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今年、10月1日は東海道新幹線開業50周年!
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本書は、その東海道新幹線について『鉄道ピクトリアル』誌と『電気車の科学』誌に、国鉄担当者から寄稿された1950年代後半の高速列車計画概要紹介記事に始まり、その後の計画の進展、開業まで、リアルタイムで進む当時の様子を再録したものです。
輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション28 東海道新幹線1950-60 2014年 06月号 [雑誌]

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本書はかつて東海道新幹線の運転士だった方が書いた「裏話」ですが、構成が変わっていて、第一部が「0系運転士」の、第二部が「N700系A運転士」の座談会みたいな感じになっています。
(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

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さようなら東急渋谷駅「地上」ホーム

東急東横線渋谷駅(2013年2月28日)1

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
(2013年)3月15日限りで東急東横線の渋谷駅ホームが、現在の地上(高架)から地下(東京メトロ副都心線と共同使用)に移転しますね。

このテーマは、あちこちのブログで無数に取り上げられているはずですが、まあ「うちでも」。。。。
今日(2月28日)の夕方、ちょっと見てきました。
地上ホームが廃止される代わりに、副都心線経由で東横線と東武東上線・西武池袋線の直通運転も始まりますから、これは「発展的解消」というべきで、廃止されるからといって「寂しい」気持ちとは無縁ですが、
しかしまあ、長年馴染んだホームが姿を消すわけですから、ちょっと見ておきたいところです。
東急東横線渋谷駅移転告知(2013年2月28日)2

東横線渋谷駅が開業したのは1927(昭和2)年8月28日で、最初から高架駅でした。
1950(昭和25)年に改良工事が行なわれるまで、ホームの屋根も一部だけだったそうですが、戦前の東横線電車は1~3両の短い編成だったようですから。。。。

その後、列車の長編成化には仮設の木製ホームによる延長で対応していましたが、東京オリンピックを控えた1964(昭和39)年5月に全面改築され、駅全体をカマボコ型の屋根が覆う形状となりました。
構内配線が現行の4面4線になったのもこのときで、それまでは、横浜方の外れに荷物ホームがあったそうです。
昔は国鉄渋谷駅でも貨物・荷物の取扱をしていましたので(今の埼京線ホーム付近に貨物ホームがあった)、国鉄~東急間の貨物・荷物連絡運輸取扱もやっていたのでしょう。
(注:東急渋谷駅での荷物扱い廃止後は田園調布駅に移管されたが、それも1982[昭和57]年に廃止された。なお、国鉄渋谷駅の貨物扱いは1976[昭和51]年に廃止され、梶ヶ谷貨物ターミナル駅へ移管。)

3月15日・・・厳密には、日付が変わって3月16日の0時49分に到着する臨時の各停渋谷行をもって、地上ホームは86年間の歴史に幕を下ろし、翌朝の始発電車から地下ホームへ移行します。
その後、3月25日から5月6日まで、期間限定のイベントスペース「SHIBUYA ekiato(エキアト)」として、ホームとコンコースの一部が利用されます。
イベント終了後は解体され、将来的にはJR渋谷駅の構内改良用地に転用されて、現在は「渋谷駅本体から遠い」と不評の埼京線・湘南新宿ラインのホームが、ここへ移転すると聞いております。
もっとも、これはだいぶ先の話で、「2026年度までに完成予定」だそうですよ。
東急東横線渋谷駅移転告知(2013年2月28日)1

地上ホームがいずれ廃止されることは、10年以上前に副都心線建設計画の全貌が公表されたときからわかっており、私は機会があれば撮っていました。
東急東横線渋谷駅・5050系(2012年10月12日)

ここは「正面口」コンコースです。
東急電鉄の偉いところは、旧・桜木町駅もそうでしたが、「近い将来廃止される」と決まっている駅でも、時代の流れに合わせて改良工事をしていたことで、近年でもバリアフリー化や、発車案内装置の更新(字幕式→液晶モニターに)などが行なわれていました。
東急東横線渋谷駅・正面口(2012年10月12日)

こちらは「南口」コンコース。
東急東横線渋谷駅南口(2013年2月28日)

まあ南口側は、こんなふうに上空を首都高速道路3号線(渋谷線)が走り、うっとうしかったけどね。。。。
下の道路は国道246号線。ちょうどこの辺が、「青山通り」と「玉川通り」という通称の境目なんだけど、いずれにしろ同じ道路です。
昔、稲垣潤一さんが唄った「246:3AM」って曲があったね(1982年発表)。うちの方は田舎だから、その頃、歌詞に出てくる午前3時に営業しているカフェテリアも、「テイクアウトのピッツア」なんてもんもなかったけどさ(笑)。
「いかにも湯川れい子さんが作った」と感じられる、よく言えば「都会的」っていうか、(例えばユーミンなどとは違った感じの)気取った曲でしたな。
この道はずーーーっと先、静岡県沼津市上石田交差点で国道1号線と合流するまで続いています。
東急東横線渋谷駅(2013年2月28日)2

副都心線への直通運転開始と同時に、東横線から9000系電車が姿を消すので、このところやたら写真を撮っている人が多いらしい。
撮るのは結構ですが、「葬式厨」と一般乗客のトラブルが増えているようです。「花壇の中に入って撮る」とか、馬鹿な振舞いをする輩もいるらしいですね。
どうかマナーを守って安全に、周囲や東急電鉄側に迷惑をかけないようお願いします。
私は、9000系などちっとも珍しくなかった時点で撮っていたので、あらためて撮ろうとは思いませんけどね。。。。
東急東横線渋谷駅・9000系(2010年7月11日)

東急渋谷駅で忘れちゃいけないのは、ハチ公前広場にいる「青がえる」旧5000系・デハ5001号車です。
NHKのニュースを見ていると、気象情報で「現在の渋谷駅前の様子」がよく映りますが、その時、「青がえる」がチラッと見えることもありますね。
新橋駅前「SL広場」のC11 292号機とともに「日本一、テレビに映る機会の多い保存車両」かもしれません(笑)。
東急(旧)5000系・デハ5001(渋谷駅ハチ公口・2012年10月12日)

デハ5001は1954(昭和29)年10月にデビューし、1986(昭和61)年7月に引退後は上田交通(現:上田電鉄)へ移籍しましたが、そちらでも退役後は東急に返還され、
当初は長津田検車区構内、後に金沢文庫の東急車輌製造(現:総合車両製作所 J-TREC)横浜製作所構内で保存されていましたが、2006(平成18)年10月26日から現在地で保存・公開されています。
現在の所有・管理者は東京都渋谷区です。

現状には賛否があり、否定派は
・車体を3分の1ほどカットしてしまった。
(原型は2ドアではなく3ドアだった。)
・台車を取り外して「ダルマさん」になってしまった。
という2点を「不満」だというのですが、私もそれは残念に思うものの、
・「縁(ゆかり)の地」である渋谷駅前で、多くの人々にいつでも見てもらうことができる。
(東急電鉄の車両基地や、東急車輌の工場は原則として非公開。)
・車内へ自由に入って見学できる(無料)。
の二点がメリットとして挙げられるので、「結果オーライ」ではないかとも思っていますね。

なお、車内への立入は10時~18時で、原則として毎日開放されていますが、雨の日は閉鎖です。床が濡れて汚れるのを嫌っているのかもしれません。
また、車内での飲食や喫煙は禁止です。

旧・5000系といったら東急電鉄の一時代を築いた車両で、今でも人気があります。
余談ですが、私より少し年上の人の話。
彼が少年の頃、東急の駅員さんや車掌さんと「マニアックな」話をしたり、東急電車ファンの集まりに顔を出すと
「君は5000系の急行電車を見たことがあるか?」
と、決まって聞かれたとか。まるで「伝説」ですわな。。。。
5000系の急行が東横線を走っていたのは1975(昭和50)年頃までだと思いますが、「乗ったことあります」と答えると、「仲間」と認定されたそうですよ(笑)。
(=´∀`)人(´∀`=)
おそらく、他の私鉄でも「君は***系を見たか?乗ったか?」という、一種の「合言葉」みたいなのがあるんでしょうね。。。。
(^^)

それはともかく、あと半月足らずになった東急渋谷駅地上ホームの姿を見届けると同時に、副都心線直通運転に期待しましょう。
東急東横線渋谷駅地上ホーム(2012年10月12日)

東急・メトロ・西武・東武の4社共同企画乗車券(7種類のフリー切符)発売も予告されています。

3月16日から東急線各駅(渋谷駅・恩田駅・こどもの国駅および世田谷線を除く)の券売機で発売する「東急西武線まるごときっぷ」には、ちょっとびっくりです!
東京メトロの渋谷~小竹向原間と、西武線全線(多摩川線を除く)が乗り放題なんですよ。
( ゜。゜)ウヒョー
値段は発駅によって異なりますが(例:横浜発1780円・中央林間発1880円)、発売当日限り有効。
(発駅~渋谷間の往復経路上[東急線内]では、途中下車できません。)
なお、池袋~東長崎~練馬間(西武池袋線の地上区間)もフリー区間内ですから、特急券を買えば特急レッドアローにも乗れます。
西武線は、「全線フリー切符」が通年発売ではなく、「スタンプラリー」などのイベント開催時や、鉄道の記念行事の際にしか発売されないので、この東急発のフリー切符はちょっとうらやましい。。。。
(*'-'*)いいな~♪
私も「横浜へ帰るのが便利になるなー」と思っていますが、東急沿線の皆様は、ぜひ西武線・東上線の沿線へお出かけくださいませ。
(*'​-')​ノ
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「辰野線」クモハ123-1引退によせて

クモハ123-1(長モト)(2010年1月20日・塩尻駅)1

こんにちは。みっぴょんです。
(*'-'*)
JR東日本・中央本線の岡谷~辰野~塩尻間、通称「辰野線」を走っていたクモハ123-1(長モト:松本車両センター)が、
(2013年)3月16日のダイヤ改正でE127系に置き換えられて引退・・・と思ったら、2月11日に故障してしまい、以後、115系の2連または3連が代走しているそうです。
(ある方のブログによれば、「2月18日は115系3連だった」そうです。)
おそらくは、このまま復帰することなく引退しちゃうんじゃないかと思いますね。。。。
ウゥゥ(;_;)
速報!】(2013-02-26・15:40)
クモハ123-1、復帰したそうです!
ヽ(^▽^)ノ

「カモシカと衝撃後一度不調になりましたが、現在復帰しております」とのことです。
なお、2月18・19日は定期検査だったそうです。
地元、辰野町にお住まいの方からコメントをいただきましたので、お伝えいたします。
ありがとうございました。
m(-_-)m

クモハ123形電車は、1986~88(昭和61~63)年にクモニ143形・クモユニ147形・クモヤ145形から改造された車両ですが、荷物車や事業用車から「旅客車」に改造された事例は、国鉄・JRでは、他にほとんどありません。
逆に、古い旅客車を荷物車や事業用車に改造した事例なら、いくらでもあるんですけどね。

クモハ123形の改造タネ車となった車両は、いずれも荷物車などとして使われた期間は4年~8年足らずでした。
しかし、鉄道小荷物の大幅縮小で「用途不要」になったからといって、償却もしていない車両を簡単に廃車したら、大蔵省と会計検査院に「えれえ怒られる」ので、なんとか「知恵を絞った」感じですね。
国鉄分割・民営化前後の、財務が苦しかった時期を偲ばせます。

JR東日本所属のクモハ123形は、クモハ123-1ただ1両でした。これは1986年10月にクモニ143-1(1978年・近畿車両製)から改造されたものです。
トップの写真のように、派手な白と赤の目立つ塗装が印象的でした。
前頭部に「ミニエコー」の表示を付けていますが、国鉄民営化直前、長野鉄道管理局では、松本を拠点にする篠ノ井線・中央本線・大糸線の近距離列車を「エコー電車」と呼んでおり、それに対して「辰野線」列車を「ミニエコー」と名付けたようでした。
もっとも、「エコー電車」の呼称は全く定着しませんでしたが、「辰野線」沿線では「エコー」とか「ミニエコー」の名で呼ぶ人も多い・・・との情報をいただきました。
(注:この部分は、UP後にいただいた情報を元に改稿しています。)

後述するJR西日本車には、改造で取り付けた前面貫通路がありますが、この東日本車には無く、クモニ時代のまま非貫通です。
クモハに改造後は、クモニ時代のように115系などと併結する運用は「想定外」で、
一応、併結もできるようにジャンパ連結器はそのまま残っていますが、「貫通路は不要。冬場は隙間風が入り込んで寒いし」と判断したのでしょうね。
(併結した場合、例えば「クモハ123のドアを、115系側の車掌スイッチで開閉可能か? 車内放送は?」といったことは分かりません。なにしろ、実際に「クモハ123+115系」という旅客列車が走った話を聞かないので。)
とにかく「誰かとパートナーを組む」ってことがなく、常に「孤独なランナー」の印象が強い車両でしたね。

「いかにも改造車だなぁ」って感じの、小窓がズラッと並んだ側面。窓の大きさも整ってないしね。
なお、車内は全てロングシートで、トイレはありませんでした。クーラーは後付けのAU712型2基。
クモハ123-1(長モト)(2010年1月20日・塩尻駅)2

