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輸送計画の策定から、従来に例のない高速に挑む車両の規格・性能の検討、電気・信号・軌道の各システム概要、
各区間の工事状況、モデル線の建設から試験編成の紹介、メーカーからの搬入、試運転、車両基地、車両の運用・配置、試運転・1番列車の乗車体験記、
当時検討された貨物新幹線の構想、当時の「鉄道の話題」に掲載された新幹線関連の記事など、いずれも貴重な記事を収録しています。
■巻頭記事 東海道新幹線開業50年に思う(今田 保)

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本書はかつて東海道新幹線の運転士だった方が書いた「裏話」ですが、構成が変わっていて、第一部が「0系運転士」の、第二部が「N700系A運転士」の座談会みたいな感じになっています。
(文庫版ですが、「全篇書きおろし」です。)
昭和50年代、大阪の乗務員宿泊所が不足していたらしく、新大阪駅前のビジネスホテルを国鉄が借り上げて宿泊所にしていたこと、
0系先頭車にあった、運転席とは別の「乗務員室」(個室)は便乗運転士用の設備で、中には二人座れる長椅子があった・・・といった細かい記述が、むしろ「運転テクニック」自体の話よりも面白い(笑)。

また、現在は運転士と車掌は兼任で、「N700系A」の章を読むと、どういうローテーションで運転士をやったり、車掌をやったりしているのかもわかりますが、
地方私鉄のワンマン列車の運転士と違い、JRは乗車券の規則が複雑で、畑違いの分野である「営業」の知識を習得するのは大変だったろうなぁ・・・と思いますね。
苦労といえば、「朝食に”納豆を食べたい”と思ったが、あまり消化に良い食べ物は乗務中にトイレに行きたくなるから控えた」との記述があります。これも、乗務員特有の「苦労」です(笑)。

経験者ならではの、そして、退職後も人脈を持つ著者にしか書けない話題が全篇にわたって書かれており、一読の価値があります。また、JR東海は「テロ対策」か何か知らんが、「鉄道の舞台裏」を公開することを極端に嫌う会社ですから、その意味でも本書の内容は大変貴重なものです

東海道新幹線 運転席へようこそ (新潮文庫)

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東海道五十三次を歩こ~♪由比宿→興津宿

(取材:2014年3月9日[日曜])
前日は静岡駅南口の「静岡パークホテル」(税込み5300円:朝食なし)に泊まり、翌朝は6時に出発。
(3月上旬は、まだ日の出が遅く、あんまり早く出てもしょうがないんです。)
駅の北口まで歩き、国道1号線を渡った伝馬町の「吉野家」で朝食。この伝馬町には、夕方戻ってきます。
6時43分発の三島行き(724M)に乗り、由比に7時03分着。

由比といえば、やはり「さくらえび」。
駅前通りの名前も「桜えび通り」です。
由比駅前「桜えび通り」(静岡市清水区由比今宿)(2014年3月9日)

今日は、朝から薩埵峠(さったとうげ)を越えます。
箱根峠は別格として、この薩埵峠と、宇津ノ谷峠(丸子~岡部間)、小夜の中山越え(金谷~日坂間)が、静岡県内の旧東海道における「三大峠越え」といえるでしょう。
愛知県には「峠越え」と呼べるほど急峻な区間はなく、小夜の中山を越えたら、次は三重県の鈴鹿峠まで「峠」というほどの山はありません。
ただし、「**坂」と呼ばれる道は、白須賀宿手前の「潮見坂」、二川宿を出てすぐの「火打坂」などがあります。

薩埵峠にはいくつかのルートがあります。
これは由比側ではなく、興津側にある案内板ですが、何箇所かある案内板のうち、最もわかりやすいので写真を載せておきます。
薩埵峠西口の案内板(静岡市清水区興津東町)(2014年3月9日)

そのルートとは、
・下道・・・峠の道が整備される以前は、海岸沿いに歩くしかなく、歩行者が波にさらわれることもあった。
危険なので、峠道が整備されるとわざわざ通る人も少なくなったが、1854(安政元)年の地震で海岸が隆起し、以後、再び道として通行されるようになった。
現在は、国道1号線が海岸沿いを通っている。

・中道・・・1601(慶長6)年に徳川家康が東海道を開いたときから約50年間、よく使われたルート。

・上道・・・1655(明暦元)年9月、朝鮮使節一行を迎えるにあたって開かれた道で、その後は幕末まで200年以上にわたって利用された。
朝鮮使節一行は、政治家、官僚、学者から音楽家、芸人、その付き人まで約500人に及ぶ一団で、それだけ大人数の国賓が通過するとなれば、新道を建設するぐらいのことを幕府もやったのでしょう。

・脇道・・・現在の東名高速道路に沿っており、これは太古の昔からあった。通称「地蔵道」とも呼ばれる。

薩埵峠にいくつかのルートがあることは、旅行記の類を読んで知っていましたが、どのルートを通るかは迷ってしまいますね。
そんなとき、2013年の夏でしたが、静岡市のふく爺氏がこの案内板の写真を送ってくださいました。
(夏至の頃には、上り東京行き「サンライズ瀬戸・出雲」が撮影可能で[興津通過4時55分ごろ]、それを撮りに行ったついで・・・とのこと。)
それを見て、「結局、どのルートを通っても正解」と判断し、最も楽そうな(笑)「上道」から「中道」を行くことにしました。

【静岡市清水区由比寺尾付近の地図】
※マウスをグリグリして、拡大、縮小してご覧ください。
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「桜えび通り」を西に進むと「↑薩埵峠」の標識がいくつも立ち、「大歓迎」してくれます。
まあ、静岡県の人たちには「比較的お手軽なハイキングコース」として知られているのでしょう。
薩埵峠東口・寺尾(静岡市清水区由比寺尾)(2014年3月9日)1

寺尾橋の手前で、右の細い道へ。直進してしまうと国道1号線に出てしまい、峠の方には行かれません。
薩埵峠東口・寺尾(静岡市清水区由比寺尾)(2014年3月9日)2

なお、富士駅および蒲原病院から来る路線バス(富士急静岡バス)はここが終点で、寺尾橋~興津間にはバスがありません。
興津まで行くと、バスは富士急ではなく、しずてつジャストラインのエリアになります。

路地を標識に従って右折し、すぐ突き当たりを左折すると、寺尾の集落です。
薩埵峠東口・寺尾(静岡市清水区由比寺尾)(2014年3月9日)3

みかん畑の横を通り、
薩埵峠東口・寺尾(静岡市清水区由比寺尾)(2014年3月9日)4

眼下に海と道路、線路を見下ろす地点に出ました。
313系の普通列車が通過するのを待って撮影。
薩埵峠(東海道本線由比~興津間)(2014年3月9日)

橋を渡ると「間の宿」倉沢です。
薩埵峠東口・間の宿倉沢(静岡市清水区由比西倉沢)(2014年3月9日)

倉沢を過ぎると、いきなり急な坂道になります。
薩埵峠東口・間の宿倉沢から峠へ(静岡市清水区由比西倉沢)(2014年3月9日)1

結構きつい坂道が続き、
薩埵峠東口・間の宿倉沢から峠へ(静岡市清水区由比西倉沢)(2014年3月9日)2

由比駅から約1時間、倉沢からは約30分で薩埵峠の展望台(公衆トイレあり)。
ここまでは、興津側から「上道」を経由すれば車で来ることができ、駐車場があります。
由比側から車で来ることも不可能ではなさそうでしたが、道が狭いので、あまり大きな車だと無理でしょうね。
薩埵峠展望台(静岡市清水区由比西倉沢)(2014年3月9日)

ここから先の「中道」は、車では行かれません。
先にも展望台があり、ちょっと上ってみると、駿河湾の展望が広がっています。
薩埵峠から見た展望(静岡市清水区由比西倉沢)(2014年3月9日)1

しかしこれは、いつか見た風景だなぁ・・・と思いましたが、よく台風が来ると「静岡市清水区由比付近の今の様子」としてテレビで流れる場所ですね。
そう思って周囲を見渡したら、遠隔操作のテレビカメラがありました(笑)。
(これは国交省富士砂防事務所が管理しており、各テレビ局は国交省から映像の提供を受けているようです。)

ここは有名な景勝地ですが、この日は富士山は見えず。。。。
その場所にあった案内板に掲示されていた写真をお借りしておきましょう。
薩埵峠から見た展望の案内板(静岡市清水区由比西倉沢)(2014年3月9日)2

線路に列車が来ればなぁ・・・と思い、待つことしばし。
やってきたのは211系の3連。
薩埵峠から見た展望(静岡市清水区由比西倉沢)(2014年3月9日)2

正直、3両編成じゃ物足りないですね。長い貨物列車か、ふく爺氏がお撮りになった「サンライズ瀬戸・出雲」(14両編成)ならサマになるんでしょうけど。。。。

ここを過ぎると・・・意外にもあっけなく、薩埵峠はおしまい。
峠の標高は意外に低く、107mだそうですが、そりゃそうでしょう。「海抜0m」の海岸からすぐ近くなんですから(笑)。

墓地の中を通り抜け(どうしてこんな所にお墓があるんだろうね?)、公衆トイレがある休憩所に出ました。
前方に海と「駿河健康ランド」が見えていますが、そこはもう興津です。
由比駅からここまで1時間45分、上の駐車場からだと40分ぐらいで来てしまいました。
(「駿河健康ランド」は画像の左側、海沿いに建っている白いビル。画像の正面、オレンジ色のビルは「老健施設きよみの里」です。)
薩埵峠西口の休憩所(静岡市清水区興津東町)(2014年3月9日)1

ところが、ここから下る坂が結構きつい。
薩埵峠西口の休憩所(静岡市清水区興津東町)(2014年3月9日)2

私は下りだからいいけど、西の方から来たらしんどいでしょうね。。。。

坂を下ったところに十字路があり、右へ行っても左へ行っても興津駅には出られますが、私は左に行きました。
薩埵峠西口の十字路(静岡市清水区興津東町)(2014年3月9日)1

薩埵峠西口の十字路(静岡市清水区興津東町)(2014年3月9日)2

白髭神社前の集落を抜けると、東海道線の「洞(ほら)踏切」があります。
東海道本線・洞(ほら)踏切(由比~興津間)(静岡市清水区興津東町)(2014年3月9日)

東海道本線・洞(ほら)踏切(由比~興津間)を行く313系+211系SS 9編成(静岡市清水区興津東町)(2014年3月9日)

踏切を渡って右へ進み、ほんの少しだけ国道1号線(歩道あり)を行くと、すぐに二股の分かれ道があるので、それを右へ。
すると、興津川の畔に出ます。
興津川橋梁(東海道本線由比~興津間)(2014年3月9日)

この興津川橋梁には、2001年頃だったか、撮影に来たことがあります。
そのときは、大垣→品川間の167系返却回送列車(「臨時大垣夜行」に使った車両を、昼間、品川へ回送するもの。興津通過13時ごろだった)がお目当てでしたが、
今ではそんな面白い列車が通ることもなくなり、旅客車は211系、313系、それに特急「ふじかわ」の373系と、前述した「サンライズ瀬戸・出雲」の285系が全てです。
昔(1980年代後半)は、ここを通過するEF58形牽引のお座敷列車の写真などを、よく鉄道雑誌で見かけましたが、最近、雑誌に紹介されることが少ないのは、通過する車両にバラエティがないからでしょう。
ただ、貨物列車は今でも面白いだろうと思いますけどね。

川を渡ると、甲府へ行く国道52号線の分岐点。
国道52号線起点(静岡市清水区興津中町)(2014年3月9日)

