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今年、10月1日は東海道新幹線開業50周年!
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東海道新幹線開業50周年シンボルマーク(2014年7月9日撮影)

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輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション28 東海道新幹線1950-60 2014年 06月号 [雑誌]

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本書はかつて東海道新幹線の運転士だった方が書いた「裏話」ですが、構成が変わっていて、第一部が「0系運転士」の、第二部が「N700系A運転士」の座談会みたいな感じになっています。
(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

東海道新幹線 運転席へようこそ (新潮文庫)

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これもなくなるよ・・・山手線の「6ドア車」


183・189系のことをチンタラ2回にわたって取り上げましたが、「このブログは”タイムリー”な話題を全然取り上げないのか?」とお怒りの方もいらっしゃることでしょう。

・・・取り上げないわけじゃないけど「浅田真央選手・銀メダル獲得」とか「トヨタ社長・米国の公聴会に出席」とか「チリで大地震発生」なんてテーマを私が書いたってしょうがないし、
(しかしまあ、昨日は真央ちゃんの演技、リアルタイムで見たよ私も。キム・ヨナ選手の演技も「敵ながら、あっぱれ」と思わせる見事なものだったね)
明日(2月28日)の「500系新幹線・東海道区間ラストラン」という話題は、あいにく全然興味がないのよ。。。。
(それより、チリ地震で「ラロトンガ島」なんて懐かしい地名が出てきたことに感慨をおぼえる・・・映画『戦場のメリークリスマス』のロケ地じゃないですか。)

ところで、「なくなるよ」っていえば、500系だけじゃないよ。山手線の6ドア車・サハE230形500番代車、なくなるんですよねぇ。
直前になってジタバタするのも嫌なので、さっき浜松町駅で撮ってきたけど、2011年8月ごろには全廃予定だそうです。


2017年までに、山手線全駅に「ホームドア」が設置され、4ドア車に停止位置を合わせるため、6ドア車は廃止されることになりました。
すでに2月19日限りでラッシュ時の座席収納は中止され、終日着席できるようになっていますが。


サハE230形500番代車のラストナンバーは「サハE230-603」と「604」(東京総合車両センター[東ヤテ]の「552編成」)ですが、
これなんか2005(平成17)年製造で、えらく早い廃車に驚きですし、また、6ドア車をやめても差支えがないほど混雑が緩和されたわけではありません。
しかし、やたら多いホームでの人身事故に音を上げ、「とにかくホームドア設置が最優先課題」という結論に至ったのでしょうね。

サハE230形500番代車は「山手線オリジナル車」で、全国でここだけの形式です。
500系新幹線は山陽区間の「こだま」として、まだ走ります。編成は短くなるけど。ただし、良いこともあって、グリーン車が「普通車指定席」に格下げという「おまけ付き」です。
209系は、京浜東北線からは消えたけど、川越線や、我が実家近くの南武線では、まだ走ってます。それどころか、千葉以東の房総各線では「これからの車両」じゃないですか。
201系も、京葉線には、まだ4本いますぜ・・・というか、201系を「堪能」したかったら、大阪行きなはれ、大阪! 環状線でも関西線でも、おおさか東線でも乗りなはれ(笑)。もう、ゲップが出るくらい楽しめまっせ!
しかし・・・サハE230形500番代車は、山手線から姿を消したら、それっきりです(まあ、京浜東北線の6ドア車・サハ208形も同じでしたが)。

もっとも、6ドア車など都会の路線でしか使い道がないし、地方転出など考えず、不要になり次第さっさと廃車するつもりで、製作コストが安い付随車(サハ)にしたんでしょうけどね。
(電動車[モハ]なんて高いからね・・・。)

私は205系のサハ204形(これは埼京線と横浜線で健在)も含めて、6ドア車はラッシュ時に結構重宝していたので、
山手線からの降板は残念ですが、首都・東京の真ん中での活躍、お疲れ様でした。最期まで見届けたいと思います。
まあ、椅子の座り心地はあんまりよくなかったけどね。。。。
(あの椅子の座り心地は、ブルートレインのB寝台通路にある補助椅子みたいですね・・・。)
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
《補足》
日頃乗らないから忘れてた。。。。
総武・中央緩行線にも6ドア車「サハE230形0番代車」がいるよね。。。。
これは、まだ当分残る模様ですし、平日朝ラッシュ時間帯の「座席なし」もやってます。



【追記】(2012-07-05)
山手線のサハE231系500番代車の運用は、2011年8月31日限りで終了した。

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183系「旧・新前橋車」を語ろう!・・・私の「屑写真」から(笑)


前回から引き続き、183・189系電車について語ります(新ネタがないので・・・苦笑)。
今回は、高崎支社新前橋電車区(高シマ)に一時期「波動輸送用」として在籍した車両についてです。
なお、現在は大宮支社大宮総合車両センター東大宮センター(宮オオ)に全車転属してしまい、高崎支社配属の183・189系はありません。

■快速「一村一山」と珍車・クハ182形
例年夏と秋にJR東日本主催のウォーキング・イベント「駅からハイキング」の参加者向けに、首都圏~群馬方面に「一村一山」なる快速列車が走ります。
トップの写真は2003(平成15)年7月19日、大宮駅で撮影。

当時の編成番号は私もメモしておらず恐縮ですが、これ、今の「宮オオ・OM101編成」ですね。
(←高崎 クハ182-101+モハ183-1049+モハ182-1049+モハ183-1042+モハ182-1042+クハ183-1529 上野→)
トップの写真は「後追い」で、これはクハ183-1529です。この編成、中間車は全て「とき」用として、かつて新潟運転所(新ニイ)に在籍した車両で、
クハ183-1529も、もともとはクハ183-1029として生まれ、「とき」で活躍しましたが、上越新幹線開通後は幕張電車区へ転属、ATC機器を搭載した際「クハ183-1529」に改番されたんです。
(前回書いた「わかしお9号」の先頭車が、これでした。)
ですが、先頭のクハ182-101ってやつは。。。。


この写真ではわかりにくいので、もう一枚。2005(平成17)年6月24日、高崎線北上尾~桶川間で撮影。
(新前橋発・新宿経由三鷹行回送列車。2009年12月11日付ブログで触れた「三鷹電車区開設75周年記念イベント」で、これを模擬の「あずさ」編成に見立てて展示するための回送。)
img948-1img948-1 posted by (C)Mippyon

なんか、変だと思いません? 窓の位置がちょっと高いし、行先表示幕の位置が窓の上だし(本来はトイレ部分)・・・。

これね、生まれは485系のサハ481形なんですよ。
1986(昭和61)年11月1日に実施された国鉄最後の全国ダイヤ改正で、特急列車を増発する代わり、1列車当たりの編成を短くする施策が行われましたが、
中央本線でも急行列車(昼行)が全廃され、甲府発着の「あずさ」が大幅に増発されました。これは、1988(昭和63)年3月13日以降「かいじ」を名乗っています。
その甲府「あずさ」(=「かいじ」)編成用の先頭車として、余剰による保留車になっていたサハ481-117・103・112・104・102に運転台を取り付ける改造を施したのが、クハ182-101~105でした。
このサハ481形は、東北新幹線開通に伴う特急「ひばり」廃止で発生した余剰車のようです。

クハ182-103~105は現存しませんが、クハ182-102は101と同様、現在は宮オオ配置で「OM103」編成に入っています。
(←高崎 クハ182-102+モハ183-1032+モハ182-1032+モハ183-1054+モハ182-1054+クハ183-1527 上野→)
ただ、当時は国鉄民営化直前の混乱期だったというのに、ちゃんと国鉄特急車のシンボル「羽根」のエンブレムも、手抜きしないで付けていたんだなぁ。。。。
これがあると無いとでは大違いで、前面がキリリと引き締まってカックイ~♪

車両もユニークですが、この「一村一山」という列車も変わっています。まあ、「いっそんひとやま」と読むらしい列車名も妙ですがね。
「一村」と聞くと、画家の田中一村(知らん人は検索してくだされ)を連想してしまう。そして「一山」と聞けば「一山(ひとやま)ナンボ」という言葉を連想してしまう。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
この列車、極端に運転日が少ないんです。2003年度の運転日は、自分が撮った7月18日以外はわからないんですが、
2004年度は7月3・10・17・24・31日・9月4・11日(いずれも土曜)で、運転区間と時刻は新宿7:18→越後湯沢10:45(列車番号:9729M)でした。
その先の接続が案外良く、越後湯沢では11時19分発長岡行(8733M、土曜・休日運転)へ、さらに長岡では12時39分発新潟行(439M)に接続しており、新潟着は13時55分でした。
上りは越後湯沢発15:34→新宿着19:19(列車番号:9736M)でしたが、これも新潟発12時20分の長岡行436Mに乗り、長岡で13時46分発の水上行1736Mに乗れば、越後湯沢で「一村一山」に乗り継げる・・・というダイヤでした。