この写真は、2010年1月20日に塩尻駅で撮影したものです。「青春18きっぷ」有効期限の最終日、使い残しを消費するために長野電鉄を訪れ、帰りに松本から乗ったのが中津川行普通列車だったので、甲府方面行に乗り換えるついでに撮りました。
「乗ってみりゃよかったな」って気もしますが、このクモハ123充当列車は辰野止まりで、辰野→岡谷間の接続が悪く、寒い中、帰宅が1時間以上遅くなるのは嫌だなぁ・・・と考え、やめたんだと思います。
その後、この車両にお目にかかる機会はありませんでした。
クモハ123-1(長モト)(2010年1月20日・塩尻駅)3

クモハ123形は、JR東海と西日本にも在籍しました。
東海には、クモハ123-41~45(後にクモハ123-5041~5045に改番)と、クモハ123-601・602の計7両がおり、いずれも身延線で使われていましたが、2007(平成19)年までに全廃されました。
御殿場線に乗る機会は多いんですが、あまり身延線にはご縁がなく、残念ながら私は一度も乗らずじまい・撮らずじまいでした。
一度だけ、新宿行「あずさ」が甲府駅を出てすぐ、身延線ホームにクモハ123形の富士行が3連で停車していたのを見たことがあります。
3連ってことは、要するに富士運輸区への返却回送を兼ねた列車だったんでしょう。しかしまあ、トイレもない全席ロングシートで、終点まで約3時間30分とは、すさまじい列車ですわな。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
ただ、その姿は「3両編成の電車」というより「電気機関車3重連」みたいにも見えましたが、なにしろ動き出した「あずさ」から降りるわけにもいかず(笑)、撮影できなかったのは残念でした。

西日本のは、まず宇野線で2001(平成13)年4月に、クモハ123-6に乗っています。
クモハ123-6(岡オカ)(2001年4月25日・宇野駅)

これもクモニ143形からの改造車ですが、ドアの位置が東日本のクモハ123-1とは全然違います。中間のドアは、荷物車時代からのを自動扉に改造したようですね。
そして、東日本車にはない前面の貫通扉があります。クーラーはAU75型。

車内は、こんな感じでした。
クモハ123-6(岡オカ)車内(2001年4月25日・宇野駅)

もともとクモハ123-5と6は、阪和線の「羽衣支線」(鳳~東羽衣間)で使われていました。
これが、いつからなのかはっきりしませんが、クモハ123-5と6は、国鉄最後の日である1987年3月31日付でクモニ143-7・8から改造されたことになっているので(吹田工場で施工)、まずは試運転をして、同年4月か5月から営業運転に入ったのではないかと思います。
(1987年10月20日付で羽衣支線をワンマン化した記録があるので、この時点でクモハ123形だったことは確実。)
閑散時間帯には1両で、ラッシュ時にはクモハ+クモハ+クハ103の3連、あるいはクモハ+クハ103の2連で走っていたそうです。
(クハは、クハ103-194が専従。クモハ123-5・6の検査入場時は、クモハ103-77+モハ102-186+クハ103-545の代走と決まっていた。)

クモハ+クモハ+クハ103の3連なんて、「愉快」っていうか「奇怪」っていうか、乗ってみたかったですが、1995(平成7)年にクモハ123-5・6は岡山運転所へ転属しました。
国鉄時代の羽衣支線はクモハ103+モハ102+クハ103でしたが、結局1995年以降は、またこの編成に戻ってしまいました。私は、103系3連の羽衣支線しか乗ったことがありません。

クモハ123-6(岡オカ)(2001年4月25日・迫川駅)
岡山での職場は宇野線の茶屋町~宇野間でしたが、この区間は瀬戸大橋線が開通し、宇高連絡船が廃止されてからは完全にローカル線化しています。
クモハ123-1が走る「辰野線」も、塩嶺トンネルが開通した1983(昭和58)年までは、特急「あずさ」や急行「アルプス」が行き交う堂々たる「本線」でしたが。。。。
どうも、クモハ123形は「元:幹線、現:ローカル線」を走るものみたいです。

しかし、2002(平成14)年には岡山から下関地域鉄道部(現:下関総合車両所)へ転属し、宇部線・小野田線を走るようになりました。

その宇部線・小野田線では、クモハ123-5・6の転属に先立ち、1993(平成5)年からクモハ123-2~4の3両が活躍していました。
1987年にクモニ143形から改造された直後は、可部線の広島~可部間を走っていましたが、利用者が増えて単行運転では間に合わなくなり、押し出されて宇部線・小野田線へ転属したのでした。
こちらは、ドアの位置は東日本車とほぼ同じなんですが、側窓の形状は独特で、特急用車両のみたいに大きな固定窓が5箇所あり、上部だけが開きます(金具を内側に引っ張る)。
また、前面に貫通路があります。105系の増結車としてクモハ123+クモハ105+クハ104のような3連で走るケースが可部線時代にも、宇部・小野田線転属後もあり、人の通り抜けを想定したのでしょう。

2003年3月15日から小野田線の支線、通称「本山線」(雀田~長門本山間)を走っていた旧型電車は、全てクモハ123形に置き換えられましたが、
この写真はそれ以前、2001年7月29日に「本山線」へ入線したときの姿。
クモハ123-2(広セキ)(2001年7月29日・浜河内駅)1

この日、「本山線」専従のクモハ42001は下関までの団体専用列車に充当され、「本山線」の定期列車はクモハ123形で運行されました。
クモハ123-2(広セキ)行先表示(2001年7月29日・雀田駅)

私は、その運用変更を知っており・・・というか、この日は
1.583系の団体臨時列車「リバイバル月光・しおじ」(新大阪~下関間)運行
2.「SLやまぐち号」の重連運行(C57+C56)、およびマイテ49形連結
3.山陽新幹線0系「ファミリーひかり」(新大阪~博多間)運行
4.クモハ42形の団体臨時列車運行
と、4つも「目玉」があったので、はるばる山口県までやってきたわけですよ。

ところが、この種の情報はどこまで浸透しているものなのか、「本山線」がクモハ42ではなかったので、文句を言っている人も結構いました。
まあ、鉄道は好きだけど、車両運用や臨時列車の情報を積極的に入手できるほど詳しくはない・・・といった感じの人たちでしたね。
クモハ123-2(広セキ)(2001年7月29日・浜河内駅)2

「本山線」は運休したわけではなく、単に車両を変更しただけですから、駅などには何の告知もありませんでした。
運賃の払い戻しなどに応ずる必要はありませんが、それでも一応は「本日(7月29日)、団体臨時列車運行のため、本山線の車両を新型(クモハ123形)に変更します」という告知文ぐらいは掲出してもよかったかもしれません。
今から十数年前の広島支社は、まだ「ファンが集まるのは、SLだけじゃない」ということに気が付いていなかった感じもしますね。
583系の臨時列車「リバイバル月光・しおじ」にしても、「大阪支社が、JR東日本(仙台支社)の車両を借りて実施するというから、こっち(広島支社)は受け入れるだけ」ってことでしょうし。
今、どういう対応になっているのかは存じませんが。。。。

最後に、クモハ123形からは話が外れてしまいますが、ついでに「本山線」がクモハ42形だった頃の写真でも見ていただきましょう。2001年4月のことです。
(注:今はクモハ123形に置き換えられ、もうこの電車は走ってませんよ。ご注意くださいませ。)
小野田線本山支線クモハ42001(広セキ)(2001年4月24日・雀田~浜河内間)

このときは飛行機で九州へ行き、帰り道は「長崎→東京都区内」の長距離切符を使って、随所で途中下車しながら撮影や乗車を楽しみ、岡山から特急「サンライズ瀬戸」で帰京しましたが、小野田線の「本線」はクモハ123形でした。
雀田駅で降りようとしたら、ワンマン運転の運転士さんがニコニコしながら「本山ですか?お気をつけて」と言います。こっちは何も言ってないのにね。
(・.・)?
どうやら、馴染みのない顔、しかも三脚など持った人間が雀田駅に降りるといえば「本山へ行くに決まってる」というのが、宇部新川鉄道部職員の認識だったようです(笑)。

長門本山という所は昔、宇部興産本山鉱業所(海底炭鉱)があったそうで、往時は「本山線」の電車も早朝から深夜まで、30分~1時間に1本は走っていました。
本山鉱業所は1961(昭和36)年に異常出水事故があり、1963年3月には坑口を閉鎖して「閉山」となったそうです。
小野田線(本山線)時刻表(『交通公社の時刻表』昭和40年11月号より)

その後も残務処理があったのか、閉山後もしばらく、列車はかなりの本数が運行されていました。
1965(昭和40)年10月1日改正の時刻表(上の写真)によれば、始発は雀田発5:28、終電は長門本山発0:06で、おおむね1時間に1~2本、朝のラッシュ時には1時間3本が運行されていました。
若干、運転間隔が開く時間帯もありますが、その間には貨物列車が走っていたのかもしれません。長門本山駅には側線があり、専用線が炭鉱へ向かって延びていたそうです。

しかし、1967(昭和42)年に宇部興産が石炭採掘事業から全面撤退してからは利用者が激減し、1972(昭和47)年3月以降は1日12往復(9~15時台は運行なし)になりました。
小野田線本山支線・長門本山駅(2001年4月24日)

今・・・「本山線」は朝2往復、夕方1往復、合計たった3往復にまで削減されてしまいました。
そもそも小野田線の「本線」自体が1日10往復しかなく、午前中から午後にかけて4時間近く列車がない時間帯もあるくらいですから、「本山線」どころか小野田線全体がいつ廃止されても不思議ではないのが実情のようです。
(ノ_<。)
そうなる前に、もう一度乗りに行きたいと思いますね。。。。
小野田線本山支線クモハ42001(広セキ)(2001年4月24日・長門本山駅)

【画像追加】(2013-03-11)
クモハ123形に似たタイプの「1M方式新性能電車」には、例えばこんなのも。。。。

■クモヤ143形事業用電車(クモヤ143-7[横コツ])
これは「牽引車」と呼ばれ、自走できない車両を回送する場合(例:「運転台が無い」モハとかサハとか、あるいは「今、走ろうとしている線区に適合する保安装置が搭載されていないので、自走できない」といったケース)や、
車両基地内での入換作業などで「電車を牽引するための電車」です。
ビギナーの方は、「自動車でいうレッカー車みたいなもん」とご理解くださればいいと思います。
クモヤ143-7(横コツ)(2006年10月15日・国府津駅)

このクモヤ143形は1977~80(昭和52~55)年に21両が製造され、首都圏の電車区に配置されました。
それ以前の牽引車は、だいたい古くなった営業用電車からの改造車が多かったんですが、これらは近畿車輛と日立製作所の新造車です。
(注:1986年にクモニ143形から改造されたクモヤ143-51・52というのもいるんですが、それはちょっと別格です。)
クモヤ143形の特徴は、「首都圏の国電区間における保安設備を、ほとんど持っていた」ということです。
保安設備はATCをはじめ、ATS-B・S・P型も搭載しており、直流電化区間であればほとんどの線区に入線できました。牽引車は、いつ、どこへ車両回送のために出向くか、わからないからです。
(ただし、信越本線の横川~軽井沢間と、営団地下鉄千代田線・東西線への入線は不可だった。)
1980(昭和55)年の秋、幕張電車区のクモヤ143が、幕張へ転属するサロ113形グリーン車を引き取りに、大阪の宮原電車区まで出向きましたが、国鉄時代には、こうした「遠征」もしばしばあったんです。

回送ではありませんが、山手線や京浜東北線では、マヤ34形軌道検測車を牽引して検測を行なうこともありました。

車内はどうなっているかというと、一言でいえば「がらんどう」です。
脱線事故などの際、復旧用器材を積んで現場へ駆けつけることを想定し、荷物室のようになっているんですが、実際にそういうケースはあんまりなかったと思います。まあ、事故など「ないほうがいい」に決まってますが。

また、ささやかな「添乗者室」も設けられています。ロングシートが設置されており、駅から遠い松戸電車区と国府津運転所では、「職員輸送用列車」にも使われていました。なお、あくまで「事業用車」ですので、暖房はありますが冷房は搭載されていません。

最近は余剰廃車も出ていますが、今でもたまに走っているのを見かけますし、車両基地の一般公開時に見られることもありますので、興味のある方は、気にかけているとよいでしょう。
(*'-'*)
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【思い出の画像】東海道線東京口のブルートレイン(2)

特急4列車「さくら・はやぶさ」EF66 46[関](2003年12月7日・辻堂~茅ヶ崎間)

こんにちは。みっぴょんです。
(*'-'*)
「東海道線東京口ブルートレイン回顧」の第2回目です。

■特急「あさかぜ」(東京~下関[・博多]間)
「あさかぜ」は1956(昭和31)年11月19日に旧型客車で運転を開始し、1958(昭和33)年10月1日から20系客車になった「元祖ブルートレイン」でした。その後、車両は24系25形に置き換えられています。
(下関「あさかぜ」が1977[昭和52]年9月28日から、博多「あさかぜ」が1978[昭和53]年2月1日から車両置き換え。)
特急6列車「あさかぜ」EF66 50[関](2002年7月25日・辻堂~茅ヶ崎間)

