗で強飯になってしまった・・・という言い伝えによります。
それは、あくまで「言い伝え」でしょうけど、でも、こんなにスゴイ坂なんですよ。。。。
( ゜。゜)ウヒョー
旧東海道箱根宿→三島宿間、笹原新田・強飯坂(静岡県三島市笹原新田)(2012年1月28日)2

強飯坂を下ると三ツ谷新田の集落です。人家は立ち並んでいるんですが、ここもお店がほとんどありません。
旧東海道箱根宿→三島宿間、三ツ谷新田(静岡県三島市三ツ谷新田)(2012年1月28日)

ン十年前に歩いた際、この「三ツ谷新田」が印象に残っているんですが、当時は国土地理院の2万5000分の1地形図を使っており、目標として「三ツ谷新田の郵便局」を意識していたからだと思います。
現地へ行ってみると、これは農協が郵政省の委託を受けた「簡易郵便局」でした。
今でも農協は「JA三島函南」(坂支店)と名を変えて存在しましたが、郵便局業務の委託は廃止され、ポストだけが残っていました。

しばらく進んで二股を右に行くと題目坂。
旧東海道箱根宿→三島宿間、題目坂(静岡県三島市市山新田)(2012年1月28日)1

この坂は石段でした。
旧東海道箱根宿→三島宿間、題目坂(静岡県三島市市山新田)(2012年1月28日)2

市の山新田の信号を過ぎ、さらに進むと右側に臼転坂(「うすころばしざか」、あるいは「うすころげざか」と読む)。
旧東海道箱根宿→三島宿間、臼転坂(静岡県三島市市山新田)(2012年1月28日)

この坂を下った「塚原上」バス停のところに「一番亭」というラーメン屋さんがありました。
だいたいこの辺まで、箱根町バスターミナルから10.3Km、約4時間40分。

塚原新田の「公民館前」バス停で、元箱根港へ上がってゆくバスと遭遇。
旧東海道箱根宿→三島宿間、塚原公民館前(静岡県三島市塚原新田)(2012年1月28日)

その先、「箱根路」の石碑を過ぎると伊豆縦貫自動車道の三島塚原ICにぶつかります。
このあたりは縦貫道の建設で、昔とは地形も道も、かなり変わっているようです。
ここまで箱根町バスターミナルから11.4Km、約5時間です。
旧東海道箱根宿→三島宿間、「箱根路」の碑(静岡県三島市塚原新田)(2012年1月28日)

【静岡県三島市塚原新田付近の地図】
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ここから先は国道1号線を行きますが、立派な松並木が続いています。
旧東海道・国道1号線富士見ヶ丘・松並木(静岡県三島市三恵台)(2012年1月28日)

錦田の一里塚。「両側一里塚」です。
旧東海道・国道1号線・錦田一里塚(静岡県三島市三恵台)(2012年1月28日)

2012年1月8日は途中で日が暮れてしまい、バスも時刻が合わず、泣き泣き三島駅まで歩きましたが、
もし、ここから三島駅までショートカットしたければ、錦田一里塚で右折して初音台の住宅地を下り、新幹線に沿って進めば三島駅の北口(新幹線口)に出るようでした。
ところが、そのことに気づかず、相当に無駄な時間と体力を浪費してしまいましたね。。。。
ウゥゥ(;_;)
一里塚から下った「五本松」の交差点を右に。ここまで箱根町バスターミナルから12.6Km、約5時間20分かかっています。
旧東海道・国道1号線・「五本松」交差点(静岡県三島市初音台)(2012年1月28日)1

一応、標識はあるんですが、これが小さなもので、わかりにくい。三島東海病院の裏側に入ります。
旧東海道・国道1号線・「五本松」交差点(静岡県三島市初音台)(2012年1月28日)2

国道1号線沿いにある出光のガソリンスタンド隣にローソンがあり、外からもトイレに出入りできて便利なんですが、
そのまま1号線を進んでしまうと、三島宿からも大社からも駅からも遠ざかってしまうので注意してください。

愛宕坂を下ると。。。。
旧東海道・愛宕坂(静岡県三島市初音台)(2012年1月28日)

箱根湯本以来、久しぶりに鉄道ちゃんとの出会い。
東海道本線の、その名も「旧東海道踏切」があります。
ヽ(゜∀゜ )ノ
(踏切の背後に見えているビルは、三島東海病院。)
旧東海道・愛宕坂・東海道本線「旧東海道踏切」(静岡県三島市初音台)(2012年1月28日)1

昔、私が小学生のころには、踏切の際に「旧東海道」と書かれた、かなり大きな看板が立っていましたが、今は撤去されています。
なぜそんなことを憶えているかというと、祖父母と修善寺行きの急行「伊豆」に乗っていて、この踏切を通過したとき、祖父が「ほう、今通った踏切が昔の東海道なのか」と言ったからです。
吉田茂が作らせた戸塚の「ワンマン道路」(東戸塚~戸塚間にある、国道1号線の戸塚跨線橋)というものも、車窓から見て、祖父が「なぜワンマン道路と呼ぶのか」教えてくれました。
祖父母もずいぶん前に旅立ちましたが、153系電車の急行「伊豆」といえば、そのことを思い出します。
(*'-'*)
旧東海道・愛宕坂・東海道本線「旧東海道踏切」(静岡県三島市初音台)(2012年1月28日)2

山田川に架かる愛宕橋の上にしばらく佇み、東海道線の列車を撮影。
旧東海道・山田川の愛宕橋から東海道本線を見る(静岡県三島市初音台)(2012年1月28日)

待っていても、夕方は313系+211系の普通列車しか通りませんが、この場所でブルートレインを撮りたかったね。。。。
(*'-'*)
長い編成の高速貨物列車や、修善寺行きの特急「踊り子」なら今でも撮れますから、「また来たい」と思いました。

大場川(だいばがわ)を新町橋で渡ります。ここまで箱根町バスターミナルから13.4Km、約5時間30分。
旧東海道・大場川・新町橋(静岡県三島市旭ヶ丘)(2012年1月28日)

新町橋を渡ったあたりが、三島宿の東見附跡です。

ようやく三嶋大社前まで来ました! 箱根町バスターミナルから14.1Km、約5時間40分です。
旧東海道・三嶋大社前(静岡県三島市大社町)(2012年1月28日)

一回目(2012年1月8日)に日暮れて失敗したときは、19時55分に三島駅到着・・・とメモにあります。13時55分に箱根町ターミナルを出たので、「やはり6時間はかかる」ということですね。
このときは、あまりに疲れていてどうやって帰ったのか、はっきりした記憶がなく、面倒くさくなったのかメモも取っていません。
三島発20時00分の熱海行き普通列車に急いで乗り、熱海で東京行きに乗り継いだんだと思いますが。。。。

二回目(2012年1月28日)は、余裕を持って三島に泊まることにしたので、一回目のとき「次回、歩き直したときには食べよう」と思っていたうなぎを、三嶋大社前で食べました。
おいし~♪(*'-'*)/ 
P1280092.jpg

三島宿の本陣は三島広小路駅までの間にあったそうなので、一応、広小路駅前まで歩いておきましょう。
「マピオン」の「キョリ測」によれば、三島広小路駅前まで、箱根町バスターミナルから14.8Km。約6時間かかりましたが、茨ヶ平の旧道にあった「三島宿11Km」の表示は何だったんでしょうか?
(・.・)?
手元にある『決定版 東海道五十三次ガイド』(講談社プラスアルファ文庫:2005年)の巻頭にも「箱根~三島間14.7Km」とあり、「三島宿11Km」の根拠は不明です。
接待茶屋跡にあった「宿境まで二里二十一町」の表示も根拠不明で、この種の「官製表示」は当てにならないことがわかります。
(もっとも、その後何度もこの種の表示に騙されることになるんですが。。。。)
旧東海道・三島宿(静岡県三島市本町)(2012年1月28日)