だけど、これは「駅からハイキング」に参加する人のための列車で、「18キッパー」(笑)が東京?新潟間を乗車する目的では使って欲しくないんでしょうね。
2009(平成21)年度は運転区間が上野~土合間になり(実際は土合から越後湯沢まで回送しているんだけど、意地悪して乗せないの。土合以北は新潟支社だし)、
運転日も7月18日と9月26日だけになりました。どっちも「青春18きっぷ」の有効日じゃないじゃんか。。。。
(「青春18きっぷ」の有効期間は7月20日~9月10日です。7月18日が土曜、19日が日曜だったのに、「今年は2日、有効開始日を前倒ししよう」という配慮も無しかよ・・・。)
「18キッパー」を乗せたくないという気持ちもわからなくはないけど、ここまで頑固な姿勢っていうのも、ある種「畏敬の念」すら感ずるよね。。。。
┐('~`;)┌
実際に、写真の2003年7月18日の9729Mを見たところでは、自由席は通路やデッキもびっしり満員、指定席は8割乗車ぐらいの感じでしたが、
その後は見る機会もないので存じません。今は、上野発着より新宿発着の列車に人気が集まる傾向にあり、
「一村一山」も「18キッパー締め出し」の上、上野発着になっちゃいましたから、数年前の勢いはないかもしれません。
もっとも、一年にたった二日しか走らない列車なのに、専用のヘッドマーク(それも絵入り)がある・・・っていうのもスゴいけどね。
年間80日ぐらい運転日がある「ムーンライトながら」ですら、車両が373系から183系になったら、ヘッドマークは単に「快速」表示だけだよ。

で、「キッパー」で思い出したけど、若い人のブログを読むと、「一村一山」は「かつての”とき”を彷彿とさせる」なんて書いているのがありますけど、「彷彿と」なんかしませんぜ、坊や(笑)。。。。
こんな6両編成でグリーン車も連結されていない「とき」なんか、あるわけないじゃんか(怒)。
それに、停車駅が多すぎ(さらに怒)。
赤羽・浦和・大宮・上尾・桶川・北本・鴻巣・熊谷・深谷・本庄・高崎・新前橋・渋川・沼田・水上・・・ってさ。。。。
そんなに停車する「とき」なんてあり得なかったし(大宮や高崎を通過する「とき」すらあったんだぞ)、
だいたい、特急車の性能を考えると、こんだけ停めるっていうのは、自動車に例えるなら「ポルシェでスーパーへ買物に行く」のと変わらないエネルギーの浪費ぶりもいいところです。
まあ、営業的には「1駅でも多く停めて集客したい」のはわかるし、183系以外に適当な「波動輸送用車両」もないんだろうけど、これじゃ車両がかわいそうだよねぇ・・・。
フン!(--メ)っ⌒
そんなわけで、この「一村一山」という列車には好感が持てないので、乗ったことはありませんし、その機会もなさそうです。
ただ、似たような列車の「マリンブルーくじらなみ」(熊谷~柿崎間)に何度も乗っているのはナイショね。。。。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
(ただ、これもいつの間にか宮内駅が通過[運転停車扱い]になり、東三条や新潟へ行くのには使いにくくなりましたが・・・。)

■特急「とき」


上越新幹線開業前の「とき」には、ずいぶん乗ってますよ。
ただ、うちはビンボーですから、毎回毎回「とき」ってわけじゃなくて、安かった急行「佐渡」もよく乗りましたけどね。

しかし、なにぶん子供だった頃のことですから、「おとなしくお人形ちゃんと遊んでいると、アイスクリームを買ってもらえた」ということと、
ある時、水上を過ぎたあたりで退屈になってしまい、歌を唄ったら近くに座っていた全然知らないおじさんに「お嬢ちゃん、お上手だね」と褒められたんですが、
これがとても恥ずかしく、以後、列車の中で唄うのは一切やめてしまったことなど、つまんない記憶しかありませんけどね。

だいたい、その歌っていうのが

♪瞳閉じれば あなたが見える 陽だまりの匂いと優しい眼差し
 逢いに行きたい 裸足のままで あなた両手広げて きっと迎えて
 Dream a little dream of you 澄んだ目をしたあなたが好き
 It's a dream a little dream of you なんて不思議なハーモニー
*レモンライムの青い風 伝えて愛のDream of you
瞳閉じて 私のDream of you
Dream a little dream of you

 離れていても ときめく心 雨上がりの空に広がるよRainbow
誰も知らない初めての恋 巡る季節の中 芽生えていたのね
 Dream a little dream of you いつもまぶしいあなたが好き
 It's a dream a little dream of you なんて素敵なファンタジー
 (* 繰り返し)
(『ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~』唄:竹内まりや・作詞:竜 真知子・作曲:加藤和彦[1979年])
だよ。なんて生意気なガキなんだろう。。。。
(もしも、今『みんなひとり』とか『幸せのものさし』とか『チャンスの前髪』あたりを唄ってる小学生がいたら・・・ひっぱたくかもしれん。)

ただ、「人生のところどころに彼女がいました」という、アルバム『エクスプレッションズ』の宣伝文句ではないけど、
以後、30年にわたって竹内まりやさんとのご縁は切れません。

何の話でしたっけ? ああ、在来線の「とき」でした。
上の写真は2001(平成13)年10月13日に「鉄道の日」を記念して上野→新潟間を走ったリバイバル「とき」です。
(2009年11月24日付に、これの折返し、2001年10月14日に新潟→上野間を走った「とき」の写真があります。)
考えてみたら、竹内まりやさんも息長く唄い続けているけど、183系って電車も、よほど使い勝手がいいのか、息の長いことですよね。
a serise183and189・・・But You'll maybe live over 90?(笑)
(90? そんなババァになるまで生きたくないな、あたしゃ。だから、最期を見届けてやるわけにはいかないよ!)

さて、この時のリバイバル「とき」は、幕張電車区の編成番号「8編成」でした。
(←新潟 クハ183-1505+モハ183-1013+モハ182-1013+モハ183-1010+モハ182-1010+モハ183-1018+モハ182-1018+クハ183-1506 上野→)
グリーン車は入ってなかったんですねぇ。。。。
なお、2009(平成21)年12月12・13日にも「はばたけトキめき(リバイバルとき)」っていうのが走ったんですね。
逆に、私はこんなもん全く意識しておらず(要するに、年末年始に東北と関西へ旅行することしか考えてなかったから、時間も余分なお金もなかった)、
今、昨年11月20日付の地元紙『新潟日報』の記事を偶然見つけた次第。。。。
((ヾ​(∀´​* )​ アヒ​ャヒャ​ヒャヒ​ャ

だけど、グリーン車は全て廃車されたから無理として、6両とか8両の「とき」じゃあね・・・。
しかし、今、長い編成を組もうとすると、こんな無茶をしなきゃならない。。。。
(((​゚д゚​;ノノ​ぇぇぇ!


これは2005(平成17)年3月に、高崎線籠原駅構内で偶然見かけたものです。
クハ同士が向き合ってる編成っていうのは、0番代車では「想定内」のことで、そのために貫通路が設けられているくらいだけど、
実例はほとんどないはずですし、ましてや貫通路のない1000番代車の「向き合わせ編成」など。。。。
ただ、1980年頃の夏、千葉か津田沼から豊橋まで「浜名湖潮干狩り列車」とかいう団体臨時列車が走り、
当時はめったに静岡・名古屋方面へは行かなかった車両なので驚きましたが、偶然、横浜駅かどこかで見た編成はクハ向き合わせの「ぶっつけ編成」だったので、二度びっくりしました。
その頃、東海道線では東京~伊豆急下田間の「あまぎ」が183系1000番代車でしたが、きれいな10両固定編成でしたからねぇ。。。。


【追記】(2012-07-05)
快速「一村一山」は、現在も運行されていますが、2012年の運転日は7月14日と9月15日で、やはり「青春18きっぷ」の有効期間を外しています。
なお、「マリンブルーくじらなみ」は2010年度まで運行されましたが、2011年度は東電福島第一原発事故による節電のため、運転なし。
2012年度も運転されません。

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幕張の「国鉄色」183系・・・私の「屑写真」から(笑)


今、発売されている『鉄道ピクトリアル』(2010年)4月号は「183・189系」の特集号ですね。
そこで、私も183・189系の写真でも貼ってみますかね。まずは幕張電車区(現・幕張車両センター、略号:千マリ)の「国鉄色」車から。。。。

■特急「ウィングエクスプレス」(トップの写真)
「ウィング」と称する特急列車は、「成田エクスプレス」の補完列車として1990(平成2)年8月から翌年2月にかけて新宿?成田空港間(品川経由)、
1991年12月から1993(平成5)年8月にかけて東京~成田空港間を随時、幕張電車区の183系電車で運転されました(自由席あり)。
なお、京浜急行電鉄の座席定員制列車は「京急ウィング号」という列車名(1992年4月16日運転開始)ですが、「京急」を冠しているのは、
JRの「ウィング」号に遠慮したため・・・といわれています。

その「ウィング」の名は、2001(平成13)年12月1日から2004(平成16)年3月13日まで、大宮?成田空港間(新宿・品川・東京経由)で運転された特急「ウィングエクスプレス」として甦ります。
写真は、2002年3月28日に池袋駅で撮影。
これは、大宮発着の「成田エクスプレス」(1998年12月8日運転開始)が好評であったものの、253系電車の数には限りがあり、
当時の車両事情では「成田エクスプレス」としての増発は不可能だったので、やむなく183系で運転していたものです。
「成田エクスプレス」の代わりなので、全車指定席扱いで、定期券乗車も認められていませんでした。しかし、特急料金は「B料金」適用で、グリーン車もありませんでした。