前述のように、このあたりから路線バスのエリアは「しずてつジャストライン」になります。
この色は新塗装のようで、この先も何十回となくしずてつバスを見かけることになりますが、古い塗装もまだ残っています。
しずてつバスとのお付き合いは、金谷駅前まで続きます。
(路線図を見ると袋井まで、しずてつのエリアらしいんですが、金谷以西は本数が少なく、見かける機会もあまりなくなる。)
しずてつジャストラインバス(静岡市清水区興津中町)(2014年3月9日)

まだ今日は、たいして歩いていないような気もするけど、やはりお腹は空いていて、この交差点のそばにあるローソンで揚げ物を買って食べちゃいました(笑)。

【静岡市清水区興津東町付近の地図】
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2年間のブランクの間に、新東名高速が開通しちゃったんですね(笑)。新清水ICは国道52号線を左へ行くそうです。
静岡市清水区興津中町・新東名入口の標識(2014年3月9日)

しかし、昔の「身延道」への分岐点は国道52号線交差点ではなく、もう少し駅に近い「しずおか信用金庫」興津支店の前でした。
静岡市清水区興津中町・旧東海道と身延道の分岐点(2014年3月9日)

興津駅の姿をちょっと見ておこうと思い、駅前に立ち寄りました。
東海道本線興津駅(静岡市清水区興津中町)(2014年3月9日)

由比宿→興津宿間の距離は9.1Kmだそうですが、私は由比駅から歩いてきたので、ここまでの歩行距離は実質7Kmぐらいでしょう。
「峠越え」ということで、時間をたっぷり取りましたが、写真を撮ったりしながらブラブラ歩いても、所要時間は2時間50分程度でした。
(*'-'*)
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※由比宿→興津宿間のトイレ情報
・寺尾集落「東海道名主の館・小池邸」
・薩埵峠展望台駐車場
・薩埵峠西側(興津東町)の休憩所
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東海道五十三次を歩こ~♪蒲原宿→由比宿

「東海道」の標識(静岡県富士市依田橋町)(2012年2月22日)

(取材日:2014年3月8日[土曜])
2012年2月22日、蒲原宿(江戸・日本橋から146.7Km)まで来たところで、旧・東海道を歩く旅は2年間の長いブランクに入りました。
(つ_-)
なぜブランクが生じたかというと、仕事が猛烈に忙しくなったうえに(そういう年代なのです![笑])、
「いすみ鉄道通い」に力を入れるようになっちゃったからです(笑)。

まあ、このシリーズ自体が「不評」ですし
(再開後の現在も、評判は芳しくない。アクセス数は明らかに減っている。世間がブログに求めているのは、こんな「ベタベタ歩いた」記事ではなく、「[鉄道の]最新情報」なのでしょう)
いったん打ち切ったことを再開するのは、自らの内面的には結構「葛藤」もあったりしてね。。。。
(*゚ー゚)ゞ
このとき乗っていた東海道線の列車内でも「再開すべきか否か」迷っていましたが、列車が新蒲原駅に着く直前、
「間もなく新蒲原です。左側のドアが開きます。ドアから手を離してお待ちください」
という放送が流れたとき、「よし、やるべえ!」と意気込んで立ち上がりました。
(「ドアから手を離してお待ちください」という言い回しは、JR東海独特のものです。)

2014年3月8日15時10分、非常に評判は悪いんですが、
「東海道五十三次を歩こ~♪・シーズン2」のスタートです。
オー!>(*'-'*)/

「再開第一回目」ですから無理はせず、今日は隣の由比宿までとしました。

翌日も歩くつもりですが、当面の目標は「府中(現:静岡)まで」としました。
今後は、当面の目標を「府中まで」とか「浜松まで」、「静岡と愛知の県境を越えて、吉田(現:豊橋)まで」のように、「交通や宿泊の便利な都市を目標地点とする」考え方にあらためたんです。
この戦略は「成功」だったようで、だいぶ気が楽になり、今のところは比較的順調に進んでいます。

だってそうでしょう。駿河の地から想像する京の都なんて、
「♪どうしたら行けるのだろう? 教えてほしい・・・イン・ガンダ~ラ、ガンダ~ラ」みたいなもんで(古いね[笑])、
交通機関を使わず歩いて行くとなると、「♪旅立った人はいるが、あまりに遠い」。
想像がつきにくく、結果的にうんざりしてしまうんですよ。
ですから、当面の目標を近くに置き、そこまで到達したら次の目標を立てる・・・といったやり方のほうが、少なくとも私には合っているようです。
============================
さて、新蒲原駅は、東海道線の駅としては新しい部類で、1968(昭和43)年10月1日、日本の鉄道史に残る「ヨンサントオ」のダイヤ改正時に開業しました。
東海道本線・新蒲原駅(静岡市清水区蒲原)(2014年3月8日)

1889(明治22)年に東海道線の国府津~静岡間(御殿場経由)が開通した際、岩淵(現:富士川)~興津間に中間駅はありませんでした。岩淵は駅設置に熱心でしたが、それ以外の宿場町はあまり積極的ではなかったようです。
蒲原駅は、1890(明治23)年5月16日に開業しましたが、蒲原宿から離れた旧・堰沢村に設置されました。

1916(大正5)年4月15日に由比駅が開業すると、蒲原駅の移転(現在の新蒲原駅付近へ)が計画されましたが、これは実施されず、結局、移転計画から50年以上も経ってから「新蒲原駅の新設」という形で実現しました。

「蒲原宿は、蒲原駅よりも新蒲原駅に近い」、「由比宿は、由比駅よりも蒲原駅に近い」、「由比駅は由比宿よりも、むしろ倉沢宿(間の宿)に近い」という現象は、こうした歴史的な経緯によるものです。
要するに、「鉄道当局は、あまり駅を多く設置したくなかった」、「宿場町は、駅の設置に反対した所と歓迎した所があった」、「反対した町も、いざ鉄道が開通すると、やはりその便利さに気づいて駅が欲しくなった」ということですね。

駅前広場には、なぜか漁船が保存されています。
「さくらえび漁100周年記念」として、1994(平成6)年に設置されたものであるとか。
東海道本線・新蒲原駅・駅前の保存漁船(静岡市清水区蒲原)(2014年3月8日)

さくらえび漁の歴史は意外に浅く、1894(明治27)年に蒲原のお隣、由比でアジ漁の最中、偶然に捕獲されたのが始まりです。
だから、江戸時代に東海道を歩いた旅人は、さくらえびを食べていないんですよ。
( ゜。゜)ほぅ
蒲原といえばもうひとつ、「やきとり」の缶詰で知られるホテイフーズ。
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私はこれが好きで、缶に表示されていた「ほてい缶詰株式会社」(現:株式会社ホテイフーズコーポレーション)の所在地「静岡県庵原郡蒲原町」は、子供の頃から読めました(笑)。
ラインナップには「激辛」とか「ゆず胡椒」などの新顔も加わっていますが、1970(昭和45)年発売の「たれ」「しお」のパッケージには、故・おおば比呂司氏が描いたイラストがずっと使われています。

余談ですが、おおば氏といえば飛行機好きで知られ、全日空の宣伝媒体に使われるイラストを長年手がけましたが、鉄道のイラストもいくつかあるんですよ。
宮脇俊三先生の『最長片道切符の旅』(新潮文庫版)の表紙などは、今でも容易に見ることができます。

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蒲原宿自体は、こんな町です。
旧東海道・蒲原宿(静岡市清水区蒲原)(2014年3月8日)1
【静岡市清水区蒲原2丁目付近の地図】
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※この地図は、県道に「東海道」とありますが、
本当の旧街道は、県道より1本北側の道(佐竹魚店、長野酒店などがある)です。


古い町並みの中に、ちらりと電波塔が見え、車が通り抜け、蒲原郵便局のオレンジ色の看板も見える・・・という、この雰囲気、
私には「歴史と伝統を大切にしながら、現代を生き抜こうとしている」感じがして、好ましく思えました。
(*'-'*)
何が言いたいかといえば、「あまりに”町並み保存”にこだわりすぎると、テーマパークか時代劇のセットみたいになってしまい、わざとらしい」ということです。
旧東海道・蒲原宿(静岡市清水区蒲原)(2014年3月8日)2

なお、私は「電線地中化」論者ではないので、念のため。
日本の発送電事業や電信・電話事業もスタートから百数十年を越え、今さら「電線は景観を害する」でもないでしょう。
ヨーロッパの古い町並みは私も大好きですが、なんでもかんでもアチラの真似をすりゃいいってもんでもないしね。。。。

この西洋館は旧・五十嵐歯科医院。
大正時代に建てられたもので、外観は洋風ですが、内部は町家造りになっているそうです。
毎週月曜・火曜とお盆、年末年始を除き、10時~16時(冬季は15時まで)に無料で公開されています。
旧東海道・蒲原宿・旧五十嵐歯科医院(静岡市清水区蒲原)(2014年3月8日)

「なっているそうです」というのは、中を見ていないから。私が訪れたときは、一応公開時間だったんですが、この日は「第10回しずおか町並みゼミin蒲原宿」という行事が開催されており、人が大勢出入りしていたので、見学は遠慮しました。

これは別に「保存」しているわけではないでしょうけど、古いたばこの自販機が残っている商店跡。
旧東海道・蒲原宿・古いたばこの自販機(静岡市清水区蒲原)(2014年3月8日)1

ハイライト・キャスター・マイルドセブン(現:メビウス)・セブンスターが各230円、キャビン・ロングピースが240円って、いつの時代なんだろう。。。。
(・.・)?
旧東海道・蒲原宿・古いたばこの自販機(静岡市清水区蒲原)(2014年3月8日)
(調べたら、セブンスターが230円だったのは1997[平成9]年4月1日(消費税の3%→5%増税時)から、1998年11月30日(翌12月1日から「たばこ特別税」施行)までの間だそうです。)

しばらく行くと、旧街道は県道富士由比線(396号線。旧・国道1号線)に合流。
旧東海道・蒲原宿~由比宿間(静岡市清水区蒲原中)(2014年3月8日)

そこから約1kmで、蒲原の駅前です。このあたりの駅舎は、吉原・富士・富士川・新蒲原・蒲原の各駅とも、橋上駅か地上駅かの違いはあるものの、基本的なデザインは似通っています。
旧・国鉄岐阜工事局の設計だと思いますが、同じ時期に同じスタッフが担当したのかもしれません。
東海道本線・蒲原駅(静岡市清水区蒲原堰沢)(2014年3月8日)

さらに進んで東名高速の下を潜り、
旧東海道・蒲原宿~由比宿間(静岡市清水区蒲原神沢)(2014年3月8日)

約1Kmで由比宿の入口。「神沢」(かんざわ)交差点の二股を左に。
旧東海道・蒲原宿~由比宿間「神沢」交差点(静岡市清水区蒲原神沢)(2014年3月8日)

この交差点に立っている背の高い道標が曲者です。「由比本陣公園」や「東海道広重美術館」へは「斜め右」とありますが、これは、あくまでドライバー向けで、「駐車場は右です」の意。
道標の下のほうに「歩行者の方へ」として、徒歩の場合は左に進み、清酒「正雪」の蔵元の前を通ってゆく旨の表示があるんですが、これが小さいんだな。。。。
というか、「斜め右」が目立ちすぎるんですよ。
今から10年以上前に書かれた「東海道徒歩旅行記」のwebサイトにも全く同じ写真が掲載されていたので、改善されていないってことですね。。。。
┐('~`;)┌
左に行けば、これは明らかに「歩行者向け」の道標。
この道標にあるように「蒲原駅まで1Km」「由比駅まで2.8Km」で、由比宿からは蒲原駅が近いんですよ。
旧東海道・由比宿(静岡市清水区由比)(2014年3月8日)1