三島広小路駅まで来たら電車に乗ってみたくなり、「いずっぱこ」(伊豆箱根鉄道駿豆線)に一駅乗って、三島駅へ。
予約していたのは「三島グリーンホテル」でしたが、ここは三島駅と広小路駅の中間ぐらいのところにあるので、電車に乗る意味はなかったんですけどね。
伊豆箱根鉄道3000系(第4編成・右)・1300系(第2編成・左)(2012年1月28日・三島駅)t

このホテル、確か一泊4500円だったと思います。部屋はまあまあでしたが、4500円の部屋は湯船が極端に小さく、実質的に「シャワーのみ」と理解したほうがよさそうでしたね。
日本のビジネスホテルでこういう部屋に泊まった記憶は、他にありません。
「あー、フランクフルトかどこかで、こういうホテルに泊まったなぁ」と思いましたが、ドイツあたりだと、夏場は北海道のようにさわやかで、「シャワーのみ」でも十分なんですが。。。。

うなぎ屋さんで、焼けるのを待つ間にビールを飲んでおり、ホテルでも発泡酒を飲んだので、歩き疲れたこともあって爆睡です。。。。
(-.-)zzZ
(「三島宿→沼津宿」に続く。)
=========================
※箱根宿~三島宿間のトイレ情報
・箱根町バスターミナル
(神奈川県足柄下郡箱根町箱根)

・道の駅箱根峠
(神奈川県足柄下郡箱根町箱根、国道1号線沿い)

・箱根エコパーキング
(静岡県田方郡函南町桑原、国道1号線沿い)

・旧街道「甲石」の前
(静岡県田方郡函南町桑原)

・山中城跡の駐車場
(静岡県三島市山中新田)

・「五本松」のローソン
(静岡県三島市初音台、国道1号線沿い。出光のスタンド隣)

※とにかく、途中にコンビニなどがほとんどありませんので、ご注意ください。
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東海道五十三次を歩こ~♪ 小田原宿→箱根宿(2)

(2012年1月8日[日曜]:取材)
年が変わって2012年、いよいよ「天下の嶮」箱根越えに挑戦します。
オー!>(*'-'*)/
このときは、新宿発6時01分の小田急線急行電車で出発し、小田原で各停に乗り継いで、箱根湯本には7時55分に到着。

前年の大晦日に来た、早川を渡る三枚橋が旧東海道の入口です。
箱根湯本・三枚橋(2012年1月8日)

三枚橋から見た箱根登山鉄道の電車(ただし、これは小田急1000形)。
この先、三島まで鉄道ちゃんとはお別れです。
(*'​-')​ノ
箱根湯本・三枚橋から見た箱根登山鉄道の電車(小田急1000形)(2012年1月8日)

旧東海道は、大部分が神奈川県道湯本元箱根線(732号線)に指定されていますが、厳密には、県道から分かれた要所要所に自動車が通行できない区間があり、
一般的には、これを歩くことを「箱根旧街道を歩く」とか、「旧東海道を歩く」といいます。
自動車が通行できない区間も神奈川県の管理ですが、法規上は「県道」ではなく「史跡」という扱いのようですね。

【箱根町湯本付近の地図】
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箱根越えは、時代によって次のように変遷しました。
須雲川自然探勝歩道・「箱根路のうつりかわり」看板(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)2

●碓氷道
これが最も古く、松田方面から関本(現:南足柄市。伊豆箱根鉄道大雄山駅の付近)、明神ヶ岳を経て仙石原を通り、乙女峠を越えて御殿場へ抜ける。
関本~仙石原間は今でも登山道があり、仙石原~御殿場間は、おおむね現在の国道138号線。138号線は、現在も「箱根裏街道」と呼ばれる。

●足柄道
奈良時代、平安時代に使われたルートで、国府津から関本、矢倉沢、足柄山を経て御殿場へ抜ける。
おおむね、現在の神奈川・静岡県道御殿場大井線(78号線)。

●湯坂道
鎌倉時代、室町時代に使われたルート。湯本から湯坂山、浅間山、鷹巣山、芦ノ湯を経て元箱根へ抜ける。現在の国道1号線に近いが、湯坂山の山頂付近を通っていた。
この道は、今でも「湯坂路」という登山道として残っている。

●旧東海道
江戸時代初期以降。これから歩くルート。

●国道1号線
明治時代以降。湯坂道に近いが、やはり、なるべく谷を選んで建設されており、むやみに山頂へ登ったりはしていない。

●箱根新道(国道1号線バイパス)
1962(昭和37)年3月31日開通。湯本(山崎IC)~箱根峠間13.7Km。旧東海道の南側をほぼ並行し、交差している場所もある。当初から「自動車専用」で設計されており、起点の湯本と、終点の箱根峠の高低差は780mもあり、最急勾配は80パーミル。
(奇しくも、箱根登山鉄道の最急勾配も80パーミル。)

須雲川自然探勝歩道・「箱根路のうつりかわり」看板(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)1


さて、まずは湯本の旅館街を通過。
早雲寺の前、「湯本仲町集会所」の1階に公衆トイレがあり、トイレには外から出入りできます。
旧東海道・箱根湯本・早雲寺前(2012年1月8日)

今日は「何時ごろ、どこで、何を食べられるか」予定が立てられず、非常食として、集会所近くのコンビニでおにぎりを買っておきました。

この道は、全区間にわたってカーブの連続で、ひと頃、週末の夜などは「ドリフターズ」が出没して大問題になっていました。
こんな静寂な道に、闇を切り裂くというより、「闇をぶっ壊す」ようなドリフトの音!!!!
┐(>_<)┌
旧東海道・湯本茶屋付近(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

地元の住民や温泉旅館の宿泊客から苦情が殺到し、警察は相当厳しく取り締まってましたから、今でも「ドリフ大爆走」なのかどうかは、わかりません。

三枚橋から3.3Km、約1時間上って箱根新道の須雲川ICです。
旧東海道・箱根新道「須雲川IC」付近(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

この道路は長年、日本道路公団→NEXCO中日本管理の有料道路でしたが、2011年7月26日から国交省(横浜国道事務所)に移管され、無料化されました。
ただし、無料化された現在でも自動車専用で、歩行者や自転車、原付バイクは通行できません。

「無料になったんだから、車はみんな新道経由か」と思えば、そうでもなく、「楽しそうだから、旧東海道を走ってみようか」と思うドライバーも意外に多いんです。
そして、「楽しそうだから、湯本の駅まで歩いて行こうか」と思う温泉の宿泊客もまた、結構いるんですよ。
ですから、車も歩行者も、お互いに安全には気をつけましょう。
(*'-'*)
この須雲川という集落は、東海道が整備された際、街道沿いに人家がないのは物騒だからということで、家康の命によって移住した人たちが茶屋を営んでいた「人工集落」です。
旧東海道・須雲川公民館付近(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

二子山が見えていますが、ここ須雲川集落は、まだまだ低い。。。。
旧東海道・須雲川集落から見た二子山(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

さらに行くと「須雲川自然探勝歩道」の入口。ここにも公衆トイレがあります。
旧東海道・須雲川自然探勝歩道入口(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