幕張の183系8連であれば、0番代車・1000番代車の区別なく充当され、撮影した日は幕張の編成番号「10編成」でした。
(← 大宮 クハ183-33+モハ183-35+モハ182-35+モハ183-34+モハ182-34+モハ183-41+モハ182-41+クハ183-34 成田空港→ 写真はクハ183-34。)
ただ、0番代車はヘッドマークがLEDになっており、絵入りの幕に比べて、しまらなかったなぁ。。。。
┐('~`;)┌

この列車は、実質的に毎日走っていましたが、扱いは「臨時列車」で、陽の当たらない存在でした。
ただ、そんな列車ならではの「臨機応変」の対応が一度だけありました。
2002年6月15日、サッカーの日韓ワールドカップ決勝トーナメント第1戦(デンマーク対イングランド)が20時30分から新潟スタジアム・ビッグスワンで開催され、
この観客輸送のため、6月15日深夜から16日未明にかけて、新潟から東京方面へ、上越新幹線の深夜運行も含め、多くの臨時列車が運行されましたが、
「ウィングエクスプレス」も16日未明の新潟発成田空港行として走りました(15日の夜、大宮着の列車をすぐ新潟へ回送し、折返し運転)。
もともと臨時列車なので、一日限りの「新潟発」もOK。また、183系は、かつての「とき」をはじめ、新潟には縁の深い車両ですから、あらためて乗務員訓練の必要もありませんでした。
しかし、新潟から成田空港まで全区間乗ったって人は、いないだろうなぁ。。。。

そんな列車でしたが、253系電車の運用に余裕が出ると(そのワールドカップを機に増備されたし)、しょせんはリリーフの「ウィングエクスプレス」は姿を消しました。
なお、「ウィングエクスプレス」という名の列車は、その後も2007(平成19)年8月10~19日に新宿~成田空港間(秋葉原経由・E257系500番代車充当)、
2008(平成20)年4月25~27日に八王子~成田空港間(秋葉原経由・E257系0番代車充当)で運転されています。

■特急「わかしお」・「さざなみ」
2004(平成16)年10月16日のダイヤ改正で、外房線特急「わかしお」、内房線特急「さざなみ」から183系電車は撤退しました(一部の代走列車を除く)。
「わかしお」「さざなみ」といえば1972(昭和47)7月15日、183系最初の列車としてデビューしたものでした。

2004年7月のある日、「今のうちに”わかしお”と”さざなみ”を撮っておくか」と思い、新木場駅で撮ったのが、これ。


東京発11時30分の3009M「さざなみ9号」です。編成番号は幕張の「12編成」。
(← 館山 クハ183-1531+モハ183-7+モハ182-7+モハ183-8+モハ182-8+モハ183-9+モハ182-9+クハ183-1532 東京→ 写真はクハ183-1532。)
中間車は、生まれたときから幕張電車区を離れたことがない0番代車なんですが、クハは、上越線「とき」用として生まれた1000番代車(耐寒・耐雪装備を強化した)に、後付け改造でATC機器を搭載した「1500番代車」でした。
1500番代のクハは、ヘッドマークが幕式のままで、LEDに改造されなかったんだなぁ。。。。
(*-_-*)うっとり

これを撮ってすぐ、183系の編成番号「6編成」の回送列車が東京駅へ向かっていきましたが、私も潮見駅へ移動。
で、東京発12時ちょうどの3059M「わかしお9号」を撮影。

これは、通常は上総一ノ宮止まりで、夏季と土曜・休日のみ安房鴨川まで延長される・・・という列車でした。旅客流動実態が、そういうことだったんでしょうね。
「6編成」は← 安房鴨川 クハ183-1529+モハ183-28+モハ182-28+モハ183-29+モハ182-29+モハ183-30+モハ182-30+クハ183-1530 東京→の編成。
前後が1500番代車・中間が0番代車という構成は、さっき見た12編成と同じでした(5編成・11編成も同じ内容)。 


「わかしお9号」が行ってしまうと、しばらくは目ぼしい列車もなく、改札を出て昼食・・・といっても、潮見駅(東京都江東区)には初めて降りましたが、大したお店も無し。
駅前にスーパー「マルエツ」があったので、お弁当を買って公園かどこかで食べよう・・・と思ったんですが、なぜか「マルエツでお求めのお弁当は、マクドナルドの客席でお召し上がりになれます」という掲示が・・・。
暑い中、公園のベンチで食べるより、クーラーの効いたマクドナルドで食べていいなら、そっちの方がいいに決まっています。
もっとも、アイスコーヒーなんか買っちゃいましたからねぇ・・・マクドナルドの売り上げにも、多少は寄与したわけです。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
(注:その後「マルエツ潮見店」へ行く機会がないので、現在でもこのサービスを実施しているかどうかは存じません。念のため。)

お弁当を食べてもう一度ホームへ上がったら、お昼休みなのか、移動中に立ち寄ったのか、サラリーマン風の男性がカメラを持って構えていました。
潮見駅の東京方は「定員2~3名」といったところなんですが、まあ問題なく東京発13時ちょうどの3061M「わかしお11号」(安房鴨川行)を撮影。
これは編成番号札が光の反射で見えないんですが、183系0番代車でした。


サラリーマン氏は「わかしお11号」だけ撮ると風の如く去っていきましたが、私はヒマ人・・・じゃなくて夜勤明けだったので時間があり、
当時まだ走っていた水色(京葉線)とオレンジ色(武蔵野線直通)の103系を撮ったりしましたが、いずれそのうち絶対に「103系特集」をやることになるから、その写真はその時に。。。。

なお、幕張の「6編成」に入っていたクハ183-1529は、現在、大宮総合車両センター東大宮センター(宮オオ)所属の「OM101」編成に組み込まれて健在です。

183・189系は「首都圏ベース」の形式だったことでもあり(「北近畿」用800番代車は別として)、「屑写真」はたくさんあるので、続きは次回にでも。
(800番代車も西舞鶴駅で撮った写真が出てきたので、少しですがあります。)
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千葉駅9時28分~9時39分。。。。


間に「へっぽこ美術館」という新企画(これは非常に面倒なので、「常時開催」は勘弁してください[泣]・・・)が入ってしまったので、
「千葉の113系」続篇が抜けてしまいましたが。。。。

さて、2月21日の成田線1431M・1438M(千葉~成田空港)は湘南色の117編成と、横須賀色の208編成の併結運転であったぞよ・・・と書きましたが、
トップの写真は、千葉駅へ戻ってきた時に撮ったもので、右側の列車は総武本線1339M・佐倉経由成東行です。
右側の1339Mは115編成・クハ111-535ですが、左側の208編成・クハ111-1345と比べてみると、こんな相違点が。。。。

1.クハ111-535はタイフォン(警笛)のカバーが前照灯の横にあるが、クハ111-1345は下(尾灯の斜め下)にある。
2.クハ111-1345は前面強化工事施工車なので、前照灯の上に付いている手すりが、妙に大げさ。
3.同じく前面強化工事施工車の特徴として、クハ111-1345には、尾灯の下にアンチクライマー(自動車でいうバンパーみたいな物)が付けられている。
しかし、未施工のクハ111-535にそんな物はない。

115編成(クハ111-2152+モハ113-2072+モハ112-2072+クハ111-535)は、長らく国府津電車区(後の国府津運転所、現・国府津車両センター)の所属で、
ずっと東海道線で活躍してきましたが、幕張車両センターへやってきたのは2006(平成18)年のこと。
一方、208編成のクハ111-1345は1972(昭和47)年4月に津田沼電車区へ新製配置されましたが、それは書類上の扱いで、実際は幕張電車区(同年7月4日開設)を離れたことがありません。
前面強化工事は、1993~95(平成5~7)年に施工されましたが、これは成田線の踏切事故が契機になったものなので、幕張電車区の車両は早期に施工されましたが、
国府津車には未施工のものが残ったのです。

まあ、両者の決定的な違いは、クハ111-1345は品川~錦糸町間の地下区間を走行するため、内装材が難燃化されており、
また、同区間でかつて使用していたATCの車上装置を搭載していたんですが(現在はATS-P型に置き換えられ、ATCは使用していない)、
それは、この写真を見ただけではわからない。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
ただ、車両番号が「1000番代」というところが、上記の特徴を意味しております。。。。
(上の写真・・・208編成・クハ111-1345は乗務員室扉と戸袋窓の間に窓がない・・・これがATC機器室部分[の跡])

だけど、115編成の方も3両は座席幅が拡大された「2000番代車」なのに、クハ111-535だけは昔ながらの、座席が狭いタイプっていうのが、なんだか・・・。

ところで、1438Mは8両編成でしたが、千葉方の4両は切り離されてどこかへ回送(たぶん幕張車セに入庫)。
一方、成田方の湘南色「117編成」4両は、折返し千葉発9時34分発1531Mとして鹿島神宮へ下って行きました。


鹿島線に「湘南色」の113系・・・っていうのも、意外な感がありますなぁ。。。。
むむう・・・(*゜ー゜)
(ちなみに、この117編成・クハ111-2056は、乗務員室扉と戸袋窓の間に開閉可能な小窓がありますね。この車両はATCを搭載してなかったので、機器室もなく、その部分が客席だからです。)

1531Mが出て行くと、佐倉経由成東行1339Mが全貌を現しました(大げさな・・・)。


前4両は「S222編成」(クハ111-1135+モハ113-1255+モハ112-1255+クハ111-1454)でした。つまりS222編成+115編成の8両編成だったわけですね。
でも、4両で出て行った1531Mは結構混雑していましたが、5分後の9時39分発で佐倉まで追いかける1339Mは、8両ということもあってガラ空きでした。。。。

ところがだよ・・・そこへ思わぬ珍客が!
(((​゚д゚​;ノノ​ぇぇぇ!