もっとも、この道標の「1Kmを20分」「2.8Kmを56分」と算出した標準歩行時間は、遅すぎます。これが実測であるはずはなく、どうせパソコンで算出した時間でしょうけど、あんまり良い地図ソフトを使っていないね、静岡市役所は(笑)。

一里塚跡を過ぎて、宿場町に入ります。実際には短く感じられましたが、蒲原宿~由比宿間は3.9Kmとのことです。
旧東海道・由比宿(静岡市清水区由比)(2014年3月8日)2

【静岡市清水区由比2丁目付近の地図】
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東海道広重美術館は、もう閉館時刻で見られませんでしたが、由比宿交流館は入館できたので、駆け足で見学しました。
蒲原宿・由比宿のジオラマが圧巻で、今の東海道線の線路は、江戸時代には水田と潟であったのを埋め立てて線路を敷いたのがわかりました。
旧東海道・由比宿・由比宿交流館(静岡市清水区由比)(2014年3月8日)

この本陣公園の前に「正雪紺屋」という染物屋さんがあります。営業中のお店ですので写真は撮りませんでしたが、軍学者・由比正雪(1605~1650)の生家とされています。
旧東海道・由比宿・由比本陣公園(静岡市清水区由比)(2014年3月8日)

由比正雪といえば「慶安の変」の首謀者であり、時の政権を転覆させようとしたんですから、とんでもない「極悪人」かと思えるけど、正雪の人気は高く、
ここ由比の町では今でも「郷土の英雄」と考えているようで、前述のように清酒「正雪」という地酒まであるほどです。

なぜなら・・・慶安の変は、関ヶ原の戦いで政権をとった徳川幕府が、諸国の大名たちの反乱を恐れて取り潰しを進めた結果、失業して浪人となる武士が増え、
生活苦のため、なかには盗賊になる者も多かったので、「浪人に仕事を与えよ!」というのが倒幕を企てた理由だったからでしょう。
日本人は「義によって」とか「義のために」っていうのに弱いからね。私も含めて。。。。

同じ政権転覆の首謀者といっても、天一坊なんかと比べてはいけませんよ。天一坊は「薄気味悪い、山伏崩れの詐欺師」に過ぎませんからね。
確かに『大岡政談』の講談には「天一坊もの」もあるんだけど、これは大岡越前の守に人気があるからで、天一坊自体は全然人気なんかないからなぁ。。。。
(*'-'*)
この宿場は小規模で、西側で由比川にぶつかって終わります。もっとも、宿場町の面影を残す町並みは、川を渡ってからも由比駅近くまで続いています。
由比川の橋上で、EF210形牽引の高速貨物列車を撮影。駿河湾の向こうに伊豆半島が見えていました。地図を見ると、どうやら対岸は戸田(へだ)あたりになるようです。
東海道本線由比川橋梁(蒲原~由比間)(静岡市清水区由比)(2014年3月8日)

川を渡ったところに「静岡市由比交流センター」という施設があり、展望風呂で入浴できるようでした。
本来は地域の老人保健施設ですが、60歳以下の方も600円払えば入浴できるとのこと。
旧東海道・由比宿~興津宿間・「静岡市由比交流センター」の看板(静岡市清水区由比町屋原)(2014年3月8日)

この看板には、9時~16時開館(第3日曜日・祝日・年末年始は休館)とありますが、利用可能かどうかは電話(054-376-0294)でお問い合わせください。
(一応、公式サイトもあるので見てみましたが、一般利用可能日と、お年寄りの貸切日の区別が分かりにくいので。)
早い時間だったら私もひと風呂浴びたかったんですが、もう17時近く、残念でした。

左側に建つ家の庇(ひさし)が凝っていて、「いいなぁ」と見上げながら由比駅へ。
旧東海道・由比宿~興津宿間(静岡市清水区由比町屋原)(2014年3月8日)

厳密には、この駅前通りは1916(大正5)年に由比駅が開業した際に作られた、いわゆる「停車場新道」らしく、旧街道は山側になるようです。
東海道本線・由比駅(静岡市清水区由比今宿)(2014年3月8日)

由比に来たからには、さくらえびの天ぷらでも食べたいところですが、「17時過ぎ」という時間が微妙なところで、食堂や料理屋さんもまだあんまり開いてなかったのと、今夜の宿泊場所がまだ決まっていなかったので、今回は見送りました。
以後、この「東海道・シーズン2」は「土地の名物料理と全く縁がない旅」が続きます。いや、本当にご縁がないの。
だから、「グルメ記事」を期待される方は、この記事はお読みにならないほうがいいと思います
誇張でなく、全然出てきませんから。

由比には、旅館はあるようでしたが、急に訪れて泊まれる感じではなく、「清水で泊まるか静岡で泊まるか・・・」と考えつつ、結局、静岡へ出て泊まりました。
(「由比宿→興津宿」に続く)
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※興津宿→由比宿間のトイレ情報
・由比本陣公園(静岡市清水区由比)
(ここだけしか見つけられませんでした。)
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東海道五十三次を歩こ~♪吉原宿→蒲原宿

(取材日:2012年2月22日[水曜]・
追加取材:2014年3月16日[日曜])
富士山(静岡県富士市・富士市役所付近から)(2012年2月22日)

吉原中央通りから先、富士川を渡るまでの間の道は、曲尺手(かねんて)と升形(ますがた)の繰り返しで何度も曲がっており、複雑です。
しかし・・・そのわりに、風景はそんなに珍しいもの、目新しいものに出会うこともなく、富士市の方々には申し訳ありませんが、あまり面白くありません。

【富士市吉原2丁目付近の地図】
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道案内ふうに書けば、
1.吉原中央商店街、江戸時代から続くという「鯛屋旅館」の先の信号を左に。
この信号機に名称表示はありません。「中央駅」交差点(吉原中央駅バスターミナル)のひとつ手前です。

「吉原中央駅」とは、富士急グループのパスターミナルなんですが、鉄道は来ていないのに「駅」と名乗っています。
旧・国鉄の連絡運輸規則では、国鉄線連絡乗車券を発売したり、鉄道荷物・貨物の取扱いをするバス停やターミナルも「駅」とみなす・・・という規定があったので、その名残でしょう。
現在、JR東海と富士急静岡バス・富士急シティバスの間には連絡運輸契約がないので、連絡乗車券は発売していません。
(注:ウィキペディアの『吉原本町駅』の項にある「富士馬車鉄道の駅跡だから”駅”と名乗っている」との説明は、「いつの時代の話をしてる?」って感じで、現実味に乏しい。だからウィキはダメなんだよ。。。。)
┐('~`;)┌

2.南に進み、突き当たり(目印は「磯野工業所」)を右に。

3.道なりに進むと、右側にある「木之元神社」前の小公園に公衆トイレあり。
少し先に「甲田鰹節店」というバス停がある・・・と地図(昭文社:刊『静岡県道路地図』)に記載があったので、「珍しい名前のバス停だなぁ」と思ったら、これは「コミュニティバス」の停留所でした。
鰹節屋さん自体は「甲田商店」という名前です。

4.そのバス停を過ぎるとすぐ、道は斜めに小潤井川を渡るので、そのまま行くと「錦町北」交差点で国道139号線に合流。
まっすぐ、次の「錦町」交差点まで行く。

5.「錦町」交差点で、国道1号線と交差するので、これをまず横断してしまい(その先は歩道橋になって、渡るのが面倒なので)、渡ったら右へ。
右側に富士市役所があります。
富士市役所前(静岡県)(2012年2月22日)

6.国道1号線(青葉通り)を静岡方面へほんの少しだけ進むと、スルガ銀行と静岡銀行の支店が向かい合っている。その間の道を左へ。

7.曲がったら、しばらくは道なりに進む。ケンタッキーフライドチキンの角にあるちょっと大きな交差点(港大通り[県道353号線])も、渡ってそのまま直進。

8.市立中央病院裏に架かる富安橋で、潤井川を渡る。
旧東海道・潤井川・富安橋(静岡県富士市高島町~蓼原町)(2012年2月22日)

対岸の蓼原町(たではらちょう)に入ったら、そのまま道なりに。
富士急静岡バス(静岡県富士市蓼原町・旧東海道「ロゼシアター入口」付近)(2012年2月22日)

9.「塔の木」「総合庁舎前」の主要交差点は直進。
本市場町に妙な案内板があるが、これは「旧東海道を歩く人は、迂回して横断歩道を渡りましょう」というだけの、大して意味もない物。
たぶん、歩行者と車の事故があったんだろうな。。。。
┐('~`;)┌
旧東海道・本市場(静岡県富士市蓼原町)(2012年2月22日)1

10.ご指示に従い、横断歩道を渡って先に進むと、すぐに旧東海道は県道富士由比線(396号線)に合流。
旧東海道・本市場(静岡県富士市蓼原町)(2012年2月22日)2

ここで県道を渡り、斜め右の一方通行路に入る。
(上の写真では「牛丼”すき家”この先5Km」の看板が見えている。これが目印。)
その道へ入ってしばらく行くと、右側に王子板紙の社宅、続いて市立富士第一小学校が現れるはずなので、これに遭遇したら正解です。

【富士市本市場町付近の地図】
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11.静岡中央銀行前の交差点は直進。もし、左(富士本町通り)へ行けば約500mでJR富士駅。
ここで、「吉原中央駅」行きの字幕を出した富士急バスを見かけたので、写真を貼っておきます。
(*'-'*)
富士急静岡バス(静岡県富士市平垣本町・富士本町通り)(2012年2月22日)

12.そこから先は、迷わずとにかく道なりに西へ約1Km、身延線の柚木(ゆのき)駅手前まで進む。
道はS字にカーブしたりして、いかにも「旧街道だな」って感じもするけど、古い建物は無し。
旧東海道・柚木(静岡県富士市柚木)(2012年2月22日)

・・・と、こんなルートです。岳南電車の吉原本町駅から、身延線の柚木駅までは5.2Km。休憩時間を入れなければ、約1時間30分程度で歩けるでしょうね。
(ただし、幹線道路の信号待ち時間が長い。)

しかし、途中に往時を思わせる古い建造物がほとんどないんですよ。それで「あまり面白くない」「印象が薄い」と感ずるのかもしれません。
曲尺手や升形にしても、このときは「複雑だなぁ」と思いましたが、その後、吉田(現:豊橋)や岡崎のもっと複雑な曲尺手を体験した今となっては、「この程度は序の口」と思えますし。。。。
写真の点数が少なくて恐縮ですが、「絵になる」風景があんまりなかったんです。
(*゚ー゚)ゞ
やたらに曲がるばかりで、さして変化のない道筋が嫌な方は、「5」の錦町交差点で曲がらずに約400m直進し、
「青島」交差点を右に曲がって、県道富士由比線をまっすぐ柚木駅まで行っても構わないかも・・・という気もしますね。
実際のところ、旧道は裏道ですから、沿道にお店が極端に少ないんですが、県道富士由比線は幹線道路ですから、飲食店やコンビニも随所にあります。

私は「6」と「7」の間、青島町にある「かつ銀」というお店で昼食をとった・・・とメモにはあるんですが、その記憶がまったく無し。
しかし、「栄養補給」を済ませたらトイレに行きたくなり、公衆トイレがなかったので、やむなく市立中央病院のトイレを拝借しましたが、
公立の大きな病院ですから、売店や銀行ATM(清水銀行・静岡銀行・富士信金)のコーナーもあり、便利でした(笑)。
ゆうちょ銀行をご利用の方は、「10」で裏道へ入らず、そのまま県道を行くと富士郵便局があります。ここは、いわゆる「本局」ですから、ATMの営業時間も平日は8時45分~19時と長く、土曜・休日も9時~17時まで利用できます。