厳密に言えば、この歩道は旧東海道ではありませんが、ワイルドな雰囲気が面白そうなので、行ってみました。
須雲川自然探勝歩道(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)1

須雲川を、こんな木橋で渡ります。
暗くなってからや、増水時の通行は、やめたほうがいいですね。
なお、須雲川に水力発電所がある関係で、歩道周辺は東京電力の管理地になっています。
須雲川自然探勝歩道(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)2

曽我兄弟の弟・五郎が富士の裾野へ仇討ちに行く途中、刀の試し斬りをして岩を真っ二つに割った・・・という伝承のある「割石坂」を経て、畑宿へ抜けます。
須雲川自然探勝歩道(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)3

三枚橋から5.6Km、約2時間で間(あい)の宿、畑宿に到着。10時に到着し、30分ほど休憩。
ここも、須雲川と同じ理由で人が移住してきた人工集落ですが、茶屋の経営だけでは生活が苦しく、さりとて農業にも適さない高地ですから、収入源として発達したのが「寄木細工」でした。
旧東海道・畑宿本陣前(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

【箱根町畑宿付近の地図】
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ここは、湯本~元箱根間(旧街道経由)の路線バスで来る人も多く、ちょうどバスが到着したところで、バスから降りてきた人たちがゾロゾロ歩いていました。
下から歩いて上ってきた私としては、面白いはずがありません。。。。
┐('~`;)┌
旧東海道・畑宿(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

畑宿の一里塚は、神奈川県では品濃一里塚(横浜市戸塚区)とここだけの「両側一里塚」。右側の一里塚にはモミの木、左側にはケヤキが植えてあります。
なお、これは発掘調査によって復元されたものです。
旧東海道・畑宿一里塚(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

見晴茶屋付近まで上ったところで見た眺め。
遠くの山裾に東名高速らしき高架橋が続いているので、見えているのは曽我・松田方面のようです。
旧東海道・箱根東坂・見晴茶屋付近から曽我・松田方面の眺め(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

とにかく上ってゆきます。。。。
ここは西海子(さいかち)坂。
旧東海道・箱根東坂・西海子坂(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

おサルさんも滑っちゃうという「猿滑坂」を上がります。
この辺が箱根路、いや、東海道全体でも最もきつい坂道なのかもしれません。
(*゚∀゚)=3
旧東海道・箱根東坂・猿滑坂(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

三枚橋から8.7Km、11時45分に甘酒茶屋に到着。ここは、茶屋の隣に町立箱根旧街道資料館と、公衆トイレがあります。
標高がはっきりしないので、「Yahoo!地図」のルート検索機能を使って調べたら、約830mだそうです。
旧東海道・箱根東坂・甘酒茶屋(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

寒いしお腹が空いたし、茶屋に入ってみました。
甘酒は400円、お餅2個で450円でしたが、今「甘酒茶屋」公式サイトを見たら、お餅は2014年4月現在500円になっているそうです。
おいしかったよ♪(*'-'*)
P1080033.jpg

1Kg入りのお餅がスーパーで600円ぐらいですから、「磯辺巻き2個で450円とは、いい商売しとるな」って気もしますが、まあ、こういう名物は「雰囲気を味わう」ものですから。。。。

12時10分に再び歩き出しました。
15分ほどで、広く知られた「箱根の杉並木」に入りました。この地点から「元箱根まで四十分」と看板にはありますが、まあだいたいそんなものでした。
旧東海道・箱根東坂・白水坂(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

上がること15分、いよいよ箱根東坂のラストに近い権現坂にさしかかりました。
旧東海道・箱根東坂・権現坂(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)1

「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」の一節で知られる『箱根馬子唄』の歌碑。
大井川なんてまだ先のことで、いつ行けるんだろう?(笑)
(注:2年間のブランクを経て、2014年3月29日に大井川を通過しました。)
旧東海道・箱根東坂・権現坂「箱根馬子唄の碑」(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

旧東海道・箱根東坂・権現坂(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)2

いよいよ芦ノ湖が見えてきました!
ヽ(゜∀゜ )ノ
旧東海道・箱根東坂・権現坂から見た芦ノ湖(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

13時ちょうど、芦ノ湖畔の元箱根に到着。
旧東海道・元箱根(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)1

湯本三枚橋から10.2Km、小田原から17Km。湯本から約5時間かかりました。小田原からだと約7時間かかるので、小田原または湯本から芦ノ湖畔までを「一日行程」と考えたほうがいいですね。
【箱根町箱根付近の地図】
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芦ノ湖に浮かぶ伊豆箱根鉄道の遊覧船。これはまあ、シンプルな船です。
箱根・芦ノ湖遊覧船(伊豆箱根鉄道)(2012年1月8日)

こちらは小田急系の、箱根遊覧船(株)の「海賊船」。
江戸時代の箱根路には山賊が出没したらしいけど、今、この湖に「海賊船を浮かべよう」と考えたのは、どういう人なんでしょう?(笑)
箱根・芦ノ湖海賊船(箱根遊覧船)(2012年1月8日)

ここから先は、国道1号線に並行する杉並木を行きます。ここは、マイカーでもバスでも簡単に来られる場所ですね。
旧東海道・元箱根から箱根町への杉並木(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)1

「箱根ホテル」前で、パンを通行人やドライバー向けに販売しており、「カレーパン」(300円)を買いました。カレーパンが300円とは「いい値段だなぁ」と思いますが、「ホテルベーカリー」ですから。。。。

箱根といえば「関所」ですが、私が子供の頃には「町立箱根関所資料館」という施設はあったものの、門などが簡単に復元されていただけでした。
2007年3月に「完全復元」が完成し、今では立派な施設になっています。完全復元後に訪れたのは初めてで、びっくりしましたね。
旧東海道・箱根関所跡(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

なんだかんだで元箱根から箱根町バスターミナルまでの1.5Km足らずを1時間近くかかってしまい、13時50分に到着。
旧東海道・箱根関所跡西口(神奈川県足柄下郡箱根町)(2012年1月8日)

「箱根宿」とは、関所から、箱根峠上り口の芦川付近にかけての狭い地域で、東海道が開かれてからだいぶ経った1618(元和4)年に開設されました。それまで、箱根山中に正式な「宿場」はなかったのです。
もともとの集落はあり、それが箱根宿に対して「元箱根」と呼ばれる地域ですが、一般の旅人は元箱根の茶屋あたりで交渉し、寝泊りしていたのでしょうね。
しかし、参勤交代の諸大名は、「公認」の宿場にある本陣以外では泊まることができず、「不便でたまらない」という声が多かったのです。

そこで、幕府は元箱根を「宿場」にしようと考えたようですが、関所の存在を住民は快く思っておらず、元箱根に本陣などを設置するのを拒み、結局、関所の西側に宿場を設置するしかありませんでした。
この宿場も「人工集落」で、小田原宿と三島宿から50軒ずつ、移住を命じられた人たちによって運営されました。

現在、本陣や旅籠などの古い建物はほとんど残っていません。明治以降、箱根が「国際観光地」に生れ変わる過程で取り壊されたんだと思いますが、ここが「宿場町」であったという印象がよそに比べて薄いのは、そのためではないかと思われます。

箱根町のバスターミナル前では特に休憩もせず、箱根西坂を越えて三島へ向かうべく、箱根峠を上り始めました。
しかし・・・これは「大失敗」。この日は、ここで打ち切りにして帰るか、ここで一泊して翌日の朝、歩き始めるべきだったのです。。。。
(「箱根宿→三島宿」篇に続く。)
===========================
※湯本→箱根宿間のトイレ情報
・箱根湯本駅前、箱根登山バス湯本案内所地下
(国道1号線沿い、外から出入りできる。)

・湯本仲町集会所1階
(早雲寺前。外から出入りできる。)

・須雲川自然探勝歩道入口

・町立箱根旧街道資料館
(甘酒茶屋の横。)

・元箱根港、遊覧船乗り場
(ただし、利用は9時~17時の間。)

・恩賜箱根公園駐車場
(3箇所ぐらいあった。)

・箱根関所京口御門前

他は湯本のコンビニ、畑宿の「寄木会館」などですが、
逆に言うと「山中にお店などはない。だからトイレもない。」
「行きたくなくても、見かけたら寄っておく」のが無難です。
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鶴見線にシキ180がやってきた!