クモヤE491系総合検測車「East i-E」じゃないですか。
検測の日程は平日か、深夜から未明にかけてが多く、こいつが日曜日の昼間に走ることは少ないので、たちまちカメラの砲列を浴び、1339Mの発車を見ていた人は、ホームの助役さんと私だけだったようです。。。。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!

わずか10分たらずで、あれやこれやが見られましたね・・・。
で、千葉駅は駅ビルの建て替え工事中で、駅ナカ店舗がほとんど閉店しているんですが、
わずかに残った喫茶店「ベックス」で~~匸Pヽ(​`▽´​*) ​コーヒ​ーブ​レイク。。。。
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新潟の165系バラエティ・・・へっぽこ美術館(笑)



2月19日付で新潟支社の165系「M編成」の写真を取り上げましたが、
M1~4編成の「過去の塗色」の写真がなく、なんだか適当にごまかしてしまいました(笑)。
それじゃ、いけないんだよね。。。。

実は「ウィ」とか「キ」とかいうサイトにイラストがあり、著作権フリーみたいだから、パクってきて貼ってもいいんだけど、
日頃、その「ウィ」だか「キ」だかをバカにしている立場上(だって、本当に使えねぇんだもの)、それもマズいよね。。。。

そこで・・・描いてみましたよ。スゲ~稚拙な絵で恐縮ですけど。
o(^▽^)oギャハハハ
これはペン画に水彩色鉛筆で着色したもので、スケールはいい加減ですし、色は、恐らく実車より濃い目のはずです。
ですから、これは「観賞用の絵」としてご覧ください。
模型制作の「色見本」などとして描いたものではないので、これを参考にした場合の失敗、その他トラブルに関するクレームには一切応じません。
ご了承くださいませ。
┐(´~`)┌

まずは、オリジナルの湘南色です。

上沼垂(かみぬったり)運転区(新カヌ)では「K編成」という呼称で、1995(平成7)年5月現在では、下記の車両が在籍していました。
(出典:『レイルマガジン』1995年7月号)
←新潟/上野→
K1 クモハ165-1+モハ164-1+クハ165-1
K2 クモハ165-103+モハ164-67+クハ165-98
K3 クモハ165-109+モハ164-73+クハ165-141
K4 クモハ165-116+モハ164-74+クハ165-149
K5 クモハ165-119+モハ164-77+クハ165-152
K6 クモハ165-120+モハ164-78+クハ165-153
K7 クモハ165-121+モハ164-79+クハ165-154
K8 クモハ165-126+モハ164-849+クハ165-191
K9 クモハ165-133+モハ164-856+クハ165-198
K10 クモハ165-138+モハ164-861+クハ165-162

次はM1編成(←新潟 クモハ165-76+モハ164-823+クハ165-105 新宿→)。

私は、この編成の色がいちばん好きでしたね。ただ、実車の色はもう少し暗めの感じです。

これはM2編成(←新潟 クモハ165-100+モハ164-64+クハ165-166 新宿→)。

赤系の色合いを出すのが難しく、この絵の色は、あんまり当てにしないでください(笑)。
ただ、「こんな感じの色だった」という参考程度に見ていただければ幸いです。

そしてM3編成(←新潟 クモハ165-101+モハ164-65+クハ165-99 新宿→)。

これは、夜行列車の配色としては妙に暗かった。ですが、私たちは必ず停車駅の蛍光灯の下で見ているわけですよね。
だから、「これでもよかったのかなぁ?」と妙に納得してしまいますね。
しかし、北国の列車なんだし。。。。

初期編成のラスト、M4編成(←新潟 クモハ165-102+モハ164-66+クハ165-170 新宿→)は、こんな感じでした。

なかなかショッキングなピンクが基調でしたが、結局M5とM6編成は、これの「色違い」になってしまいます。

そしてM5・M6編成は、こうなります。
(M5 クモハ165-130+モハ164-853+クハ165-195
M6 クモハ165-137+モハ164-860+クハ165-203)

自分で描いてみると実によくわかるんだけど、「M1
~M3編成の塗り、マンドクサ!」(笑)
M5とM6が、M4をベースにした「白っぽいカラー」になったのもわかるんですよ。。。。
改造や全般検査時の塗り替えを担当した、新津車両管理所(当時)の方、お疲れ様です・・・。

最後に、1995年頃に3本在籍した「A編成」の絵を載せておきます。

これは、手元にあんまりいい資料もなかったんですが、
(編成は、資料が見つかったらUPします)
M編成と違い、ATS-P型が搭載されていなかったため首都圏へ来る機会はなく、もっぱら急行「赤倉2・3号」(新潟~長野間)の運用が多かったようです(「赤倉1・4号」はM編成)。
A編成もM編成同様、グリーン車から転用した座席に改装されていましたが、カーテンの色が異なり、読書灯がありませんでした。編成記号の「A」は、恐らく「赤倉」のAですね。
また、M編成のモハはトイレと洗面所が撤去されていたのに対し、A編成モハのトイレと洗面所は残されていました。

たいしてお役に立つ資料じゃなくて恐縮ですが、「ふ~ん、以前の”ムーンライトえちご”って、こんなのだったんだ」という雰囲気を感じていただければ幸いです。
・・・それにしても、「お絵描き」は結構大儀でしたわ!
(*´​Д`)​=з

【追記】(2010-03-23)
上沼垂運転区(新カヌ)の「赤倉」用165系「A編成」ですが、1990(平成2)年10月1日現在では、次の編成だったと判明。
(出典『JR電車編成表91冬号』ジェー・アール・アール:刊)
←新潟/長野→
A1 クモハ165-131+モハ164-854+クハ165-196
A2 クモハ165-132+モハ164-855+クハ165-197
A3 クモハ165-135+モハ164-858+クハ165-200

ただし、イラストに示した塗色は、この時点ではA1とA2だけで、A3編成は「赤色」だったそうですが、
その「赤色」がM2編成のような色だったかどうか・・・?(だったような気もするけど)。
なお、次のような事実も判明したので、書き添えておきます。
1.M1とM3は、1989?90年にかけて後のM5・M6の色になっている。

2.M2が、後のM4と同じピンク系だった時期があるらしい。
(1990年1月10日に塗色変更されたそうです。M5・M6と同じ色にさらなる変更を実施した日の資料は無し。)

3.1990年10月当時、「K9」と名乗っていた編成(湘南色)が改造されて新「M4」になり、
旧・M4→新・M5、旧・M5→新・M6に編成番号が差し替えられた(時期未詳)。

4.1990年10月当時、湘南色の「K編成」は18本あり、組み合わせも95年当時(上記、本文記事参照)とはだいぶ異なっていた。
←新潟/上野→
K1 クモハ165-1+モハ164-1+クハ165-97
K2 クモハ165-14+モハ164-14+クハ165-108
K3 クモハ165-16+モハ164-16+クハ165-85
K4 クモハ165-21+モハ164-21+クハ165-26
K5 クモハ165-22+モハ164-22+クハ165-54
K6 クモハ165-31+モハ164-31+クハ165-1
K7 クモハ165-42+モハ164-501+クハ165-59
K8 クモハ165-47+モハ164-506+クハ165-29
K9 クモハ165-102+モハ164-66+クハ165-170
K10 クモハ165-103+モハ164-67+クハ165-98
K11 クモハ165-109+モハ164-73+クハ165-141
K12 クモハ165-116+モハ164-74+クハ165-149
K13 クモハ165-119+モハ164-77+クハ165-152
K14 クモハ165-120+モハ164-78+クハ165-153
K15 クモハ165-121+モハ164-79+クハ165-154
K16 クモハ165-126+モハ164-849+クハ165-191
K17 クモハ165-133+モハ164-856+クハ165-198
K18 クモハ165-138+モハ164-861+クハ165-162

これを見ると、K7とK8編成にモハ164-500番代車なる「珍車」が入っていることがわかります。
(構内運転用の簡易運転台を持ち、トイレ・洗面所の位置も他のモハ164形と異なる。
本来は山陽本線の急行列車増結用に作られ、岡山駅構内での入換作業に簡易運転台が使われた。)
モハ164-500は国鉄民営化時にJR東海へ集約され、神領電車区(海シン)に固められたんでないかい?と思っていましたが、
それは私の思い込みで、東日本へ継承されたのもいたんだなぁ。。。。

あと、K1編成は、95年にはクモハ、モハ、クハともトップナンバーで固められましたが、
90年当時にそんな配慮はないので、後で「確信犯」的にやってるよね(笑)。

この「編成表」、神田神保町の古本屋さんで安く買ってきたんですが、見れば見るほど「再発見」がありそう・・・。
また何か判明したら、追記いたします。
(*'-'*)
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成田空港行1431Mが・・・ヽ(゜∀゜ )ノ


気になって気になって仕方がなかった、千葉7時32分発の成田線普通1431Mに乗ってきました(2月21日)。この列車と、折返しの成田空港8時37分発1438Mは、
1.成田空港発着の「普通列車」は、この1往復だけで、他は全て特急と快速。
2.成田空港発着の列車で、113系充当のものは、現在ではこの1往復だけ。
3.成田空港発着の定期列車で、グリーン車・グリーン席がないのは、この1往復だけ。
という、風変わりな列車です。
3月13日のダイヤ改正以後、この列車が113系のままという保証はないので、乗ってきたんです。

さて、1431M・1438Mは本日、千葉方4両は幕張車両センター(千マリ)の「208」編成でした。


ところが、成田空港方4両は同じく千マリの湘南色「117編成」が!
(そんなにいい写真ではないけど、「成田空港駅に湘南色車が停車中」ってところで、一枚。)


つまり、
←成田空港 (117編成)クハ111-2152+モハ113-2072+モハ112-2072+クハ111-2056+(208編成)クハ111-1044+モハ113-1101+モハ112-1101+クハ111-1354
だったわけで、湘南色+横須賀色の併結運転です。
( ​>∀<​)・∵​.ドッヒャ~!