長い間、東京~博多間の「あさかぜ1号・4号」(客車はJR東日本担当)と、東京~下関間の「あさかぜ3号・2号」(客車はJR西日本担当)の2往復が運行されていましたが、
1994(平成6)年12月3日のダイヤ改正で「あさかぜ1号・4号」が廃止され、残った3号・2号が、単なる「あさかぜ」として運行を継続しました。

博多行時代に一度乗っているんですが、生き残った下関「あさかぜ」にも何回か乗っていますよ。
これには面白い客車が連結されていましたね。
モハ・・・じゃないですよ。スハ25形(スハ25 301~303)です。
スハ25形300番代(2005年2月・横浜駅)

「あさかぜ」(と「瀬戸」)の電源車はカニ24形でしたが、これを「トワイライトエクスプレス」に転用することになり、新しい電源車として1989(平成元)年にオハ12形から改造したのが、スハ25形です。
これまでの電源車は、ディーゼルエンジンを回して発電していましたが、スハ25形はパンタグラフから直流1500Vを集電し、静止型電力変換装置(SIV)を通じて、各車両へ照明や冷暖房の電力を供給していました。
このパンタグラフは、異常時には電気機関車から下降させることができ、そのためのスイッチが下関車両管理室所属のEF66形と、田端運転所所属のEF65形(1000番代車)にはあったそうです。

しかしまあ・・・「パンタグラフの付いた」客車っていうのも、相当に奇妙な感じがしましたね。
( ゜。゜)ウヒョー
もっとも、それは私が、変に鉄道のことを知っているからで、普通の人は何とも思わなかっただろうなぁ(笑)。。。。

スハ25形は、車内の機器室以外の部分が「ラウンジ」として開放され、有料のシャワー室もありました。
(車掌さんから、300円のカードを買う。それをシャワー室内のカードリーダーに差し込むと、確か6~7分間お湯が出た。)
スハ25形300番代車内(1999年1月24日・東京駅)

上の写真は「やらせ」です。一杯やっている人たちがいたんですが、「写真を撮るなら、どきましょう」というのを「いや、飲んでいる人が写っていたほうが雰囲気が出るので」と制し、「モデル」になってもらったんです(笑)。
ラウンジの片隅にカウンターがありましたが、私が見たときはいつもシャッターが閉まっており、何かを販売しているのは見たことがありませんでした。
市価より若干高い、ビールとジュースの自販機はありましたが。。。。

電源車がカニ24形だった頃には、「ブルートレイン便」の小荷物を搭載していましたが、スハ25形に荷物室は無く、代わりに「変なオハネフ25形」が、これも改造で生れました。
オハネフ25形300番代(2005年2月・有楽町駅)

オハネフ25形300番代車(301~303)というんですが、写真の「JR」マークが付いている部分に荷物室が設置され、そこに小荷物を搭載していました。
ただ、正式には荷物室ではなく、「業務用室」という扱いだったそうで、そのため「オハネニフ25」とは名乗らなかった・・・というんですが、その理由は私も存じません。

末期は「珍改造車」が連結されていた「あさかぜ」も、2005(平成17)年3月1日のダイヤ改正で廃止されました。
残念なのは、もう1年間走れば「あさかぜ号50周年」だったことですね。。。。

■特急「富士」(東京~大分[・宮崎・西鹿児島]間)
私が子供の頃聞いた「日本一長い距離を走る列車」といったら、それは寝台特急「富士」でした。
東京~西鹿児島(現:鹿児島中央)間を24時間26分かかって、日豊本線経由で1595.2Km(注:『時刻表』掲載の「営業キロ」ではなく、実測キロ数)を走っていました。
さすがにこれは昭和50年代でも「時代遅れ」になっており、1980(昭和55)年10月1日のダイヤ改正で、東京~宮崎間に短縮されました。
下吉田スハネフ14・4

その後、一時期は宮崎駅のひとつ先、南宮崎まで走っていましたが(南宮崎に車両基地があり、要するに「入庫回送列車」を旅客扱いしていた)、
1997(平成9)年11月29日のダイヤ改正で、東京~大分間に短縮されてしまいました。
この時、東京~西鹿児島間(博多・熊本)経由の特急「はやぶさ」も東京~熊本間に短縮され、鹿児島県と宮崎県から「東京直通列車」が姿を消しました。

私は「富士」に乗ったことがあったかなぁ・・・。はっきりした記憶は無いんですが、とにかく、写真だけは結構撮っていますよ。
特急2列車「富士」EF66 54[関](2003年12月7日・辻堂~茅ヶ崎間)

この「富士」のヘッドマークは、戦前、東京~下関間を走った特急「富士」の1等展望車に掲出されていたテールマークを模したデザインだそうです。
これは2003(平成15)12月7日に、辻堂~茅ヶ崎間で撮ったんですが、実は、「富士」は「ついで」に過ぎません。
本当に撮りたかったのは何かというと・・・。

私がカメラを構えていたら、当該列車の通過1分前ぐらいにワゴン車が停まり、運転席から一眼レフカメラを持った青年が大急ぎで降りてきました。
そして、彼と二人で横並びになって撮った列車は。。。。
千マリ183系「6」編成(2003年12月7日・辻堂~茅ヶ崎間)

千マリの183系「6」編成(国鉄特急色)の団体臨時列車でした。
確か伊東発だったと記憶しますが、行先はどこだったのか。当時の『鉄道ダイヤ情報』を調べないとわかりません。
青年は、おそらく仕事の途中だったんでしょうね。これを撮ると、満足そうに去って行きました。
(*^_^*)
「富士」は、2005(平成17)年3月1日のダイヤ改正で「さくら」との併結運転になり、この単独ヘッドマークは見られなくなってしまいました。

■特急「さくら・はやぶさ」(東京~長崎・熊本間)
「さくら」は東京~長崎・佐世保間の列車であり、「はやぶさ」は東京~西鹿児島(後に熊本)間の列車である・・・というのが、私の認識でした。

しかし、1999(平成11)年12月4日のダイヤ改正で「さくら」の佐世保編成が廃止され、おまけに東京~鳥栖間では「はやぶさ」と併結運転になりました。
佐世保編成廃止の理由は、「海上自衛隊の旅費支給規程が変わり、飛行機の利用を容易に認めるようになったからだ」と噂されましたが、本当かどうか。
特急4列車「さくら・はやぶさ」EF66 49[関](2005年1月・東神奈川駅)

昔・・・1980~90年代、東京と九州の間には「指定席往復割引きっぷ」という企画乗車券がありました。
これは「新幹線と、九州内在来線特急の乗り継ぎ(普通車指定席)」利用か、「寝台特急のB寝台」利用を選べるもので、東京~九州間往復3万円台でした。
その頃は、まだ航空運賃が高く、この国鉄・JRの往復切符は有効期間が2週間と長かったので、私も2回ぐらい使ったことがあります。
首都圏では、結構広域で発売されていましたが、千葉鉄道管理局では「木更津駅・君津駅・青堀駅←→北九州市内各駅往復」というのも売っていました。
君津と八幡の間を往復する、新日鐵の関係者が使ったんでしょうかね。
( ・_・)/「時代」を感ずるね!
さて、上りの「さくら・はやぶさ」は東京着が11時33分と遅く、お寝坊しても撮れたので(笑)、ずいぶん撮りました。

これにも「変なの」が連結されていたなぁ。。。。
オハ24 703~705のいずれか(2005年1月・東神奈川駅)

不鮮明な写真で恐縮ですが、オハ24形「ロビーカー」です。窓配置からして、オハネ14形から改造されたオハ24 703~705のどれかではないかと思います。
(オハ24 701・702はオシ24形食堂車からの改造で、窓配置が異なる。)
これは、国鉄末期の1985(昭和60)年3月14日から「富士」に連結されたのが最初でしたが、その初日に横浜駅で見て「うわぁ、面白い車両ができたなぁ」と思いました。
(*'-'*)乗ってみたいなー
でも、よく考えてみたら「輸送力増強」に追われていた時代だったら、こんな車両を連結するなど許されなかったでしょうね。直接運賃・料金収入には結びつかない「談話室」車ですから。
それが可能になった背景には、全般に寝台特急の利用者が減っていたことと、この「60・3」ダイヤ改正から、それまでのEF65形に代わり、高速貨物列車の削減で余剰気味になっていたEF66形電気機関車(当時の国鉄で最もパワーがあった)が牽引するようになって、牽引力に余裕が出たこともあったのでしょう。

【画像追加】(2013-03-12)
上に記したオハ24 703~705のうち、どれなのか正確な車号は不明ですが、写真が出てきたので追加します。
オハ24 703~705(熊クマ)(正確な車号不詳・1999年1月24日・東京駅)

その車内。右側にカウンターが見えますが、朝、ここで車内販売員が駅弁やサンドイッチ、飲物などを売っていました(私は、夜間に営業しているのを見かけたことはありませんでした)。
このロビーカーは「北斗星」「トワイライト」のオハ25形と異なり、シャワー室はありませんでした。
(追加写真は2点とも1999年1月24日・東京駅で撮影。)
オハ24 703~705(熊クマ)車内(正確な車号不詳・1999年1月24日・東京駅)

「さくら・はやぶさ」時代は、「さくら」編成が14系客車、「はやぶさ」編成は24系25形客車でしたので、九州方にカニ24形を連結していました。
特急4列車「さくら・はやぶさ」(2005年1月・東神奈川駅)

「さくら」は、2005(平成17)年3月1日のダイヤ改正で廃止されることになりました。
撮れるチャンス最後の日曜日、国府津駅構内を東京へ向かって走る「さくら・はやぶさ」を撮りました。
特急4列車「さくら・はやぶさ」EF66 50[関](2005年2月27日・国府津駅)

ご多分に漏れず、沿線ではやたらにカメラを構えた人が多かったんですが、こんな場所で撮る人は他に誰もおらず、一人で見送り、走り去った後は下曽我へ梅を見に行きました。

■特急「富士・はやぶさ」(東京~大分・熊本間)
とうとう東京駅発着のブルートレインも1往復だけとなり、生き残った者同士で「富士・はやぶさ」としてパートナーを組んでいました。
俗に「富士ぶさ」などと呼ばれていましたね。ヘッドマークのデザインも変わりました。
特急2列車「富士・はやぶさ」EF66 51[関](2006年10月15日・真鶴~湯河原間)

上の写真は2006(平成18)年10月15日、湯河原駅から真鶴方へ20~30分歩いた丘の上から撮りました。
この頃には、客車は14系と14系15形になっており、電源車は連結されていませんでした。
同じ時に撮った、EF66形100番代(ふく爺氏によれば、通称「鮫」)牽引の高速貨物列車もついでに貼っておきましょう。
高速貨物列車EF66 118[吹](2006年10月15日・真鶴~湯河原間)

ハイライトは「富士・はやぶさ」だけではなく、貨物列車の通過があり、他に伊豆高原から東京へ向かう「リゾート踊り子」(実質的には「送り込み回送」列車)とか、
今は東日本管内には来なくなった373系の特急「東海」、それに、運用の都合で普通車のみ5両+5両のE231系普通列車など、面白い物が撮れました。
(一時期、これは185系「C編成」の、普通車のみ5連だったようです。)

ただ、横で撮ってた兄ちゃんに、上記のE231系の珍運用について尋ねたら「機関車しか撮らんから、わからん」だとよ。。。。
┐('~`;)┌
この「普通車のみ」のE231系珍運用はその後、程なくして消滅しましたし、373系も今は、湯河原では撮れなくなりました。
実にもったいない。「能書きはいい。何でも撮っておけよ」って思いますけどね。。。。

この時は、「富士・はやぶさ」通過後も211系などを撮って、「青い目の参議院議員」ツルネン・マルテイ(弦念 丸呈)氏の事務所を見ながら(笑)、真鶴駅までぶらぶら歩き、さらに真鶴半島へ行ってみました。
撮影地の近くに「立ち寄り温泉」があったんですが、駐車場に車がいっぱい停まっており、「混んでるんだろうなぁ」と敬遠しましたが、入ってみるんでしたかね。

「富士・はやぶさ」を最後に撮ったのは、2008(平成20)年4月撮影の、このカットでした。
お友達が大分へ帰省するのを見送りに、差し入れのお酒やおつまみを持って東京駅へ行ったときに撮ったものです。
スハネフ15形(2008年4月29・東京駅)

スハネフ15形の帯は銀色がオリジナルでしたが、いつの間にか白に変わっており、びっくりしましたね。

「富士・はやぶさ」は2009(平成21)年3月14日のダイヤ改正で廃止されましたが、それは「東京駅発着ブルートレイン」の廃止というだけでなく、
1942(昭和17)年11月15日の関門トンネル開通から、67年間続いた「東京~九州直通旅客列車(在来線)」の終焉でもありました。
下吉田スハネフ14・5