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
(2014年)4月9日から10日にかけて、栃木県小山市にある高岳(たかおか)製作所から、横浜市鶴見区の東芝へ変圧器の輸送があり、
東北本線の小山から鶴見線の新芝浦に向けて、特大貨物輸送列車が運行されました。

特大貨物輸送列車は、首都圏では深夜の運行が多いので、なかなか見る機会がありません。この種の列車は速度を出せないので、昼間は走れないんでしょうね。

今回の充当貨車はシキ180形とのこと。これは80トン積み低床式大物車で、大物車の中では「小型」の部類なんでしょうね。1965(昭和40)年、国鉄浜松工場製の貨車で、この世に1両しか存在しません。
「使い勝手は良い」といわれ、比較的よく走っているようです。JR貨物の所有で、宇都宮貨物ターミナル駅常備です。

大物車といえば、巨大な240トン積みのシキ610形あたりを見たいところで、シキ180形ではいささか物足りない気もするんですが、「大物車が昼間の首都圏を”積車”で走る」こと自体そんなにないことですから、私も4月10日の朝、見に行きました。
(*'-'*)
夜勤明けに鶴見線の浅野駅へ。今日は「暖かい」どころか「暑い」とすら思えましたが、撮影日和です。桜は、だいぶ散っちゃいましたけどね。

DE10 1666[新]に牽引されて、9時50分にやってきました(列車番号:9997列車)。
DE10 1666[新]+シキ180(鶴見線浅野駅・2014年4月10日)1

こうしてみると、やっぱり大きいですね。真ん中の青い物体が積荷の変圧器です。
DE10 1666[新]+シキ180(鶴見線浅野駅・2014年4月10日)2

この貨車は「4台車・10軸」ですが、外側から2軸+3軸+荷台+3軸+2軸・・・と数えます。
走行音は「タタタタタタ・・・」という感じで、意外に静かでした。

鶴見線も205系電車が走るようになって久しいですが、103系電車から205系になって以来、私はあまり撮っていません。
平日朝夕のラッシュ時以外は極端に本数が少ないのが痛いんですが、あらためてカメラを向けてみると「205系もいいね」と思えました。
今度、ゆっくり撮りに来よう。。。。
横ナハ205系「T11」編成(鶴見線浅野駅・2014年4月10日)

ちなみに、浅野駅のホームは。。。。
「電車とホームの間が開いております」なんてもんじゃないですよ、これは!
( ゜。゜)ウヒョー
鶴見線浅野駅・ホームの隙間(2014年4月10日)

どうせ常連さんしか乗らない路線ですし、京浜工業地帯の地位低下で、現在では横浜支社管内でワースト3に入るとされる赤字路線ですから、改善が行き届かないんでしょうね。
もっとも、こうした「いまいち、JRの規格に合わない」というか、「旧・鶴見臨港鉄道をいまだに引きずってる(笑)」ようなところが、鶴見線の面白さなんですけどね。

さて、私は繰り返し書いているように鶴見の生れでして、シキを撮ったら母に「なんか食べるもん、ある?」と電話し、実家に顔を出してきました。
母は「鶴見線に今日、何か珍しいのが走ったの?」と笑ってましたが。
(*'-'*)
私の家は鶴見区でも山側になり、ここ浅野駅からはちょっと距離があるんですが、「産業道路を渡ってゴム通りへ出たら、タクシー拾えるかなぁ」と思いながら、歩き出しました。
「ゴム通り」! 川崎市側には「セメント通り」っていうのもあります。
よその土地の方が聞いたら「なにそれ?!」って言いそうですが、本当にそういう名前なんですよ。昔、横浜ゴムの工場があった名残で。
今、その跡地は「ヨコハマアイランドガーデン」という大きなマンションになっております。
では~♪(*'​-')​ノ
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西武池袋線・帰ってきた「黄色い3000系」

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
最盛期は8両編成が9本あった西武鉄道の3000系電車は、「あれよ、あれよ」という間に廃車が進んでしまいましたが、
下の写真の3001F(池袋線小手指車両基地所属)は、2013年12月に廃車となり、
これをもって池袋線から「黄色い3000系」は姿を消しました。
西武鉄道3000系・3001F(2013年4月29日・大泉学園~保谷間)

池袋線に残った3000系は「銀河鉄道999」ラッピングの3011Fだけになっていましたが、
(2014年)4月7日、オリジナルの黄色塗装である3009Fが池袋線に充当されていたのに乗車しました。
西武鉄道3000系・3009F(2014年4月7日・石神井公園駅)

これは従来、新宿線(玉川上水車両基地)所属の編成で、池袋線には一時的な「貸与」として入線したのか、それとも正式に「転属」したのか、そのあたりの事情は不明です。

いずれにしろ、3000系を見かける機会はすっかり減って、各駅の発車案内表示に出る「8両3ドア」の文字を見ることも少なくなりましたね。
では~♪(*'​-')​ノ
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東海道五十三次を歩こ~♪ 小田原宿→箱根宿(1)

(2011年12月31日[土曜]:取材)
この日は、二宮から小田原まで歩き、もう15時過ぎ。
今日中に小田原から箱根まで行けるはずはないんですが、せめて湯本までは行きたいですね。
(*'-'*)
しかし・・・
旧東海道(国道1号線)・小田原市本町3丁目(2011年12月31日)

この標識の「箱根 7Km」とあるのは湯本(箱根町役場)のことですから、「まだ2時間は歩く」ということですよ。。。。
(;゚∀゚)=3
「箱根八里」は、高校生の頃、小田原から三島まで歩いたことがあるんですよ。
つい数年前・・・っていうのは嘘で、もうずいぶん前ですが(笑)。
(帰りに三島駅で買った乗車券が「硬券」だったので、いつの時代か想像つくでしょう。。。。)
私は山岳部だったので、雑誌『山と渓谷』を愛読していましたが、あるとき、その「ヤマケイ」に「箱根八里を歩く」というグラビアが載ったのを見て、お友達を何人か誘ったのでした。

そのときは、町田を夜0時10分発の小田急線最終小田原行きで出発。
1時20分ごろ小田原駅に着き、3時に箱根湯本の三枚橋を通過。6時30分に甘酒茶屋、8時に芦ノ湖畔に到着。
ちょっと休憩して9時ごろ、箱根町から箱根西街道に入り、11時過ぎに、静岡県側の三ツ谷新田にある農協前を通過。
13時ごろには三島駅に到着し、当時はたくさん走っていた沼津~東京間直通の普通列車に乗りました。
記憶に間違いなければ、沼津発13:16→三島発13:22→東京着15:39の列車(844M)のはずで、横浜(15時04分着)まで爆睡しましたが。。。。
(つ_-)
約12時間ぐらいで箱根越えの約32Kmを歩き切ったわけで、脱落者もなく、「かわいいJKたち(笑)が、よくやったなぁ!」と思いますね。
ガンバロー!>(*'O'*)/ 
オ~!>(^O^)/
ただ、公共交通機関は当時の方が充実しており、元箱根港~箱根町~三島駅間の路線バスは30分に1本程度走っていて、「疲れたり、嫌になったらバスに乗ればいいよね」という前提で出発しました。
今、この路線バスは大幅に削減され、1時間に1本の運行になり、最終便の時刻も繰り上がりました。
(ただし、旅行シーズンのみ走る臨時便もあり。)