このような混色編成は1970年代後半~80年ごろまで、本家の東海道・横須賀線でも、車両が不足するとしばしば見られましたが、
1980(昭和55)10月1日に横須賀線が新川崎経由の現行ルートになると、東海道線(川崎経由)とは経路が異なるため、
特に戸塚駅(両線のホームが同一面上)での誤乗防止の観点からか、あまりやらなくなりました。
もっとも、この時から東海道線の車両基地は国府津電車区(当時の名称、以下同じ)、横須賀・総武快速線は大船電車区と幕張電車区に分けられました。
東海道線も横須賀線も大船電車区の所管だった頃は、「あり合せの車両を連結しちゃえ!」
( ​*≧v​≦)ノ​シ..
というアバウトな操作もアリだったんでしょうけど、
所属区所が分離されると、色も統一されることになるから、混色編成はほとんど見られなくなった・・・ということもあるでしょうね。
しかし・・・30年の時を経て、もう一度見られるとは思わなかったけどね。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
私が子供の頃には、ちょくちょく、こういう編成が走っており、不思議な感じがしたものです。
湘南色車のドア上に「横須賀線」と書かれたシールが貼ってあったのを見たこともありますが、シールを貼る時間もない場合は、そのまま走っていましたね。

なお、幕張の湘南色車には、もう1本「S62」という6両編成もあるんですが、私はまだ見ておりません。
(←銚子・安房鴨川・館山 クハ111-249+モハ113-1254+モハ112-1254+モハ113-1253+モハ112-1253+クハ111-1450 →千葉)
117編成は2009年6月25日、S62編成は同じく2009年9月16日から、湘南色で営業運転をしています。
いずれにしろ千葉支社のファンサービスですが、S62編成+117編成の湘南色10連が走る機会があるのか、どうなのか。
アクセントになるサロ(グリーン車)が、もはや現存しないから入らないのが残念ですけど、見たいよね、湘南色10連。。。。
ドキ​ドキ​(*゚​∀゚)​ドキ​ドキ​
ちなみにクハ111-249は、国鉄時代に静岡運転所(静シス)所属だった時期があり、その頃も湘南色に塗られていました。

そういえば細かいことですが、113系の車内放送は車掌さんの肉声ですので、「成田エクスプレス」と違い、1431Mは空港第2ビル駅でも、成田空港駅でも、放送は日本語だけだったと思います。
車内に、例の「航空会社によって下車駅が異なる」という掲示(特急と快速にはある)も出ていませんでした。
ただ、海外旅行へ行く感じの人もいたけど、主な利用者は空港内で勤務する人たちで、特に不便はないようでしたけどね。

ところで、幕張の113系は「2012年3月で廃止」といわれているようですが、
一足速く、千葉名物の「新聞輸送専用列車」荷2331M(両国13:18→千葉13:49)が、3月12日(金曜)限りでいよいよ廃止されるそうですね。
これは「都内を走る唯一の113系列車」、「全国でも最後に残った新聞輸送専用列車」として注目を集めてきましたが、車両の置き換えではなく、新聞輸送専用列車自体がなくなるそうです。
img925-1img925-1 posted by (C)Mippyon
上の写真は2002(平成14年)6月、「このS字カーブを征する者は、総武本線を征する」と言われる(大げさな・・・)平井駅通過を撮影したものです。
このカーブ、見通しが悪いうえに、下り列車は全然減速せずに飛んでくるため、撮るタイミングにコツがいるんですよ。。。。

荷2321Mは土曜も走るので(日曜・祝日は夕刊が発行されないので運休)、これから多くの人たちが撮影に集まると思いますが、
関西では、お座敷列車「あすか」撮影がらみで、一度ならず二度までもバカな鉄ヲタが危険な行為をして列車を止める騒ぎが起きました。
こういうの、絶対にやめてくださいよ。
「撮影禁止」とか、JRからの「情報提供停止」ということになったら、「危険行為をしたあんた」(たった一人~数人)は、万人に対して責任取れます? 謝罪できます?
マナーを守り、危険な行為・禁じられている行為は絶対にせず、仲良く楽しく撮りましょうね。
(*'-'*)
(「新聞輸送列車」については、『鉄道ピクトリアル』2009年5月号に「房総地区の新聞輸送列車 その変遷と現状」と題する詳細な記事[長谷川明氏:取材・執筆]が載っています。
ぜひ、ご一読くださいませ。)


【追記】(2012-06-08)
房総・・・というか、JR東日本の113系は、2011年9月1日限りで定期運用から離脱。

同年9月23日(総武本線・成田線。両国発着)と24日(内房線・外房線。両国発着)に、「THE FINAL!! 113!」と銘打った団体専用列車を運行し、これをもって「さよなら運転」とした。

さらに、10月15日には津田沼→長野間に「さらばスカ色113系! 房総から長野への旅」という団体専用列車を運行。これは、廃車のため長野総合車両センターへ回送する列車を急遽、旅客列車としたものだった。
(注:列車は長岡経由だったが、旅客は越後湯沢→直江津間をほくほく線経由で移動。)

これを最後にJR東日本から113系は消滅し、成田線の1431M・1438Mは現在、209系8連(4連+4連)で運行されている。
なお、2012年3月17日改正のダイヤでは、成田空港駅発着の列車で「グリーン車なしの普通列車」はもう2往復、下記の列車が存在する。
・1455M 千葉発16:21→成田空港17:08
・1456M 成田空港17:30→千葉18:27
・1467M 千葉発20:19→成田空港21:24
・1466M 成田空港21:32→千葉22:28

1455M・1456Mには千マリ(幕張車両センター)所属の211系5連が、
1467M・1466Mには千マリの209系が充当されている。
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新潟の165系M編成・・・私の「屑写真」から(笑)

img879-1img879-1 posted by (C)Mippyon

「165・169系急行用電車のことを書こう」とは前々から思っていましたが、末期のことだけでも新潟車・三鷹車・新前橋車・静岡車・神領車・・・と、
それぞれ思い出も深いので、今回は新潟車M編成「ムーンライトえちご」運用を中心に書きます。

新潟の電車基地は新潟運転所→上沼垂(かみぬったり)運転区→新潟車両センターと、何度も変遷していますが、
165系電車との縁は深く、1963(昭和38)年6月1日から、新潟運転所所属の165系で急行「弥彦」・「佐渡」・「越路」・「ゆきぐに」・「越後」が走り始めた時に遡ることができます。
(注:その少し前、1963年3月26日から急行701M「弥彦」・702M「佐渡」が80系電車から、暫定的に新前橋電車区の165系へ置き換えられていた。)

その後、上野~新潟間の急行列車名は「佐渡」に統一されましたが、私も「佐渡」には、よく乗りましたねぇ。。。。
1978(昭和53)年5月ごろの『時刻表』を見ると、定期列車として1日4往復(うち1往復は夜行)があり、臨時の「佐渡」は下り夜行2本、上り昼行2本が走っていました。
(うち、臨時1往復はEF58+12系の客車列車でした。これが長岡発着で運転されることもあり、その場合、列車名は「佐渡」ではおかしいので「信濃川」と称していました。)

1982(昭和57)年11月15日に上越新幹線が大宮発着で暫定開業すると、「佐渡」は昼行の1往復だけ「季節列車」として残っていたと記憶しますが、それ以外は夜行も含めて廃止されました。
その頃、6701M「佐渡1号」に乗りましたが、上野を朝7時30分ごろ出て、東三条着が12時ごろではなかったかな。。。。
新幹線だと「リレー号」で大宮へ行って乗り継ぎでしたが、それでも速かったので、「佐渡」はガラ空きでした。
ただ、当時発売されていた「新潟・弥彦ミニ周遊券」だと、急行の自由席には追加料金などが全く不要で乗れましたから、安くて助かりましたね。

1985(昭和60)年3月14日、東北・上越新幹線が上野発着になり、「佐渡」は全廃されました。同時に上野~長岡間の夜行普通列車(733M)も廃止されましたので、
上越線の夜行列車は、しばらく途絶えます(私は、733Mってやつも一回だけ乗ったことがあります。結構きつかったね、115系でしたから・・。)

1987(昭和62)年6月30日から7月21日まで、新潟~上野間にEF64+14系座席客車3両の夜行列車「ムーンライト」が走り始めましたが、これは新潟鉄道管理局が募集した「会員制ツアー列車」扱いで、
東京側では一切、乗車の取扱をしておらず、だいいち市販の『時刻表』に載っていない「謎の列車」でした。
私も、早朝6時過ぎの上野駅でそれらしい列車を見かけて「これが噂の・・・」と思いましたが、首都圏でチケットを売っていないのですから、指をくわえて(笑)見てるだけでした。