さて、身延線の柚木駅とは、こんな高架駅。
身延線柚木駅(静岡県富士市柚木)(2012年2月22日)2

出札窓口はありますが、現在は終日無人駅です(TOICA・SuicaなどのICカードは使用可能)。
降車の際は、ワンマン列車では運転士さんが、車掌乗務列車では車掌さんが乗車券の有無をチェックします。
ちょっと待って、313系の富士行きが県道のガードを渡るところを撮影。
身延線柚木駅(静岡県富士市柚木)(2012年2月22日)1

この駅は、1969(昭和44)年9月28日に開業しました。
かつて、身延線は富士駅を出ると、富士市を反時計回りで北上し、富士宮・甲府方面へ向かっていましたが、当時は東京(品川)~富士宮間に某宗教団体の専用列車が多く走っており、
これがダイレクトに東京方面~富士宮間を直通できるよう、線形を時計回りに改め、同時に踏切の除去を目的に、富士~入山瀬間(正確には、潤井川橋梁の南側まで)を高架複線化した際に設けられました。

ただ、『日本国有鉄道 停車場一覧』などの資料では「1934(昭和9)年7月1日開業」となっています。
これは書類上、高架化以前には本市場集落にあった「本市場」駅を、改称のうえ移転した・・・という扱いになっているためです。
旧・本市場駅と現・柚木駅は約1.5Kmも離れており、事実上は「本市場駅を廃止して柚木駅を新設」と理解して差し支えありませんが、書類上の扱いが「移転・改称」となっている裏には、何か複雑な事情がありそうです。
本市場集落で強力な「駅移転反対運動」があったとか何か、そんな理由でしょうか?
当時の『静岡新聞』を見る機会があったら、調べてみたいところですね。

なお、反時計回り時代の廃線跡は「富士緑道」として残っており、私も以前、歩いたことはあるんですが、鉄道の跡を思わせる痕跡は何もありません。

柚木駅を過ぎて道路の右側に、常夜灯と道標が。
旧東海道・柚木の常夜灯(静岡県富士市松岡)(2012年2月22日)

ここから北に入るのが旧街道らしいんですが、私は常夜灯を撮影しただけで通り過ぎてしまいました。。。。
(*゚ー゚)ゞ
1924(大正13)年8月に完成した、全長399mの富士川橋を渡ります。形式は「プラットトラス橋だな」と思ったら、正確には「下路単純カメルバックプラットトラス」というそうです。
む、難しい・・・( ・_・)
この橋が開通するまでは、渡し舟だったそうです。
富士川橋東詰(静岡県富士市)(2012年2月22日)

富士市内には見どころが少なかったんですが、これから行く間の宿、岩淵は楽しみですねぇ。。。。
(*'-'*)
なお、ここは最近まで庵原(いはら)郡富士川町でしたが、2008(平成20年)11月1日付で富士市と合併しました。

吉原本町駅から富士川橋西詰まで、6.8Kmです。
富士川橋西詰(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)1

しかし・・・あらゆるガイドブックに「富士川橋を渡ると常夜灯があり、それが岩淵宿の入口」とあるんですが、その「常夜灯」の位置がわかりにくい。
┐(>_<)┌
橋を渡ってすぐ常夜灯があるわけではありません。
橋を渡ったら、いったん県道富士川身延線(10号線)を右に。
そこから約500m進んだ、「道の駅 富士川楽座」の標識と「湯沢橋」バス停の所に常夜灯があるんですが、これが意外に小さいんですよ。
岩淵宿入口(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)1

岩淵宿入口・常夜灯(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)1

2012年2月に歩いたときは、これがわからなくて岩淵宿は飛ばしてしまい、2014年3月16日に、あらためて歩きなおしました。
(*'-'*)
なお、湯沢橋バス停を通る「山交タウンコーチ」のバスは、こんな車両でした。
(2012年2月22日撮影)
山交タウンコーチ(静岡県富士市中之郷)(2012年2月22日)

おそらくは親会社の国際興業から払い下げられたものであろう、いすゞ車でした。ちょっと前までは池袋駅の西口とか、板橋区内でよく見かけたバスですね。
「山交」とは「山梨交通」のことで、「山交タウンコーチ」は山梨交通を分社化した会社ですが、静岡県内にも少しだけ乗り入れており、「共立蒲原病院」が終点です。

【富士市岩淵付近の地図】
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「←岩淵宿」のような表示は何もありませんが、湯沢橋バス停の前で左に曲がると、
岩淵宿入口(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)2

ものすごい急な坂道があります。これを上がって突き当りを左に。
岩淵宿入口(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)3

岩淵宿が高台にあるのは、当然、富士川の洪水を避けるためです。
東海道の宿駅制度が定められた慶長6(1601)年には、この付近に町並みなどなく、幕府は慶長14(1609)年に「間の宿」の設置を命じました。
このとき作られた宿場は川沿いにありましたが、たびたび洪水の被害に見舞われ、宝永4(1707)年の10月に発生した富士山の噴火による大地震の復旧を兼ねて、同年の年末から、街道と宿場の移設が行なわれました。
(注:正式には、岩淵は建前上、宿泊が認められない「間の宿」[あいのしゅく]でしたが、わずらわしいので「岩淵宿」と書きます。)

岩淵宿は、甲州から富士川下りの舟に乗ってきた旅人にも利用されました。
これは明治時代になってからの話ですが、昔読んだ、確か根津嘉一郎の伝記だったと思いますが、
「岩淵まで舟に乗って、東京へ行く汽車に乗り継ぐ際、岩淵宿の茶店でマグロの刺身を食べるのが無上の楽しみだった」
と書いてあったのを思い出します。冷凍・冷蔵技術のない時代、海のない山梨県では、マグロの刺身は大変な「珍味」「ご馳走」だったんでしょうね。

再訪した日は、富士山が大きく見えていました。この日のように、「剣ヶ峰」と呼ばれる最も高い部分まで見えることは、なかなかないそうです。
\(^o^)/
旧東海道岩淵宿から見た富士山(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)

このあたり、建物は全て新しいんですが、常夜灯が立っているところがいかにも「旧街道」。
旧東海道岩淵宿(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)1

と、思ったら昔のゴミ箱を発見。
昔のゴミ箱(旧東海道岩淵宿)(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)

今はどこの自治体でも、回収日の朝8時ごろまでに、「ゴミ集積場」に出しておくのが当たり前ですが、昔は家の前にこのようなゴミ箱があって、そこに出しておくと回収してくれるシステムでした。
東京・湾岸の中央防波堤にある東京都環境局合同庁舎に保存されている物がありますが、これは蓋が新しいものに交換されているところを見ると、「現役」なのかもしれません。

先に進むと富士川橋が上から見える場所があります。渡っているときは長いように思えましたが、こうして全貌を上から見ると、意外に短い感じもしますね。
「この橋は1924年完成である」と前述しましたが、手前の2連は、右折車線を増設するために1988(昭和63)年に架け替えられています。
富士川橋西詰(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)2

しかし、新しい桁も、古い桁にできるだけ似せたスタイルにして、スタイルの調和を取るようにしたところが憎いね。
「手前の橋桁は、新しいんだよ」と言われなければ、一目見ただけではわからないでしょう。。。。
(・。・)ほぅ
旧・建設省の担当者や、新・旧橋梁を製造した大阪の日本橋梁株式会社の担当者に、「橋の美学」がわかる人がいたんでしょうね。あっぱれ!
(*'-'*)
先へ進むことにして、突き当たりを左へ。
旧東海道岩淵宿・岩淵一里塚(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)2

側溝の蓋に「東海道ルネッサンス 岩淵」のロゴと、弥次さん・喜多さんのイラストが。
「東海道ルネッサンス」側溝の蓋(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)

このロゴとイラストは、ステッカーになったものなら静岡県内のあちこちで見かけ、特に珍しくありませんが、側溝の蓋に刻まれているのはここでしか見かけませんでした。

その先に「Cバス 岩淵上町」のバス停が。
富士市「Cバス」岩淵上町バス停(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)

この「Cバス」とは、2009年12月から富士市が運行していたコミュニティバスで、岩淵地区を循環し、東名富士川SAにあるスマートICから東名高速に入って、「東名松岡」高速バス停にも停車。
東名富士ICで一般道に下り、吉原地区にある中央病院や市役所などを循環する・・・という路線でした。
コミュニティバスで高速道路を経由する路線は、全国的にも珍しかったんじゃないかと思います。
「300円均一」と書いてあったので「高いな」と思いましたが、高速道路の通行料金込みですから、それを考えるとむしろ安いのかもしれません。

岩淵地区と吉原地区の間は、直線距離ではそれほど遠くありませんが、大河・富士川を挟んでおり、鉄道だと大変な大回りになるので、「これは面白いアイデアだなぁ」と思いましたが、
残念ながら利用者は少なかったようで、「2014年3月31日限りで廃止」の告知が貼られており、ユニークなコミュニティバスも姿を消しました。

考えてみたら、岩淵地区の人たちは「病院へ行く」といったら共立蒲原病院へ行くことが多く、最近まで「違う自治体」だった富士市立中央病院には行かないのかもしれませんね。
役所へ行く用事も、日常的には「まちづくりセンター」(旧・富士川町役場)で用が足り、市役所の本庁舎へ行くことは少ないでしょうし。。。。
(私自身の経験でも、「住民票の写しを取る」とか、簡単な用件は近くの出張所で用が足り、区役所の本庁舎へ行った経験は2~3回しかない。都庁に至っては1回しかありません。)

その先に、「小休本陣 常盤家」の建物が残っています。
旧東海道岩淵宿・小休本陣(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)

「小休本陣(こやすみほんじん)」とは、参勤交代の大名などが休憩するための場所で、宿場の本陣とは違い、宿泊はしないことになっていました。「立場(たてば)本陣」という呼び方もあります。
この岩淵の小休本陣は、1856(安政3)年以降に建てられたものではないかといわれています。
(1997[平成9]年、旧・富士川町教育委員会の調査結果による。)
門に「三月*日(注:達筆すぎて読めない) 西條蒋 小休」という札が掛けられていますが、このように何日か前から「どこそこの殿様がご休憩なさる」と告知し、その準備をしていたそうです。

ここは無料で見学できますが、ちょうど案内人の方は昼休みだったらしく、A3版1枚の説明書だけいただいてきました。

その先に岩淵の一里塚があります。
この前を左に(赤いカラー舗装になっているのが旧街道)。
旧東海道岩淵宿・岩淵一里塚(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)

秋葉山の常夜灯を見て、
旧東海道岩淵宿・岩淵一里塚(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)3

ここがわかりにくいんですが、赤い字で「防災」と書かれた倉庫と、富士川郵便局が見えたらその手前を右に。
旧東海道岩淵宿・岩淵一里塚(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)4

正式な道標がないんですが、民家の塀に、手製の道案内が取り付けられていました。
旧東海道岩淵宿・岩淵一里塚(静岡県富士市岩淵)(2014年3月16日)4の2

なお、「今日は、ここでウオーキングを打ち切り」としたい場合は、まっすぐ郵便局の方へ進むと、5分たらずでJR富士川駅前に出られます。
吉原本町駅前から、ここまで8.3Kmです。