最終日、見に行こうと思えば行かれましたが、どうせ東京駅や横浜駅は人で一杯に決まっており、家でNHKの特別番組を観ました。
欧米の鉄道ファンに言わせると、「列車の廃止に、あんなに大勢の人が集まり、マスコミが大々的に取り上げる国は日本ぐらい」だそうですが、
NHKは妙に張り切っており、録画ではありましたが、最後の上り9002列車(注)が東上するのを、名古屋放送局→静岡放送局→横浜放送局のリレーで追いかけ、
締めくくりは放送センター(東京)が、ヘリから田町付近を走る9002列車を撮っておしまい・・・でした。

私のブルートレイン回想記も、これでおしまいです。
(*'​-')​ノ またね~♪

(注)最終列車は、終着駅到着が「ダイヤ改正後」の3月14日となるため、臨時9001・9002列車として運行されました。
なぜなら、定期列車としての1列車・2列車は、書類上は3月13日24時をもって「廃止」されてしまっているため、それ以後も終着駅まで走り続けるためには、「3月14日の一日限り運転される”臨時”列車」としなければならない・・・という、厄介な手続きがあるのです。
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【思い出の画像】東海道線東京口のブルートレイン(1)

「さくら」「あさかぜ」の発車案内表示(2005年2月・東京駅)

こんにちは。みっぴょんです。
(*'-'*)
2回にわたって「東海道線東京口の113系」を取り上げましたが、113系だけ撮っていたはずはなく、「本番」は寝台特急・ブルートレインでした。
現在、東京駅から西へ向かうブルートレインは全廃されてしまい、寝台列車自体、285系電車の特急「サンライズ出雲・瀬戸」があるだけです。
今回は、113系の写真を漁るついでに出てきた(笑)ブルートレインの写真でも見ていただきましょう。
登場順序は、「上り列車の東京駅到着順」とします。
なお、客車時代の「瀬戸」も撮ってるんですが、手元にポジフィルムしかなく、すぐスキャンできないので別の機会に。

■急行「銀河」(東京~大阪間)
これは、よく乗りました。今は無き「京阪神ミニ周遊券」でも、急行券と寝台券を買えば乗れましたから。
「ワイド周遊券」「ミニ周遊券」があった頃は、逆に「青春18きっぷ」など「普通列車しか乗れないじゃん」と敬遠していたくらいで。。。。
さすがにそれは一回だけですが、A寝台車・オロネ24形に乗ってみたこともありますよ。バブル崩壊後もこの列車は結構利用者が多く、A寝台は下段が一杯で、上段に乗りました。
いわゆる「プルマンタイプ」のA寝台車に乗ったのは、このとき一回だけです。
急行102列車「銀河」EF65 1116[田](2002年7月25日・辻堂駅)

「銀河」が活況を呈していたのは、1993(平成5)年3月のダイヤ改正で新幹線「のぞみ」が大幅に増発され、1時間に1本になった頃までではないかと思います。
特急格上げの話は何度かあったそうですが、終始「急行」のままだったのは「新幹線の運賃・料金とあまり差が出ないように」という配慮だったといわれます。
「夜行新幹線」の運行計画が騒音問題などで実現しなかったため、その「代替列車」との位置づけだったのでしょう。

1970~80年代のダイヤは、下り101列車が東京発22:45→大阪着8:00で、ビジネスマン向けの時刻でしたが、上り102列車は大阪発23:10→東京着9:36と、遅い到着でした。
これじゃ、しょうがないんだよね。。。。
東京着が遅かったのは、ラッシュ時間帯の東京駅に足の遅い客車列車(当時はEF58+20系客車)を入れるわけにいかなかったので、沼津駅で長時間停車していたためです。
先を急ぐ人は、沼津から三島まで1駅だけ普通列車で移動し(注:「銀河」は三島通過)、三島から新幹線「こだま」に乗り継いで東京へ向かっていましたが、さすがに1984(昭和59)年2月のダイヤ改正で改善され、大阪発21:20→東京着6:35になりました。
その後、大阪駅の発車時刻はさらに遅く、22時台にまで繰り下がりましたが、東京着の時刻は、廃止までだいたい6時30分過ぎでした。
(1987年10月1日修正の時刻では
・102列車 大阪発22:10→東京着6:54
2004年3月13日改正の時刻では
・102列車 大阪発22:22→東京着6:42)

客車は、1985(昭和60)3月から14系寝台車、1986年11月から24系25形寝台車でした。
機関車は、客車が14系になった時に、EF58からEF65になったのではなかったかと思いますが、「急行だから」ってことなのか、ヘッドマークは付けられていませんでした。客車には、絵入りのトレインマークが掲出されていましたけどね。

1990年代前半から利用者が少なくなり、編成も短縮されて
←大阪 EF65+カニ24(電源車)+オロネ24(A寝台車)+オハネ25(B寝台車、以下同じ)+オハネ25+オハネ25+オハネ25+オハネフ25++オハネ25+オハネフ25 東京→
になりましたが、後ろ2両は多客期のみ連結で、閑散期は電源車とA寝台車1両・B寝台車5両・・・それじゃNゲージの「ベーシック・セット」みたいじゃんか!と思いましたよ(笑)。
( ゜д゜)
「ベーシック・セット」って、ほら・・・初心者向けの「持ち帰ったらすぐ遊べます」みたいな、パワーパックと周回レールと車両が何両か入った、2万円ぐらいで買える箱入りのアレ。
子供と遊ぶなら、それでも十分楽しいと思いますが、現実の列車・・・それも、戦前から続く伝統的な名門列車がそれじゃぁ・・・と、寂しく思いましたね。

利用者が少なくなった時点で、座席車を連結するとか、「ゴロンとシート」的な物を導入するとか、なんらかの梃入れをすればよかったんだと思いますが、
なにしろJR東日本・東海・西日本の3社に跨る列車ですから、各社の足並みが揃わなかったのでしょう。2008(平成20)年3月15日のダイヤ改正で廃止されました。
急行102列車「銀河」(回送)(2006年3月8日・有楽町駅)

廃止の少し前、2007年11月に東京から米原まで乗りました。
この時はお友達と一緒で、近江鉄道の彦根車庫一般公開と「ひこにゃん」のイベント見物が目的だったんですが(笑)、現地まで何で行くか考えました。
池袋~浜大津間の高速バスは安いけど疲れそうだったし、当時デビューしたばかりだった新幹線N700系は「今後、いくらでも乗れる」として却下(事実、そのとおりになりましたが)。
でも「銀河」は・・・「これを逃すともう、乗る機会ないかもね」ってことで、乗ってみました。
(*'-'*)
まだ廃止の話は公式発表されておらず、B寝台券は難なく買えましたが、だいたい50%ぐらいの乗車率でしたね。
しかし、新聞に「”銀河”廃止」の記事が載ると、連日満席になったそうですよ。なんとまあ、世間とは現金なものでしょう。。。。
┐('~`;)┌

■特急「出雲」(東京~出雲市・浜田間)
だいぶ前ですが、『竹内まりやさんが作った名曲「二人のブルートレイン」(岡田有希子)』という記事(2010年3月26日付)で、この列車を取り上げました。

それはともかく、山陰の空港はジェット化が遅く、本数も少なかったし、昔は石見空港なんてなかったので(1993年7月開港)、この列車は混んでましたねぇー。
1991年の秋頃だったか「そうだ、隠岐へ行こう!」と思い立ち、東京から米子まで、当時の「出雲1号」に乗ってみました。
その頃は、東京~浜田間の「出雲1号・4号」と、東京~出雲市間の「出雲3号・2号」があったんですよ。
車両は1号・4号がJR東日本の24系25形、3号・2号がJR西日本の14系でした。
特急4列車「出雲」EF65 1106[田](2006年3月11日・横浜駅)

「出雲3号」は東京→出雲市間の運行でしたが、1987年10月から翌年3月まで、運行区間が出雲市駅の次、知井宮(ちいみや)駅まで延長されていたこともあります。
(注:知井宮駅は、現在の西出雲駅。1993[平成5]年3月18日改称。)
それが本当である証拠として、『交通公社の時刻表』1987年11月号の誌面を載せておきますね。
行先が「知井宮」と明記されています。
「出雲3号・知井宮行き」(『交通公社の時刻表』1987年11月号)

これは要するに、出雲運転区(現:後藤総合車両所出雲支所)へ入庫する回送列車を、運転区最寄りの知井宮まで旅客列車としたもので、出雲市→知井宮間は「全車自由席の普通列車」として、乗車券だけで乗れました。
当時、岡山~出雲市間の特急「やくも」のうち2往復が、出雲市~知井宮間を普通列車として運行されていましたが、「やくも」のような座席の特急列車はともかく、「寝台特急がそのまま普通列車に変わって、先の駅まで行く」事例は極めて珍しいものでした。
普通列車区間は「9233列車」という「当分の間、毎日運転する臨時列車」として扱われ、実際の利用者が少なかったら回送列車に戻すつもりだったようですが、案の定、利用者は少なかったようで短命に終わりました。
なお、これは下り列車のみで、上り東京行き1002列車「出雲2号」は知井宮→出雲市間を、所定の回送列車として運行していました。

浜田発着の「出雲1号・4号」には食堂車が連結されていましたが、これも混んでましたねぇ。何を食べたか記憶にありませんけど、「長居できなかった」ことは憶えています。

【画像追加】(2013-03-12/05-02)
特急「出雲」に連結されていた食堂車・オシ24形(オシ24 701)。
廃車後も尾久車両センター構内で保管されており、尾久駅のホームから見える位置に留置されていたこともありました(2010年11月20日撮影)。
オシ24 701(東オク)(2010年11月20日・尾久車両センター)

その車内。この写真の正確な車号は不明ですが、オシ24 701~703(東オク)のいずれかです。
撮影時点では、営業休止になっていました。
1999年1月24日・東京駅で。
オシ24 701~703のいずれか(東オク)車内(1999年1月24日・東京駅)

一方、「出雲3号・2号」にはA寝台車・2段式B寝台車のほかに、1989(平成元)年3月1日から3段式のB寝台車(オハネ14形)が連結(復活)されていた・・・というんですが、
見た記憶はあるものの、その寝台券はほとんど山陰側で押さえられていたため、東京側で買うことは難しく、乗る機会はありませんでした。
今、「あけぼの」の「ゴロンとシート」がほとんど青森・秋田側で買われてしまい、東京在住者が乗るのは困難ですが、それと同じでしょう。
もっとも、1990年代には、こちらも2段式B寝台車に慣れてしまっており、空席があっても(しかも「多少は安い」といっても)わざわざ3段式に乗ったかどうか?
( ・_・)
ちなみに3段式のB寝台車は、急行「八甲田」にオハネ14が臨時増結されたときに乗ったことありますよ。
(「MOTOトレイン」の空席に、ライダー以外の人も乗せていたのかも?)
私の先輩に「俺は紀勢本線の”はやたま”のオハネフ12に乗ったことあるぜ!」って人がいるんだけど・・・それ、「俺は”カシオペア”に乗ったぜ」って言われるよりも、ある意味、うらやましい(笑)。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
オハネ12 29(門サキ)(碓氷峠鉄道文化むら・2005年6月)
(さすがに現役時代の写真は無いので、碓氷峠鉄道文化むらで保存されているオハネ12 29の写真を貼っておきます。)

「出雲」に話を戻しますが、この列車も山陰の空港が軒並みジェット化されて以降は凋落著しく、1998(平成10)年7月10日に「サンライズ出雲」(岡山・伯備線経由)が登場した代わりに、客車の「出雲」は1往復になりました(JR東日本車)。
残った客車「出雲」(鳥取経由)は、出雲市~浜田間が廃止されて出雲市止まりになり、食堂車は連結されていましたが、営業休止に。
その食堂車を利用し、一時は「売店」として営業していましたが、それすら「採算に合わない」として短期間で休業してしまいました。
私も「サンライズ」はデビューから半月後ぐらいに乗ったんですが、山陰ではなく、大阪から東京まででした。

末期には乗る人も減っていた「出雲」は、ついに2006(平成18)年3月のダイヤ改正で廃止されてしまいました。
この時は、東海道線東京口の113系も引退したので、どこの駅でもホームにやたらカメラを構えている人が多かったですね。
この原稿を書くために調べるまで、「”出雲”の列車番号は1001列車・1002列車」という思い込みがあったんですが、これは相当に古い知識で、末期は「3列車・4列車」だった・・・と知って、ちょっとびっくりしています。
3列車・4列車は「はやぶさ」でしょうが・・・と思っていて(笑)。。。。
特急4列車「出雲」(2006年3月8日・有楽町駅)

「出雲」は消えても、「サンライズ」は今でも走っていますが、285系電車の後継車種が作られるとは思えないので、機会があったらまた乗ってみたいですね。
「バタ電」こと一畑電車にも乗りたいし、鳥取市の「あおや和紙工房」という所で売っている、「みっぴょん」なるウサギのマスコットも買いたいし。。。。
o(^-^)o
そういえば、現・自民党幹事長の石破 茂氏は「サンライズ出雲」がお好きだそうですね。
(・ε・)
「国会議員っていうのは、常に秘書とか、誰かがそばにいて一人になる時間が少ない。だから個室寝台車に乗る機会は貴重な時間なんですよ」と、週刊誌のインタビューで答えていましたよ。
・・・で、「石破 茂」を調べたら、どこかのサイトには「民主党の政治家では前原誠司氏と親しい」と書いてありました。「鉄友」なんですか?!
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!