これは1985年10月2日に関越自動車道が全通し、東京(池袋)~新潟間に高速バスの運行が始まったことに対抗したものでしたが、
JR東日本としては「一定の需要が見込める」と考え、1987(昭和62)年9月3日から新宿~新潟間に快速「ムーンライト」の運転を正式に開始しました(後に村上まで延長)。
車両は上沼垂運転区(新カヌ)の165系が充てられ、廃車になったグリーン車(サロ481形?)から転用された座席に改装された専用編成が用意されました。


専用編成の編成番号と車両番号は、次のとおりです。
←新潟/新宿→
M1 クモハ165-76+モハ164-823+クハ165-105(ブラウン)
M2 クモハ165-100+モハ164-64+クハ165-166(赤)
M3 クモハ165-101+モハ164-65+クハ165-99(モスグリーン&ペパーミントグリーン)
M4 クモハ165-102+モハ164-66+クハ165-170(白&ピンク)
M5 クモハ165-130+モハ164-853+クハ165-195(白&黄色)
M6 クモハ165-137+モハ164-860+クハ165-203(白&黄色)

カッコ内は車体の「ベース色」です。最初は「色違い」だったんですねぇ。。。。
私は、コーヒーみたいなM1編成が好きでした。しかし、工場入場時の塗り替えが面倒だったとみえ、後になって登場したM5・M6編成の色に統一されてしまいます。
また、ある時期から、後で改造されたM5・M6編成が「ムーンライト」中心の運用になり、先発のM1~4は新潟~長野間の急行「赤倉」(昼行)の運用が多くなりました。
(注:急行「赤倉」は1997年10月1日から特急「みのり」になったが、2002年12月1日のダイヤ改正で「みのり」も廃止。)


上の写真は新宿駅で2000(平成12)年1月に撮影したM3編成の「ムーンライトえちご」で、列車名は1996(平成8)年3月16日のダイヤ改正から、
東京~大垣間の夜行列車が「ムーンライトながら」と名乗ったのを機に、単に「ムーンライト」から「ムーンライトえちご」になりました。
編成記号の「M」とは、「Moon light」のMかい?

でも、私は165系時代の「ムーンライト(えちご)」って、一回しか乗ってないんだよね。。。。
1994(平成6)年の5月だったか、新宿から中条(羽越本線)まで乗っただけです。
なんで、この時中条まで乗ったのか・・・確かに中条へ行く用事はあったんですよ。
だけど、「なんで新幹線じゃなかったんだろう?」と考えてみましたが・・・この夏、北欧へ行ったんだよね。
北欧は物価が高いし、コペンハーゲンとかストックホルムは格安航空券も少なく、成田発の安いチケットがあったアムステルダムへ飛び、「ユーレイルパス」で夜行列車に乗りましたが、
それに備えて節約したかったんだろうなぁ・・・(帰りは高速バスでした)。
(​ノω`​)プ​プフ​゚

説明が前後して恐縮ですが、トップの写真は「ムーンライトえちご」の間合いで新宿~黒磯間を走る快速「フェアーウェイ」です。
2000年5月、東十条で撮影。「デカ目」のM2編成以下9連です。通常は6連でしたが、ゴールデンウィークとあって増結していたようですね。
この「フェアーウェイ」という列車は、その名のとおりゴルフ客を対象としており、栗橋、宝積寺、氏家、矢板など、ゴルフ場があれば小さな駅にも停車するのが特徴です。
これは、かなり頻繁に利用する機会があったなぁ・・・。

いや、私、ゴルフはやりません。というか、何度か連れてってもらったことはあるんだけど、面白くて面白くて♪
ヽ(゜∀゜ )ノ
ですが、私の尊敬する白洲次郎という人は、「働き盛りの者が、こんな面白い遊びをするなど、もってのほか」とか、
「若い者はチームでプレイする競技をして、そこから人生を学ぶべきだ」とおっしゃっていたそうなので、「自粛」しているんです。。。。
(^_^;)
(注:列車名がゴルフ用語由来だとすれば、「フェアウェイ」 [Fairway]が正しいはずだが、なぜかJR東日本は「フェアーウェイ」と伸ばしている。)

まあ、ゴルフをやらなくても、宇都宮以遠は列車の撮影とか山歩きなんかで、よく行ったんですよ。
そういう人は多く、「フェアーウェイ」はいつも混んでいましたが、逆にJRさんは東北新幹線に乗って欲しいらしく、いつの間にか毎日運転から、土曜・休日運転になっていました。
(注:某「webフリー百科事典(笑)」にある「1993年から」という記述は信用できんな。それを調べて訂正するほど、私もお人好しじゃないけど。。。。)

しかし、165系M編成も寄る年波で疲れが目立ち、「ムーンライトえちご」は2003年3月30日村上発から485系電車に置き換えられ(「フェアーウェイ」も同じ)、
最後のファンサービスでM2・M3編成が湘南色に戻され、さまざまなイベント列車に使われました。


上の写真は2003年7月12日に新宿~甲府間を走った「懐かしの急行かいじ」です。場所は、鳥沢駅のやや東京方。
(注:「線路内立入り」ではないよ。ちゃんと安全圏で撮ってるんだけど、ちょっと頭を使えば可能。)
ついでに、鳥沢駅に掲示されていた「懐かしの急行かいじ」「懐かしの急行かわぐち」(新宿~河口湖間、7月13日運転)のポスターの写真も貼っておきましょう。


この頃、新潟では、「ムーンライトえちご」運用がなくなったM編成を使って、越後湯沢~長岡間に6月1日から臨時快速「こころ」が走っていました。
『こころ』とは、この年3月から9月まで放映されたNHK連続テレビ小説(主演:中越典子)のタイトルで、後半の舞台が六日町周辺だったらしいんですが、
私はこのドラマ、一回も観てないので、どんなのか存じません。。。。
┐('~`;)┌
(埼玉県川越と秩父が舞台だった『つばさ』と、徳島のミニコミ誌編集部の話『ウェルかめ』は結構熱心に観ていた。
でも、4月からの『ゲゲゲの女房』は、もう「ヒマ人生活」ともお別れだし、あんまり観ないだろうなぁ・・・。)

その快速「こころ」にはM1とM6編成がよく入っていたようですが、乗ったり撮ったりする機会はありませんでした。
ドラマに関心がなかったのもあるけど、この年は冷夏で、新潟は寒かったんですよ。。。。
((((((;゜Д゜))))))ガクガクブルブル

2003年9月30日、最後の「こころ」が走り、さらに、越後湯沢から新潟へ車両を戻す回送列車を旅客列車に変更、急行「さよならこころ」(団体列車扱い)として運転されました。
これが、40年間走り続けた「越後の165系」とのお別れというだけでなく、JRの165系電車自体の最終運行になってしまいましたので、無理をしても乗りに行くべきだったのかもしれませんねぇ。。。。
ヾ(*'-'*)
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「良い子♪」の415系「赤電」・・・私の屑写真から(笑)


「mitsuka115JNRというブログネームは、”いい子”という意味なんですか?」というご質問を、すいぶん前にいただきましたが・・・
いいえ、国鉄(JNR)の115系電車が好きだからでぇす♪。
o(^▽^)oキャハハハ
「じゃあ、415だったら”良い子”なの?」・・・ってことで、今日は415系「赤電」の写真でも貼ってみましょうか。

JR東日本の403・415系交直流電車は、もっぱら常磐線(上野?いわき間)と水戸線で活躍してきましたが、
2007年(平成19)年3月18日のダイヤ改正で、ステンレス製の415系1500番代車以外は、E531系電車と交替して全車引退しました。
1500番代車は一部が残留していますが、現在、上野まで来る運用はなく、常磐線の水戸~原ノ町間と水戸線を走っています。
(1月3日付けに書いた原ノ町発いわき行674Mは、415系1500番代車の4連でした。)

常磐線の401・403・415系電車(401系は1986年全廃)といえば、昔は小豆色にクリーム色の帯を締め、通称「赤電」と呼ばれていましたが、
1984(昭和58)年8月から、アイボリーホワイトに青帯の「白電」になりました。これは、翌1985年3月~9月に開催された「つくば科学万博」を控え、イメージを変えたものでした。
なお、「赤電」「白電」に対する言葉は「青電」で、これは上野?取手・成田間の快速に入っていた103系電車のエメラルドグリーンを指します。

せっかくだからまあ、「白電」の写真も貼っておくか。。。。
(`・ω・´)


水戸支社・勝田電車区(水カツ)の「K903」編成、撮影は2002(平成14)年7月、南柏駅。当時の「K903」編成は
←上野
クハ401-74+モハ402-12+モハ403-12+サハ411-701+モハ414-701+モハ415-701+クハ401-73
の7連だったんですが、上野直通列車で「7両編成」という短い列車はなく、土浦以南では4+7の11両編成か、4+4+7の15両編成でした。
403系と415系は混結されていることが多く、また、ステンレス製の1500番代車と、それ以外の鋼製車もメカニズム的には相違点がなかったので、これらも区別なく編成が組まれていました。