さて、国道1号線を行けば、こんな古い建物(薬局)が。
旧東海道(国道1号線)・小田原市南町3丁目付近の薬局(2011年12月31日)

【小田原市南町付近の地図】
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そこから10分ほど歩くと「早川口」交差点。伊豆の下田から東海岸を通ってきた国道135号線と、国道1号線の合流点です。
今でこそ、真鶴道路(新道)と小田原厚木道路・西湘バイパスが直接つながったので、昔に比べたら渋滞は解消されましたが、日曜日の夕方にラジオの道路交通情報を聞いていると、「小田原の早川口では渋滞*キロ」などと、よく登場する「難所」です。
だって、こんなに狭い交差点だからね。。。。
旧東海道(国道1号線)・早川口交差点(小田原市南町3丁目)(2011年12月31日)

このあたりの路線バスは箱根登山バスの他に、ライオンズカラーの伊豆箱根バスも運行されています。
伊豆箱根バス(小田原市城山4丁目・国道1号線)(2011年12月31日)

行先表示に「J」とあるのは、「JR小田原駅に行く路線」という意味のようです。
このアルファベットは箱根登山バス・伊豆箱根バス共通の記号で、箱根湯本駅~元箱根港~箱根町間が「H」、箱根湯本駅~仙石~桃源台間が「T」のように定められていますが、私の印象では、あまり分かりやすい感じがしませんね。
( ・_・)
「板橋見附」の交差点で、新幹線とも交差。
この交差点の角に、公衆トイレがあります。
旧東海道(国道1号線)・板橋見附交差点(小田原市城山4丁目)(2011年12月31日)

旧東海道は、本当はこの交差点から山の方に向かうらしいんですが、私はうっかりして国道を歩いてしまいました。
(*゚ー゚)ゞ
先に進むと、道路は箱根登山鉄道と交差します。画像の電車は小田急1000形のレギュラーカラー車。
国道1号線と箱根登山鉄道の交差地点(小田原市板橋・箱根板橋~風祭間)(2011年12月31日)

しかし・・・この区間は電車の本数が結構あるはずなのに、撮ろうと思うと来ない。しばらく待ちました。。。。
(*゚ー゚)ゞ

「東風祭」バス停付近で、小田原厚木道路(国道271号線)と交差。電車は小田急1000形の「箱根登山」カラー車。
小田原厚木道路と箱根登山鉄道の交差地点(小田原市風祭・箱根板橋~風祭間)(2011年12月31日)

現在、箱根登山鉄道の小田原~箱根湯本間は小田急車のみの運行になり、自社の車両は全く走らなくなりましたが、
小田急から乗り入れてくる新松田~小田原~箱根湯本間の各駅停車は、この赤い電車が専用車として充当されています。
ただし、車両運用の都合で銀色のレギュラーカラー車が充当されることもありますし、逆に、赤い電車が入庫回送を兼ねて本厚木まで運行されることもあります。

間違えたまま国道を歩いているわけにもいかず、風祭(かざまつり)駅前で踏切を渡って旧東海道へ。
風祭駅の踏切(小田原市風祭)(2011年12月31日)

「風の祭り」とは、いかなる由来があるのか。いい地名ですね。
(*'-'*)
箱根登山鉄道風祭駅(2011年12月31日)

踏切を渡ってすぐ左に曲がると、車がほとんど通らない、「いかにも旧街道」という道になります。
写真を整理していて気がついたんですが、画像左下のマンホールの蓋は、NTTではなく、旧・電電公社のものでした。
旧東海道・小田原市風祭(2011年12月31日)1
【小田原市風祭付近の地図】
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みかん畑の横を進みます。
旧東海道・小田原市風祭(2011年12月31日)2

入生田(いりゅうだ)駅の先まで来ました。踏切を渡ります。
箱根登山鉄道入生田駅構内(2011年12月31日)

「小田原~箱根湯本間は、小田急車しか運行されない」と書きましたが、入生田には箱根登山鉄道の車庫があり、箱根湯本~強羅間で使われる車両も、回送電車としては入生田~箱根湯本間を走ります。
小田急電鉄の線路幅は1067ミリ、箱根登山鉄道の線路幅は国際標準の1435ミリですから、入生田~箱根湯本間は「3線軌条」になっています。
旧東海道と箱根登山鉄道の交差地点(小田原市入生田・入生田踏切)(2011年12月31日)

以前は小田原~入生田間も3線軌条でしたが、今は1435ミリ幅の登山鉄道車が走る機会はありませんから、1067ミリ幅のレールだけになりました。

旧東海道は、湯本の手前の山崎付近まで、国道1号線と登山鉄道に寄り添って続きます。
「箱根町」のカントリーサインは国道側にあるのか、私は見かけませんでした。代わりに「箱根町」の名が入った「交通安全塔」を撮りましたが。。。。
旧東海道・小田原市湯本(山崎)(2011年12月31日)

交通安全といえば、この付近の国道1号線は歩道があったりなかったり、歩くには「安全」とは言えませんので、旧街道を歩くことをお勧めします。

16時55分、湯本の三枚橋と温泉旅館街が見えてきました。小田原から7Km、やはり約2時間でしたね。
旧東海道(国道1号線)・小田原市湯本・三枚橋北詰(2011年12月31日)

旧東海道は「畑宿」方面(県道湯本元箱根線[732号線])です。
旧東海道(国道1号線)・小田原市湯本・標識(2011年12月31日)
【箱根湯本駅付近の地図】
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今日は・・・というか、2011年はここでおしまい。
旧東海道・小田原市湯本・三枚橋(2011年12月31日)

箱根湯本から電車で帰ることにしましたが、私の好きなフェルメール・ブルーの小田急MSE車、60000形が停車中。
小田急電鉄60000系電車「MSE」(箱根湯本駅・2011年12月31日)

これは千代田線北千住行きの「メトロはこね24号」(箱根湯本発17時04分)で、表参道か大手町までこれに乗ってみようかと思いましたが、モタモタしているうちに発車しちゃいました。。。。
ウゥゥ(;_;)
結局、新松田行きの各駅停車に乗り、小田原で新宿行きの急行に乗り継ぎました。

今から箱根の山へ登ってゆく人は少ないのか、登山電車はガラ空き。
箱根登山鉄道箱根湯本駅(2011年12月31日)

1000形「ベルニナ」号が発車すると、モハ110+モハ107+モハ103の旧型電車を撮れました。
ヽ( ・∀・)ノ
箱根登山鉄道モハ110+モハ107+モハ103(箱根湯本駅・2011年12月31日)

雰囲気があっていい車両ですが、なにぶん古いので、最近は毎日走っているわけではないらしく、ラッキーでした。
多客期なので動員されたのか、この写真を撮ってすぐ、入生田車庫へ回送されてゆきました。
またね~♪(*'​-')​ノ