(書き始めたら、これは長くなりそうなので、続きは次回に。)
(*'​-')​ノ
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【思い出の画像】さらば「湘南電車」113系(2006年3月)

横コツ113系S104編成ヘッドマーク(2006年3月15日・小田原駅)

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
今回は、「東海道線東京口113系回顧」の第2回目です。

物事には、必ず終わりがあります。
1962(昭和37)年から走り続けた111・113系電車(以下「113系」と総称)も、
2006(平成18)年3月17日限りで、東海道本線の東京~熱海間と伊東線から姿を消すことになりました。
(ノ_<。)
この時点では、「まだ房総がある」という思いがありましたが、グリーン車を2両連結した11両とか15両という長い編成は、全国的に見てもこれでおしまい。
残るは、普通車だけのモノクラス編成になります。
なにより、「”湘南電車”が消える!」っていうのが衝撃的でした。これを報じる新聞記事の見出しにも、そう書かれていたと思います。

「湘南電車」・・・もう、死語なんでしょうけど、私の母の世代では今も口にする人もいますね。
1950(昭和25)年3月1日、モハ80系の中距離普通列車が東京~沼津・伊東間に運行されるにあたり、公募で決まった愛称が「湘南・伊豆電車」でした。
語呂が悪いのと、伊東線直通の本数が少ないためか、結局「伊豆」は忘れ去られちゃうんですが、「湘南電車」の呼称は昭和40年代まで長く使われました。

俗に「湘南色」と呼ばれたオレンジ色(黄かん色[おうかんしょく])と緑色の塗り分けは、神奈川県では「みかんの実と葉の色」、あるいは「みかんの実と、お茶の葉の色」と思っている人が非常に多かったんです。
実際には、これは「後付けの理由」で、本当はアメリカのディーゼル機関車の色にヒントを得たそうですが(先ごろ亡くなった星 晃氏の回想)、
東京鉄道管理局の営業部門あたりが「みかん説」を広めたようですね。
アメリカのDL・・・GEが作った規格品の、前頭部が「ブルドック」スタイルのアレですかね。日本には、占領下でも1両も輸入されませんでしたが。

ちなみに、「湘南電車」と書かれた標示が、今でも大船駅構内にありますよ。「湘南新宿ライン」ではないので、念のため。
「湘南電車」の標示(2012年12月1日・大船駅)1

「湘南電車」の標示(2012年12月1日・大船駅)2

さて、113系が東海道線東京口から姿を消すにあたって、JR東日本横浜支社と国府津車両センターでは3月7日から17日まで、113系に4種類のヘッドマーク(ステッカー)を掲出しました。
4種類のうち、私は3種類しか撮影できませんでしたが、まずは「K47+S104」編成を。
(←熱海 [K47]クハ111-2049+モハ112-2063+モハ113-2063+サロ124-2+サロ110-1264+モハ112-2073+モハ113-2073+サハ111-2003+モハ112-2089+モハ113-2089+クハ111-1070+[S104]クハ111-533+モハ112-2115+モハ113-2115+クハ111-224 東京→)
横コツ113系S104編成(2006年3月11日・横浜駅)

「S104」編成は、東海道線から撤退後に幕張車両センターへ転じ、千マリ「118」編成になりました。
この列車は国府津発5:28→東京着6:47の724Mで、横浜駅では急行「銀河」に抜かれるため、7分間停車していました。
「銀河」も2008年3月のダイヤ改正で廃止されましたし、「懐かしい」列車になっちゃいましたが。。。。

3月8日、横浜まで3755M快速「アクティー」(東京発10:33→熱海着12:07)のグリーン車に乗りました。
下の写真では、窓下に「緑の帯」が入っているように見えますが、これは「光線のいたずら」で、そんな装飾はありませんでした。
サロ110-1287(横コツ・K57編成)(2006年3月8日・東京駅)

編成は、前11両が「K57」でした。付属編成(後部4両)は、おそらく「S81」です。
横コツ113系K57編成(2006年3月8日・有楽町駅)

(←熱海 クハ111-527+モハ112-1073+モハ113-1073+サロ124-21+サロ110-1287+モハ112-1070+モハ113-1070+サハ111-1023+モハ112-1065+モハ113-1065+クハ111-218 東京→)
「おそらく」というのは、「K57」と同じヘッドマークが「S81」編成にも取り付けられたことは確かなんですが、さらに「S103」編成にも同じ物が付けられたらしいので、よくわからないんですよ。
(←熱海 [S81]クハ111-2068+モハ112-1119+モハ113-1119+クハ111-2156 東京→
←熱海 [S103]クハ111-2056+モハ112-2072+モハ113-2072+クハ111-2152 東京→)
その後S103編成は幕張へ転じ、千マリ「117編成」になるのでした。

それはともかく、グリーン車に乗るといったら、当然、今回姿を消すサロ110形に決まっています。
サロ110-1271(横コツ・K63編成)(2003年12月7日・平塚駅)

車内はまあ、183系電車の普通車と同じような椅子(布地の色は赤で、183系とは異なる)が並んでいるだけで、乗り心地は大したことないんですが、
東海道・横須賀線といえばVIPの乗車も多く、座席そのものより「”特別な空間”を買う」ということに意義を感ずる人たちが乗るため、朝夕はほぼ満席です。
ただし、昼間のグリーン車は空いているんですが、この時は、サロ110形だけは満席(笑)。お隣のサロ124形2階建て車には、空席もありました。
まだ新しかったサロ124形は改造されて、211系に編入されることが決まっていましたからね。。。。
サロ110-1287(横コツ・K57編成)車内(2006年3月8日)

サロ110形は、残念ながら1両の転用も保存車もなく、全て大宮総合車両センターで解体されてしまいました。

この時は横浜で降り、大好きな「勝烈庵」のカツレツを食べ、品川へ戻ってK51+S96編成を撮りました。
(←熱海 [K51]クハ111-553+モハ112-314+モハ113-314+サロ124-22+サロ110-1233+モハ112-313+モハ113-313+サハ111-2001+モハ112-305+モハ113-305+クハ111-246+[S96]クハ111-1433+モハ112-2113+モハ113-2113+クハ111-1098 東京→)
横コツ113系S96編成(2006年3月8日・品川駅)

K51編成は古い車両が多く、サロ124形以外は転用されずに廃車されてしまいましたが、S96編成はモハだけが幕張へ転属し、S89編成から転用されたクハと組んで千マリ「109」編成になります。
(←銚子・安房鴨川 クハ111-2160+モハ112-2113+モハ113-2113+クハ111-558 千葉→)
S96編成の東京方先頭車、クハ111-1098は前面強化工事施工車ということもあって妙に重苦しい感じで、湘南色は似合っていませんでしたが。。。。
「なぜ違和感を感ずるんだろう・・・」と思ったら、警笛カバーが下の方に付けられており、前照灯の横が空いているからかもしれないと気づきました。

いよいよ廃止になる2日前、3月15日には普通車に乗り、小田原まで行ってみました。編成は「K47+S104」でした。
乗った列車は、なぜか記憶があいまいなんですが、東京発8:22→小田原着9:33の3751M快速「アクティー」だったようです。
小田原駅で撮った折り返し列車の列車番号が「798M」(小田原発9:51→東京着11:19)になっており、当時の車両運用を調べたら3751M→折り返し798Mだそうですから。
そして798Mの折返しが、数日前に乗った3755M「アクティー」だったようです。
横コツ113系S104編成(2006年3月15日・小田原駅)

小田原駅では、車掌さんが私に自分のカメラを渡して「シャッター押してくれませんか」と言うので(笑)、もちろん快諾。
反対側の乗務員室まで一緒に歩きながら、今回のヘッドマーク装着は会社よりもむしろ労組のほうが積極的で、反対論もあったが「やってよかった」と思っていることとか、
おかげで、この10日間ぐらいは昼間でもグリーン車は満席で、車内発売のグリーン券が飛ぶように売れ、座れなかったお客さんへのお詫びに追われているが「それでも、誰も乗らないよりはずっといい」と思う・・・といった話を聞けました。
横コツ113系K47編成(2006年3月15日・小田原駅)

これはクハ111-2049なんですが、前面強化改造をした際、運転席窓下にバンパーが付けられて警笛カバーは下になり、裾(「端梁部」というのか)には大きなアンチクライマーが取り付けられたため、新製時の原型とは大幅に変わっていました。

小田原からは、まだ乗ったことのなかった小田急ロマンスカー50000形「VSE」で帰ってきましたが、さすがに「最前部」ではなかったものの、展望席の「前から3列目」ぐらいに空席があり、うまいこと乗れました。
(*'-'*)
113系に代わって活躍を続けていた211系や、当時の新顔E231系も好きですし、この時から東海道線にはイレギュラーなE217系も2編成入って面白くなったんですが、「湘南電車」の呼称は113系の終焉とともに、完全に消え去ったとみてよいでしょう。
横コツE217系F53編成(右)(2009年5月17日・東京駅)

113系が消え去った代わりに「湘南新宿ライン」が充実し、グリーン料金の実質的な値下げと「Suicaグリーン券」の導入が行なわれ、「青春18きっぷ」などでも自由席グリーン車に乗れるようになりました。
良くなった面も多いので「寂しい」とばかりは言えませんが、「時代の転機」であったことは間違いないだろうと思います。
今は211系も東海道線東京口からは撤退し、E233系が入ってきたのはご承知の通りです。

東海道線東京口の113系の写真は、「さよなら運転」に限らず「普段着の姿」のが、まだまだたくさんあるんですが、整理次第、順次お見せしたいと思います。
ただ、デジカメを買う前なので全部「銀塩」(アナログ:フィルム撮影)で、編成とか車両運用のデータと突き合わせて原稿を書くのが大変なエネルギーですから、「随時掲載」とさせていただきます。
(*'​-')​ノ では~♪

【画像追加】
最終運行でヘッドマークを付けた横コツ「K47」編成の「普段着」姿。
この時点では、クハ111-2049の前頭部は改造されておらず、「原型」状態だった。
伊東までの検測に出発するE491系「East-i E」と並んだところ。2005年4月・東京駅で。
イーストアイ(*'-'*)/。。。。
横コツ113系「K47」編成(左)とE491系「East i-E」(右)(2005年4月・東京駅)

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【速報】いすみ鉄道のキハ28は3月9日から!

いすみ鉄道キハ28 2346(2012年12月8日・大多喜駅)

こんばんは、みっぴょんです。
(*'-'*)
お待ちかねの、いすみ鉄道のキハ28 2346の運行ですが、当初の計画より遅れたものの、
「(2013年)3月16日(土曜)のダイヤ改正から運行する予定と発表されました!
ヽ(^▽^)ノ
(2月14日付「社長ブログ」による)

・・・と言っていたんですが、3月9日(土曜)からに前倒しされました!
(3月5日付「社長ブログ」による。)

3月16日のダイヤ改正では、旧型車両による「観光列車」が大原~大多喜間で3往復に増えます。
また、上総中野までの運行が定期化され、小湊鉄道との接続が改善されます。
(ただし、土曜・休日の早朝は、通学需要がないので一般の普通列車を若干削減する模様。それ以外の時間帯も再編成されます。平日ダイヤは、現行とほぼ同じ。)
この3年間で定期外旅客が10%以上伸びており、「そのほとんどが観光のお客様で、土日の混雑が激しくなっている」とのことです。

●3月16日からの「観光列車」時刻は、下記のとおりです。
(従来とは全面的に変わりますので、ご注意ください。)
・100D「快速」大多喜発8:29→大原着8:57
・101D「急行/普通」大原発9:20→大多喜着9:57/発10:03→上総中野着10:26
・102D「普通」上総中野発10:45→大多喜着11:07
・103D「普通」大多喜発11:30→上総中野着11:52 
・104D「普通/急行」上総中野発12:13→大多喜着12:35/発12:45→大原着13:20
・105D「急行/普通」大原発13:52→大多喜着14:29/発14:31→上総中野着14:54
・106D「普通/急行」上総中野発15:04→大多喜着15:26/発15:27→大原着16:05
・107D「急行」大原発16:35→大多喜着17:04

●小湊鉄道との接続(土曜・休日ダイヤ:2013年3月16日改正)
・101D・・・上総中野発10:32→五井着11:43の列車(14A)に接続。
・102D・・・五井発9:10→上総中野着10:22の列車(7A)から接続。
・103D・・・上総中野発12:18→五井着13:29の列車(18A)に接続。
・104D・・・五井発10:59→上総中野着12:11の列車(11A)から接続。
・105D・・・上総中野発14:56→五井着16:07の列車(24A)に接続。
・106D・・・五井発13:41→上総中野着14:53の列車(17A)から接続。
・107D・・・まず大多喜で、17:34発の上総中野行きに乗り継ぐ。
(上総中野着17:54)
上総中野発18:29→五井着19:40の列車(34A)に乗り換え。
(※なお、快速100Dに乗り継げる小湊鉄道の列車はありません。)