さて、国鉄時代の「赤電」ですが、
2001(平成13)年10月27日、常磐線(取手以北)の交流電化40周年を記念した「勝田電車区祭り」で、「K510」編成
(←上野 クハ411-320+モハ414-10+モハ415-10+クハ411-319)
が、懐かしい「赤電」塗装に戻されて一般に公開され、以後、しばらくはこのカラーで走りました。

ところが・・・最初は上野行の運用に入って上京することが結構多かったんだけど、そのうち「水戸線の運用にばかり入っているよ」という話が聞こえていました。

2002(平成14)年1月20日だったと思うんですが(日曜日だったことは確か)、上野~土浦間だかの団体臨時列車に「赤電」K510編成が入る・・・という情報があり、
亀有駅で撮ったのがトップの写真と、これ。↓


常磐線は、まじめに列車番号を表示する規定だったらしく「9437M」という列車番号表示がされていましたが、前面の方向幕は「普通」表示で、「団体」ではありませんでした。
ただし、何の団体列車だったのかは不明です。ほとんどの窓はロールカーテンが下ろされており、車内の様子がわからなかったんですよ。
亀有駅の上野方には20人ぐらい撮影する人が集まっており、下町の「写友会」だかのおじさま達と
「(総武線)平井駅(東京方)のS字カーブを”モノ”に出来たら、(写真の)腕前は”本物”ですよね~♪」とかいう話題で盛り上がっていたんですが(あそこは難しいです、本当に。私は「モノ」にするまで3~4回通いました)、
「これって、何の団体列車なんでしょうね?」という問いかけには、誰も答えられませんでした。。。。

しかしまあ、こんな写真で満足するミッピョンじゃないわけよ。。。。
(いや・・・だって、この写真は本当にひどい。)
(​ノω`​)プ​プフ​゚
「赤電、もう一度撮りに行かなきゃね?」と思っていたんですが、なにせ「いつ、どこに出没するか全く不明」ですから、どうしようもありませんでした。

ですが、夏になって「高崎~高萩間(だったか)の海水浴臨時列車に、K510編成が入る」という話が・・・。
これが、今となっては何という列車で、本当に高崎発だったかも定かでないんですが(桐生発かも)、とにかく行きましたよ。
2002年7月20日(土曜日、祝日)のことですね。
【注】追記を参照。





撮影場所は常磐線勝田駅から日立方へ10分ぐらい歩いた場所でした。なんでこんな場所にしたんだろうなぁ?
(@_@;)???
要するに、水戸~高萩間における「いい場所」の知識がなく、この車両が「高萩から勝田へ回送で戻ってくる」という時刻がわかっていたので、無難な勝田で「迎撃」ってことだったと思います。

このK510編成を撮れなかった人は結構いたらしく、私は2~3人のお友達に、この勝田で撮った写真を焼き増ししてあげましたが、私自身もこれを最後に、見る機会も撮る機会もありませんでした。

K510編成は2003(平成15)年7月8日に定期検査のため郡山車両センターへ入場し、その際「白電」塗装に戻されてしまいました。
勝田電車区(現・車両センター)ってところは、やたら編成組み替えをする区所で、2005(平成17)年11月から翌年7月にかけて、K510編成に入っていた車両も目まぐるしく組み替えられ、
クハ411-319とモハ414-10+モハ415-10は2006年7月に廃車されたらしい。クハ411-320の廃車年月日は2008年3月17日付みたいなんですが、
これは「?」であるものの、いずれにせよ、現存しません。

【追記】(2012-07-05)
このブログの「400回記念」で415系「赤電」の写真を再掲するにあたり、あらためて調べなおしましたが、
この列車は、2002年7月27・28日、8月4・5日に宇都宮~日立間を走った快速「ときわビーチ号」と判明しました。
(その少し前に大掃除をし、『JTB時刻表』2002年6月号が捨てずに取ってあったのを発見した!)

・9522M~ヤマ9733M(小山・水戸線経由)
宇都宮7:00→日立9:48

・9736M~ヤマ9523M(水戸線・小山経由)
日立15:31→小山17:57

なお、撮影日は2002年7月27日(土曜)に訂正します。
(Mippyon)
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昨年10月からコメント欄を廃止していましたが、本日、2月18日から復活しました。
(記入できるのは、「2月17日付」以降の記事に対してです。)
ただし、荒らし対策で「承認制」とさせていただきます。
ですから、私が読んで「UPしてもOK」と判断したコメントのみUPします。そのため、書き込んでからUPされるまでお時間がかかりますので、ご了承くださいませ。
なお、「スパムコメント」と判断されるものは容赦なくUPせずに削除し、「書き込み禁止IP」に指定します。
また、状況によっては再度、予告なくコメント欄を廃止します。

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夏のまぼろし・115系「むさしの奥多摩号」・・・私の屑写真から(笑)


「湘南色の115系電車」・・・今、東京から最も近い所ですと、両毛線を走っています。JR東日本高崎支社・高崎車両センター(高タカ)の所属車です。
私も、用もないのに乗りに行ったりすることもあるんですが(だから私のブログネームは「mitsuka”115”JNR」なの・・・笑)、お隣、大宮支社からはずいぶん前に姿を消しました。

ところが・・・2006(平成18)年のゴールデンウィークと夏休みに、大宮~奥多摩間を武蔵野線経由で快速「むさしの奥多摩号」として、
大宮支社・小山車両センター(宮ヤマ)に1編成だけ残っていた湘南色の「Y427編成」が走ったのでした。。。。

小山車セの115系は、2004(平成16)年10月15日が定期旅客列車としての最終運行で、翌年1月15日、上野~黒磯間に「さよなら列車」(団体臨時列車扱い)が運転されました。
その後も、Y427編成だけは「訓練車」名目で残留しました。日光線で旅客営業をしたこともあったようですが、通常は「誰でも乗れる」というわけではありませんでしたし、
だいいち、いつ、どこを走るのか全く不明で、見る機会もありませんでした。

しかし・・・突如として「むさしの奥多摩号」なる臨時列車に充当されるとは。。。。
ぃょぅ(^◇^)┛
私は、ゴールデンウィークの運転は逃してしまいましたが(理由は忘れました)、2006年7月30日に撮影しています。
と言っても、あんまりやる気もなかったのかなぁ・・・『鉄道ダイヤ情報』を見て、日中はずっと拝島駅に留置されていると知り、それを撮りに行っただけで、走行写真を撮ろうという気はなかったようです。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
それでも西武線で拝島へ行ってみれば・・・ホームを足場に撮れる「いい位置」に留置されていました。編成は
←奥多摩方(東北本線の場合は「上野方」になる)
クハ115-480+モハ115-401+モハ114-427+クハ115-427
でした。考えてみれば高タカ車は1000番代車で、「湘南色の300番代車を関東で見る」といったら、もはや、この編成しかなかったわけです。


「いい位置」でしたので、1両ごとの「形式写真」も撮れました(上:モハ114-427、下:モハ115-401)。




前面にヘッドマークが付いていたのも驚きましたが、横の行先表示板も往時の急行を思わせる、立派な物が用意されていました。


ちなみに、この「むさしの奥多摩号」の運転時刻は、下記のとおりでした。
9420M~9521M・・・大宮発9時03分→奥多摩着10時58分
9522M~9421M・・・奥多摩発17時25分→大宮着19時03分
(注:列車番号は下り・上りとも立川駅で変わる。)

夏季の運転日は(2006年)7月22・23・29・30日、8月5・6・26・27日でしたが、やはり撮るだけでは物足りず、最終日の8月27日に乗ってみました。
(o^-')b
武蔵野線内は北朝霞と新秋津に停車したので、私は新秋津から乗りましたが、大雨で肌寒い日とあって登山者の姿はほとんどなく、ガラ空き。
しかも、日常的には旅客列車に使われない車両なので、車内に広告が全くなく、妙に清潔な感じだったのを憶えています。
乗客は少ないのに、沿線で撮影している人はやたら多く、青梅駅の手前でアホタレが踏切で身を乗り出しており、急停車するトラブルもありましたね。
( ゜Д゜)ゴルァ!
そして、御嶽駅で行き違いのため、えらい長時間停車したので「みたけ」の駅名標を入れて一枚。


私は奥多摩まで乗り、折返し拝島まで回送されるシーンを撮ろうかと思いましたが、あまりにも天気が悪く、おまけに寒いので、走行写真は断念しました。。。。
((((((;゜Д゜))))))ガクガクブルブル

なぜ、この年のゴールデンウィークと夏に限って115系、しかも、日頃は旅客営業に供さない車両を使って運転したのか、よくわかりませんが、
宮ヤマのE231系は青梅線への入線実績がありませんし、201系「四季彩」とか、183系、185系などは他で使っており、「むさしの奥多摩号」に回す余裕はなかったのでしょう。
ですが、湘南色の115系が青梅線に入った機会が過去にあったのかなかったのか、相当に珍しかったのは確かです。

ところが・・・やはり8月27日に行ったのは正解でした。
この年、秋季の運転はなく、2007年と2008年は115系ではなく、豊田車両センター(八トタ)の201系「四季彩」で運転されましたが、「四季彩」廃車後は適当な車両がないのか、2009年以降は「むさしの奥多摩号」自体運転されていません。
115系Y427編成は、2007(平成19)年12月1日付で廃車となっています。
結果的に、私が115系の「むさしの奥多摩号」を撮ったのは二回に終わり、まさに「夏のまぼろし」となってしまったわけです。。。。
(θωθ)/~
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今日は「岡山の」213系の日!o(^▽^)o