ここから先、「箱根東坂の苦闘」篇、「箱根西坂の死闘」篇は、年が変わって2012年1月8日になります。
(続く)
=========================
※小田原宿~箱根湯本間のトイレ情報
・「小田原宿なりわい交流館」(本町交差点角)
・板橋見附(小田原市板橋。新幹線と国道1号線の交差点付近。「三本コーヒー」営業所の向かい)
・箱根登山バス湯本案内所の地下(箱根湯本駅の向かい。国道1号線沿い)
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東海道五十三次を歩こ~♪ 大磯宿→小田原宿(2)

(2011年12月31日[土曜]:取材)
大磯宿→小田原宿間は15.6Kmと長く、前回(2011年12月29日)は都合により、途中の二宮で打ち切りましたが、
2011年の大晦日、東海道線の二宮駅前を10時40分にスタート。
二宮駅入口交差点(神奈川県中郡二宮町)(2011年12月31日)

二宮町のマンホールの蓋は、町の木「ツバキ」の花。ちなみに、「町の花」はカンナだそうです。
二宮町・マンホールの蓋(神奈川県中郡二宮町)(2011年12月31日)

歩き出してすぐ、
「つぶれてたまるか!!」
との、必死の訴えを発見。
どうも、リサイクルショップのようでしたが、この原稿を書いている2014年4月時点で、このお店が健在かどうかは不明です。
リサイクルショップ(神奈川県中郡二宮町)(2011年12月31日)

「吾妻山入口」交差点付近は「梅沢」という所ですが、この梅沢が、往時は二宮の「間の宿」であったようです。
ただ、「間の宿」であったのか、「立場」であったのかは資料によって書き方がまちまちで、いまいち判然としないんですが、
いずれにしろ、大磯~小田原間が長いため、なんらかの「中継施設」はあった模様です。
(注:二宮町役場の公式サイトには、何も書かれていません。)
もっとも、「梅沢の茶屋が低料金で旅人を泊めてしまうため、近隣の宿場から”あそこは勝手な商売をしている。どうにかしてくれ”と、お上に陳情があったといわれる」と記述しているwebサイトもありました。
旧東海道・二宮・吾妻山入口(神奈川県中郡二宮町山西)(2011年12月29日)

宿場は正規の施設であり、「問屋場」(といやば)という役所があって、役人が常駐していたため、はっきりした記録が残っているんですが、
「間の宿」や「立場」に関しては、現代に記録が伝わっていない場所も多く、私も、歩いていて「この集落は大きいな。もしかして、間の宿かな?」と思ったら、
やはり「東海道 間の宿」の表示(地元の自治体や町内会、商工会などが設置した掲示)があって、「ああ、やっぱりそうか」と知ったケースが多いのです。

それにしても、まだ「日本橋から(日本橋まで)74Km」、ふた桁か。。。。
キロ数が3桁になるのは、まだ少し先のようです。
【神奈川県中郡二宮町の地図】
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さて、「吾妻神社入口」で右側に分かれる細い道が旧東海道。「旧東海道の名残」の道標が立っています。
吾妻神社入口交差点・国道1号線と旧東海道の分岐点(神奈川県中郡二宮町)(2011年12月31日)

この道に入ってみると・・・「ヤマニ醤油」という、醤油の醸造所がありました。
旧東海道(神奈川県中郡二宮町)1(2011年12月31日)

細い川を渡る橋の向こうに海が見えます。
この道を通る車はほとんどなく、いい雰囲気の道でした。
(*'-'*)
旧東海道(神奈川県中郡二宮町)2(2011年12月31日)

でも、いい雰囲気の道は短く、「山西」の交差点で国道1号線に合流します。
山西交差点・国道1号線と旧東海道の合流点(神奈川県中郡二宮町)(2011年12月31日)

その先、地名は「川匂」と書き、神社の名前は「川勾神社」と書く場所と遭遇。
川勾神社入口交差点(神奈川県中郡二宮町)(2011年12月31日)

読み方は、どちらも「かわわ」ですが、時代によって書き方が変わったらしく、いずれも正当です。
ここからすぐ、押切橋を渡ると「小田原市」のカントリーサインが現れ、小田原押切郵便局があるんですが、また「二宮町」のカントリーサインが出現します。
ところが、ちょっと歩くと小田原市役所橘支所の前にも、「小田原市」のサインがあるんです。
(下の写真は「二度目」の小田原市カントリーサイン)
(・.・)?
小田原市のカントリーサイン(2011年12月31日)

要するに、道路はまっすぐなんですが、小田原市と二宮町の境界が複雑で、カントリーサインが何回も現れるわけですよ。

なお、ここで「小田原市に入った」といっても、このあたりは旧・足柄下郡橘町(1971[昭和46]年4月1日、小田原市と合併)ですから、小田原の中心部までは、まだまだです。
旧・橘町には駅がなかったので、ご存知ない方も多いと思いますが、西湘バイパスの「橘IC」にその名を残しています。
ついでながら、国府津駅周辺も旧・足柄下郡国府津町と酒匂町(いずれも1954[昭和29]年4月1日、小田原市と合併)のエリアであり、本来の小田原市街地は酒匂川(さかわがわ)よりも西です。

橘支所前を過ぎて約1Km、坂の上から相模湾がよく見えます。沖に浮かぶ島は、伊豆大島のようです。
旧東海道(国道1号線)から見た西湘バイパスと相模湾(神奈川県小田原市前川)(2011年12月31日)

マンホールの蓋には、鮎が泳いでます。。。。
(*'-'*)
小田原市・マンホールの蓋(1)(2011年12月31日)

かと思えば、勇壮な川越人足が輦台にお姫様を乗せて酒匂川を渡る姿も。
バックにはお城と箱根の山々、そして富士山です。
小田原市・マンホールの蓋(2)(2011年12月31日)

12時、国府津駅前に到着。画像の左側に見える「国府津館」という旅館は、1888(明治21)年創業といわれる古い旅館です。
(注:現在は休業中の模様。2014年6月23日現在、同旅館の公式サイトは「404エラー」で見られなくなっています。)

国府津には、1887(明治20)年の鉄道開通後、機関区が置かれ「鉄道の町」として、むしろ江戸期より栄えましたが、1934(昭和9)年に丹那トンネルが開通し、東海道本線が従来の御殿場経由から小田原・熱海経由になると、鉄道の要衝としての地位は低下しました。
国府津駅前交差点(神奈川県小田原市国府津)(2011年12月31日)

現在でも、国府津には車両センターなど、JR東日本の現業機関が多く置かれていますが、さほどの購買力がある街ではないようで、大きな4階建ての駅舎も、上階は全てJRの事務所。いわゆる「駅ビル」ではありません。

横浜からずっと付き合ってきた神奈川中央交通のバスとは、事実上、国府津駅前でお別れ。
ここから先は、箱根登山バスのエリアになります。
国府津駅・神奈中バス(手前)と箱根登山バス(奥)(神奈川県小田原市国府津)(2011年12月31日)

国府津駅前には「ラーメン&餃子ショップ」という名の食堂があり、ここで昼食。
このお店は、国府津で乗り換える際に途中下車してよく立ち寄るんですが(御殿場線の本数が少ないから)、中華だけでなく、土地柄「ひもの定食」「本日の焼き魚定食」(魚は「本日の旬」が供される)というメニューがあります。
JRの制服を着た人がよく食事に来ていますが、一般論として「鉄道員が出入りする駅前食堂は、おいしい」。
私は、新潟の直江津とか、福島の喜多方でもJR社員お勧めの「おいしいお店」に入ったことがありますよ。
(*'-'*)
昼食後、12時30分に再び小田原宿をめざして歩き出しました。
箱根登山バス(神奈川県小田原市国府津)(2011年12月31日)
【神奈川県小田原市国府津の地図】
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30分後、「漁場前」バス停を通過。
北島三郎さんの『北の漁場』は、「きたのりょうば」ですが、このバス停の名前は「ぎょじょうまえ」。
箱根登山バス・神奈中バス「漁場前」停留所1(神奈川県小田原市小八幡)(2011年12月31日)