小湊鉄道は平日と土曜・休日のダイヤが全く異なります。必ずご乗車の前にご確認ください。
http://www.kominato.co.jp/
104Dと105Dは、上総中野駅での接続時間が2分間しかありません
小さな駅ですから、すぐ乗換できますが少々お急ぎになってください(乗換には踏切を渡ります)。
上総中野駅構内は、下の写真のようになっています。
上総中野駅

《ご案内》
・「観光列車」は原則として土曜・休日運転です。
(平日に運行される場合もあります。必ずいすみ鉄道公式サイトでご確認ください。)

・「急行/普通」とある列車は、大原~大多喜間では急行列車として運転します。急行券(大人300円・子供150円)が必要です。
「いすみ鉄道1日フリー乗車券」「房総横断乗車券」および定期券でも、急行券を買えば乗れます。
(JRの「パワスマパス」発売再開に期待・・・今のところ何の情報もありませんが。)
快速・普通列車は、乗車券のみで乗れます大多喜~上総中野間は普通列車として運転します。
・「い鉄沿線住人シニア優待証」所持者は、急行料金不要です。

・「いすみ鉄道1日フリー乗車券」(大人1000円・子供500円)は大原駅・大多喜駅および車内で発売しています。
(車内でお求めの場合は、停車中に運転士へお申し出ください。)
いすみ鉄道線内を1日、何度でも自由に乗降できます。なお、駅での発売分には「記念図柄入り」券もあります。今、どんな図柄の在庫があるのかは、駅でお尋ねください。
(何種類かあるんだよね。。。。)
これは、もう売り切れみたいです。
いすみ鉄道「キハ28形 国鉄急行形車両導入記念」乗車券・表面

・「房総横断乗車券」(大人1600円・子供800円)は、小湊鉄道では五井駅ホーム事務室・有人駅窓口および車掌、
いすみ鉄道では大原駅・国吉駅の券売機と、大多喜駅窓口で発売しています。
(注:同社の公式サイトでは、大原駅と国吉駅での発売について記載がありませんが、2013年4月6日に現地で確認済み。)
いすみ鉄道で、上記以外の駅からこの切符を使いたい場合は、その旨を運転士にお申し出ください。列車無線で連絡し、大多喜駅で係員が券をお届けしますので(笑)、その際にお支払いください。
この切符は、五井~大原間(あるいはその逆)の片道乗車券です。途中下車はできますが、後戻りはできません。

・急行列車の途中停車駅は上総東・国吉・城見ヶ丘です。
今回のダイヤ改正から、城見ヶ丘駅が客扱い停車駅になります(従来は「運転停車」だった)。
東京・羽田空港・横浜方面~大多喜間の高速バスをご利用の方は、城見ヶ丘駅が便利です。
(「大多喜」バス停から徒歩約5分。)
※東京~大多喜~安房小湊間のバスは、京成バス・鴨川日東バスの共同運行です。時刻等は、こちらをご覧ください。
http://www.keiseibus.co.jp/kousoku/day/tokyo04.html
※羽田空港・横浜駅東口(YCAT)~大多喜~御宿・安房小湊間のバスは、小湊バスが運行しています。時刻等は、こちらをご覧ください。
http://www.kominato-bus.com/link/pdf/highwayBus9.pdf
(PDF形式)
いすみ鉄道キハ28 2346運転席(2012年12月8日・大多喜駅)

・多客期はキハ52 125(1号車)+キハ28 2346(2号車)の2両編成、閑散期はキハ52 125の単行運転(1両)となります。キハ28は大原方に連結します。
運行スケジュールについては、いすみ鉄道公式サイトをご覧ください。
※結構、変更や追加が多いですから、webでのチェックは必須です。

いすみ鉄道キハ52 125(2012年12月8日・大多喜駅)

キハ28形(2号車)は、4人掛けのボックス席が指定席となります。指定席券は大人・子供とも300円です。
指定席券は当日、大原駅と大多喜駅で朝9時から発売します。
大原駅では「大原駅からのご乗車分」、大多喜駅では「大多喜駅からのご乗車分」を発売します。
JRみたいにオンラインじゃないので、「他駅からの乗車分」は発売できません。
(以前は前売り制度もあったんですが、現在は全て当日発売になりました。)
いすみ鉄道急行券・指定席券

・なお、キハ28形にはロングシートの座席もありますが、この部分は「自由席」です。
・キハ52形(1号車)の車内は、全て自由席です(3月9日から)。
・途中駅からご乗車の場合は、自由席のみ発売します。
・普通列車区間では、指定席券は不要です。2号車に空席があれば自由にお座りください。
ただし、急行区間の指定席券をお持ちの方がいらっしゃる場合は、その方にお譲りいただき、他の席へお移りください。
・団体のお客様がご乗車する場合、一般のお客様には「自由席のみ発売」とする場合があります。

詳しくは、いすみ鉄道公式サイトをご覧ください。
http://www.isumirail.co.jp/
いすみ鉄道キハ28 2346車内(2012年12月8日・大多喜駅)

菜の花は、今年は3月下旬あたりが見ごろのようです。
以上、頼まれもしないのに宣伝・・・でした。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
(注:私[みっぴょん]は、いすみ鉄道株式会社様とは何の関係もありません。単なる「一愛好者」です。

【おことわり】(2013-03-14)
3月9・10日の運行は「リハーサル」に近く、3月16日からの本格的な運行に備えた問題点の洗い出しが行なわれ、その結果、2月16日時点の告知とは若干変更された点も生じています。
また、小湊鉄道の新ダイヤ発表は遅かったんですが、3月5日に発表されました。
当ブログでは、新たな告知が行なわれるたびに加筆・修正していますので、安心してご利用くださいませ。
(*'-'*)
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【思い出の画像】東海道線(東京口)の113系

横コツ113系S104編成(2006年3月11日・横浜駅)

こんにちは、みっぴょんです。
今回は、東海道本線(東京口)で活躍した113系湘南色車の「思い出画像」でも見ていただきましょう。
(*'-'*)
東海道本線東京口(東京~熱海・伊東間)から113系電車が撤退したのは、2006(平成18)年3月18日のダイヤ改正でした。
111系電車が東京口にデビューしたのは、1962(昭和37)年6月10日。
1964年から、パワーアップした電動車(モハ112・113形)が登場し、111系・113系電車を併せて、一般に「113系」と総称されるようになりました。
(以下、本稿では全て「113系」と記します。また、編成番号・車号は撮影時点のものです。)

しかしまあ・・・1962年といったら、私が生れる前から走っていたわけですよ。
ですから、「喜びも悲しみも113系とともに」って感じで、実際、何が原因だったか忘れたけど、気分が落ち込んでいたある夜(相当酔っ払ってたと思う)、
23時過ぎの品川駅に、オレンジ色の113系東京行が滑り込んでくるのを見て、「ああ、アレが走っているから大丈夫」と元気づけられたこともありました。
ガンバロー!(*'-'*)/

さて、一貫性もなくバラバラに撮った写真で、「特徴のある編成」ってわけでもないので恐縮ですが、まず国府津車両センター(横コツ)「K43」編成から。
(←熱海 クハ111-515+モハ112-239+モハ113-239+サロ125-3+サロ110-1229+モハ112-2093+モハ113-2093+サハ111-2009+モハ112-2068+モハ113-2068+クハ111-217 東京→)
横コツ113系K43編成(2002年7月25日・辻堂~茅ヶ崎間)

この写真を撮った2002(平成14)年頃、横コツの113系は座席の幅が広い2000番代車も、そうではない3桁ナンバー車も混ぜこぜに組成されていました。
もう、状態の悪い車両からどんどん廃車して、E231系に置き換えていた時期です。
東京方先頭車・クハ111-217の運転席窓ガラスは黒いゴムで固定されていますが、JRになってから、こういうのが増えたと記憶します。
4号車のサロ125形(2階建て車)にはトイレと洗面所はありますが、車掌室が無かったので、グリーン車の専務車掌さんは5号車のサロ110形を定位置にしていました。

次に、横コツ「K50」編成。
(←熱海 クハ111-2056+モハ112-2072+モハ113-2072+サロ124-18+サロ110-1280+モハ112-291+モハ113-291+サハ111-1016+モハ112-263+モハ113-263+クハ111-2152 東京→)
横コツ113系K50編成(2003年12月7日・辻堂~茅ヶ崎間)

上の写真(2003年12月7日)は、何も考えずに撮っていました。まあ、せいぜい「運転席窓ガラスのゴムが、オリジナルの白だなぁ」ってことと、8号車のサハ111形が1969(昭和44)年製の古い1016(トイレあり)だっていう程度で。
なお、4号車のサロ124形(2階建て車)には車掌室があります(トイレ・洗面所は無し)。

この編成に入っていたクハ111-2056+モハ112-2072+モハ113-2072+クハ111-2152は、2005(平成17)年度に幕張車両センター(千マリ)へ転属し、「117」編成として房総を駆け回りました。
幕張では青とクリーム色の「横須賀線色」になりましたが、2009(平成21)年6月25日からは、ファンサービスとして湘南色に戻され、人気を集めました。
この時点では、運転席窓ガラスは黒いゴムに変わっています。
クハ111-2056(千マリ・117編成)(2010年2月21日・千葉駅)

そして、2011年(平成23)年7月2・3日に東京~伊東間を走った団体専用列車「113系急行”伊豆”号」として、懐かしい東海道・伊東線で有終の美を飾り、7月6日付で廃車となりました。
クハ111-2056(千マリ・117編成)(2011年7月3日・東京駅)

113系急行「伊豆」行先札(2011年7月3日・東京駅)

東海道線時代には、さほど注目されませんでしたが、ラストには注目の的になり、惜しまれつつ去ったという幸福な生涯でしたね。
(*'-'*)
これは、横コツ「K72」編成です。
(←熱海 クハ111-535+モハ112-2090+モハ113-2090+サロ124-10+サロ110-1282+モハ112-2062+モハ113-2062+サハ111-2005+モハ112-2071+モハ113-2071+クハ111-2154 東京→)
横コツ113系K72編成(2002年7月25日・辻堂~茅ヶ崎間)

この編成も、クハ111-535+モハ112-2071+モハ113-2071+クハ111-2154は幕張車セへ転じて、千マリ「115」編成(横須賀線色)になりました。2011年5月26日付で廃車。
そんなのは撮ってないだろうなぁ・・・と思ったら、なんと「115」編成が写っているカットがあった! 右側の車両(クハ111-2154)です。
( ゜。゜)ウヒョー
千マリ113「208」編成(左)と「115」編成(右)(2010年2月21日・千葉駅)

「1339M」という列車番号、行先表示は黄色地に「成東」・・・ってことは、総武本線経由ですね。
(外房線・東金線経由の成東行は、赤地に「成東」の表示。)

下の写真は横コツ「K63」編成の東京方先頭車・クハ111-1083ですが、もともとは千マリにいて総武快速線・横須賀線の運用に入っていた車両でした。
(1973年・川崎重工製。)
そのためATC装置が搭載されており、乗務員室の後ろがその搭載スペースになっていたので、その部分には窓がありません。
クハ111-1083(横コツ・K63編成)(2003年12月7日・平塚駅)

総武快速線・横須賀線ではちっとも珍しくありませんでしたが、東海道線用の湘南色車にクハ111-1000番代車は珍しく、奇異な感じがしたものです。
前述のように、東海道線での活躍末期には、少しでも状態の良い車両をかき集めて編成を組んでいたから、こんなのが出現したんですが。。。。
あらためて編成を調べると、普通車はサハ111-2012を除き、全部1000番代車だったようです。
(←熱海 クハ111-1387+モハ112-1139+モハ113-1139+サロ124-6+サロ110-1271+モハ112-1135+モハ113-1135+サハ111-2012+モハ112-1134+モハ113-1134+クハ111-1083 東京→)

そして、これはJR東海・静岡車両区(静シス)の「T16」編成です。
(←熱海 クハ111-612+モハ112-648+モハ113-648+クハ111-709 東京→)
静シス113系T16編成(2003年12月7日・辻堂~茅ヶ崎間)

国鉄分割・民営化後もJR東海車が上京する運用があり、間合いで伊豆急線にも乗り入れていました。伊豆急線に入る運用は、4+4の8連でしたね。
JR東海車の特徴は
・東京方先頭車の貫通路に幌が取り付けられている。ただし、実際に幌を使った「基本編成~付属編成間の通り抜け」は、東海道線東京口の列車では実施していなかったので、国府津のクハ111形の幌は全部撤去されていた。
・スカートの色が灰色である(東日本車は、基本的に黒が多い)。
・前面方向幕の「普通」表示が「白地に紺文字」である(国府津車は紺地に白抜き文字)。
JR東海の列車は、前面方向幕に行先を表示する原則ですが、JR東日本の方針は異なり、「普通」か「快速アクティー」の2種類に決まっていました。
・東海車は「JR」のロゴが小さい。
車端部に、ごく小さなロゴ(オレンジ色)が貼付されているだけなので、遠くから見ると国鉄時代とあまり変わらない感じでした。
(静シスT16編成:2001年10月7日、横浜~保土ヶ谷間。)
静シス113系「T16」編成(2001年10月7日・横浜~保土ヶ谷間)