防災倉庫手前を右折したら、あとはしばらく道なりに進み、東名高速の下を潜ります。
旧東海道・中之郷(静岡県富士市中之郷)(2012年2月22日)1

「今頃、こんな所にかい?」って感じで、静岡県内統一様式の道標が再登場。
これね、岩淵宿の中に何本か欲しいんだけどなぁ。「”ここにあれば”という場所にない」のが、やはり「お役所仕事」的です。
(これにはその後も、浜松でもどこでも、悩まされることになるんですが。)
旧東海道・中之郷(静岡県富士市中之郷)(2012年2月22日)2

竹やぶの横を通り、
旧東海道・中之郷(静岡県富士市中之郷)(2012年2月22日)3

新幹線の下を潜ります。
旧東海道・中之郷(静岡県富士市中之郷)(2012年2月22日)4

この写真は2012年の撮影ですが、本当は新幹線が通過するところを撮りたかったんです。
ところが、ちょうど小学生が下校する時刻で、数十メートルおきに地区のお年寄りが立って警備しており、ちょっとでも不審な動きをすると「貴様、何者だ?!」と誰何(すいか)されそうな雰囲気だったので、そのまま通り過ぎました。
これが不気味で、一回目に岩淵を訪れた際の印象は極めて悪かったんですよ。
嫌な事件が各地で起きているから、警戒するのはわかりますが、「数十メートルおき」は大げさで、もうちょっと外部から来た人への印象をソフトに願えないか・・・と思いましたね。旧東海道の「観光地」でもあるんですから。
( ・_・)

ここで、中部電力のマンホールの蓋を発見。
中部電力のマンホールの蓋(静岡県富士市中之郷)(2012年2月22日)

富士川以東は東京電力の管轄で、周波数は50Hzですが、富士川以西は中部電力になり、周波数は60Hzです。
これは、「知識」としては知っていましたが、あらためて「管轄が変わったことをこの目で確認した」のは初めてでした。

坂を上がったり下ったり、東名高速の上を渡ると蒲原宿が近づきます。
この標識は「静岡市 ←」となっていますが、「静岡市」と書いてある部分はシールを貼り付けたものでした。
たぶん、以前は「蒲原町」と書いてあったんでしょう。
庵原郡蒲原町は、2006(平成18)年3月31日付で静岡市と合併し、同市の清水区になりました。
旧東海道中之郷・蒲原宿との境界(静岡県富士市中之郷)(2012年2月22日)

東名を渡ると、「新坂」と呼ばれる急な坂道。前方に日本軽金属の工場、さらにその向こうには駿河湾が見えます。
旧東海道・蒲原宿・新坂(静岡市清水区蒲原)(2012年2月22日)

この坂道は1843(天保14)年に開通し、それ以前は、これより南方にある「七難坂」が旧東海道だったそうです。
「七難坂」だって。「我に七難八苦を与え給え」・・・聞いただけで、きつそうな感じですね。。。。
(;゚∀゚)=3

この坂を下ったところに、広重の浮世絵「蒲原 雪の夜」のレリーフがあるんですが。。。。
旧東海道・蒲原宿・新坂下・広重の絵のレリーフ(静岡市清水区蒲原)(2012年2月22日)

江戸時代は「準氷河期」で寒かったという説があるんですが、それにしても、温暖な駿河の地にこんな豪雪が降るとは、ちょっとおかしいよね。。。。

実は、「広重は、東海道を旅していないのでは?」という説があるんです。
(((​゚д゚​;ノノ​ぇぇぇ!
この「蒲原」の絵も、越後の蒲原の絵を見せられ、それを「駿河の蒲原宿」と勘違いして、その絵を参考に描いた・・・という話もあります。
越後の蒲原とは、かつて磐越西線の五泉駅から出ていた「蒲原鉄道」の名を記憶される方もいらっしゃると思いますが、新潟県だったら、これだけ雪が深いのもわかります。
でも、静岡県でこんな雪が深いのは、やっぱりおかしいんですよ。

「広重は、東海道を旅していないのでは?」という話は、2008年11月にBSジャパンで『歌川広重 天才の真実 「東海道五十三次」は盗作だった?!』なる番組が放映されてから、かなり世間に知られるようになりましたが、
そこで「広重がネタ元にした」とされる司馬江漢・作の画集「春波楼画譜」自体が、「昭和初期に、何者かが”江漢作”と偽って世に出した物である」という説もあって、はっきりしません。
「”春波楼画譜”自体が捏造」という説は、今のところ結論が出ていないそうなので、これ以上深追いするのは控えたいと思いますが、
ここで私が思い出すのは、ある人物のお話。

某月某日、東海道のある宿場で休憩していると、初老の男性が「やあ、あなたも東海道を歩いているんですか?」と話しかけてきて、そのまま「どこそこには公衆トイレがあった」とか、「どこそこは食事できるお店がない」といった話になったんですが、
その人物は「広重の絵と同じアングルで写真を撮るのが夢だが、何度行っても同じように撮れない場所があって困る」とおっしゃる。。。。
( ゜д゜)
私は、「えっ?! この人、広重の絵は実際の風景をスケッチしたものではないことをご存じないの?」と驚きましたね。
だって、「”七里の渡し”と同じ海上のシーンを撮るには、どうしたらよいか」とか、真剣におっしゃるんですよ。。。。
夢とロマンを壊すのもお気の毒で、「あれは何か別の絵を参考にした”フィクション”です。しょせん”二次元の世界”なんですよ」とは言えず、
「そうですねぇ。伊勢湾には、レジャー目的のヨットを運航している業者があると思うんですよ。そういう業者に頼めば船を出してくれるんじゃないでしょうか。インターネットか、タウンページでも見たらわかるでしょうけど、でも、何十万もかかるでしょうねぇ・・・」としか言えませんでしたね。。。。
┐('~`;)┌

それはともかく、坂を下れば蒲原の一里塚跡。
旧東海道・蒲原一里塚(静岡市清水区蒲原)(2012年2月22日)

そして、蒲原宿です。
旧東海道・蒲原宿(静岡市清水区蒲原)(2012年2月22日)

今回は、ここでお開き。吉原宿(吉原本町駅)から蒲原宿までは11.1Km、私が歩いたのは東田子の浦駅前からですから、一日で16.6Kmでした。

蒲原宿に近いのは蒲原駅ではなく、新蒲原駅です。
旧・蒲原町役場や日本軽金属の工場に近いのも新蒲原駅ですから、かつて東京~静岡間を走っていた急行「東海」も一日2往復のうち、1往復は新蒲原駅に停車、もう1往復は蒲原駅に停車と、分け合っていました。

東海道本線新蒲原駅(静岡市清水区)(2012年2月22日)1
ホームの案内板に「静岡・名古屋・大阪方面」とありますが、名古屋や大阪まで直通する列車がこの駅に停車しなくなってから、だいぶ経つはずです。
大阪はともかく名古屋は、近年まで「三島発大垣行き」の普通列車(名カキ[大垣電車区]の113系電車充当)などがありましたが。。。。
東海道本線新蒲原駅(静岡市清水区)(2012年2月22日)2

2012年2月に歩いたときは、新蒲原駅に到着したのが16時40分ごろで、「よし、今日はここでおしまいにすっぺ!」と思って帰京しましたが、
このまま、2年間の長いブランクに入ってしまうのです。。。。
(つ_-)
東海道本線新蒲原駅(静岡市清水区)(2012年2月22日)3

(蒲原宿→由比宿に続く)
==========================
【お知らせ】
この「蒲原宿到着」までを「シーズン1」(笑)とし、
2014年3月8日に蒲原宿を再スタートし、宮(現:名古屋市熱田区)までを「シーズン2」とさせていただきます。

これまでは、2年前のリポートでしたが、
ここから先は「ごく最近」(せいぜい数ヶ月前)の旅行記をお楽しみいただけますので、
ご期待くださいませ。
(*'-'*)
現在、愛知県岡崎まで進んでおりますが、5月下旬に岡崎~知立~宮間を歩いて「シーズン2」を終わりにしようと思っています。
桑名から先、三重県・滋賀県は「シーズン3」「シーズン4」になりますが、これについては具体的な計画がまだ決まっておりません。
さすがに桑名以西は東京から遠く、時間・予算とも結構かかり、なかなか気軽には行けませんので、気長にやらせていただくことにします。
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東海道五十三次を歩こ~♪ 沼津宿→原宿→吉原宿

(取材日:2012年1月29日[日曜]・同年2月22日[水曜])

沼津の市街地は1913(大正2)年の大火や、戦災で古い建物が焼けてしまい、戦後は道路拡幅や区画整理が行なわれたため、宿場の面影はほとんど残っていません。
下の写真、手前は狩野川に架かる「あゆみ橋」(人道橋)。奥の橋は「御成橋」です。
狩野川・あゆみ橋(沼津市大手町4丁目)(2012年1月29日)

狩野川沿いに旧東海道の「川廓通り」を進み、「さんさん通り」に出たら左に。
御成橋際の「通横町」交差点を右折し、すぐ次の信号を左に。
しばらく進んで、静岡銀行の交差点(信号機に交差点名の表示なし)を右折し、永代橋通りを西へ(狩野川とは反対の方角)。
【沼津市大手町付近の地図】
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永代橋通りは、そのまま県道東柏原沼津線(163号線)になります。
下の写真、左側に見える昭和シェルのスタンドの手前は・・・
旧東海道・沼津市市道町(2012年1月29日)

「蛇松(じゃまつ)緑道」という遊歩道なんですが、これは沼津駅の貨物ホームから沼津港に向かっていた旧・国鉄の貨物線、通称「蛇松線」の跡です。
蛇松緑道(沼津市市道町)(2012年1月29日)

この鉄道は1888(明治21)年に、東海道線の建設資材を陸揚げするために作られました。
東海道線の国府津~静岡間(御殿場経由)が開業したのは1889(明治22)年2月1日ですから、蛇松線は「静岡県最初の国有鉄道」であったわけです。

1899(明治32)年6月15日付で正式な営業路線(書類上は「東海道本線(貨物支線)」の扱い)となりましたが、貨物のみで、旅客列車は廃止まで運行されませんでした。
終点の駅名は「蛇松」。現在の港大橋付近にありました。駅の近く、狩野川の河口には蛇のように、くねった松の木があったそうです。

取り扱った貨物は主に魚介類や木材、漁船の燃料だったそうです。
1947(昭和22)年3月1日付で、沼津港の内港に駅が移転し、同時に駅名も蛇松から「沼津港」駅に改称されましたが、旧駅の構内もそのまま使われました。

鉄道貨物の衰退により、1974(昭和49)年9月1日付で廃止されましたが、廃止前日、DE11形ディーゼル機関車に牽引された「さよなら列車」が運行されました。
当時の『鉄道ピクトリアル』誌に掲載された写真では、この「さよなら列車」には客車が連結されており(清水港線からの借り物か?)、「最初で最後の客車運行」だったようです。ただし、招待客だけが乗れたものと思われます。

※沼津市公式サイト、「蛇松線」関連の記事
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/takara/kobetu/rekishi/014_jyamatusen.htm
(蛇松線)
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/sumai/park/kouen/kobetu/jyamatu.htm
(蛇松緑道)
港の方に行くと、レールが残っている場所もあるそうで、今日は立ち寄っている時間がなかったのが残念でした。

ところで、過日NHKの『ラジオ深夜便』に、沼津市でデイサービスの仕事をしているという女性が出演しており、聞いていたら「認知症のお年寄りが、突然、若い頃のことを思い出し、”蛇松線の思い出”を語り始めた」と話していました。
ご当地の方にとっては「蛇松線」など説明不要なんでしょうけど、インタビュアー(この番組のディレクター)がダメな奴で、「ああ、そうですか」でおしまい。
┐('~`;)┌
いくらリスナーの少ない早朝4時の番組といってもNHKの全国放送ですから、
そこで「何ですか、その”蛇松線”というのは。鉄道ですか?」と突っ込まなかったら、鉄道史に関心のある人以外には絶対にわからないだろう・・・と呆れましたね。