箱根登山バスは1時間に5本程度停車しますが、なぜか神奈中の標識も併設されており、
これは、なんと日曜・祝日のみ運行。しかも、1本だけしか来ません。
( ゜。゜)ウヒョー
箱根登山バス・神奈中バス「漁場前」停留所2(神奈川県小田原市小八幡)(2011年12月31日)

要するに、神奈中としては国府津~小田原間の路線免許維持のために、形式的に走らせているだけの路線で、実際の利用者は皆無でしょうね。

少し進むと、小田原市酒匂(前述した旧・酒匂町の名残の町名)付近は、松並木になっています。
旧東海道(国道1号線)の松並木(神奈川県小田原市酒匂)(2011年12月31日)

歩道橋には「静岡100Km 沼津45Km 箱根11Km」の標識が。
「静岡まで100Kmの地点に来たか!」と嬉しくなりましたが、「箱根11Km」とは。。。。
旧東海道(国道1号線)・「静岡100Km」の表示(神奈川県小田原市酒匂)(2011年12月31日)

この市町村名は、「東京」とある場合だけは新宿の都庁ではなく、例外的に日本橋の道路元標なんですが、それ以外は市役所や町村役場までの距離です。
「箱根」とは箱根町役場のことですから、その場所は湯本ですね。
つまり「箱根湯本まで、まだ11Kmもある」ってことですよ。。。。
(゜ロ゜)
酒匂の並木道からさらに30分、「社会福祉法人ゆりかご園」という施設の門は、実に立派な構えでした。
旧・川辺本陣跡の門(現・社会福祉法人ゆりかご園)(神奈川県小田原市酒匂2丁目)(2011年12月31日)

これは「川辺本陣跡」だそうですが、「川辺本陣」とは何か?
小田原宿はまだ先で、そんな中途半端な場所に「本陣」が?という気もしますね。間の宿にもあった「小休本陣」なんでしょうか。
それは、調べたけどわかりませんでした。
(*゚ー゚)ゞ
ようやく、酒匂橋で酒匂川を渡り、小田原宿が近くなってきました。
酒匂川・酒匂橋(神奈川県小田原市)(2011年12月31日)

酒匂橋から見た酒匂川の河口と相模湾(神奈川県小田原市)(2011年12月31日

箱根の山々が
「みっぴょん。早くおいで」
と言っていますが(嘘)、こうして見ると、これはかなりの「高山」ですよ。。。。
( ・_・)
酒匂川・酒匂橋から箱根の山並みを望む(神奈川県小田原市)(2011年12月31日)

山王川を山王橋で渡り、
山王川・山王橋から見た山王川の河口と相模湾(神奈川県小田原市)(2011年12月31日

いよいよ小田原宿です。時刻は14時12分。
旧東海道小田原宿・山王口(神奈川県小田原市浜町4丁目)(2011年12月31日

「国際通り」の交差点で国道1号線を左折し、海側に回るのが旧東海道ですが、本町の「古清水旅館」の前には「8月15日の小田原空襲」の掲示があります。
1945(昭和20)年8月15日未明、まさに終戦の日、小田原市は埼玉県熊谷市、群馬県伊勢崎市とともに米軍の空襲を受けました。
「8月15日の小田原空襲」表示板(神奈川県小田原市本町2丁目)(2011年12月31日

掲示によれば、焼失家屋は400戸、12名の死者が出たとのことです。
その日の正午、ご存知のように天皇の玉音放送をもって太平洋戦争は終結しましたが、ほんの10時間ぐらいの差で家を焼かれたり、命を落とした人もいた・・・ということを忘れてはならないと思いました。

さて、歩き疲れたので、ちょっと寄り道して「あんみつ」を。。。。
(*'-'*)
PC310130.jpg
【神奈川県小田原市本町の地図】
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「本町」の交差点角には、1932(昭和7)年に建てられた旧・網問屋の建物を利用したという「小田原宿なりわい交流館」があり、10時から19時まで(冬季は18時まで)休憩できます。
小田原宿・なりわい交流館(神奈川県小田原市本町3丁目)(2011年12月31日

ところが、私が訪れた12月31日は、年に一回だけの「休業日」で、利用できませんでした。。。。
ウゥゥ(;_;)
もう時刻は15時を回り、今から箱根越えは不可能ですが、なんとかして湯本までは行ってしまうことにしました。
(「小田原宿→箱根宿」篇に続く。)
==========================
※二宮→小田原間のトイレ情報
・二宮駅南口(階段の下)
・小田原宿なりわい交流館(本町交差点の角)
それ以外は、全然見かけませんでしたね。。。。
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東海道五十三次を歩こ~♪ 平塚宿→大磯宿→小田原宿(1)

(2011年12月29日[木曜]:取材)
11時15分、平塚駅前交差点に到着し、コーヒーが飲みたくなって喫茶店を探しましたが、ドトールとかスタバのようなお手軽な店が見つからず、ビルの2階にあったお店に入りました。
このお店にはピラフとかパスタのような軽食もあったと思いますが、11時15分で昼食は早いような気がして、食事はせずに11時50分出発。

平塚宿の「江戸見附」跡に、旧宿場の案内板が立っています。
旧東海道平塚宿・案内板(平塚市見附町)(2011年12月29日)

ただし、軍需工場が多かった平塚市は1945(昭和20)年7月16日に空襲の被害を受け、江戸時代以来の古い建物は、ほとんど残っていません。
【平塚市見附町付近の地図】
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「西組問屋場跡」付近で、いったん旧東海道は現在の大通りから右に分岐し、すぐ左に曲がります。
旧東海道平塚宿(平塚市平塚4丁目)(2011年12月29日)

こういうクランクは「曲尺手」(かねんて)と呼ばれ、宿場や城下町の出入り口にはよくある構造です。要するに、敵の侵入を防ぐために、わざと曲げて進みにくくしてあるわけですね。
直角に曲がっている場合は「枡形」(ますがた)とも呼びます。
そういえば、身延線に「金手」(かねんて:山梨県甲府市城東1丁目)という駅がありますが、この駅は甲府の入口です。
おそらく「曲尺手」と同義の地名だろう・・・と思って調べたら、「古くは”鍵手”[かぎのて]と呼ばれた」とのこと。いずれにしろ、意味は同じです。

平塚といえば、七夕祭り。マンホールもお星さまのデザイン。
平塚市・マンホールの蓋(2011年12月29日)

国道1号線とぶつかったら左へ。そして右へ進んで西へ向かうと、すぐに中郡大磯町との境界です。
大磯町のカントリーサイン(2011年12月29日)

大磯町に入ると右に高麗山(こまやま)。このあたりには、古くから渡来人の集落がありました。「高麗」とは、朝鮮半島の「高句麗」(こうくり)に由来し、埼玉県日高市にも「高麗」「高麗川」の駅名・地名がありますね。
高麗山(神奈川県中郡大磯町高麗3丁目)(2011年12月29日)

花水川を渡るとき、左側の相模貨物駅構内で入換作業中のDE10形ディーゼル機関車の姿が。。。。
相模貨物駅・入換中のDE10形機関車(2011年12月29日)