乗ってみるとわかるんですが、ボックス席に「頭もたれ」のビニールカバーが掛けられており、また、JR東日本では「優先席」とするところ、JR東海では「シルバーシート」の表示になっていたのも印象に残っています。
伊豆急線乗り入れ運用では、側面に「伊豆急下田」とか「伊豆高原」と書かれた字幕が無く、「普通」表示の出しっぱなしでした。

静シスの113系「T編成」(T1~16、4連)にはJR東日本仕様のATS-P型装置が搭載されており、自社線内よりも、東日本管内と伊豆急線を走る機会の方が多かったんですが、2004(平成16)年11月29日限りで、東日本管内と伊豆急線への乗り入れは廃止されました。

ちょっと話が長くなり、写真の点数も当初の予定より増えちゃったので、続きは次回に。。。。
(*'​-')​ノ
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【思い出の画像】青梅線103系さよなら運転

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
先日、「うぐいす色103系」の話を書きましたが(2013年2月1日付)、これが意外に好評だったようなので(笑)、今回は青梅線103系「さよなら」運転の写真でも見ていただきましょう。
青梅線103系さよなら運転(2002年4月13日・拝島駅)1

これは2002(平成14)年4月13日、立川→奥多摩間で下り1本、青梅←→奥多摩間で下り4本・上り5本が運行されました。
奥多摩方には、「ご利用ありがとうございました 1976~2002 FAREWELL103 八王子支社」と書かれたヘッドマークが取り付けられていました。
「farewell」・・・これは「大学入試レベル」の言い回しなんだそうですが、別れの言葉ですね。「farewell party」といったら「送別会」ですが。

この「farewell train」の編成は、豊田電車区(八トタ:当時の呼称)の
←奥多摩 クハ103-816+モハ102-851+モハ103-695+クハ103-765 立川→
でした。青梅~奥多摩間の旅客列車は4連が最長ですが、この編成は、もともと「青74」編成といい、クハ103-816とモハ102-851の間に
←奥多摩 モハ102-818+モハ103-662 立川→
が入った6連でした。
この「さよなら運転」を前に2両抜いたわけで、6連時代に青梅以遠へ入線したことはないと思います。

立川方は、全く違うデザインのヘッドマークでした。
青梅線103系さよなら運転(2002年4月13日・拝島駅)2

「さよなら103」・・・これはもう「シンプル・イズ・ベスト」というか、「そのものズバリ」ですね。。。。
でも、このクハ103-765は、運転席窓が「灰色のHゴム」で固定された「原型車」だったんですよ。
(・.・)ほぅ

この「さよなら運転」は、下記のダイヤで実施されたそうです。
・立川発10:41→奥多摩着12:05
・奥多摩発12:26→青梅着13:04
・青梅発13:09→奥多摩着13:45
・奥多摩発13:50→青梅着14:28
・青梅発14:40→奥多摩着15:17
・奥多摩発15:36→青梅着16:18
・青梅発16:27→奥多摩着17:10
・奥多摩発17:15→青梅着17:53
・青梅発18:02→奥多摩着18:40
・奥多摩発18:55→青梅着19:34
しかし、私はこれには全然乗ろうという気がなく、拝島で見送っておしまい。
┐('~`;)┌
まだ「ブログ」というものはなかったのか、当時のホームページが今でもweb上に残っていますが、「とにかく集まってきた連中のマナーが悪かった」そうです。
そういうこともあって、乗るのは敬遠したのかもしれませんが、この2002年前後から私自身、乗ることにはあまり興味がなくなり、もっぱら「撮る」ことに関心が移っています。
近年は、気に入ると同じ場所・線区を何度も訪れている代わり、さっぱり「新規の乗車線区」が延びやしない。。。。
もう一度┐('~`;)┌
まあ、この時点では常磐線や京葉線、武蔵野線、鶴見線にも103系が走っていましたし、
「青梅線から103系が消えるだけで、”首都圏全体”じゃないじゃん。オレンジ色のだったら、まだ武蔵野線にいるしね」と、冷めていたのかもしれません。

ところで、「さよなら列車」は超満員でしたが、拝島駅の留置線(立川方)には103系八トタ「青5」編成がひっそりと停車中。
(←奥多摩 クハ103-344+モハ102-426+モハ103-271+クハ103-343 立川→)
八トタ103系青5編成(2002年4月13日・拝島駅)

これは踏切から撮りましたが、現在、この踏切は関係者以外通行禁止らしいですね。この当時は誰でも通行でき、いくらでも撮れました。

ついでに、201系が並んだところを撮影。
左側のは留置車で、八ムコ(武蔵小金井電車区)「H10」編成。東京直通快速の付属編成です。
(←奥多摩 クハ200-95+モハ200-201+モハ201-201+クハ201-95 立川→)
右側の立川行は、八トタ「青61」編成。
(←青梅 クハ200-34+モハ200-77+モハ201-77+モハ200-76+モハ201-76+クハ201-34 立川→)
八トタ201系H10編成(左)・同青5編成(右)(2002年4月13日・拝島駅)

前面に「青梅・五日市線」の表示を付けた201系の同線専用編成の活躍は意外に短く、2008(平成20)年3月15日のダイヤ改正でE233系に置き換えられ、
1982(昭和57)年11月15日から続いた東京直通の201系も、2010(平成22)年10月14日を最後に、E233系に置き換えられました。

この201系は、おそらく「まあ1枚撮っておくか」ぐらいの気持ちで軽く撮ったんだと思いますね。
(^^)
「無気力相撲」ならぬ「無気力撮影」もいいところですが、この201系を撮った後、青梅以遠へ103系を追いかけたりもせず、どうも八王子へ行ったらしい。
もう10年以上前のことですから、何をしにいったのかは全く記憶にありません。まあ、どうせラーメンでも食べに行ったんでしょう(笑)。
しかし・・・「無気力」だろうが何だろうが、とにかく「何でも撮っていた」らしい。
EF64 21[篠](2002年4月13日・八王子駅)

EF64 21[篠]の高速貨物列車が停車中だったので、とりあえずシャッターを切ったんですが、今、これは「撮ろう」と思っても撮れません。1000番代車だって珍しくなったのに、0番代車ですから。
この21号機は、2004(平成16)年3月30日付で廃車されたそうです。
(*'​-')​ノ be seeing you♪~
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200系新幹線を食べよ~♪

上越新幹線200系K51編成(2012年3月22日・大宮駅)
(上越新幹線200系 K51編成:2012年3月22日・大宮駅)

こんにちは、みっぴょんです。
(*'-'*)
1982(昭和57)年以来、30年以上にわたって東北・上越新幹線の「顔」として活躍してきた200系新幹線電車が、この(2013)年3月16日のダイヤ改正で、いよいよ定期運用から引退します。
ウゥゥ(;_;)
「ラスト・オブ200系」については、この記事の最後に記した【参考】をご覧いただくとして、
大宮駅構内・北口跨線橋(改札内)にある「膳まい」ディラ大宮北口店で、こんなのを見つけました。

「東北新幹線200系太巻き寿司弁当(680円)」ですと。
(・.・)ほぅ
「東北新幹線200系太巻き寿司弁当」ポスター(「膳まい」ディラ大宮北口店・2013年2月9日)

もう、しばらく前に「東北新幹線」から200系は撤退していますが(2011年11月18日限り。現在は東京~新潟間の上越新幹線運用のみ)、まあ「イメージ」なんでしょうね。

すぐに買ってみました。「駅弁」として売っているんだと思いますが、帰宅してから食べることにして持ち帰り、開けてみれば・・・

200系デビュー当時をイメージした箱でした!
\(^o^)/
「東北新幹線200系太巻き寿司弁当」(2013年2月9日)1

東北新幹線200系K42編成(2001年9月9日・小山駅)
(東北新幹線200系 K42編成:2001年9月9日・小山駅)

で、肝心な中身は・・・
「東北新幹線200系太巻き寿司弁当」(2013年2月9日)2

太巻き寿司と、おかず(鶏の唐揚げ・チキンボール・お煮しめ・かまぼこ・玉子焼き)です。比較的、薄味でした。
おいし~♪(*'-'*)/
ただ、量はそんなに多くないので、女性や子供ならこれで足りるでしょうけど、男性なら2~3人前は食べたくなるかもしれません。

このお弁当は、持ち帰り寿司の「古市庵」(こいちあん)の商品のようです。
もっとも、お店で聞いてみたところ「これはNREで作っている」と言われました。
「膳まい」はJリテール(キオスク)の店舗ですし、「古市庵」といえば東京ではデパ地下とかスーパーで「持ち帰り寿司」を展開している会社です(拙宅近所のスーパーにもある)。
NRE(日本レストランエンタープライズ)は、「古市庵」とは直接関係ない会社ですから、なんだか要領を得ない説明ですが、いずれにしろ大宮駅以外の場所で売っているかどうかは未確認です。
(上記3社の公式サイトを調べましたが、どれにも掲載されていませんでした。)
販売終了予定は不明ですが、定期列車から引退する3月15日までは売るだろうと思います。

ところで、資料画像として載せた写真の200系について、簡単に説明しておきましょう。

トップの「K51」編成は1985(昭和60)年、上野~大宮間開業時に「F21」編成(240km/h運転対応車)として製造されました。
1997(平成9)年、400系・E3系との併結対応改造を施工され「K51」編成となり、2001(平成13)年に10年延命・リニューアル工事を施工されて、現在の塗装になりました。

真ん中の「K42」編成は、1983(昭和58)年に「E38」編成として製造されましたが、最初から240km/h対応車で、すぐ「F2」編成に改称されたため、「E38」としては営業運転をしていないんじゃないかと思います。
これも1997年にミニ新幹線併結対応の「K42」編成に改造され、2002(平成14)年に10年延命・リニューアル化されました。
現在は写真の初期カラーではなく、リニューアル色ですが、2011年11月11日付で全般検査を受けました。おそらく、これが200系最後の全検出場車になると思われます。

最終的に残った200系はK41・42・43・47・51の5編成で、K47は初期塗装リバイバル編成、それ以外はリニューアル塗装です。

最後に、おいしく食べたら遊ぼ~♪
♪(*'-'*)/
先日(2月1日付)取り上げた「みどりの山手線103系パン」の箱と、「東北新幹線200系太巻き寿司」の箱を並べてみました。
「東北新幹線200系太巻き寿司弁当」(2013年2月9日)3

「何をしたいのか」って?
埼京線が103系だった頃を思い出して、新幹線との「並走シーン」ですよ(笑)。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
============================
【参考】
●「ラスト・オブ200系」情報
下記の列車は既に運行を終了していますが、資料として残します。

1.2013年1月26日~3月15日の200系充当列車(どなたでもご乗車できます。)
◆の無い列車は毎日運転ですが、急な変更・運休についてはご容赦ください
《下り》
・◆471C「たにがわ471号」東京発7:28→高崎着8:27【休日運休
・◆8361C「とき361号」東京発10:32→新潟着12:38
【1月26日・2月1~3・8~11・15~17・22~24日・
3月1・2・8・9・11~15日運転】
・1327C「とき327号」東京発14:12→新潟着16:19
・331C「とき331号」東京発15:32→新潟着17:37
・1347C「とき347号」東京発20:12→新潟着22:06
・473C「たにがわ473号」東京発21:12→高崎着22:11

《上り》
・470C「たにがわ470号」高崎発6:16→東京着7:16
・308C「とき308号」新潟発7:44→東京着10:04
・476C「たにがわ476号」高崎発9:20→東京着10:20
・◆8364C「とき364号」新潟発13:53→東京着16:04
【1月27日・2月1・8・10・11・15・22日・3月1・8・11~15日運転】
・342C「とき342号」新潟発17:44→東京着20:00
・346C「とき346号」新潟発18:39→東京着21:00

2.さよなら運転(いずれも団体専用列車)
《東北新幹線》
■「ありがとう200系号」(2013年3月23日[土]・K47編成充当予定)
・新白河発8:26→盛岡着10:46
(郡山発8:47・福島発9:02・白石蔵王発9:15・仙台発9:31・
古川発9:46・くりこま高原発9:56・一ノ関着10:05・北上着10:32)

・盛岡発18:20→新白河着20:33
(北上発18:33・一ノ関発18:52・くりこま高原着19:01・古川着19:11・
仙台着19:30・白石蔵王着19:47・福島着20:00・郡山着20:16)

■「さよなら200系やまびこ」(2013年3月30日[土]・K47編成充当予定)
・盛岡発8:49→東京着11:52
(新花巻発9:02・北上発9:11・水沢江刺発9:20・
一ノ関発9:31・大宮着11:26・上野着11:46)

《上越新幹線》
■「春満喫TYO号」(2013年3月23日・30日[土]・リニューアル塗装車充当予定)
・新潟発7:31→上野着9:30
(燕三条発7:44・長岡発7:55・浦佐発8:09・
越後湯沢発8:23・大宮着9:10)