突っ込んで、「港へ行く貨物列車が走っていた鉄道で、今は廃止されちゃったんですけどね」ぐらいの答えが返ってくれば、リスナーに最低限の意味は通じたはずなんですが。
やる気がないのか、インタビューが下手なのか。。。。

さて、蛇松緑道を過ぎ、「西高入口」の交差点を通過した右側、慈光院というお寺の裏(市道[いちみち]町16番地)に名称不明の児童公園があり、ここに公衆トイレがあります。
この先、公衆トイレはほとんどありませんから、要チェックです。

ちなみに沼津市のマンホールの蓋は、駿河湾越しに望む富士山と愛鷹(あしたか)山。そして市の木「松」、市の花「はまゆう」です。
沼津市マンホールの蓋(2012年1月29日)

この先、西間門(にしまかど)の交差点を右に。左へ行くと千本街道(県道富士清水線[380号線])です。
(注:この道路名称の「清水」とは「静岡市清水区」ではなく、「駿東郡清水町」のこと。)
旧東海道と千本街道の分岐点(沼津市西間門)(2012年1月29日)

【沼津市西間門付近の地図】
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ところが・・・。
この県道東柏原沼津線の西間門~原宿間(約5Km)が、「旧東海道全体でも、最も単調な道」という人もいるくらい退屈なんだなぁ。。。。
┐(´~`)┌
まっすぐな一本道で、興味を引くような建物もなし、お店もなし(トイレ要注意!)。
おまけに道が狭く、そのわりに車が多いんですよ。
あまりに単調なので、西間門の「山神社」前で富士急シティバスを撮ったほかは、私もほとんど写真を撮っていません。
富士急シティバス(旧東海道・沼津市西間門「山神社」前)(2012年1月29日)

ちなみに昼食は、西間門交差点近くの持ち帰り弁当店「ホットモット」でお弁当を買い、「老人憩いの家」前の広場で食べました。
(空容器は持ち帰りました。)

富士山は、ずっと右側に見えています。しかし、こちらは「時速4キロ」ですから、山の姿が変わるわけではなく、さすがに飽きました。
富士山(沼津市西間門)(2012年1月29日)

さまざまな方々が東海道五十三次を歩いた記録をwebや本で発表されていますが、「千本松原を歩いて、気持ちよかった」などと書いている頭の良い方もおられます。
私は一応「旧東海道を徹底追究する」という趣旨でスタートしたので、単調さを我慢して歩きましたが、もし「二回目」があるなら次回は海岸沿いの千本松原を歩きたいですね。
もっとも、もう一回、旧東海道を歩く機会があるかどうか、わかりませんけど(笑)。
(注:その後、静岡市の草薙付近で、単調な旧東海道を捨てて、静岡鉄道の線路沿いを歩いたのを皮切りに、「多少、旧道から外れても可」といたしました。)

片浜駅の近くを通過。
東海道本線片浜駅(静岡県沼津市大塚)(2012年1月29日)

その向かいに「西友楽市」があり、何も買いたい物はありませんでしたが、トイレを拝借(苦笑)。

さらに1Km行くと東海道線の「原踏切」があり、久しぶりに鉄道ちゃんと出会って、多少は単調さが解消されました。
旧東海道・東海道本線「原踏切」(片浜~原間)(2012年1月29日)

ここからまたさらに1.5Km、我慢して歩き、原宿に到着。
沼津宿から5.9Km、坂道が全くないので、休憩時間を除けば1時間30分~2時間の距離ですが、いやはや、退屈な道中でした。
私は沼津の中央公園を12時15分に出発し、途中で食事をして、15時05分に原宿本陣跡(日本生命の前)に到着しました。
(;゚∀゚)=3
旧東海道・原宿(静岡県沼津市原)(2012年1月29日)

原宿は1838(天保3)年の大火で、25軒あった旅籠のうち、9軒が焼けてそのまま再建されず、以後はあまりパッとしなかったようです。
焼けなかった建物も、今では残っておらず、本陣跡もそれを示す看板だけです。
昔のままなのは「道の狭さ」だけ(笑)。
JRの原駅は、昔の旅籠を模したイメージの駅舎ですが。。。。
東海道本線原駅(静岡県沼津市原)(2012年1月29日)

ここは1968(昭和43)年まで駿東郡原町でしたが、同年4月1日付で沼津市と合併しました。

【原駅(沼津市原)付近の地図】
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この先も、道は単調です。
「東原新田」バス停に、富士急静岡バスのCNG(天然ガス)バス「Evergreen Shuttle」がやって来たので撮影し、ついでにその前のローソンでコーヒーを買って一服。
(*'-'*)
富士急シティバス・CNG車「エバーグリーンシャトル」(旧東海道・沼津市原)(2012年1月29日)

少しでも単調さを解消しようと、イヤホンでラジオを聞きながら歩いていましたが、NHKラジオ第一は、あんまり面白くない演芸番組(山田邦子さん司会)。
SBS(静岡放送)は、通常は音楽番組らしいんですが、この日は県政に関する討論会か何かの特番。県民でもない人間が聞いてもしょうがない。。。。
FMのK-mixは、沼津の街中を歩いていたときは受信できたんですが、海沿いに来たら入らなくなりました。
もっとも、週末のK-mixはFM東京の制作番組が多いようで、沼津市内で聞いた番組も、メールや郵便の宛て先は「FM東京」だと言ってましたが。

ダイヤルをいじっていたら三島市・函南町のコミュニティFM局「VOICE CUE」(ボイス・キュー。正式な局名は「FMみしま・かんなみ」)が受信でき、
ちょうど「三島市広報」の時間でしたが、前日に歩いた三島市市山新田(いちのやましんでん)の市立坂保育園(題目坂の手前にある)が「4月の入園児を募集する」と聞き、「あ、あの保育園かぁ!」と思いました。
ただし、コミュニティFM局のことですから、最小限の社員しか出勤していないであろう日曜の午後など、自社制作番組はほとんどなく、市広報以外は「ミュージックバード」(CSの音楽チャンネル)から放送権を買った番組ばかり。
それでも面白ければいいんですが、これが、つまんねぇんだな。。。。
┐('~`;)┌
だいぶ前に一世を風靡した音楽家とか、あんまり芸のない男性お笑いタレントのトークばかりで辟易しましたが、これは「VOICE CUE」の責任ではなく、「ミュージックバード」の人選が間違っているのです。。。。

「一本松」バス停のあたりだったか、お豆腐屋さんに「井戸水の自動販売機」(10リットル100円)を発見。
水の自動販売機(旧東海道・沼津市原)(2012年1月29日)1

きれいな井戸水が出てくるんだって!>(*'。'*)つЦジャーッ
水の自動販売機(旧東海道・沼津市原)(2012年1月29日)2

踏切の警報機の音がするので、旧街道から外れ、ちょっと東海道線の線路を見に行ってみました。
この先、静岡県の旅路では、何度も何度も繰り返し乗ることになる211系電車が通過。
新・沼津貨物駅建設予定地(沼津市植田)(2012年1月29日)1

この場所は、「新・沼津貨物駅」(仮称)の建設予定地です。
沼津駅は高架化の計画があり、それに伴って沼津運輸区の車両留置線と貨物ホームが移転することになっており、
留置線は沼津~片浜間、貨物ホームは、ここ原~東田子の浦間が移転予定地です。

この事業は、沼津駅を中心に東海道本線の4.1Km、御殿場線の1.6Km(沼津市大岡[大岡団地]から植田[桃里]付近にかけて)を高架化し、13箇所の踏切を廃止して、
さらに、現在は幅が狭く、渋滞の元凶になっているガードも拡幅して道路交通を円滑化しよう・・・というものです。
計画自体は古く、1980年代からありましたが、具体的に都市計画として決定したのは2003(平成15)年です。総事業費は787億円です。

詳しくは、こちらを。
(静岡県公式サイト「沼津土木事務所 沼津駅付近鉄道高架化事業」) 
http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-830/kouka/

(沼津市公式サイト「沼津駅周辺総合整備事業」) 
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/shisei/keikaku/station/index.htm

新・沼津貨物駅建設予定地(沼津市植田)(2012年1月29日)2

しかし、住民は貨物駅がここに作られることに反対しており、用地買収は計画の7割程度までしか進んでいません。
この話は非常に複雑ですので、それぞれの主張を下記にまとめました。
(静岡新聞、SBS静岡放送、中日新聞などの報道を参考にいたしました。)
※興味のない方は、どうぞ、飛ばしてください。

●住民側の主張
・夜間も入換作業があり、コンテナを積んだトラックが狭い道を出入りしてうるさい。
・全長2.1Kmに及ぶ貨物駅で、町が南北に分断される。

●県の主張
・用地の強制買収をしてまで作っても、10年~20年で活用されなくなるかもしれない貨物駅建設には反対する。
・現在、沼津駅に発着する貨物列車は下り3本、上り2本しかないのに、果たして広大な貨物駅が必要か?

●市の主張
・「用地取得」は市が行なうが、具体的には県の土地収用委員会の仕事であるから、市は関与しない。

●JR貨物の主張
・何も好んで沼津駅から出ていきたいわけではなく、「原地区に移転してはどうか」という案は、30年近くも前、1985(昭和60)年に旧・国鉄が県から提示されたものである。

2014年4月現在、表面上は何も進展していないように見えますが、下記のような動きがありました。

●「吉原・新貨物駅」案
あまりに話が進展しないため、県は最近になって「吉原駅前の旧・日本製紙工場跡地への貨物駅移転」という代案を提示した。
しかし、地元の富士市やJR貨物、当の日本製紙とも、この代案は「寝耳に水」で、話は進んでいない。

●「健康・文化タウン」
「長寿県」を標榜する静岡県は、医療機関や、その研究機関の設置・誘致に積極的だが、県東部に医科大学などはなく、県としては「三島・沼津地域にも」という考えがあるらしい。
それを受けて、原地区では「健康・文化タウン」案をPI方式による検討(後述)の中で提案した。
これは、貨物駅を建設せず、そのために確保された用地に
・スポーツ施設の建設
・医療・研究機関の建設(医療系大学の誘致)
・富士山の眺望を生かした観光施設、道の駅などの建設
を行なう・・・というもの。
また、同時に「通常は展望台、津波の際には避難通路となる跨線橋を東海道線上に建設する」案も提示された。

ただ、原~東田子の浦間は4.6Kmもあり、「健康・文化タウン」利用者のために新駅(旅客駅)設置は必須で、
「貨物駅には反対だが、旅客駅の新設は大歓迎」ということなのかもしれない。
2014年4月現在、現地には「健康・文化タウン推進」の看板が見られる。

●PIプロジェクトの終了
住民参加型の合意形成作業(パブリックインボルブメント(PI)方式)で、2013年12月21日に次のような4案が提示され、方向性が絞られた。
(1)沼津駅は、高架化して貨物駅を原地区に移す(原案どおり)。
(2)高架化するが、貨物駅の廃止などを検討(貨物駅の移転はせず、貨物業務は他の駅[富士駅など]へ移管)。
(3)高架化せず橋上駅にして、南北通路を整備(国道・県道のガードを拡幅して、渋滞を解消する)。
(4)高架化せず橋上駅にして、自由通路のみに限定(清水駅、小田原駅などと同じ。歩行者のみ通行可能な自由通路を南北間に設置)。

川勝平太・県知事は、2014年7月末までに判断する考えを表明し、PI方式による検討は終了した。
(注:この記事のラスト、8月28日付【追記】もご参照ください。)