もう2月16日なんだけど、予告しちゃったのでミッピョン鉄道管理局(笑)制定「”岡山の”213系の日」をやります。
・・・といっても、たいした写真はありません。。。。
m(-_-)mスマヌ

まずは、213系が瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」(岡山~高松間)に充当されていた当時の写真です。
撮影年月日は2001(平成13)年4月25日、岡山駅。


この「マリンライナー」は昼間の閑散時間帯に撮ったので、
←高松 クロ212+サハ213+クモハ213+クハ212+サハ213+クモハ213の6連でしたが、
朝夕のラッシュ時間帯などには、さらに岡山方にクハ212+サハ213+クモハ213を増結した9両編成もありました。

実はこの時、私は「大ポカ」をやっているんだな。。。。
高松方の先頭車だったクロ212形を撮ってないんだよね・・・。
┐(´~`)┌
今だったら何としても撮るでしょうけど、この時は何を考えていたのか甘かったなぁ・・・。
クロ212形という車両の形状が好みじゃなかったからなんだろうけど、「好むと好まざると、1枚は撮っておくべき・・・」と、今だからエラソーに言うけどね(笑)。。。。
(^_​-)-​☆
さて、この213系という電車は1987(昭和62)年、121系電車(現・JR四国在籍)とともに「日本国有鉄道・最後の新形式」として登場しました。
制御方式は、211系と同じ界磁添加励磁制御ですが、3両編成が基本で「1M2T」・・・つまり電動車はクモハ213形だけです。

それまでの国鉄電車は1957(昭和32)年に登場した101系電車以後、原則として「MM'ユニット」といって、
「クモハ+モハ」とか「モハ+モハ」の電動車2両ペアで機器類を持ち合い、1両にいろいろな機器を集中させないのが原則でしたが(重くなるし、構造も複雑になるから。無論、例外もあります)、
213系では、「弁慶の七つ道具」よろしく、クモハ213形1両にパンタグラフ、主電動機、主制御器、コンプレッサー、補助電源装置(SIV)などの主要機器類を全部搭載しています。
(これを「1M方式」という。)

これは、横須賀・総武快速線に211系を投入した場合、「総武トンネルと東京トンネル(錦糸町~東京~品川間)の急勾配を登るためには、パワフルな編成じゃなきゃね♪」というので
「5M6T」で11両、という編成を組むつもりだったのですが、「5M」だと1両は「MM'ユニット」の原則を外れて単独電動車となるため、
「1M方式の単独電動車を作ることも考えておいたほうがいいんじゃないの?」・・・というわけで、検討だけはされていた物だそうです。
(注:東海道線東京口の211系は4M6Tの10両編成、113系は東海道・横須賀・総武快速線とも、6M5Tの11両編成が基本だった。)
しかし、結局横須賀・総武快速線に211系は投入されませんでしたから、1M方式の「モハ212形」(?)というのは作られませんでしたが、発想はクモハ213形に生かされたわけです。
メモシトコ(。´Д`。)φ.....
難しい話はともかく、213系は瀬戸大橋開通1年前の1987(昭和62)年3月23日から、岡山~宇野間の快速「備讃ライナー」として、宇高連絡船に接続して運行されました。
この時、私は初日の「備讃ライナー」に乗っているんですよ。もう、メチャクチャに混雑していて、宇野駅では連絡船(阿波丸)から走って走って、やっと空席にありつきました。
(*´​Д`)​=з
なお、「備讃ライナー」には普通車の指定席が1両連結されていましたが、グリーン車はありませんでした。
また、この列車は当時、東京・大阪の近郊区間以外では珍しかった「全車禁煙」で、213系には最初から灰皿がなかったのも驚きでした。

1988(昭和63)年4月10日、瀬戸大橋が開通して「備讃ライナー」は発展的解消、岡山~高松間直通の「マリンライナー」になりました。
この時から、高松方に展望グリーン車・クロ212形が連結されます(普通車指定席も存続)。
これは、宇高連絡船にグリーン船室があった名残のようですが、当初は結構人気があったみたいです。私は一度も乗る機会がありませんでしたけどね。
( ​゚∀゚​)・∵​. カ​゙ハッ​!
その頃、瀬戸大橋と青函トンネルは「日本人の誰もが、一度は行ってみたいと思っている場所」だったんですよ。「北斗星」も混んでましたねぇ・・・。
「マリンライナー」も、私は一度ならず二度までも、岡山~高松間を立ちっぱなしだったことがあります。

しかし・・・その人気にも陰りが出てきまして、さらに、塩害の影響により213系は故障も多くなってきたとかで、2003(平成15)年10月1日から、「マリンライナー」はJR四国5000系+JR西日本223系5000番代車に置き換えられました。
グリーン車はJR四国所有の5100形で、展望構造は踏襲されました。
1本の列車に異なる会社の車両が連結されている例は珍しいんですが、213系は全車JR西日本所属で、JR四国にすれば「車両使用料の支払いが負担になっていた」とのこと。
そこで、イニシャルコストはかかっても、自前の車両を提供することで使用料を相殺することにしたようです。仕様は、四国車・西日本車ともほぼ同じです。

これは「過去の反省」があるから、ちゃんと撮っているぜい。。。。
(*´▽`*) ニャハハハ
撮影年月日は、いずれも2003年11月23日。上は高松駅、下は岡山駅で撮影。




「マリンライナー」から撤退した213系は現在、クハ212+サハ213+クモハ213の3両編成が3本、クハ212+クハ212+クモハ213の3両編成が1本、
クハ212+クモハ213の2両編成8本になり、岡山電車区電車センター(岡オカ)をベースに、もっぱら普通列車の運用に入っています。
サハ213-7~11は先頭車化とトイレ取り付けの改造を施され、クハ212-101~105に生まれ変わりましたが、サハ213-2・3は廃車になって、サハとして現存するのは4~6のみ、
また、クロ212-1とサハ213-1は、試験車「U@tech」のクヤ212-1とサヤ213-1になりましたが、クロ212-2~5は廃車されました。
(注:クロ212-1001は、クロ212-1001+モロ210-1+クモロ211-1の「スーパーサルーンゆめじ」編成で健在・・・【注】。)

ローカル運用に転じた213系も撮っていますよ。これも2003年11月23日、茶屋町駅。


これは岡山~児島間の普通列車です。3両編成なので車掌乗務列車ですが、2両編成はワンマン運転です。その写真がなくて恐縮ですが・・・。
宇野線・茶屋町~宇野間折返しの普通列車にも、現在は213系(原則として2連)が入っているようですが、「備讃ライナー」時代に比べてずいぶん短くなったものです。
2003年11月時点では、213系の2連が揃っておらず(2004年10月に改造完了)、茶屋町~宇野間折返し列車には115系の3連が入っていました。
この折返し運転の車両は、クモハ84形→クモハ123形(ときどき113系4連)→115系3連→213系2連と、この20年で結構目まぐるしく変わっています。

ところで、213系はJR西日本だけでなく、JR東海・神領車両区(海シン)所属の213系5000番代もあります。
165系電車の置き換えを目的に、JRになってから、1989(平成元)年にデビューしました。
もっぱら関西本線名古屋~亀山間で運用されており、←亀山 クモハ213-5000+クハ212-5000の編成を組み、サハは在籍しません。また、西日本車と違いクハにトイレがありません。

・・・でねぇ、その写真を私は持ってないんだな。。。。
m(-_-)m二度目の「スマヌ」

乗ったことは何度もあるんですが、撮ってないみたいです。ストックがないんですよ。
それを撮りに、今すぐ名古屋まで行くのはちょっと無理だし、2ドア車は混雑時の乗降に時間がかかるため、最近は3ドアの新型車両313系に押され、二線級の扱いだとか。117系と同じですね。
だから「行けば必ず撮れる」というものでもありません。申し訳ありませんねぇ・・・。
それで、今回のタイトルを「”岡山の”213系の日」とした次第です。
(^​0_0​^)

【追記】(2012-05-10)
「スーパーサルーンゆめじ」は、2010年3月7日に岡山~大野浦間を走った「ファイナルラン さよなら!スーパーサルーンゆめじ号」での運用をもって営業運転を終了し、同年6月30日付で廃車となった。
JR東海の213系は、2011年9月末日限りで関西本線から撤退した。
しかし、車齢が若いため飯田線へ転用されることになった。寒冷地であり、長時間走行列車も多いため、クハ212形にトイレを取り付け、また、ドアに半自動回路(押しボタン式)が取り付けられる改造工事を施されて、同年11月27日から飯田線での運用が始まった。
そして2012年3月17日のダイヤ改正で、従来の119系電車と完全に交代した。
119系の置き換えであるため、同系が入線していた中央本線上諏訪までの運用も213系が継承している。
(JR東日本区間へ213系が定期的に入線するようになったのは、これが最初。)

【忘れた頃に画像追加(笑)】(2014-05-07)
JR東海の213系、撮る機会がなかったんですが、ようやく撮れましたから貼っておきますね。
(*'-'*)
海カキ(大垣車両区)「H14」編成(クモハ213-5014+クハ212-5014)
2014年5月5日、豊橋駅。
海カキ213系「H14」編成(2014年5月5日・豊橋駅)

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