神奈川県内の東海道本線各駅は、1970~80年代に貨物取扱いの集約化が進み、東から横浜羽沢・湘南貨物(大船~藤沢間)・相模貨物(平塚~大磯間)・西湘貨物(国府津~鴨宮間)の貨物専用駅が開業しました。
貨物はこれらの専用駅に集約し、それ以外の駅は旅客のみ取り扱うことになったんですが、その後、鉄道貨物の衰退による再統合に伴い、湘南貨物駅は廃止されました。

西湘貨物駅は現存しますが、貨物の受付窓口は廃止され、貨物列車同士の追い越しをするための線路が残っているだけですから、実態は「西湘信号場」といってもいいでしょう。

静岡県に入って「原宿→吉原宿」間を取り上げる際、「新・沼津貨物駅建設反対」問題に触れることになると思いますが
県当局は「貨物駅を作っても、10年か20年で使われなくなったケースが多いのに、強制代執行をしてまで県民から土地を取り上げるなど嫌だ」と反対し、沼津市は「土地収用は県の仕事だから、市は知らない」と横を向いています。
これはどうも、隣県・神奈川における「悪い事例」を見て、「ああいうのは、我が静岡県ではね・・・」と考えている感じですね。

さて、川を渡ってすぐ、右側に藁葺き屋根の民家が一軒。ただし、これはこの一軒だけ。敢えて瓦葺などにせず、藁葺きのまま残しているようですが、今は引き受けてくれる業者も少ないだろうし、葺き替えのときは大変だろうなぁ。。。。
藁葺き屋根の民家(神奈川県中郡大磯町高麗1丁目)(2011年12月29日)

大磯町のマンホールの蓋は、相模湾とカモメ、旧東海道の松並木、そして町花のハマヒルガオです。
大磯町・マンホールの蓋(神奈川県中郡大磯町)(2011年12月29日)

化粧坂(けわいざか)の交差点で、右側の細い道に入ります。これが旧東海道です。
この交差点のそば、左側に小さな公園があり、トイレもあります。
旧東海道・化粧坂交差点(神奈川県中郡大磯町大磯)(2011年12月29日)

「化粧坂」とは、虎御前(虎女ともいう)の化粧井戸があることに因んだ地名です。
旧東海道・化粧坂(神奈川県中郡大磯町大磯)(2011年12月29日)

虎御前は、曽我兄弟の兄・十郎の恋人だったという女性で、遊女だったんですが、17歳にして源頼朝に舞を披露し、認められたとの伝承もあります。
鎌倉時代の遊女は、江戸時代とは違って零落したイメージはなく、詩歌管弦や舞踊を厳しくしつけられ、教養を身につけるよう求められたといいますね。
だから、頼朝のような身分の高い人物とお目にかかる機会もあったわけですよ。
(*'-'*)
坂は緩く、上がってゆくと東海道線にぶつかります。
昔は踏切だったのに違いありませんが、今では、旧東海道は地下道(画像右側)を潜ります。
旧東海道・化粧坂とJR線の交差地点(神奈川県中郡大磯町大磯)(2011年12月29日)

取材日は12月29日・・・通過する特急「踊り子」は、お正月を箱根や伊豆の温泉場で過ごす人たちで満席でした。

地下道を潜って、大磯駅の方角へ向かいます。
旧東海道・大磯(神奈川県中郡大磯町大磯)(2011年12月29日)

途中の民家には、常夜灯の模型が。
常夜灯の模型(神奈川県中郡大磯町)(2011年12月29日)

この種の模型や道標を自作して、飾ってみようと考える人は結構多いらしく、この先、旧東海道の沿道では何度も見かけました。

13時、大磯駅前に到着。
旧東海道・大磯駅前(神奈川県中郡大磯町大磯)(2011年12月29日)

11時50分に平塚を出発して、途中で写真を撮りながらブラブラ歩いても1時間ちょっとしか経っていません。
平塚宿~大磯宿間は2.9Kmしかなく、東海道の宿場では御油宿~赤坂宿(愛知県)の1.7Km、石薬師宿~庄野宿(三重県)の2.7Kmに次ぐ短さです。
それなのに大磯宿~小田原宿間は15.6Kmと結構長く、なぜ平塚~大磯間だけ短いのか不思議な感じもしますが、大磯には平安時代から相模国の国府が設けられていたので、それなりの要所と考えられていたのかもしれませんね。
【神奈川県中郡大磯町大磯付近の地図】
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大磯も古い家屋は少なく、「照ヶ崎海岸入口」交差点前の菓子店「新杵」ぐらいです。
旧東海道・大磯・菓子店「新杵」(神奈川県中郡大磯町大磯)(2011年12月29日)

この先はよく知られた「大磯の松並木」。
左側に旧・伊藤博文邸「滄浪閣」(そうろうかく)があり、伊藤博文が初代の韓国統監を務めたことから、駅から滄浪閣までの道を「統監道」(とうかんみち)と呼び、同名のバス停もあります。
旧東海道・大磯・「統監道」の松並木(神奈川県中郡大磯町東小磯)(2011年12月29日)

滄浪閣は戦後、大磯プリンスホテルの別館として知られていましたが、2007(平成19)年に営業を終了して売却されることになったものの、
「25億5000万円で買いたい」という大磯町(買収後は記念館とするつもりだった)と、交渉権を持っている業者との間で価格の折り合いがつかず、今のところは話が進展していません。

その先、「城山(じょうやま)公園前」の交差点で右に入るのが旧東海道ですが、この左側にあるのが旧・吉田茂邸。
2009(平成21)年3月22日、吉田邸は焼失してしまいましたが、庭園部分のみ、2013年9月22日から城山公園の「旧吉田茂邸地区」として一般に公開されています。
その県立大磯城山公園の入口(駐車場)には、トイレがありました。
前述した「相模国の国府」があったのはこの近くで、現在の地名も「国府本郷」といいます。
旧東海道・大磯・城山公園入口(旧吉田茂邸前)(神奈川県中郡大磯町国府本郷)(2011年12月29日)

道は、すぐ国道1号線に合流し、「国府新宿」を過ぎて二宮町に入ります。
二宮町のカントリーサイン(2011年12月29日)

15時が近くなり、日が翳ってきました。冬の日は短いですね。
旧東海道・二宮(神奈川県中郡二宮町二宮)(2011年12月29日)

14時50分、二宮駅に到着。大磯から二宮の間は約6Km。休憩時間を除けば、平坦な道なので1時間30分程度でしょう。
東海道本線二宮駅(神奈川県中郡二宮町二宮)(2011年12月29日)

【神奈川県中郡二宮町の地図】
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この日は用事があり、二宮駅で打ち切りましたが、当時、まだ211系電車が東海道本線のJR東日本区間にも走っていました。
(^​0_0​^)「こんにちは、みっぴょん。この前、田町電車区でお会いして以来ね! 二宮まで歩いてきたのね!」
と言っていました(嘘)。
東チタ211系「N62」編成(二宮駅・2011年12月29日)

二宮から小田原までは、この翌々日、(2011年)12月31日に出直しました。
(続く)
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※平塚宿→大磯宿→二宮間のトイレ情報
・化粧坂公園(神奈川県中郡大磯町)
国道1号線「化粧坂」交差点の手前、左側。

・県立大磯城山公園(神奈川県中郡大磯町)
国道1号線「城山公園前」の交差点を右に。駐車場にトイレあり。

・JR二宮駅南口・改札外
橋上駅舎の階段下に、町が管理するトイレあり。
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