●貨物駅の上空利用案
2014年2月12日、JR貨物の田村修二社長は、県から提案されている貨物駅の「上空利用」について、
「震災を考えて上空使用が立案された場合、貨物駅の機能が阻害されない前提で協力するのは全然問題ない」と述べた。
しかし、貨物駅自体の事業の進捗については、「動向を見守るしかない。なんとか早くまとまってほしい」と述べるにとどまっている。

●事業期間の6年間延長
2014年2月18日、国交省は、事業期間を6年間延長し、2019年度末とする静岡県および沼津市の申請を許可した。

実に難しい話ですね。。。。
( ・_・)
この問題は今後も注視することにして、さらに歩くこと約2Km、東海道線を踏切で渡ります。
この313系3100番代車「V14」編成の回送は何だろう? 御殿場線の車両を静岡車両区に戻すのか。それとも、身延線へ送り込むのか?
(・.・)?
静シス313系3100番代「V14」編成(原~東田子の浦間)(2012年1月29日)

踏切から少し行くと、沼津市と富士市の境界。
黄瀬川からここまで、今日は半日たっぷり沼津市とのお付き合いでした。
列車なら十数分で通り抜けてしまう沼津市が、これほど東西に長く広がっているのには驚きました。
富士市のカントリーサイン(沼津市植田・富士市沼田新田)(2012年1月29日)

すぐ先の「東柏原」交差点で、県道富士清水線(380号線)に合流。
旧東海道・柏原「間の宿」(富士市東柏原新田)(2012年1月29日)

前日の「箱根越え」の疲れが取れておらず、「東田子の浦駅でやめようかなぁ」と思っていたら、
ラジオで流れていた、女優の剛力彩芽嬢(まだ当時は「CM女王」ではなかった)のインタビューが突然打ち切られ、「関東地方で強い地震がありました」と。
旧東海道・柏原(東田子の浦駅入口)(富士市中柏原新田)(2012年1月29日)

「強い地震」となれば、列車の運行も乱れるかもしれないなぁ・・・という「言い訳」をして、17時ちょうど、東田子の浦駅で今回はお開きとしました。
なお、沼津城跡から東田子の浦駅までは12.1Km、原宿から東田子の浦駅までは6.2Kmでした。
東海道本線東田子の浦駅(静岡県富士市中柏原新田)(2012年1月29日)

ちなみに、三島広小路駅前から東田子の浦駅までは17.9Kmです。
皆様がお書きになっている旧東海道の徒歩旅行記を読むと、「一日15Kmを超えると辛い」と書いている方が多いですね。
東田子の浦駅周辺の「柏原」は、その昔も「間の宿」(あいのしゅく)でしたし、「今日は、この辺でやめておくか」という旅人は、昔もいたんでしょう・・・と言い訳しておきます(笑)。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
地震による列車の遅れは・・・結局、10分程度でした(苦笑)。。。。
===========================
その後、3週間ほどブランクがあり、2012年2月22日の朝8時45分、東田子の浦駅前から再開しました。
(*'-'*)
富士市のマンホールの蓋は、消火栓が「かぐや姫」。妙にお目目がパッチリしてます(笑)。
富士市マンホールの蓋(消火栓・かぐや姫)(2012年2月22日)

汚水は「富士山」です。
富士市マンホールの蓋(汚水・富士山)(2012年2月22日)

このあたりの道に、旧街道らしい風情は特にありませんが、
旧東海道・柏原「間の宿」(富士市西柏原新田)(2012年2月22日)

富士山をバックに、沼川放水路を渡る211系の普通列車を撮ってみました。
東海道本線沼川放水路橋梁・211系電車(富士市田中)(2012年1月29日)

昔、同じアングルで151系「こだま」形の特急列車を撮影した写真を見たことがあり、それを真似たんですが、50年前に比べて松の木がちょっと育ちすぎたようですね。

「桧」(ひのき)交差点で横断歩道を渡り、左の「毘沙門天・富士マリンプール」方面へ進みます。
(「←旧東海道 見よう歩こう富士市の東海道」の標識あり。)
旧東海道・桧交差点(富士市桧)(2012年2月22日)

【富士市桧付近の地図】
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ここが、その毘沙門天。正式には「毘沙門天妙法寺」。お寺なんですが、入口に鳥居があるんです。
旧東海道・毘沙門天妙法寺(富士市今井2丁目)(2012年2月22日)

2月の大祭は「だるま市」として知られ、賑わいます。岳南電車には臨時列車も走ります。
JRも、以前は「毘沙門天大祭号」という臨時列車(といってもヘッドマークなどはなく、単に113系の間合い運用)を富士~沼津間に運行してましたが、最近、やらないね。。。。
( ・_・)
それはともかく、私が通りかかったとき、ネズミを追いかけていた猫が一匹、道路に飛び出して車に接触!!!!
ヾ(゚o゚*)ノアレアレー
目撃者(私を含め3人)も、運転していたおばさんも悲鳴を上げてしまいました。

ところが・・・骨が折れるような嫌な音がしたものの、猫は「ああ、痛てぇ・・・」って感じで、ノロノロと民家の庭先に消えていきました。。。。
(*゚∀゚)=3
毘沙門さまの
「おい、猫。今回だけは助けてやるから、ほどほどにしとけ。おい、人間。お前たちも気をつけろよ」
という声が聞こえたような気がしました。。。。
(*'-'*)
ところで、このあたりは「元吉原」といい、吉原宿は、最初はこの付近にありました。
しかし、津波や高波に襲われる被害が何度もあり、少しずつ内陸部へ移転し、最終的には現在の吉原本町が「吉原宿」になりました。

吉原駅構内で、東海道線を踏切で横断し、
旧東海道と東海道本線の踏切・(富士市鈴川東町)(2012年2月22日)

河合橋で沼川を渡ります。
ここでは、富士山が「右側」に見えていることをお忘れなく。
旧東海道・河合橋(富士市鈴川本町)(2012年2月22日)

道は、くねくね曲がりながら西北に向かい、国道139号線を横断。
旧東海道(富士市依田橋)(2012年2月22日)

新幹線の下を潜ります。
旧東海道と新幹線の交点(富士市依田橋町)(2012年2月22日)

その下で、二つに分かれた道の右側が旧東海道。

ジヤトコの工場横(富士市依田橋町)まで来ると・・・
いつのまにか、富士山が左側に見えています。
ヽ(゜∀゜ )ノ
旧東海道・名勝「左富士」(富士市依田橋町)(2012年2月22日)1

これが、名勝「左富士」。
旧東海道・名勝「左富士」(富士市依田橋町)(2012年2月22日)2

【富士市依田橋町付近の地図】
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その先、吉原1丁目に「よく当たる宝くじ売り場」として著名な「市河たばこ店」があります。
「たばこ店」とはいうものの、たばこを売るコーナーなど申し訳程度で、お店のほとんどが宝くじの販売窓口。日本中から買いに来るんでしょうね。
旧東海道・「市河たばこ店」(富士市吉原1丁目)(2012年2月22日)

この時点では看板が「億万長者21人目」となっていますが、2014年4月末現在、24人まで達しているそうです。
( ゜。゜)ウヒョー
宝くじは、私がやる「唯一のギャンブル」(笑)ですが、何年か前に「スクラッチ」で500円当てて以来、ちっとも当たりません。。。。
(​ノω`​)プ​プフ​゚
岳南鉄道(現:岳南電車)の吉原本町駅を過ぎ、
岳南鉄道吉原本町駅(富士市吉原1丁目)(2012年2月22日)

吉原本町の商店街が、昔の吉原宿です。この日は(2012年)2月22日でしたが、翌2月23日は「富士山の日」でした。
旧東海道・吉原宿(富士市吉原2丁目)(2012年2月22日)

この通りの左側に、当地で育った故・いかりや長介さんを偲ぶ「長さん小路」という一角があります。
旧東海道・吉原宿「長さん小路」(富士市吉原2丁目)(2012年2月22日)1

旧東海道・吉原宿「長さん小路」(富士市吉原2丁目)(2012年2月22日)2

原宿から吉原宿の間は11.7Km、東田子の浦駅からは5.5Kmでした。

この町には「づけナポリタン」という「ご当地グルメ」があるんですが、通り過ぎたのが11時前で、まだ5キロちょっとしか歩いていないので、たいしてお腹も空いておらず、食べませんでした。
結局、この日の昼食に何を食べたか記憶になかったんですが、メモを見たら富士市役所を過ぎた青島町のとんかつ屋さんに入ったようです。
(「満腹定食ランチ1134円」とメモにある[笑])。

(「吉原宿→蒲原宿」に続く。)
===========================
※沼津宿→原宿→吉原宿間のトイレ情報
非常に少ないです。

・中央公園(沼津城跡:沼津市大手町4丁目)

・沼津市市道町(いちみちちょう)16番地の児童公園(公園の正式名称不明)
(蛇松緑道を過ぎてすぐ右側、ちょっと引っ込んだところ)

・(非公式)「西友楽市」の中
(沼津市大塚、片浜駅前)

この区間の沿道にはコンビニなどのお店も少ないので、要注意です
===========================
【追記】(2014-08-28)
■川勝静岡知事、沼津駅高架化推進の意向
(2014-07-25 「日本経済新聞」)
※以下、引用
静岡県の川勝平太知事は25日の定例会見で、JR沼津駅付近の鉄道高架化計画について「(沼津駅を挟んだ)南北の自由往来は市民のためにしなければならない。そのためには高架が一番効果的な方法だ」と述べ、高架化計画を推進する意向を明らかにした。ただ、高架には近くにある貨物駅の移転が必要で、近く日本貨物鉄道(JR貨物)と移転問題を協議するという。

 高架化計画では、貨物駅を沼津市の原地区に移転する予定だが、移転予定地の地権者の一部が反対し、事業がストップしている状態。予定通り原地区に移転するとなると、知事が地権者らを説得できるかが焦点となる。

 沼津駅周辺は南口側に繁華街があるが、駅構内を通って南北を行き来できず、周辺の一般道まで迂回する必要がある。川勝知事は記者会見で「南北を自由に往来できないのは不便。沼津市は(転出による)社会流出が厳しいが、自由往来ができないことも響いている」と指摘した。

 川勝知事は8月にもJR貨物の石田忠正会長と会い、移転問題を協議する方針。知事は「貨物の輸送量をみると、(沼津市に)貨物駅が必要ということに十分納得しているわけではない」と述べた。近隣の貨物駅への統合などが念頭にあるとみられる。

 今月20日には総合コンベンション施設「プラサヴェルデ」が沼津駅北口に開業。沼津市の経済界は北口側から南口の繁華街に人を呼び込める高架化を求めてきた。川勝知事はプラサヴェルデ開業の記念式典後に高架化計画について「判断材料は出て、決断した」と述べていた。
(引用終わり)
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東海道五十三次を歩こ~♪ 三島宿→沼津宿

(取材日:2012年1月29日[日曜])
静岡県三島市の「三島グリーンホテル」を朝8時には出発しようと思ったんですが、
やはり前日の「箱根越え」は「大事業」で、体がだるく、ぐずぐずしてしまって出発は9時過ぎになりました。
(*゚∀゚)=3
9時25分、伊豆箱根鉄道の三島広小路駅前から、旧東海道、現在の県道沼津三島線(145号線。地元では「旧道」と呼ばれ、路線バスにも「旧道経由」の表示がある)を歩き始めます。
伊豆箱根鉄道駿豆線・三島広小路駅(2012年1月29日)1