■「さよなら200系号」(2013年4月14日[日]・K47編成充当予定)
・新潟発7:24→東京着9:48
・大宮発15:26→新潟着17:26
============================
【追記】(2013-05-15)
「東北新幹線200系太巻き寿司弁当」の販売は終了しましたが、2013年5月現在、大宮駅構内「膳まい」では
「秋田新幹線E6系スーパーこまち弁当」(1100円)を販売しています。
「秋田新幹線E6系スーパーこまち弁当」ポスター(大宮駅・2013年5月15日)

炊き込みご飯の上に、比内鶏の照り焼き、きりたんぽ、いぶりがっこ(沢庵の燻製)など、秋田の名物料理が載っているそうです。
(私もまだ賞味しておりませんので、食べる機会があったら、あらためて報告したいと思います。)
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大宮支社の早春臨時列車で遊ぼ~♪

こんばんは。みっぴょんです。
(*'-'*)
昨年の大晦日、「あずさ99号」「水上91号」などを撮って以来、鉄道撮影はお休みしており(絵の練習ばかりしていた)、1月は全然、撮影してなかったんですが、
(2013年)2月に入って9日、JR大宮支社関係で面白い臨時列車が何本か走ったので、撮ってきました。

まずは、快速「シーハイル上越」(大宮~石打間)から・・・と言いたいところなんですが、これが大宮発7:00と早い。
前日は、仕事の関係で帰宅が午前様になってしまい、近所の深夜営業スーパーで買ってきたあんまりおいしくないお弁当を食べ、
手と顔と足だけ洗って寝ちゃったくらいで、とてもじゃないけど未明の朝5時台に出て、高崎線沿線で構えるのは無理でした。。。。
(つ_-)
(2月24日までの運転期間中、起きられたら撮ってきます。)

そこで、快速「花摘み南房総号」(大宮~館山間:武蔵野線・京葉線・内房線経由)から。
本当は内房線の沿線まで出かけ、特急「さざなみ」が183系だった頃を偲びたい・・・と思いますが、今回は、お手軽に南浦和駅で撮影。
でも・・・せっかくの国鉄特急色183系、せっかくの宮オオOM101編成だというのに、
ヘッドマークが「回送」のまんまじゃんか!!!!
おいっ!( ゜д゜)
宮オオ183系OM101編成「花摘み南房総号」(2013年2月9日・南浦和駅)1

「羽根」のエンブレムが付いたクハ183-1529が先頭だというのに、なんとも残念。。。。
┐(´~`)┌
後部のクハ182-101は、所定の「快速」になってましたけどね。
(「回送」の幕、館山へ着くまでに直したんでしょうか?)
2月10・16・23日・3月2・9・16・23日にも走りますが、お気をつけあそばせ。。。。
(注:3月は高崎線熊谷駅発着になります。)
宮オオ183系OM101編成「花摘み南房総号」(2013年2月9日・南浦和駅)2

京浜東北線で大宮へ移動しましたが、これがちょっと遅れており、東北本線の宇都宮行普通列車に乗り継ぎできませんでした。
次に何を撮りたいかっていうと、E653系の快速「氏家雛めぐり号」です。これは本日、2月9日の一日限り。編成は水カツ(勝田車両センター)のE653系「K351編成」4連でした。
これを東大宮あたりで・・・と思ったんですが、宇都宮行に乗れなかったので、とりあえず大宮駅で1カット。
E653系も3月16日のダイヤ改正で「フレッシュひたち」から撤退しますが、今後は、この手の臨時列車に使われる機会が多くなるのか、どうなのか?
今のところ、東北本線を走るのは珍しいですけどね。 
水カツE653系K351編成「氏家雛めぐり号」(2013年2月9日・大宮駅)

しかしこの車両、前日に東大宮操へ回送されて滞泊しているのかと思ったら、送り込み回送列車は今朝、勝田を出てきたんですね。しかも武蔵野線ではなく、上野経由。
・回9420M
勝田発5:20→上野着7:46
・回9521M
上野発7:53→大宮着8:17
・9521M
大宮発8:33→氏家着10:00

早朝の勝田→上野間はともかく、「”氏家雛めぐり号”としては、上野から旅客扱いすればいいじゃん!」と思いますが、あくまで「大宮支社設定の列車だから」という頭の固さ!
もっとも、勝田→上野→大宮間の回送列車には車掌さんが乗務していないのかもしれないけど、最初から「旅客扱いする気」だったら、どうにかして要員手配するでしょうね。
私は、JR東日本をあんまり悪く書かないんですが、さすがにこれは「もったいないね」と思ったので、書いておきます。
上野発着ではないためか、撮影している人ばかり多く、車内はガラ空きでした。
数少ない乗客は「雛めぐり」だからなのか、女の子を連れたお母さんとか、おばさまのグループが乗っており、男性の姿が少なかったのが印象的でしたね。
(上りも、下記のように「もったいないダイヤ」です。
・9522M
氏家発15:05→大宮着16:35
・回9524M
大宮発16:54→上野着17:18
・回9420M
上野発17:35→勝田着19:42
確かに、上下とも大宮駅での停車時間は少し長いけど、この程度は、レジャー客主体の臨時列車には珍しくないもので、それが嫌な人はさっさと定期列車に乗り換えて先を急ぐものです。)

さて、東大宮まで「氏家雛めぐり号」に先行する定期普通列車はありませんが、ホームで撮っただけじゃ面白くないので、なんとか走行シーンを撮りたいですね。
そこで一計を案じて、東武野田線に1駅乗り、次の北大宮駅で下車。JRと東武の並走区間で撮ろう・・・ってことです。
で、結果は・・・
水カツE653系K351編成「氏家雛めぐり号」(2013年2月9日・大宮~土呂間)

東武に被られ、おまけにJRの上り列車にも被られ、かろうじて、こんな後追いしか撮れませんでした。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
ただ、考えてみたら、本来は増結用の4連が単独で走る機会は珍しく、あまり姿を見せないクハE652-101の前面を撮れたんだから「良し」としましょう。
(電気連結器にご注目を。)

気を取り直して大宮駅へ戻り、3本目は、新習志野~川越間の快速「おさんぽ川越号」です。
これは、おなじみ八トタ(豊田車両センター)の115系「M40」編成で、かねてからこの編成を追いかけている私としては無視できません。
もっとも、1月26日に走った際はサボっており(笑)、今日がラストチャンスです。

それはいいとして、大宮駅の発車案内表示には、この列車が掲示されていませんでした。
おそらく、武蔵野線~東北貨物線~川越線のルートを走る列車が通常は無く、臨時列車としても非常に珍しいので、東京圏運行管理システム「ATOS」では制御できず、列車の運行進路設定などを手作業でやっているため、「ATOS」で管理されている発車案内表示はできないのかもしれません。
(注:これは、あくまで「推定」です。)
一応、大宮駅では9時01分の発車時刻が近づくと、「臨時列車”おさんぽ川越号”は地上ホーム11番線から発車します。地下の埼京線・川越線ホームではございません」と放送していましたが、
耳の不自由な人もいるし、そうでなくても雑踏の大宮駅構内では聞き逃す可能性が高いので、やはり「文字情報」がほしいと思いました。
なお、南古谷駅の改札前には「上り電車は大宮駅には地上ホームの7番線に到着します」と書かれたポスターが掲示されていました。
「おさんぽ川越号」運転告知ポスター(川越線南古谷駅・2013年2月9日)2

私は「おさんぽ川越号」に先行する8時57分発の川越行電車に乗りました(りんかい線車両でした)。
撮影地・・・といっても、川越線に乗ること自体が久しぶりで(なにせ2009年3月に開業した「西大宮」という駅を初めて見た[笑]・・・ってことは、数年ぶり)、良い場所も思いつきませんが、「おさんぽ川越号」は川越到着後、すぐに南古谷まで回送で戻り、川越車両センターで待機しますので、二回撮るチャンスがある南古谷が無難でしょうね。

本当なら指扇(さしおうぎ)~南古谷間の荒川橋梁右岸あたりが良く、事実、大勢がカメラを構えていました。
でも、小学生みたいな子供たちもいたけど、あの場所までは・・・自転車で来たのかなぁ。とにかく、公共交通は不便な場所ですよ。
後学のために調べたら、大宮駅北口から「川越グリーンパーク」行の西武バス(1時間に2本程度)に乗り、国道16号線(西大宮バイパス)上の「本郷裏」停留所で下車。川に沿って1Km以上、とぼとぼ歩くしかないようです。
少し古い地図を見ると、鉄橋近くにも「古谷本郷下公民館」という停留所が記載されていますが、西武バス公式サイトの最新情報には見当たらないので、その路線ごと廃止されたのか・・・と思ったら、
これは川越市のコミュニティバス「川越シャトル」の43系統という路線らしいです(東武バスウエストが委託運行)。
ただし、「火・木・土曜に1日2往復のみ運行(年末年始は運休)」という、すさまじい路線でして、お話になりませんね。。。。

南古谷駅に降りたのは初めてでしたが、1940(昭和15)年の開業以来の駅舎に、改修を重ねて使っている感じで、良い雰囲気です。
ここは、東武東上線の上福岡駅まで、バスやタクシーを使えば抜けられます・・・というのを、偶然、東上線が事故で止まった際、池袋駅で「南古谷まで行かれればどうにかなるんだが、埼京線も止まっているのか?」と尋ねている人を見かけて知りました。
川越線南古谷駅(2013年2月9日)1

こんな「国鉄タイプ」の駅名標も健在です。
川越線南古谷駅(2013年2月9日)2

この写真を撮っていたら、高校生ぐらいの男の子たちも私の真似をして撮ってました。
そうです。今は珍しくなくても、何でも撮っておくと10年後ぐらいに「貴重な画像」になるんです(笑)。

とりあえず駅を出て、川越方の「浦和県道踏切」で後追いを1カット。敢えて後追いにしましたが、遠くに秩父の山並みが見えたので。。。。
八トタ115系M40編成「おさんぽ川越号」(2013年2月9日・南古谷~川越間)

駅の近くに戻って「用地境界標」の杭に乗って構えていたら、ご近所の人たちがカメラやスマホを手に集まってきたので雑談。
(*'-'*)
「これはどこから来た列車なんでしょう? 新習志野・・・千葉ですか。房総の方は、ぼつぼつ花が咲いて、いいでしょうな」とか、
「前に東京のお台場でフジテレビのイベントがあったとき、ガチャピンムックのラッピング電車が走った」とか。
中には「あたしゃ、面白い映像が撮れたら”Youtube”に投稿するのが趣味でね」なんていうおじいちゃんもいて、思わず「それは粋なご趣味で」などと言ってしまいました。
自意識過剰気味の青年が、下手な弾き語りか何かを投稿しているのを見ても「ケッ!」としか思いませんが(苦笑)、
お年寄りがやると「粋ですね」とか、「新しいことをやっておられますね」などと褒めてしまうのは、どうしてでしょうね?
(^^)
まあ、私も二十代の頃にそんなのがあったら、2~3分の「短編映画」でも作ってみたかったと思いますけど。

楽しく話していたら、回9622Mとして9時44分に戻ってきました。
なお、今回の「おさんぽ川越号」はノー・ヘッドマーク、行先札(サボ)もありませんでした。側面の字幕は「臨時」だったと思います。
八トタ115系M40編成「おさんぽ川越号」回送(2013年2月9日・南古谷駅)

大宮駅へ戻ったら、前橋発の特急「あかぎ8号」新宿行が来るところ。
東チタ(田町車両センター)の185系「A編成」(10連)なのは承知していますが、何の期待もせず、「とにかくまあ、撮っておくか」と思ったら・・・
なんと、「初期塗装」リバイバルの「A8編成」じゃないですか!
キタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━!!!
東チタ185系A8編成「あかぎ8号」(2013年2月9日・大宮駅)

「踊り子」はともかく、私は「あかぎ」のA8編成充当を初めて撮りました。

その2分後にやってきた下りの「草津1号」は・・・
これも特別塗装だったら面白かったんですが、ノーマルの「OM 04」編成でしたけどね。。。。
宮オオ185系OM04編成「草津1号」(2013年2月9日・大宮駅)

湘南新宿ラインで帰ろうと思ったら、「遅れております貨物列車を先に通します」とのことで、見ていたらEF210-127[岡]牽引の高速貨物列車が来ました。
EF210-127[岡]牽引高速貨物列車(2013年2月9日・大宮駅)

これの列車番号はわかりません。8時30分頃、2時間ぐらい遅れているらしい盛岡ターミナル発名古屋南行の「トヨロン」(トヨタ・ロングパスエクスプレス)を北大宮で見かけましたが、北の方から来る貨物列車は、軒並み遅れていた模様です。
実は、あと20分ぐらい大宮駅でねばっていたら、今日は尾久~黒磯間の試9501列車がEF81+24系5両ぐらいで走ったんですが、浦和あたりで、すれ違ってしまい残念。。。。
ただ、3月16日から停車する浦和駅の湘南新宿ラインホームは、ほぼ完成していたのを確認しました。このホームから東北・高崎線下り列車を撮ると、どんなアングルになるのか楽しみです。

まあ、今日は短時間に結構撮れましたし、寝不足なので早く帰って、大宮駅で買った駅弁を食べて、お昼寝します。。。。
(*'​-')​ノ
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