伊豆箱根鉄道駿豆線・三島広小路駅(2012年1月29日)2

【三島市広小路町付近の地図】
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旧東海道・三島市西本町(2012年1月29日)

すぐ、三島市から駿東郡清水町に入ります。
旧東海道・三島市加屋町と駿東郡清水町伏見の境界(2012年1月29日)

「千貫樋」(せんがんどい)の交差点を通過。
旧東海道・千貫樋交差点(静岡県駿東郡清水町伏見)(2012年1月29日)

「千貫樋」とは、三島駅に近い楽寿園(小松宮彰仁親王の別邸だったが、1952[昭和27]年以降は市立公園として一般公開)内にある小浜池の水を、現在の清水町にかんがい用水として引くために架設された「樋」・・・というか、「水道」です。
建設年代については諸説ありますが、天文24(1555)年に建設されたという説が一般的です。
これは当然、木製でしたが、1923(大正12)年の関東大震災で崩壊し、現在の千貫樋はコンクリート製です。
「千貫」とは昔の通貨単位で、「そのくらいの費用がかかった」(注)という説、「千貫の価値がある技術である」として名付けられたという説など、いろいろあります。
(注)千貫が、今の金額だといくらぐらいに相当するのかは、調べてみたんですが諸説あって、はっきりしません。慣例では1貫=銭1000枚(1000文)とされ、貨幣の穴に紐を通して1000枚に束ねました。

もっとも、昔は道路から千貫樋が見えていたそうですが、今は家並みが建て込んでよく見えません。
このときはわざわざ見に行ったりはしませんでしたが、この原稿を書くために、静岡県の公式サイトにある「東部地域施設概要 千貫樋」を見てみると、これは、なんだか面白そうな構造物ですね。
http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-620/rekishiteki/toubu/page/page11.html
私は橋が好きで、この手の構造物にも興味があり、「ちょっと回り道をしてでも見に行くんだった」と思いました。次回、このあたりを訪れた際のお楽しみです。

「こうじ(麹)製造所」の看板が出ている古い家。いい雰囲気です。
(*'-'*)
旧東海道・静岡県駿東郡清水町伏見付近(2012年1月29日)

その家の前に常夜灯が。
旧東海道・静岡県駿東郡清水町伏見付近・常夜灯(2012年1月29日)

1846(弘化3)年に建てられたものだそうですが、本来は十字路(上の写真の信号機付近)にあったといいます。
昭和の耕地整理で全く別の場所に移されていましたが、「東海道400年」を機に2001(平成13)年7月、あらためて現在地に移されたとのこと。
基部に「中内村」とありますが、1889(明治22)年に18ヶ村が合併して駿東郡清水村が発足した際の村に「中内村」の名はなく、この名は幕末~明治初期には消滅していたようです。

その先に「三島清水郵便局」があります。
この局名が、ちょっと気になる。
ここは、三島市ではありません。駿東郡清水町です。
(・.・)?
旧東海道・三島清水郵便局(静岡県駿東郡清水町伏見)(2012年1月29日)

同じ県内の清水市(現:静岡市清水区)と区別する必要があるのはわかりますが、三島市ではないのに「三島清水」とした理由はわかりません。
清水町内にある郵便局は長沢局、三島清水局、沼津卸団地簡易局、三島徳倉橋局の4箇所で、徳倉橋局も「三島」を冠していますが、「清水町郵便局」というものは存在しません。
卸団地にある簡易郵便局に至っては「沼津」を冠しており、これもお隣の市名じゃないですか。。。。

【静岡県駿東郡清水町の地図】
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旧・郵政省では、清水町が将来、三島市と合併すると見越していたのか?
そういえば、清水町内の集配業務を担当するのは三島郵便局(郵便番号:411-****)だし・・・と考えましたが、
調べてみたら、清水町と三島市の単独合併が検討されたことはなく、戦後、沼津市との合併、あるいは複数の市町の合併話が何回かあったものの、成立しませんでした。
静岡県駿東郡清水町カントリーサイン(2014年1月29日)

一回目は1962~63(昭和37~38)年ごろ、当時あった東駿河湾石油コンビナート計画を円滑に進めるため、県が主導したもので、沼津市・三島市・清水町の二市一町が合併する案でしたが、主に三島市の猛反対で不成立。

二回目は、1966~67(昭和41~42)年です。
沼津駅北口にあった市場や問屋さんが清水町に移転して、1969(昭和44)年にオープンした「沼津卸団地」(協同組合沼津卸商社センター)は、沼津市との合併を前提に「沼津」の市名を冠しています。
(卸団地の構内、「組合会館」内にある簡易郵便局が「”沼津”卸団地簡易局」である理由も同じ。)

三回目は1996(平成8)年以降のことで、沼津市と清水町の合併により「中核市」認定を目指したものの、2003(平成15)年に当時の清水町長が合併協議会の確認事項を否定し、翌年、合併協議会は解散。
これには沼津市側が怒って、2006年3月限りで清水町から委託されていたゴミ処理業務を拒否する・・・という出来事がありました。
(やむなく、清水町では2006年4月以降、函南町に委託。)
結局、2007年に新しい町長が選出され、新町長が公式に沼津市へ謝罪し、ゴミ処理業務の委託は再開されたものの、合併協議は再開されていません。

この三回目の過程で、沼津市・三島市・清水町・長泉町・函南町の二市三町合併案も出たようですが、これも成立していません。
静岡県沼津市カントリーサイン(2014年1月29日)

清水町は、東海道本線が町域内を通過しているものの、駅がないので知名度は低いんですが、
・新幹線停車駅(三島駅)や、東名高速の沼津IC・新東名高速の長泉沼津ICを控えて、交通の便が良い。
・雪もほとんど降らない。
・その名のとおり、水質が良い。
といった利点があり、工場や物流センターの立地が多く、税収があるんですよ。県東部で近年、人口が増加しているのも清水町と、隣接する長泉町だけですし。
ゆえに、他の市や町と合併したくないのだろう・・・と推察されますね。
これは、近隣の市や町も同じ考えだと思います。このあたりは裕福な自治体が多く、税収を手放したくないから、政府が鐘や太鼓で構造改革を推進しようが何しようが、「合併お断り」というのが本音でしょうね。

もしかすると、もう合併はせず、人口が5万人を超えた時点で、岩手県滝沢市(2014年1月1日、岩手県岩手郡滝沢村から市制施行。盛岡市との合併話を断った)のように「単独で市制施行」となるかもしれません。

話が複雑になって恐縮ですが、このように通り過ぎる市町村の「今」に思いをめぐらすのも、ゆっくり物を考える時間がある「歩く旅」ならではのことです。
(*'-'*)
清水町に駅がないのは不思議ですが、昔は三島広小路~沼津駅前間の旧東海道を、伊豆箱根鉄道の路面電車(1963[昭和38]年2月5日廃止)が走っており、廃止時点では12分間隔の運転だったそうですから、国鉄の駅がなくても不便はなかったのでしょう。

さて、旧東海道からは外れるんですが、知人から「清水町へ行ったら、柿田川公園に立ち寄るように」との強いお勧めがあり、国道1号線を渡って、行ってみました。
(その方は、「僕はあそこが好きで、3回行ったよ」と言っていました。)
ここは「泉頭(いずみがしら)城」という、戦国時代の城跡です。
柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)1

柿田川といえば、岐阜県の長良川、高知県の四万十川と並ぶ「日本三大清流」として知られ、1985(昭和60)年、柿田川湧水群が静岡県では唯一、旧・環境庁の選定した「名水百選」に入選し、知名度が上がりました。
(その後、2008[平成20]年に環境省が「平成の名水百選」を選定し、静岡県では安倍川[静岡市]、阿多古川[浜松市]、源兵衛川[三島市]、湧玉池[富士宮市]の4箇所が入選した。)

公園内にある「わき間」からは、一日に100万立方メートルの水が湧いているといわれます。
柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)4

この湧水が柿田川となりますが、この川自体は1.2Kmと短く、すぐに狩野川と合流してしまいます。
柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)3

柿田川公園(静岡県駿東郡清水町柿田)(2012年1月29日)2

「おいしい水」、もちろん飲んでみました。
P1290015.jpg

旧東海道沿いのお米屋さんで、おにぎりを売っていたので、それと一緒に。
お米も水もおいし~♪(*'-'*)/
P1290020.jpg

確かに「気に入って3回訪れた」という方がいるように、すばらしい環境です。10時ちょうどに到着したんですが、40分ほどのんびりしてしまいました。

ゆっくりしたところで出発。
「八幡」の交差点で国道1号線から旧東海道に戻ります。
(「国立静岡医療センター」の方には行かないように。また、「八幡東」というよく似た名前の交差点があるので、間違えないように注意。)

旧街道沿いの「長沢」バス停前に「旧道広場」というものがあり、公衆トイレがありました。
ここは災害時の住民避難場所ですが、どうも昔の路面電車の車庫跡のようでした。ただし、痕跡は何も残っていませんが。
旧東海道・旧道広場(静岡県駿東郡清水町長沢)(2012年1月29日)

道沿いに松の木が植えてあったりするのが「旧街道っぽい」ところ。
旧東海道・静岡県駿東郡清水町長沢付近(黄瀬川橋東詰)(2012年1月29日)

旧道広場から約700mで黄瀬川を渡ります。
このときは新橋の架設工事中で、車両通行止めになっていましたが、沼津市の公式サイトによれば、2014年3月8日に新橋が開通したとのことです。
旧東海道・黄瀬川橋(静岡県駿東郡清水町長沢・沼津市大岡)(2012年1月29日)1

仮設橋(歩道のみ)の上から北の方角を見れば、昨日下ってきた箱根の山並みが。。。。
旧東海道・黄瀬川橋(静岡県駿東郡清水町長沢・沼津市大岡)(2012年1月29日)2

この川が清水町と沼津市の境界です。川の名前は「黄瀬川」ですが、集落の名は「木瀬川」と書くようでした。
旧東海道・静岡県沼津市大岡付近(黄瀬川橋西詰)(2012年1月29日)

「東下石田」の交差点で、県道富士清水線(380号線。旧・国道1号線)と合流。
旧東海道・沼津市大岡(東下石田交差点)(2012年1月29日)

この道は、路面電車が走っていた往時を知る世代の人たちは今でも「電車通り」と呼ぶようですが、今は電車の痕跡もなく、いささか単調。
旧東海道・沼津市大岡付近(2012年1月29日)

単調さを我慢しつつ歩き、ようやく沼津駅の近くまで来ました。
この歩道橋の下で、細い道を左に折れ、狩野川べりに出るのが旧東海道。「川廓(かわぐるわ)通り」といいます。
旧東海道・沼津市大手町4丁目(2012年1月29日)

旧東海道・川廓通り(沼津市大手町4丁目)(2012年1月29日)1

旧東海道・川廓通り(沼津市大手町4丁目)(2012年1月29日2

沼津城跡、現在の中央公園(公衆トイレあり)には12時05分に到着。
旧東海道・沼津城跡(中央公園)(沼津市大手町4丁目)(2012年1月29日

三島宿~沼津宿間は5.8Kmですから、柿田川公園で40分も休憩したとはいえ、ちょっと時間がかかりすぎましたね。
(*゚ー゚)ゞ
【沼津市大手町の地図】
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休憩時間を除くと、急げば約1時間30分、ゆっくり歩いても約2時間の距離でしょう。
(沼津宿→原宿→吉原宿間に続く)
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※三島宿→沼津宿間のトイレ情報
・柿田川公園(駿東郡清水町)
(旧東海道からは外れる。国道1号線沿い)

・旧道広場(駿東郡清水町)
(「長沢」バス停の前。)

・中央公園(沼津市大手町4丁目)
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